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映画・演劇のレビュー

『恋愛の目的』

2006-12-10 10:14:16 | 映画
 ハン・ジェリム監督の第1作『恋愛の目的』は過激な映画である。一見何の変哲もないただのロマンチックなラブストーリーに見えるが、実は一筋縄ではいかない。バカバカしいラブコメの皮を被ったとても変態的で、居心地が悪い嫌な話だ。それを爽やか青春物のパッケージングを施して見せていく。

 とても調子が良くて軽い高校教師が主人公(パク・ヘイル)。教育実習でやって来たキュートな女の子(『トンマッコルのようこそ』で少女を演じたカン・ヘジョン)に一目惚れ。彼女に強引にアタックをかける。最初は迷惑がっていた彼女も、徐々に彼に惹かれていく。しかし、彼女には医者をしている婚約者がいる。さらには、彼にも別の高校で働く6年越しの恋人が。 と、書いていたら、ほんとうによくあるラブストーリーの王道を行く映画に見える。

 だが、この映画はそんな定石なんか、最初から大きくはみ出しているのだ。まず、男は最初から女の気持ちなんかにお構いなしに彼女の世界に土足で入ってくる。付き合いを強要するだけでなく、それは修学旅行中のレイプにまで及ぶ。「1回だけさせろ」なんて言って暴行するラブコメ恋愛映画なんて見たことない。彼は最初からセクハラし放題のストーカー男として描かれる。これは恋愛映画でなく犯罪映画だ。

 恐怖から女は必死に抵抗するが、抗いきれない。それは、彼女の中にほんの少し彼を求める気持ちがあるからなのだが。

 彼女は優しく仕事熱心な婚約者に対して、愛情を感じていない。それは彼に問題があるのではない。恋愛自体に対する恐怖心からだ。かっての彼女の体験がトラウマとなり人に対し心を開けない。大学在学中、妻子ある助手と恋をして、彼から別れるとき、ストーカー女の扱いを受け学校にさえいられなくされたことが明らかになる。ただ棄てられただけでもショックなのに、周囲の人間から白い目で見られ、この世界での自分の居場所を奪い取られる。自閉症になり、普通の日常生活も送れなくなる。そんな、経験を乗り越えての今なのである。もちろん完治したわけではなく今も不眠症に苦しめられ、夜明けまで眠れない。

 そのことを知った男は、彼女のそんな痛みも含めて受け入れようとする。ここからは映画は幾分シリアスになり、ラブストーリーとして、2人に感情移入できようになる。しかし、映画はそんな単純な構造では収まらない。そして、この軽いだけの男が、彼女を救うことなんて出来ない。

 2人の仲が発覚する。高校のホームページへの書き込み中傷から、学校側が調査に乗り出し、大事件となる。調査の最後に、女は「彼に暴行された」と言う。それは、本当のことだが、彼に愛を感じ始めていた彼女の裏切りに男はうろたえる。彼女の内面が見事に捉えられている。男の考えるエゴなんて寄せ付けない。そんあに、簡単に彼女の受けた恐怖は癒えることはない。

 ここからラストへの持って行き方は、悲痛だが、見事だ。意外なことに、とてもうまい軽やかさを見せるのである。甘すぎるのだが、こういうハッピーエンドは悪くない。気付くと普通のラブストーリーのエンディングになっている。

 お互いにすべてを失い、そこからもう1度二人で生きていこうとする。それをさらりとノーテンキに見せてくれる。《人は何のために人を好きになるのか》、《結婚にどんな意味があるのか》、といった女性雑誌のネタみたいなテーマを、ただの恋愛映画にしないで、実に骨のある作品に仕上げた秀作である。

これだけの作品が日本では未公開になる。ひっそり年末に公開されている<大阪韓国映画週間>の1本として、きのう1回限り上映された。もったいない話だ。

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