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映画・演劇のレビュー

『雨はバケツを叩く』

2023-03-17 08:47:00 | 映画

これはある夏の日のスケッチだ。孤独な少女がひとりで過ごす夏休み。友だちもいないのだろう。縁側に出て、座り込み庭を見ながらスケッチをしている。通りがかった喪服の老女がおせっかいにも声を掛けてくるが、「知らない人と話すのは父親から禁止されている」と言い、それ以上の返事をしない。なんだか真面目すぎて心配になるくらいだ。母親は亡くなった。だから父とふたり暮らし。家事はすべて自分でする。昼も晩ご飯もちゃんと作る。この子は自分でなんでもできる賢い子。まだ幼い少女なのに。

たぶん4年生くらいだろうか、とてもしっかりしている。だから危うい。老女が何故喪服なのか、何をしているのか。わからないし、説明は一切ない。冒頭の4.5歳くらいの子どもと母親の描写は何かの伏線かと思ったらその後何もフォローがない。蟻を気にするシーンから、同じように蟻を捕まえる少女に繋いだだけだった。蟻の巣が何を象徴するのかも明確ではない。夏の日のたった3日間のできごと。
 
タイトル通り、映画の中で雨は確かに降ってるけど、朝には止んでいる。バケツをひっくり返したようには降らなかったようだ。タイトルのバケツを叩く音は前面には出ない。雨の3日目。だから老女は来ない。休日なのか父親は眠っている。少女は近所のギャラリーに行く。そこで老女に遭う。たまたまなのか、必然なのか、よくわからない。ふたりは近所の海を見に行く。ただそれだけの話。1時間の長くもなく、短くもない映画。ふたりのそれぞれの孤独が一瞬交錯した夏の日のスケッチだ。監督の潘 俊驊はこのなんでもない時間をとても丁寧に見せてくれる。透明感のある美しい映像に包まれて、少女の夏が見事に切り取られる。
 
父と過ごす夜の時間を挟んで描く老女との3日間。映画はほぼふたり芝居だ。しかも結局ふたりはお互いのことを話さないで別れていく。大切なことを言葉にはしないし、それを言葉にすることなんてできないのだろう。この無言の交流が胸に沁みる。退屈な時間をひとりで生きる。幼い日のそんな夏の日がきっと大切な記憶としてこの子の心の中に残る。

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