安部公房の『密会』がこんなにもかわいいファンタジーになってしまった。阪上さんの手にかかると、すべてがいちびり一家の世界に染まってしまう。それってなんだか素敵なことだ。テキストをおろそかにしたわけではない。入り口は同じだけど、出口が違うのだ。
『密会』の描く怖さを手掛かりにして、病院という迷宮へと迷い込んでしまった妻と夫の魂の旅を描く。救急車でここに運び込まれたはずなのに、妻がいない。いくら探してどこにもいない。見つからない。やがて、彼は妻の顔すら忘れていく。いつも一緒だったはずの彼女が誰だったのか、どんな顔をしていたかすらわからなくなる。
近づいたかと思うと、遠ざかる。あんなにも身近にいつもいた、はずの、彼女がもうどこにもいない。迷路の病院の中をさまよう。8年間ずっとここに閉じ込められたまま。いや、つい先ほど運び込まれたはず。夫は妻を顧みず、仕事にかまけていた。それが妻のためだと思っていたのか。引っ越し先すら知らず、すべてを彼女に任せていた。だから帰るべき(行く先の?)家も見失う。いつもながらの音楽劇で、冒険物語なのだけど、これは実はとても怖いお話なのだ。でも、最後はなぜか、ファンタジーになる。
なぜか、病院のなかには入ることなく、ブロック塀の上で右往左往しているうちにここからひとりで旅立っていくことになるラスト。そこまできてこれは猫が主人公で、病院ではなくブロック塀の迷路を彷徨うお話だったのか、と気付く。このお話の孕み持つ怖さを、こんなふうに強引にファンタジへと昇華していく大胆さを買う。