久々の井筒和幸監督の新作だ。メジャーではなくマイナー作品なのだが、50年に及ぶ時間を描くやくざ映画である。かなりの大作映画なのだ。1956年から始まる。主人公の少年時代からスタートして彼が60歳の還暦を迎えるまでのお話。60歳を機にして彼は組長を引退する。毎日が闘いの日々だった。だが、派手な抗争は描かれない。なんだか日常のスケッチみたいな映画なのだ。エピソードは細切れで、淡々とした描き方。短いエピソードの羅列。抗争(ハレ)と、しのぎのための日々(ケ)を交互に描く。モノクロからスタートとして、時間を追うごとに徐々に色が付いていく。気が付くとふつうのカラーになっている。でも、少し淡い色合いか。流血シーンもあるけど極彩色ではない。
主人公の松本俊夫演じる男が組長なのに、こわもてではない。破天荒な男ではなく、なんだかふつうの男だ。だけど、ヤクザとしてとても誠実で組員の信頼も厚い。ある平凡なひとりの男の生涯を描く映画。でも、庶民哀歌というようなホームドラマって感じで、やくざ映画という印象は薄い。でも、内容は完全無欠のやくざ映画だ。やくざしか出てこない。
70年代に入ると『仁義なき戦い』が出てくる。『ゴッドファーザー』も、だ。やくざ映画のレジェントだ。やくざたちがやくざ映画を映画館で見るシーンも出てくる。東映からのフィルムの使用権が取れなかったのか(敢えて取らなかったのか)劇中で描かれる映画は新たにこの映画用で撮り直している。タイトルは出ないけど、あれは『北陸代理戦争』であろう。あの事件は、実際はどうだったとか、こうだったとか、映画を見ながら(見た後だったか?)やくざたちが楽しそうに話す。70年代の実録映画がなんと今ではノスタルジアになるのか。
50年代からスタートした映画はいくつもの紆余曲折を経て、21世紀に突入する。何度となくムショにも入ったけど、彼は無事に定年を迎える。みんなに祝福されて引退する。
なんなんだ、この映画は、と思う。2時間半の大作である。大河ドラマだ。なのに、なんだかのんびりして、ラストはハッピーエンドである。こんなヘンテコなやくざ映画は今までなかった。井筒監督は50年に及ぶキャリアを経て、ここに行きついたのか。主人公の50年と自分の50年が重なるのか。彼はやくざじゃないけど、やくざも映画監督も同じようなもの。どちらも命がけで戦っている。80年代『ガキ帝国』で本格的にキャリアをスタートした。あれはやくざ予備隊の話だった。あれから40年以上の歳月が経ち、久々の映画である。彼のような監督は今映画を作りにくくなったのかもしれない。昔ながらの映画監督はもう少ない。アナログだった映画はいつのまにかハイテク(なんていう言葉は今は使わないね)で、デジタルになりました。フィルムで映画を撮るなんてほとんどないし、撮ってもフィルム上映はできない。フィルム映画の銀落としの感じで撮られた映像はなんだか懐かしい。
こんな時代もあった。そして今はもうこんな時代ではない。いいとか悪いとか。そういう問題ではない。大体やくざがいいわけもない。これが描くのは任侠映画でもなく、実録映画でもない。ましてや、その先のリアルな世界でもない。これは思い出のやくざの世界だ。だがこれを作った井筒監督はこのやくざ映画で、自分の人生も振り返り、人間の一生をそこに反映させる。