2019年に刊行された作品が文庫化されたので読み始めた。いつも通りの柴崎友香。何も事件はなく、日常のスケッチ。だけど400ページに及ぶ長編。たまたまだが、これがコロナ禍前に上梓されたのは幸運だ。ここには当然コロナの影は一切ない。変わることない、はずの時間の中に彼女たちはいる。それをたまたまコロナ以後(になりつつある今)に読む。
住み心地のいい一軒家の離れで暮らすひとり暮らしの女性が主人公。39歳。ふつうの会社員。母屋の大家さんは63歳。夫とは2年前に死別している。裏手には新婚25歳の女性。ほぼ同居に近い(母屋、離れ、その裏手の隣家)このご近所さんの3人の交流を描く。世代の違う3人の女たちの友情物語、だと思わせるが微妙にそうではない。一筋縄ではいかない。
独身のまま生きること。結婚して子どもを産んで生きることが「標準」で未婚のまま生きることは可哀想なことという基準。そういう紋切り型の考えがまだまだ横行しているけど、果たしてそうか? 人それぞれの生き方がある。この小説が提示する3世代のそれぞれのあり方、それを柴崎友香は400ページに及ぶスケールでゆっくりと描いていく。3人は時にぶつかり合いながらも自分の生き方を模索していく。
若い紗希が失礼な言動を繰り返す。彼女の闇を主人公の春子はきちんと受け止める。見ていてもどかしい程に誠実に。そしておせっかいすぎるゆかりはそんなふたりを見守る。気の合わない相手を拒絶するのは簡単だが、そうはしないから、新しい風景がそこから見えてくる。これは実はLGBTを扱って、しかも恋愛に興味ない女性を主人公にする話だとようやく終盤になって気付く。もちろんそれだけじゃぁないけど、そんな話でもある。春子は70年代に始まった「結婚しない女」ではなく、異性にも同性にも興味がないという性癖なのだ。でも、それは他人には理解されにくい。ひとりがいいのだ。
ラストの宴会は大河ドラマの大団円みたいで、なんだか凄い。お一人様のお話のように見せて、そこに帰着点を設定したわけではない。いろんな人がいる。みんな同じではない。そんな当たり前のことを改めて考えさせる。これは柴崎友香の代表作だ。たぶん。