アポロが月に着陸する。人類が初めて月面に立ったときを描くのだが、これって、1950年代の終わりから69年という今からもう半世紀も前のできごとなのだ。描かれる時代も風景も今からは遙か昔の世界で、映画はちょっとした時代劇なのだ。NASAが舞台の宇宙開発のお話なのに、である。今までもこういうタイプの映画はたくさんあったけど、この映画の懐かしさはそれをノスタルジックに描くからではない。反対に淡々と素っ気なく描くことで、その世界が遠いものだということが明確になる。感情移入を排除して、事実をさりげなく描いていく。感動的な実話の映画化、ではなく、どこにでもある、ある時代の風景(家族のスケッチ)としてこの歴史的事実を描いた作品なのだ。
ニール・アームストロングという有名な男の歩んだ歴史ではなく、ある男の10年間のスケッチ、という感触だ。「娘を亡くした(かなしさ)こと」と「月に立つ(うれしさ)こと」は同じくらいの大問題として彼の中にある。もちろん、そんなことは当たり前の話だ。個人的なできごとと、公の歴史的なできごとは彼の中では等価になってもおかしくない。冒頭の子どもを死なせたこと、ラストで月に立つこと、その間に挟まれる様々なできごと。彼と彼の家族の10年間の日々が2時間20分の映画として描かれていく。ある時代を生きた誰ものお話であっても構わないくらいのさりげなさ。これはまず家族のスケッチ(でも)ある。
だから地味な映画なのである。この映画と較べるとロン・ハワードの『アポロ13号』はもちろんアドベンチャー映画で、まるで感触は違う。見る前には、こんな映画を誰が想像しただろうか。だからこれは小さな劇場でひっそり見るのが似合う映画で、アイマックスの巨大スクリーンで見なくて正解だった。