3時間に及ぶ大作である。それを無名の若い監督、蔦哲一朗がデビュー作として撮った。しかも自主映画として、である。さらに驚くべきことは、彼がデジタルではなく35ミリで撮影した、という事実だ。今時、メジャー大作映画ですらフィルムを使わないのに、頑固にフィルムにこだわった。デジタルの画像では表現できないフィルムの温もりを重視したのだ。しかし新人監督がそこまでするか? 普通なら予算の関係で一番に断念するところだ。なのに、彼はそこを一番大事な案件にした。リスクばかりが大きくて、得るものは少ない。でも、この映画は絶対にフィルムで、という頑固な姿勢を貫いた。凄い。出来上がった映画は確かにフィルムでしか表現できない温かみのある映像になった。
徳島県の秘境、祖谷を舞台にして、そこで暮らす老人と彼に育てられた少女の物語が淡々とした描写で綴られていく。この悠々たるタッチが欲しかったのだろう。3時間でなくては叶わない。それにしても肝の据わった新人だ。こんな困難をものともしない。しかも、独りよがりすれすれの映画を最後まで、妥協することなく貫く。見せ方には甘さや、物足りなさはあるけど、それでも、そんな未熟さをものともしない信念を感じさせる。自分の信じた道を曲げないで最後まで貫く。その姿勢がすばらしい。
主人公の少女を武田梨奈が演じた。体当たりの力演である。おじいを田中泯。ほとんど科白はない。(というか、一切しゃべってないのではないか、というくらいの寡黙さだ)だから、武田は会話シーンも独り芝居のようになる。受けの芝居だけになる。田舎の大自然の中で生まれた時からずっとおじいと二人暮らし。そんな17歳の少女をとても自然体で演じる。始まったところから2時間ずっとタッチは変わらない。村の人たちとの普通の交流も描かれる。都会から来た男とのドラマもちゃんと描かれて、それなりにお話らしいお話は用意されてはいるけど、タッチがゆったりで、説明がほとんどないから、村での生活のドキュメンタリーのようだ。
しかし、終盤、おじいの失踪から急展開する。シュールな描写(都会から来た男女に助けられ、その後、崖から転落。彼らは赤ちゃんだった武田の死んでしまった両親のようなのだ)が続き、そのまま、いきなり東京での生活になるのには驚く。山の中の風景から一転して、都会での描写。何の説明もないまま、である。さらには、ラストの帰郷までが、それまでのタッチを変え、リアルとシュールのはざまで、描かれる。
描こうとするものがいささか不明で、3時間もかけて見たのに、なんか、消化不良なのが、残念だが、この気合いの入った映画を作って、世に問う姿勢が気に入った。莫大な制作費と、時間をかけて、1本の映画を作る。その情熱に頭が下がる。見てよかった。