高校野球を題材にした作品である。『バッテリー』のあさのあつこが、今回は高校生と甲子園を描くのだが、彼女のことだから、わざと王道は行かない。甲子園には行けなかった子供たちの高校3年の夏を描く。のだ、と思った。だが、そこにはとどまらない。
地区大会優勝チームの辞退(よくある部員の不祥事である)により、たなぼたで、繰り上がり出場が決まった。そこから起こる出来事を勝者の視点ではなく、敗者の側から描いていく。甲子園で戦うことになる高校ナインも、出場辞退によって、夢破れた子供たちも、同じ。みんなそれぞれ自分の夢を追いかけてここまできた。そして、同じように夢は破れた。そんな彼らの物語を、複数の視点から甲子園に至るドラマとして描く。
そこにあるのは、確かに甲子園を巡る野球のお話なのだが、正確には「夢について」のお話だ。野球自体がテーマにはなってない。試合の結果や、試合進行は極力描かない。勝つか負けるかの戦いはグランドに任せた。この小説はそこではなく、夢に破れた後、人は何ができるのか、そちらを描く。人生はそこでは終わらない。だから、勝者も敗者も同じなのかもしれない。勝ったとしても、やがて、終わり、また、始まる。
彼らは何に勝って何に負けたというのか。不測の事態をどうしようもなく、受け入れる。その先には何があるか。全力で頑張ったのだから悔いはない、だなんて爽やかに言えたならいい。でも、現実はそんな単純なものではない。子供たちだけではない。彼らの周囲の大人たちも同じだ。大人は彼ら以上に不条理のしがらみの中で生きている人もいる。そんなさまざまな物語が、甲子園でのたった一度の試合に向けて集約されていく。
みんな負けたくはなかった。でも、負けてしまった。その事実を受け入れて、その先に向かう。敗者たちの季節を生きるのも、人生のひとつだ。
地区大会優勝チームの辞退(よくある部員の不祥事である)により、たなぼたで、繰り上がり出場が決まった。そこから起こる出来事を勝者の視点ではなく、敗者の側から描いていく。甲子園で戦うことになる高校ナインも、出場辞退によって、夢破れた子供たちも、同じ。みんなそれぞれ自分の夢を追いかけてここまできた。そして、同じように夢は破れた。そんな彼らの物語を、複数の視点から甲子園に至るドラマとして描く。
そこにあるのは、確かに甲子園を巡る野球のお話なのだが、正確には「夢について」のお話だ。野球自体がテーマにはなってない。試合の結果や、試合進行は極力描かない。勝つか負けるかの戦いはグランドに任せた。この小説はそこではなく、夢に破れた後、人は何ができるのか、そちらを描く。人生はそこでは終わらない。だから、勝者も敗者も同じなのかもしれない。勝ったとしても、やがて、終わり、また、始まる。
彼らは何に勝って何に負けたというのか。不測の事態をどうしようもなく、受け入れる。その先には何があるか。全力で頑張ったのだから悔いはない、だなんて爽やかに言えたならいい。でも、現実はそんな単純なものではない。子供たちだけではない。彼らの周囲の大人たちも同じだ。大人は彼ら以上に不条理のしがらみの中で生きている人もいる。そんなさまざまな物語が、甲子園でのたった一度の試合に向けて集約されていく。
みんな負けたくはなかった。でも、負けてしまった。その事実を受け入れて、その先に向かう。敗者たちの季節を生きるのも、人生のひとつだ。