18日からスタートしたHPFだが、今年は5本しか見れなかった。本当ならあと3本は見る予定だったのだが、仕事の都合でどうしようもなく残念でならない。何より悔しいのはこれで2年連続金蘭会高校の作品を見逃すことになったことだ。彼女たちのパワフルな芝居は僕に元気をくれる。山本篤先生がどう彼女たちを指導し、どんな形で『今』という時代を斬りとるのか、興味津々だった。仕事を抜けてでも精華に行きたかったのだが、(直前まで、そのつもりだった)不可能だった。悔しくてならない。
さて、初日の鶴見商業以降に見た4本の作品の簡単なレポートをしておこう。
まず、北摂つばさ高校『物語 威風堂堂』である。これはおもしろかった。こんなにもテンションの低い「劇団 青い鳥」なんて初めて見た。それは彼らが稚拙だからだ。だが、見ているうちにその独自のリズムに乗せられていく。この熱くならない青い鳥のお芝居は、ちゃんと時代の空気を表現できている。20年以上前、青い鳥の女性たちが表現した世界を、ただなぞるのではなく、この理不尽なロジックを丁寧にたどることで、彼女たちの世界観を体感していく。その結果、高校生たちにはわからない世界が彼らの中に徐々に沁みてくる。気がつくとこの世界を彼らは学習している。なんだか、それって凄いことだ。この吸い取り紙のような柔軟さこそ本来の高校生のあり方だろう。お茶をめぐるバカバカしい騒動を、こんなにもまじめに描くことで、青い鳥の魅力を別角度から見事に表現した。
追手門高校『赤鬼』は彼らにとってHPFでは3度目の挑戦になる。(彼ら、と書いたが高校生だからメンバーは3年周期で完全に入れ替えがなされる)手馴れたもので、いつもどおり見事なスタッフワークを見せてくれる。すばらしい。初めて彼らの舞台を見たのは18年前になる。最初はバカにしていた。高校生の芝居なんてわざわざ見てもしかたない、と。だが、僕の常識は一瞬で覆されることになる。そのへんの大人たちよりずっと凄いのだ。技術面でも、作品の理解力でも。お手上げだった。あれから、18年。毎年追手門だけは必ず見ている。今年の作品はここ数年で一番うまい、と思う。だが、なんだかルーティーンワークに見えてしまったのは僕だけだろうか。彼らの作品になれてしまったということもある。だが、それだけでは決してあるまい。
箕面、箕面東高校『百年たったら はじめよう』はいつもながらのアングラ芝居で彼らの嗜好が学年が変わっても受け継がれていることに感心した。だいたいこれってどう考えても妄想プロデュスの予備軍ではないか?池川イズムはどこまでこの集団に引き継がれるのか、何よりもまず、それを見届けたい、と思わされた。女の子たちがたくさんいるのに、まるで今時の子供たちの見せる世界とはとても思えない。ドラマが先になかなか進んでいかないところが去年の作品と似ている。いくつかのシーンを交互に描いていき、それがやがてひとつに重なることで、その先にあるものが見えてくるはずだったのだが、よくわからない。この話を通して見せたかったものってなんだったのだろうか?熱くて泥臭い芝居である。美術、音響、照明ともによく考えられてある。惜しい出来だ。
工芸高校『シロツメクサ』はオムニバススタイルで、2人の少年の大人にいたるまでのいびつな友情を描いた作品。主人公のわるわる団、団長を演じた村尾翔司くんが凄い。彼の顔面演技には恐れ入る。デーモン小暮のような「我輩は」という語り口が笑える。それにしても余裕綽綽で、あそこまできちんと間を取り、計算された芝居をするなんて、ちょっと上手すぎて腹が立つくらいだ。彼の親友となる1年生の河井朗くんとのコンビによる大人時代のエピソードがこの芝居全体を引き締める。バカバカしい話を村尾くんが引っ張り、見終えたらなんだかいい気分にさせられる。ちょっとこれにはやられたなぁ、と思った。
さて、初日の鶴見商業以降に見た4本の作品の簡単なレポートをしておこう。
まず、北摂つばさ高校『物語 威風堂堂』である。これはおもしろかった。こんなにもテンションの低い「劇団 青い鳥」なんて初めて見た。それは彼らが稚拙だからだ。だが、見ているうちにその独自のリズムに乗せられていく。この熱くならない青い鳥のお芝居は、ちゃんと時代の空気を表現できている。20年以上前、青い鳥の女性たちが表現した世界を、ただなぞるのではなく、この理不尽なロジックを丁寧にたどることで、彼女たちの世界観を体感していく。その結果、高校生たちにはわからない世界が彼らの中に徐々に沁みてくる。気がつくとこの世界を彼らは学習している。なんだか、それって凄いことだ。この吸い取り紙のような柔軟さこそ本来の高校生のあり方だろう。お茶をめぐるバカバカしい騒動を、こんなにもまじめに描くことで、青い鳥の魅力を別角度から見事に表現した。
追手門高校『赤鬼』は彼らにとってHPFでは3度目の挑戦になる。(彼ら、と書いたが高校生だからメンバーは3年周期で完全に入れ替えがなされる)手馴れたもので、いつもどおり見事なスタッフワークを見せてくれる。すばらしい。初めて彼らの舞台を見たのは18年前になる。最初はバカにしていた。高校生の芝居なんてわざわざ見てもしかたない、と。だが、僕の常識は一瞬で覆されることになる。そのへんの大人たちよりずっと凄いのだ。技術面でも、作品の理解力でも。お手上げだった。あれから、18年。毎年追手門だけは必ず見ている。今年の作品はここ数年で一番うまい、と思う。だが、なんだかルーティーンワークに見えてしまったのは僕だけだろうか。彼らの作品になれてしまったということもある。だが、それだけでは決してあるまい。
箕面、箕面東高校『百年たったら はじめよう』はいつもながらのアングラ芝居で彼らの嗜好が学年が変わっても受け継がれていることに感心した。だいたいこれってどう考えても妄想プロデュスの予備軍ではないか?池川イズムはどこまでこの集団に引き継がれるのか、何よりもまず、それを見届けたい、と思わされた。女の子たちがたくさんいるのに、まるで今時の子供たちの見せる世界とはとても思えない。ドラマが先になかなか進んでいかないところが去年の作品と似ている。いくつかのシーンを交互に描いていき、それがやがてひとつに重なることで、その先にあるものが見えてくるはずだったのだが、よくわからない。この話を通して見せたかったものってなんだったのだろうか?熱くて泥臭い芝居である。美術、音響、照明ともによく考えられてある。惜しい出来だ。
工芸高校『シロツメクサ』はオムニバススタイルで、2人の少年の大人にいたるまでのいびつな友情を描いた作品。主人公のわるわる団、団長を演じた村尾翔司くんが凄い。彼の顔面演技には恐れ入る。デーモン小暮のような「我輩は」という語り口が笑える。それにしても余裕綽綽で、あそこまできちんと間を取り、計算された芝居をするなんて、ちょっと上手すぎて腹が立つくらいだ。彼の親友となる1年生の河井朗くんとのコンビによる大人時代のエピソードがこの芝居全体を引き締める。バカバカしい話を村尾くんが引っ張り、見終えたらなんだかいい気分にさせられる。ちょっとこれにはやられたなぁ、と思った。