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映画・演劇のレビュー

『冷たい熱帯魚』

2011-02-15 22:11:09 | 映画
 園子温の新作。今度は全く救いのない嫌な話。もともと人間の暗部を残酷描写とあきれるような手法で抉りだしてきたけれど、今回は今までの比ではない。最初から最後まで2時間半の地獄巡りである。生半可な気分で見たなら、気分が悪くなり途中で退席せねばならなくなるだろう。

 全くどこにも救いがない。『紀子の食卓』と『愛のむきだし』の2本でまず一つ目のピークを迎えた彼が今回挑戦するのは、完膚無きまでに家族というものを叩き壊してしまうこと。こんな怖ろしい映画はない。ファーストシーンから衝撃度はマックスだ。女がスーパーで買い物をしている。全くなんの感情もなくレジカゴに冷凍食品を放り込んでいく。あれは買い物ではない。ただエサをカゴに放り込んでいるだけ、そんな作業に見える。そして、それをレンジでチンして、夕食に並べる。家族3人で食卓を囲む。この冷え冷えとしたシーンから映画は始まる。その時、いきなり娘のケータイが鳴る。男からの電話だ。彼女は食事の途中なのに、平気で出ていく。男は車で、玄関のところまで来ている。それを両親は何も言わず見送る。たったこれだけのシーンで、この家はもうダメだ、と思わせる。見事な導入部だ。

 その直後の娘の万引き事件のシーンから、一気に地獄に叩き落とされていく。でんでん演じる世話好きで、変になれなれしい男の登場。その瞬間から彼のペースに嵌ってしまい、その日の深夜まで、家族3人は彼と行動を共にする。悪夢はこうして始まる。これはホラーである。でも、こんなリアルで、底なしのホラーを今まで見たことがない。予想すら不可能な思いもしない展開が怒濤のように押し寄せてきて、主人公である父親(吹越満)とともに、あれよ、あれよという間にありえない状況に絡め取られる。もう逃げ場はない。

 この不気味さはなんなのだろうか。それは犯罪に引き込まれたことで生じるものではない。でんでんは、ただのアグレッシブなオヤジで、悪魔ではない。だが、あの常軌を逸した行動は人間の域を超えている。何かのタガが完全に外れてしまったことで生じる、そんな不気味さだ。彼は何も怖くない。40人も50人も人間を殺してヘラヘラ笑って、普通の生活をしている。死体を完全に透明にして、証拠を残さないというが、彼の周りであんなことが起きているのに警察は彼を捕まえられないなんて考えられない。だが、その考えられないことを彼はなんの工夫もなく、堂々とやり通していく。あまりの大胆さゆえ、だれも疑うことすら出来ないのだろうか。

 彼が死体を捌くシーンのあまりの残酷さには目を覆いたくなる。ここまでやると、これは社会派映画ではなく、ただのスプラッターだ。下品なことこの上ない。しかし、あのくらい平気でやらなくてはこの映画の怖さは伝わらない。園子温に実際にあった事件をリアルに再現する気なんて毛頭ない。彼はこのモデルとなった事件をヒントにして、最大限まで妄想を膨らませてこの世界にある地獄をみせるだけだ。デフォルメしても、ベースにある気持ち悪さはとてもリアルなので、この映画から目が離せない。安心できないのだ。

 さらに終盤の展開。あれはもう普通の人の理解を完全に超えている。あの展開にはたぶん、いろいろと異論があるだろうけど、でも、彼は全く意に介さないだろう。園子温にとってこの映画のラストはあれしかないにだろう。

 この映画が描くのは、父親である主人公の地獄だ。この腐りきった家族は自分の手で叩き壊すのだ。血まみれになり、自分の手で壊すしかない。妻を殺し、娘を刺し、自殺する。この地獄を作ったのは、でんでんではない。自分自身なのだ、と知る。


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