「スラステ 初のなんちゃってミュージカル」なんてチラシには書かれてある。しかもタイトルの真下にしっかりと白抜きで。タイトルである『Love in Smoke』よりも目立っている。だが、そこにこそ実は今回の彼女たちの(もちろん、中村なる美と 永津真奈ですね)強い意志を感じる。これは本格ミュージカル、では断じてなく、というその差別化が楽しい。もちろんそれは作り手の弱気ではなく、ましてやふざけているわけでもない。「本格ミュージカル」とは一線を画する「新しいミュージカル(笑)」を目指すということなのだ。これはあくまでもラブコメであり、圧倒的なラブストーリーなのだ、と言う。気負うことなく楽しめる作品。役者たちがみんな歌い踊る。恋をする。そんなミュージカルを見せようとした。それを敢えて「なんちゃってミュージカル」と命名したのだろう。なんちゃって、というテレも素敵だ。
冒頭のキャスト紹介からして圧巻だ。なんだぁ、これは、と思う。お話が始まる前のこの部分だけで、自分たちの持てるすべての力を注入してしまう、という勢いなのである。「大丈夫かこれで、」と心配になるくらいのオープニングである。役者たちは、ここまでやるか、というくらいにくどいほど自分の名前を連呼する。それをミュージカルだから、歌いながらやります。しかも目立つようにマイクを持って、だ。延々それだけで10分くらいはあったのではないか。お話がなかなか始まらないけど、このオープニングアクトがとても楽しく、でも、同時にこの部分で、これから始まる作品の方向性をしっかりと指し示す。15人に及ぶキャストひとりひとりが歌って自己紹介していくのだが、先にも書いたように相互の人間関係や、ドラマの導入をそこでするのではなく、ひたすら名前の連呼だけ。潔いというか、バカバカしいというか。
本編が始まると、すぐにわかるのは、お話自体も実にいいかげんで場渡り的。と、そんなふうに見せておいて、実はとても緻密に作られている。複雑に絡み合った15名の人間模様は、そんなバカな、という次元で描かれていくにもかかわらず、である。彼らの行動は極端なカリカチュアが為されてあるが、それはただ笑いを取るためだけではなく、そういうことってあるかもしれない、と思わせるくらいにリアルさも伴う。絶妙なバランスの上に成り立っている。エンタメの王道を行きつつも、あざとくなる直前で寸止めしてある。まさに「なんちゃって」というレベルで展開されていくのだ。それを「それはないわぁ」と思いつつも納得で受け止めれ、楽しめるのが素晴らしい。嘘くさくはないのだ。このバカバカしさが誠実な劇として成立する。当日パンフのなかで作、演出、村角大洋は「これはロマンチックコメディなのだ」と断言している。メグ・ライアンやヒュー・グランドが出てくるリチャ-ド・カーティス作品のような世界、と。この芝居はそれをスラステで表現したのだ。彼らの映画のような幸せな気持ちを歌って踊って(あまり踊らないけど)体現したミュージカル、それがこの作品なのだろう。
スラステのふたりがセンターに立ち、彼女たちを周囲の面々が輝かせるための芝居ではない。これはアンサンブルプレーであり、15人全員が主役だ、というのもいい。そんなバランス感覚が素晴らしい。幸福な2時間20分を満喫した。
でも僕はこの芝居を見ながら、メグ・ライアンとトム・ハンクスによる傑作映画『めぐり逢えたら』を想起した。あの映画を見たときのような気分にさせられる。とても幸せな気分だ。そういえば、今思い出したが、リチャ-ド・カーティスの最高傑作は『アバウト・タイム』だ。懐かしい。