ドイツ映画が東宝系で全国一斉公開されるなんて、めったにないことだ。それほどこの映画は刺激的で面白いということなのだが、その英断を高く評価したい。これが大ヒットしたなら、きっと日の目を見ない映画が、もっと大々的に公開されることになるはずだ。地味な映画はひっそりとミニシアターで公開され、大劇場では日本のTVドラマの劇場版再生産や、アメリカのヒーロー物やアクション物ばかりが幅を利かす貧しい現状の映画界にカツを入れるような映画である。作品の完成度も高く、エンタメとしても楽しめて、いろんなことを考えさせてくれる映画がちゃんと大々的に公開される健全な興行。映画は面白いという当たり前のことを教えてくれる傑作の登場である。ノー・スター(というか、ドイツ映画の役者なんて、日本人は誰も知らない。世界的な知名度ならこの映画の中でも語られるようにブルーノ・ガンツくらいだろう)の一見地味な映画である。だが、そこを逆手に取る。
スターなんかいらない。というか、究極のスターがここにはいる。アドルフ・ヒトラーだ。これはなんと本物の彼が主人公の映画、という設定である。フェイク・ドキュメンタリーのようなスタイルを取る。でも、安易な際物ではない。映画のリアルということを最大限に生かす。企画力の勝利だ。しかし、これはそこな次元には留まらない。
驚くべき映画なのだ。2時間スクリーンから一瞬も目が離せない。何が起こるか、ドキドキしながら、見守ることになる。最初はバカバカしいと思う。だけど、だんだん笑えなくなる。物まね芸人として登場した本物ヒトラーが、さすがに最初は戸惑うけど、徐々に2014年という現実を冷静に理解していき、ちゃんと適応し、時代を取りこんでいく姿に恐怖する。僕たちはまた、彼の話術に幻惑されるのか。
1945年からタイムスリップしてきたヒトラーなんていう設定だけ、嘘だが、それ以外は実にリアル。それがこの映画の凄さだ。僕たちはまた独裁者を必要としているのか。そんなわけはない、と言いきれない怖さがここにはある。巧みに人心を操る怪人ヒトラーの虜になる人たちは今もちゃんといる。それは大きな力となった時、恐怖政治はまた、始まり、歯止めが効かなくなることは必至だ。
コメディなんかじゃないことは明白だろう。敢えてシリアスにはならないけど、リアルであることは確かだ。そこが凄い。こんな映画が今、上映されている。