習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

劇鱗『猟銃ノナク』

2007-04-01 18:53:22 | 演劇
 実録ものだが、作者が事件自体をどう捉えたのかが、これではよくわからない。力のこもった力作だけに惜しい。昭和54年大阪で起きた「三菱銀行猟銃強盗殺人事件」を扱った作品である。高橋伴明監督が『TATTOO<刺青>あり』というタイトルで20年以上前に映画化もしている。

 こんな30年も前の事件を題材にして、今、何故芝居化しようと思ったのか。この芝居の作者は、梅川の何処に魅力を感じたのだろうか。彼の行為の中にどんなふうに今に通じるものを感じたのか。それが伝わらないのが歯痒い。

 破滅的な生き方である。「大きなことをする」て何なのか。銀行を襲い大金をせしめる、なんていうバカげたことを綿密な計画もなく行う。銀行に立てこもりそこがソドムと化していく。計画性のない破滅的な行為。そこまで彼を追い詰めたのは何か。なぜ彼はそこに突き進むことになったのか。描くべき課題は山盛りある。しかし、この芝居は、それを何ひとつクリア出来てない。
 
 伴明の映画ではそれらが、一つ一つ答えられていたように思う。25年近く前に見た映画だが今でも鮮明に記憶の片隅に残っている。では、映画と比較してこの芝居がダメであると言いたいのか、と言えばそれは少し違うのだ。実はこの芝居の不備が見ていて心地よく思えたのである。上手く作れないが懸命にこの主人公と寄り添う姿勢に好感が持てた。いいかげんな芝居作りはしない。その真面目さがいい。

 くじら企画の大竹野正典の芝居に影響を受けて、この作品に取り組んだらしい。確かに芝居の組み立て方、題材の求め方は大竹野によく似ている。ただ、作者本人も拘ったという母親との関係が、これではまだ浅すぎる。そして、死んだ父親との葛藤にも踏み込んでいない。父を単なるナビゲーターとして設定したのも、もったいない。母と愛人に挟まれて、彼がいったいどこに向かおうとしたか。そこをもっとしっかり描いて欲しい。

 主人公の梅川をモデルにした男を演じた出本雅博がとてもいい。冷静で理知的なルックスで、暴力的な行為に走っていくアンバランスがおもしろい。彼にずっと猟銃を持ち続けて芝居をさせた演出も面白い。

 繰り返すが、なぜこの男がこんなバカげた行為に及んだのか、彼の心の闇まで迫れたならいい芝居になったはずだ。事件そのものを描くのではなく、そこに至る内的な葛藤を、仲間と麻雀をする姿を通して描いたのも、上手いが、彼があんな残虐な行為に至った理由にまでは踏み切れてないし、このドラマが、パンフレットにある「普遍的な何か」となりうるのかも解らない。とても惜しい芝居だ。ただ、劇鱗がこういう新しい方向性を見せてくれたことは興味深い。

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