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映画・演劇のレビュー

関口尚『ブックのいた街』

2015-05-31 20:26:30 | その他

野良犬ブックは、さびれた商店街、ラブリ商店街に居ついている。誰が飼い主というわけではないけど、商店街のみんなに飼われている。そんな彼と人々との交流が描かれていく短編連作というスタイルを取る。6つのエピソードを通して、結果的には、ブックの生涯が描かれていくこととなる。

こんなにも泣いたのは久しぶりだ。最近、泣ける小説が多くて、電車の中では警戒しているのだが、それでも、流れる涙は止めようがない。恥ずかしいけど、もういい。

犬と人(飼い主)との交流を描く映画や小説は数あれど、(特に映画は得意だ。松竹映画は、それでかなり稼いでいる。かわいい仕種とかで受けるし、安上がりに作れるし、なんだかあざといから、そういうのは好きじゃないのだが、ついつい見てしまう)こんなにも素敵な作品はない。ブックという犬のキャラクターもそうだし、彼と関わるラブリ商店街の人たちのそれぞれの孤独がとてもよく描かれていることも大きい。これはよくある「あざとい」ものではない。

ひとりひとりが自分と向き合い、傷ついて、でも、そこから逃げない。逃げて帰ってきたやないか、とは言わさない。ちゃんと自分と戦って結果的に傷ついた。そういうことだ。そんな彼らがもう一度、(あるいは、初めて)ブックと向き合い、慰められるのではなく、ブックと一瞬生きる、そんな時間が描かれていく。その時間は長い場合もあれば、短い場合もある。でも、いずれにしても人生と較べれば、一瞬なのだ。20年間も生きた長寿のブックの「犬生」は、人間ほどには長くない。

死ぬ(殺される)はずだったブックが、この町に貰われてきて、彼を愛した少年は事故で死ぬ。お話の冒頭に描かれるべき、そのお話は、この小説の最後にまるでスピンオフ(あるいは、『ブックのいた街』ビギニング、)として描かれる。5章のブックが死ぬエピソードは心に痛い。それまでの短編集の4話を受けて、5章はこれはラブリ商店街クロニクルだった、ということを明確にする。そして、主人公はブックなのだ。彼の視点から描かれる短い挿話が途中で差し挟まれるのもいい。

犬は何も言わないけど、なんでも知っている。ブックの賢さは、何も言わなくてもちゃんとわかっていることにある。だから、みんなも何も言わない。飼い主のいない犬が、20年間も商店街で買われていたこと。それは暗黙の了解事項で、みんなそれを求めている。なんだか、すてきな話だ。今の時代なら、ありえないだろう。でも、これは昔のお話ではない。そんなふうにして人と人とが(そして、犬も)関われたならいい。


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