なんてやさしい作品なのだろうか。主人公の男を演じた土本ひろきさんがとてもいい。彼の人柄がそのまま出たような穏やかな人物を自然体で見せる。彼は倉庫の管理人として、ここで静かに過ごしている。時間を無為にしているともいえるけど、それもまた、ここでの仕事だろう。いろんなことを、すべてそのまま受け入れるようにして生きている。気がする。彼とおなじようにして、アルバイトの女性(得田晃子)も、居心地のいい、ここで過ごしている。そんなふたりのお話。
ある日、彼の妻がやってきて、離婚届を差し出す。もちろん、何も言わず、受け入れる。森川万里さんが強い意志を持つかっこいい大人の女性として、その役を演じている。さらには、彼女が去った後、ここにやってくる天真爛漫な天使、アルベルト・キシュカと二役を演じた。
こういうファンタジーのような作品を若き日の深津さんが書いていたという事実に驚く。それは僕が初めて桃園会を見た『beside paradise lost』以降、全ての作品で、冷徹な視線で人間を凝視していく作品を作り続けてきた彼しか知らないから、こういう作品を作っていた時代もあったのか、という驚きだ。なんだか、とても新鮮だった。だけど、これも確かに深津作品だとわかる。初期作品なのに完成度は高い。
高橋恵さんはこの台本のよさを十分理解した上で、丁寧な演出の力で、若書き故の甘さをみずみずしさに変えて見せ得る。彼女は、深津作品全編を貫く孤立する人、孤独の中での選択、ささやかな人と人とも繋がり、というテーマをしっかり汲み取った上で、無理なく、自分の世界へと引き寄せ、虚空旅団の新作として熟成させた。深津作品の原点を、作者の意図を読み込み、展開し、100分とても気持ちのいい時間に仕立てた秀作。