これは甘い小説だ。安易な展開だ。でも、悪くはない。まだ幼い娘を病気で亡くし、そのショックから妻と別れひとりぼっちになった男が、ある日一人の女の子を拾う。少女は過去の世界からここにやってきたようだ。そんな行き場のない彼女と暮らすひと夏の物語。(そして、コロナ禍という状況をうまく話に取り込んでいるのも見事。)
実は彼女は、というよくある展開になるのは必定だが、でもうまく話を作った。なるほど、と思うし納得のラストだ。同じ時期に見た映画『月の満ち欠け』にはあきれたが、この小説はあの映画と同じような安易にも見える展開が納得できる。微妙な匙加減って大事だな、と思う。ほんの少しの嘘を納得させるためには、そこ以外の部分では絶対に嘘を描かないことが大事だ、と思い知る。
この小説は主人公のふたりの交流だけを描く。男と少女以外にお話に関与する者は一切ないという潔さ。二人の交流する日々を丁寧に描いた後、やがて40年ほど前の世界から現在へと彼女がやってきたわけ、彼女は何者なのかが明かされることになる。なるほど、そこか、と感心はする。だけど、甘すぎ。うまく収まりすぎ。
こういう時空を超えたミステリーは映画の定番。これを『時をかける少女』の頃の大林 宣彦 監督なら素敵な映画に仕上げたはず。今なら、三木孝浩が適任か。でも、映画にはならない小説としての良さがここにはある。描かれる世界の狭さだ。映画ならその狭さを描くと作品世界がしょぼくなるからどうしても世界を広げてしまいがちだ。そして失敗する。だが、この小説は広げないからうまく収まった。ほんとうにその辺の匙加減は難しい。でも、やはり作品自体は甘いな。
続けて読んだのが武田綾乃の新作『嘘つきなふたり』。これも謎解きも含めて面白かったのだが、これもなんだか甘くて安易な気がする。女の子同士の友情がミステリ仕立ての小さな冒険譚として描かれる。偶然10年ぶりに再会した小学校時代の同級生。ふたりであの頃できなかった京都までの2泊3日の修学旅行を再現する。そこから死んだ小学生時代の担任殺しの真相に行き着くのだが、こんなレベルで留まっていていいのかとも思う。安心して読めるし、心温まる。でもそれだけ。
藤野可織『青木きららのちょっとした冒険』はへんな小説で面白いけど、これもそこで留まらないで欲しいと思った。ちゃんとその先が欲しいのだ。「へん」の先だ。この短編連作で描かれるのはどこにでもいる、誰ででもある、青木きらら。そこではいくつもの青木きららが描かれる。彼女(あるいは彼)らは、何者なのか。ありえないような出来事を通して、なぜかそこにいる青木きららの存在が僕たちの生きる世界を作る。この世界で僕たちはどう生きていくべきなのかが描かれるはずなのだ。でも、そこには至らないで終わる。なんだか、不思議という次元で留まる。惜しい。