チャン・ウエンがこの大作映画を手掛け、国内ナンバー1ヒットを記録したことを喜びたい。こういう国民的娯楽大作が、中国で作られ、それは同時に芸術作品としても歴史に残るものであること。その事実を心から喜びたい。これは中国映画の『七人の侍』である。ストーリー面での類似だけではなく、いや、それ以上に大事なことは、その精神面である。
チャン・ウエン演じる男は盗賊団のリーダーであるだけではなく、体制と戦い、自分たちのプライドをかけて、お金ではなく、人が生きるために一番必要なものを摑み取っていく。「勝ったのは俺たちではなく百姓たちだ」と言った志村喬に対して、チャン・ウエンは「勝ったのは百姓たちではなく、戦った俺たちだ」と言う。その違いが、日本人と中国人とのメンタリティーであろう。これは自分たちのための戦いである。息子や仲間たちを殺された痛みを胸に抱えたまま、敵がどんなに巨大であろうとも、涼しい顔で冷静に対応し、最後の最後まで悲壮にはならず、戦い抜く。
痛快娯楽大作というパッケージングはキープしたまま、それだけには終わらせない。といっても、テーマ主義とか教条的にとかはならず、娯楽映画の矜持は最後まで守り、見終えた後には爽やかな感動を残す。こんな映画が大ヒットするのは当然のことだろう。
だが、いつものことだが、こんなにも凄い映画が日本ではとても軽く扱われるだけではなく、全くヒットしない。この国では、まともな映画はたとえ第1級の娯楽映画であったとしても、商売にはならないのか。これを中国の満員の大きな映画館で、見たかった。
チャン・ウエン演じる男は盗賊団のリーダーであるだけではなく、体制と戦い、自分たちのプライドをかけて、お金ではなく、人が生きるために一番必要なものを摑み取っていく。「勝ったのは俺たちではなく百姓たちだ」と言った志村喬に対して、チャン・ウエンは「勝ったのは百姓たちではなく、戦った俺たちだ」と言う。その違いが、日本人と中国人とのメンタリティーであろう。これは自分たちのための戦いである。息子や仲間たちを殺された痛みを胸に抱えたまま、敵がどんなに巨大であろうとも、涼しい顔で冷静に対応し、最後の最後まで悲壮にはならず、戦い抜く。
痛快娯楽大作というパッケージングはキープしたまま、それだけには終わらせない。といっても、テーマ主義とか教条的にとかはならず、娯楽映画の矜持は最後まで守り、見終えた後には爽やかな感動を残す。こんな映画が大ヒットするのは当然のことだろう。
だが、いつものことだが、こんなにも凄い映画が日本ではとても軽く扱われるだけではなく、全くヒットしない。この国では、まともな映画はたとえ第1級の娯楽映画であったとしても、商売にはならないのか。これを中国の満員の大きな映画館で、見たかった。