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大切だった犬と私。ふたりの交流を描く中編小説。アフリカで暮らした少女時代。虎と名付けた大人しい犬との暮らし。大人になった今、同棲している彼との暮らし。あの頃のことが想起される。
ここには何もない。幼い頃の記憶に残る出来事に今もまだ振る舞わされ続ける悪夢。現在の彼女の苛立ち、戸惑い、ためらいは結婚に踏み切れないから、だけではない。虎を愛し育てて、見棄ててきた悔恨。
自由のない世界で自由気ままに育てられた犬を日本には連れて帰れない。あの日の別れからずっとひきずり続けてきた想い。子どもが出来たらそのまま結婚しようと語る優しい恋人。なのに隠れてピルを飲み続ける彼女。
広いお屋敷でたくさんの使用人に守られて暮らしていたアフリカでの日々。父親の仕事で日本を離れて、貧しくて未開の国で隔離された贅沢を味わう。何もわからないまま過ごした幼い日々。小さな子犬だった虎を守ることが使命だった。大人になった今、これから先生まれてくる自分の赤ちゃんを守ることが出来るのか、不安しかない。これはそんな心情だけが描かれる小さなお話である。