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映画・演劇のレビュー

中島京子『東京観光』

2011-10-30 09:01:03 | その他
 なんだかとても懐かしい話ばかりだ。でも、それはノスタルジアではない。どこかで以前読んだことがあるような気がする。6編とも知っている。そんな気がした、ということだ。なんだか不思議だ。絶対に読んでないはずなのに、そう思えるのは、筋立てがパターンだからか、というとそうでもない。中島京子の語り口は、とても斬新でこういうのはめずらしいはずだ。でも、めずらしいからこそ、記憶に残っていて、よく似たものをどこかで以前読んでいたという可能性はある。

 シンガポールで、タクシーがつかまらなくて、雨に振られて散々な目に遭う話が心に沁みるのは、ああいう体験を何度かしたからだ。外国に行き、言葉もわからないところで、2人でいると、とてもしんみりとした気分になる。反対に相手がものすごく疎ましく思える時がある。いつもと違う環境で、ナーバスになってしまうからだ。不安と期待からいつもの自分たちでは居られなくなる。そんな時、別行動をとるのは正しい選択だ。自由になれると同時に、自分がいかに相手に依存していたのかがよくわかる。

 この短編集に共通するテーマは、ひとりで初めてのところに行くのは怖い、ということなのかもしれない。6つのお話は結局のところみんなそこに落ち着く。誰かが(とても大切な人)そこにいてくれるから、大丈夫。だけど、その誰かがいなくても大丈夫なら、もっといいのに、と思う。いつもいつも彼(あるいは彼女)がいてくれるわけではない。だから、相手から自立していたいと思う。ひとりで何でもできたらいい。でもそれって難しい。結局は頼ってしまう。そんな僕たちが普段は忘れてしまっているとっても大事な気持ちがここには描かれてある。それがこの小説が懐かしいと思った原因なのかもしれない。

 初めて東京に行き、滞在期間はたった3日間で、そのうち2日は仕事で、有名な観光スポットなんか何ひとつ見なかった。なのにそれが一生忘れられない思い出となる。なんでもないビジネスホテル。全く意味もなく(電車に乗り間違えて)行ってしまった郊外の町。誰もいない神社。外国から出稼ぎに来ている人たちとの出会い。一瞬の後、別れていった人。場所。

 観光旅行の本当の楽しみはそんな偶然のなにげないことの中にある。僕はもともと何の期待もしないで、旅にいく。ガイドブックも見ない。予定も立てない。まず、行ってみる。それから考える。あるいはほとんど考えもしないで、歩き出す。おかげでいつも効率が悪い。まわりみちばかり。でも、よりみちが楽しい。人生もきっとそんなもの。いつも行き当たりばったり。その時その時の気分で変わる。まぁ、なるようになるから。


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