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映画・演劇のレビュー

小川糸『ファミリーツリー』

2010-02-22 21:31:37 | その他
 『食堂かたつむり』の小川糸の新作は、あまりに切ない純愛物語。2人の男の子と女の子の3歳から20年ほどの歳月を追いかけていく。幼いころから成人するまでのいくつもの夏の話を通して彼らが大人になる過程で何を考え、どんな体験をしたのかを丁寧に描く。まるで昔懐かしいジュニア小説の世界だ。富島健夫かなんかの思春期小説を読んでいる気分だった。

 幼なじみの初恋が様々な障害を乗り越えて成就していく、なんて話が、今時書かれるなんてなんとも不思議な気分だ。悪いとは思わないが、なぜこんな小説を書くのだろうか、と疑問に思う。小川糸さんの意図(シャレではないが)はどこにあるのだろうか。今こそ純愛がテーマだなんて、まぁ誰も思わんわな。

 リュウとリリーは親戚同士だ。彼らは穂高の旅館で毎年夏を一緒に過ごす。リュウと彼の姉である蔦子のところに東京から夏休みになると彼女はやってくるからだ。彼らの3人によるいくつもの夏が描かれる。そしてやがて思春期を迎える。リュウはリリーを異性として意識する。

 後半は舞台を東京に移し、大学生になった2人が、愛を育むのではなく、徐々にすれ違って行く姿が描かれる。あんなに堅い絆で結ばれていると思われた2人なのに、なぜこんなことになるのだろうか、だなんて誰も思わんわな。だいたいこんなモノだろう。醒めているのではない。大人になるというのはこんなものなのだ。まぁ、当然のことだろう。では、この当然、はいったいどこに繋がっていくのか。大事なのはそこなのだ。

 「今」という時代にこういう話を提示するのは時代錯誤だが、敢えてそれでもこういう話で書きたいと思った彼女の想いをしっかり汲んでみたい。きっとこれは評判が悪いだろう。『食堂かたつむり』を期待した読者には顰蹙を買うだろうが、気にすることはない。小川糸さんの中ではこれは一貫性のある作品になってるはずだ。

 まるで、ままごとのような恋愛のてんまつがを通して、小川糸さんは何を描こうとしたのだろうか。もう一度そこに帰る。

 長い歳月を経て行く中で、当然のことだが、変わるものと変わらないものがある。これは、そんな中で、弱い生きものである彼らがそれでも生きていく姿を通して、大きな家族の歴史の流れの中にある小さな自分たちの歴史を見つめていくための小説なのだろう。

 彼らの祖祖母である菊さんが拘った事って何なのか。彼女の死を通して2人は再び絆を取り戻していくのだが、それって何だろうか。ここに作者の描くべきものがある。だが、とてももどかしい。『ファミリーツリー』という大きなタイトルに、この小説はまるで迫れてないからだ。小さなことをしっかり見つめていくことで、大きな事を描こうとした彼女の試みは明らかに失敗している。でも、この小説は決してつまらなくはない。これは壮大な失敗作だ。







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