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映画・演劇のレビュー

『紀子の食卓』

2006-12-19 00:14:37 | 映画
 次々に思いも寄らない発想で、映像の新世紀を切り開いていく園子温監督の現時点での到達点を示す傑作。(と、言っても彼の事だからすぐにこれすら超える映画を作り上げていくだろうが。現に今までのイメージを払拭する新鮮な青春映画『気球クラブ、その後』が来春に待機中)

 90年に『自転車吐息』でデビュー以来、マイナーシーンで画期的な実験映画を作り続けてきたが、誰も知らない大傑作『うつしみ』から、内容と予算面とのギャップで思ったような成果が上がらなかった『自殺サークル』を経て、今年『夢の中へ』『奇妙なサーカス』の2本経由で、今回の作品へと至るラインナップは凄いとしか言いようがない。ぜひ、DVDでいいから体感して欲しい。

 集団自殺を図った女子高生たちの謎を、今回は事件の外側にいた少女の側から描き彼女たちの自殺の本当の理由に迫った大作である。もちろん『自殺サークル』のリターンマッチでもある。ただ、それだけでなくこれは園子温の世界観が余すところなく表現された、革命的な映画になっている。

 このおとなしいタイトルに騙されてはならない。ここまで残酷で、切ない少女たちのうめきを描いた映画は他にはない。それにしても、これだけの映画がこんなにも、ひっそりと公開されていいものか、と思う。

 この恐るべき虚構の世界の強度の前では、現実なんてものは跡形もなく蹴散らされてしまう。父(光石研)が娘たちを取り戻すためにすべてを棄てて(というか、彼はその時にはもう、全てを失ってしまい何も持たないのだが)<廃墟ドットコム>の中に入り込む。現実の力が虚構を打ち破るために。

 最終章の彼の戦いぶりは、悲壮である。もちろんこの虚構の前では彼の持っていた愛とか現実なんてひとたまりもない。レンタルされてきた家族との幸福な食卓を楽しむだけで精一杯である。かっての自分の娘たちと、死んだ妻のかわりにレンタルしてきた女と一緒に、すき焼きを食べテーブルを囲む。以前には決して、こんなふうに4人で笑いあって夕食を食べたことはなかったのに。

 何が彼をここまで追い詰めたのかは、彼には分からない。原因なんてない。精一杯家族のことを大切にしてきたし、仕事にも誇りを持ち、家族の幸せのために最善を尽くしてきた。なのに、現実は崩壊した家庭に一人取り残されるだけだ。

 紀子(吹石一恵)は家出して、後を追うように妹のユカまで失踪する。ユカの残した手記のなかでは、父は2人を探し出すため仕事も辞め必死に行方を追う、ことになっている。しかし、現実の彼はそうはできなかった。2ヶ月もそのまま仕事を続け、妻は自分を責め自殺してしまう。最悪の結末だ。完全に家族が崩壊する。家には自分しかいなくなる。

 紀子による膨大なナレーションで語られていく壮大な物語は、荒唐無稽な事と済ませれない。レンタル家族というものを現実を超えるリアルとして描くこの映画の語り口には震撼させられる。家族とは何なのか、を改めて考えさせられる。

 崩壊した家にしがみつき、虚構の団欒に取り込まれ、それを受け入れるしかなくなる父親の姿が悲しい。レンタル家族をお金で買うことくらいしか、彼にはもう選択肢は残されていないのだ。家族らしさを味わうこと。リアルの感触は虚構の中だけにあり、それはお金で買うもの。絶望的な状況を打開するための最後の賭けだったはずなのに、惨めな敗北に終わり、それでもその団欒に涙する。

 私と私の関係性についての幾つもの問いかけに対して、ラストで「私は(ミツコではなく)紀子だ」という答えが提示される。そのモノローグが唯一の救いだ。それは、虚構の世界におけるたった一つの明確な意思表示である。自分は自分である、というところにしか、もう拠りどころはない。

 2時間39分の超大作である。映画全体は5つの章からなり、4人のナレーションで語られる。紀子を中心に父、妹、そしてこの世界への案内人である上野駅54さんことクミコ。それぞれの視点から、この世界で起きていることが綴られる。

 目を背けてはいけない。この現実の果てにあるものを凝視すべきである。そこからすべてが始まる。これは『自殺サークル』の続編である。そして、あの映画が描きたかったことがこれを見ることで明確になる。54人の女子高生による集団飛び降り自殺。これは、一斉に手を繋いで線路に飛び込んだ彼女達のリアルを、内側から描いた凄まじい映画である。



 

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