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映画・演劇のレビュー

『キツツキと雨』

2012-10-05 22:41:19 | 映画
このいじけた主人公は何? 新人映画監督が始めての現場で右往左往する姿を描くバックステージもの、かと思った。だが、そんなパッケージングから連想できるような映画ではない。まるで、成長しない青年監督を小栗旬が演じる。前半はほとんど、せりふもない。ただひたすら下を向いていじけている。この現場から脱走したい。自主映画の監督からメジャーデビューするはずなのだが、周囲のスタッフに指示も出せず、自信をなくしている。途中、本当に脱走してしまうシーンもある。ベテラン助監督に連れ帰られるけど。こんな格好の悪い主人公はない。

そんな男を、偶然から見守ることになるきこりが、役所広司。彼がこの映画のもうひとりの主人公だ。映画の撮影現場なんか見たこともないし、映画自身に興味も関心もなかっただが、彼の働く山で映画の撮影が行われ、自然と彼もその騒動に巻き込まれることになり、いつのまにか、スタッフの一員として、撮影現場を取り仕切ることになる。

これは映画への愛とか、そんなのが、テーマではない。この映画における映画の撮影は目的ではなく設定でしかない。たまたま映画であった、というくらいの軽さで扱われる。そこがいい。映画を題材にした映画というのは、思い込みばかりが先行して、なんだか好きになれない。だから、最初はこの映画にもあまり乗り切れなかった。だが、劇中劇のあきらかにつまらなそうなゾンビ映画も含めて、まるで、映画へのリスペクトがないことが、反対にこの映画を魅力的にしている。

とことんダメな男が、とことんお人よしの男と出会って、自信を取り戻す過程が、なんだかへんにリアルなものとして、客観的に描かれる。思い入れはまるでない。とても、クールな映画だ。だが、この突き放したように見せかけて、実はとんでもなくおせっかいな主人公と、この映画自身は、なんだかよく似ている。なんだかぶきっちょな映画だ。でも、そんな不器用なところが、魅力である。役所の息子(高良健吾演じる)への想いが、このヘボ監督への共感と通じていく。自分の息子には出来ないのに、赤の他人である彼には出来るおせっかい。

でも、最後にはちゃんと息子にも通じる。そのくらいに彼はこの撮影で成長したのだ。見終えたとき、小栗ヘボ監督ではなく、(というか、もちろん彼も、だが、)きこりの役所の成長物語のほうが、大きい。なんとも不思議な映画である。


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