大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

銀河太平記 序・3『グランマ 惟任美音』

2020-06-12 14:33:23 | 小説4

序・3『グランマ 惟任美音』    

 

 

 カルチェタランのオーナーにしてプロデューサーにしてマンチュリー随一のアーティスト。

 惟任美音(これとうみおん)

 

 グランマの通称通り熟年オーナーの貫録なのだが、受ける印象は、時に少女のようであり、時には老長けたやり手ババアか哀愁漂う娼婦か……思っていても口にしたりはしないが。

 いや、口にしなくても、こちらの思うことなどは掌を指すように明確、的確。程よく面倒見がよく、適度に薄情。しっかりしているようで十に一つほどは大ポカがあり、俄かから古参に至るまでファンは彼女の虜になる。

 任官二年目で本国の出世コースからは外れてしまい、こんな辺境守備軍の司令官をやってはいるが、本業(軍事的なこと)のことで悟られるようなことは無い。ま、その分、世俗の事ではキンタマの皴まで読まれているような気がするが、それが心地いいのだから、俺もいいかげん変態なのかもしれない。

「顔を見るたびに、あらすじ読むような顔しないでくれる。お酒がまずくなるわ」

「すまん、敵情視察は職業病みたいなもんだ」

「あらあら、カルチェタランのグランマは、いつだって正義のミカタよ。まあ、一杯やって、300年前の青島ビール」

「どこの遺跡から発掘したんだ?」

「定遠の艦長室」

「日清戦争のゲームかい?」

「広瀬中佐のウォッカのお返し」

「スパシーボ」

 バカを言ってる間にステージの設えが変わった。

 上手と下手の袖から二組のレールが伸びてきて中央でクロス。転轍機が切り替わる音がして、ホリゾントの向こうから、この世の終わりか始まりを思わせる地響きがする。

 ホリゾントは満州平原の仮想現実となって、巨大な青い蒸気機関車が爆走してくる。

 

 ポーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!

 

 満鉄のアジア号だ。

 どういう演出になるかとジョッキを置くと、アジア号は速度を落とすことなく驀進して、客席を貫いていく!

 グオーーーーーーーーーーーーーーーーー!!

 むろんホログラムなのだが、客席の全員が墜落寸前のパルスジェットの乗客のように身を縮めてしまう。こんな時に平然としているのは朴念仁だ。

 うわーーー!

 初めてゴジラを見たオッサンのような声をあげてお付き合いしておく。

 ん?

 顔を上げると、レールが交差したところに湖姫(こき)が際立っている。

 シルクの衣の下は素肌なのだろうか、スレンダーではあるが内圧の高い肉体は針を指したら弾けてしまうのでは思わせるくらいにフレッシュだ。

 タン タタタン タン タタタン タタタタタン……

 上下の袖からレールに乗ってウズベキスタンあたりの楽器を小気味よく奏でながらバンドが現れ、そのリズムに乗って湖姫が踊り出す。

 これは……ボロディンの歌劇……韃靼人の踊りか?

 辺境の軍人には、乏しい知識の中から似たものを引き合いにして感嘆するしかない。

 リズムは緩急をつけながら、しだいに激しくなり。いつの間にか現れたのかバックダンサーたちが、ホログラムだろうから、いつの間にかもないのだが、湖姫の湖旋舞を荘厳し、湖姫は、それを増幅し放射して、ステージの時間を千年も巻き戻したかと思われた。

 チンギスハーンの宴など知る由も無いのだが、あったとしたら、そのチンギスハーンの最盛を寿ぐような生命感に満ちている。

 いつのまにか、自分の拍動さえシンクロされてしまっている。

 この初心なときめきは何だ? もう何年も感じたことのない拍動に戸惑う。士官候補生になったばかりの青二才が、軍人として初めて日本海海戦や奉天戦の戦歴に触れたような昂ぶりに似て……いや、軍人以前の男として、二十歳をいくらか出た青年のころのときめき、あれにそっくりな……。 

 まあいい、こういう時は素直に支配されてしまった方が楽しいし、人の邪魔をしない。

 こういうところでは、みんなで楽しむのがルールだ。

 士官学校最終年の講義に禅宗の坊主になった退役中将が講演した。

『戦の肝は放下(ほうげ)である』

 という言葉が蘇った。

 

 気が付くと、他の客たちといっしょに手が痛くなるほどの拍手をしている自分が居た。

 ステージの湖姫の踊り子と目が合った。

 礼儀のためだけでなく、俺はグラスを上げて立ち上がり、それを彼女に捧げる仕草をして飲み干して、さらなる拍手を送る。

 すると、湖姫は客席への階段を下り始め、同時に、あれだけ居た客たちが気配を消していく。

 

 湖姫がフロアーに足を下ろした時には、湖姫とグランマと俺の三人になってしまっていた。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

せやさかい・152『山門に入るを許さず・1』

2020-06-12 11:33:41 | ノベル

せやさかい・152

『山門に入るを許さず・1』さくら        

 

 

 

 小4の時、図書室の使い方を習った。

 

 低学年の時でも図書室は使ってたんやけど、国語の時間とか、たまたまの自習時間に好きな本を読んでいいというもので、貸し出しは無かった。

 本が借りれるということに興奮して、何冊か借りた本の中に、こんな言葉があった。

『君子あやうきに近寄らず』

 たぶんシリーズ小説。

 表紙のカバーが可愛いかったんで借りたら小4では読まれへん漢字が多い、パラパラめくって、挿絵を見て喜んでた。

 

 君子を『きみこ』と読んでしもてた。

 

 せやから『君子(きみこ)あやうきに近寄らず』と読んでたわけで、クラスで仲の良かった子が中原君子さん。

 小4にしてはしっかりしてた子ぉで、背ぇも、わたしよりも五センチは高いベッピンさん。

 なんちゅうか、クラスで前から三番目という背丈のあたしには、ちょっと大人びて見えてた。乃木坂のなんちゃら云うアイドルに似てて男女を問わず人気があって、密かに尊敬というか憧れてた。

 せやから、この君子(きみこ)は中原さんのことやと思ったわけですわ。

 中原さんほどステキやったら、こんな風に本に書かれたりするんや。挿絵の女の子は頭の高い位置でツインテールにしてて、それも中原さんといっしょやしぃというか、中原さんがモデルやねんから当然やと思った。

 ツインテールは幼く見える。

 大人びた中原さんは、ちょっとでも幼く見せようとしてツインテールにしてると思てた。

 あたしも中原さんの真似してツインテールにしてみよかと思たんやけどね。

「さくらは子どもっぽく見えるからポニテにしとき」

 お母さんは娘の憧れなんか無視してポニテに結いよった。

 

『君子豹変す』

 

 二回目に借りた本に書いたって、またまたビックリした。

 最初は『豹』の字が読まれへんし、意味も分かれへんので、これは先生に聞いた。

 豹がネコ科のパンサーのことやと分かると、妄想はさらに膨らんだ。

―― そうか、中原さんはカッコよすぎて、いつか豹に変身してしまうんや! ――

 満月の夜やろか? 大潮の日ぃやろか?  変身したら、だれかれ構わず噛みついたりするんやろか!?

 今思うとアホなことを考えてました。

 

 遠足で奈良のお寺に行った時、山門の脇に上1/4ほどが欠けた石碑が立ってました。

『――山門に入るを許さず』

「あの欠けてるとこは何が書いてあるんやろ?」

 坊主の孫なんで『山門』の意味は分かってる。お寺の正面ゲート。

『――山門に入るを許さず』やから、特定の人間はお寺に入ったらあかんという意味や。

 男子で同じように疑問に思った子がおって、先生に聞きよった。

「たしか……『くんし、山門に入るを許さず』やったなあ」

「くんし?」

「ああ、キミ、ボクの君に子どもの子ぉや」

 適当なことを言うて、先生は隣の担任と時程の確認に没頭。

 キミの君に子どもの子ぉやったら君子やんか、中原さんのことやんか!

 わけは分からんけど、このお寺は『君子』いう名前のもんは立ち入り禁止にしてるんや。

 お寺の中で豹に変身したら困るよね!

 中原さんの横に並びながら、ちょっと心配になってきた……。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

小説学校時代・12『教師の正義』

2020-06-12 06:26:54 | エッセー

・12

『教師の正義』  


 

 安保法案が予算委員会で可決された時のことです。

 与野党の議員が委員長席に押し寄せ猿山のように大騒ぎになりました。
 野党議員は、採決をさせないために議長から裁決に必要な書類をふんだくろうとし、与党議員は、委員長を守ろうとして身を楯にしました。

「与党議員に殴られた!」

 野党議員の一人が吠えました。
 その様子は、新聞やテレビやネットに出回っていて、一見与党議員の拳が、野党議員の顎にさく裂しているように見えます。

 動画で見れば明らかに分かります。

 与党議員は委員長に襲いかかる野党議員を手を伸ばして制止しているのです。

「拳にしたのは安全のためです。指を広げていると目や口や鼻の穴に入って怪我をさせることが多いんです」

 この与党議員さんは、元幹部自衛官でPKOにも派遣され、修羅場での対応はプロでもあります。なにより動画を見れば殴ってなどいないことは一目瞭然です。
 それでも、この野党議員は「殴られました」と、ことあるごとに発言していました。

 一種のイチャモンであります。イチャモンも繰り返し言えば、正しく聞こえてしまうことが、往々にしてあります。

 入学式卒業式での日の丸の掲揚、君が代の斉唱が問題になっていたころ、こんなことがありました。

「日の丸君が代は軍国日本の象徴です。学校で掲揚することは馴染みません」

 この見解が、職員会議では圧倒的多数でありました。

 わたしは昭和28年の生まれで、子どものころ、正月などでは大方の近所の家々では日の丸が掲揚する習慣がありました。
 掲揚されなくなったのは、左翼やマスコミが軍国主義の象徴と言いだしてからだろうと思います。

「軍国主義の象徴どころか、戦争遂行のための法律や通達が、そのまま残っているのですが。それは問題にしないのですか?」

 具体的に例を挙げて説明しました。酒税・たばこ税を始め、私鉄や電力会社などが戦時法で統合されたままなこと、横書きの場合日本語を左から書くことは戦時中南洋庁が『横書きは左右が混在して、南洋の人たちには読みにくい』と政府に要望して左書きに統一したのを、戦後の閣議で追認したものです。

 などなど、数え上げれば勉強不足のわたしでも、いくつも数えることができます。

「それは嘘や」「牽強付会や」という声ばかりでした。繰り返すと黙殺されました。

「うちの学校は外国籍の生徒が多いんです。日の丸は馴染みません」
 今なら「アホかいな」と思われる言い回しに、多くの先生は頷きました。
 これは上意下達の組合と党の方針そのままです。
 ドグマと言うものは人も組織もダメにすることの見本ですね。
 そのことを指摘すると、こう弾劾されました。

「裏切者!」「破壊分子!」

 ちなみに管理職は「そう言う話は組合でやってくれ」と言ったきりダンマリを決め込みます。

 主題は、ここからです。

「先生、夏休みのプール使用計画をたてたいんですけど」
 7月の頭に、水泳部の生徒が顧問に相談に行きました。
「あかん、夏休みのスケジュ-ルは組んでしもたから、練習には付き合われへん」

 繰り返すが、水泳部の顧問の発言であるのです。

 プールは教師の付き添いが無ければ、水泳部と言えども使用できない決まりです。

「なんでですかあ?」
 生徒は食い下がりました。
「いろいろ会議やら研修があるねん」
 その会議と研修は組合のそれであります。
「先生らは、君ら生徒の教育を守るためにやってんねん。理解してくれ」
 という意味のことを言った。この先生の意識では正義であった。

 このことは、介護休暇明けの三者懇談で、生徒本人と保護者から抗議されて知りました。

 この生徒は水泳部を辞め、他の部活に入ることもなく卒業するまで心を開くことはありませんでした。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

あたしのあした・20『女子高生の反応じゃない』

2020-06-12 06:03:55 | ノベル2

・20
『女子高生の反応じゃない』 
     


 

 先生というのは生徒の成れの果てだ、言い換えれば生徒の劣化版。

 生徒というものは、先生たちがよく言うように未熟なもんだ。

 自分勝手だし、空気読めないし、騒がしいし、打算的だし、中二病だし、言葉を知らないし、生意気だし、事なかれだし、et cetera。
 そういった負の特徴をなにも克服しないどころか、かえって増幅して大人になったのが、目の前に居る。

 体育の水野先生だ!

 プールが故障して補講が出来なくなり、打ちだした対策に、ご本人はご満悦だ。
「益荒男(ますらお)高校のプールは去年できたばかりの新品だ! それに、足にはホテルの送迎バスが使える! 嬉しいだろう!」

 じゃなくって!

 最初に送迎バスを見せられたあたしたちは、てっきりホテルの温水プールが使えるものだと期待した。

 で、着いてみたら男ばっかしの益荒男高校だよ!?

 最初から益荒男高校だと言ってもらった方が、絶望するにしても傷が浅い。
 ホテルの温水プールと信じて益荒男高校に着いたもんだから、絶望感はハンパない。
 それを、得々として「どーだ嬉しいだろ!」てな顔をされると、もう凹みすぎて地球の裏側まで穴が開きそう。

「水野先生……」

 バスを降りて集合していると、益荒男の先生がやってきて、水野先生に耳打ちした。
「え、あ、は、そうなんですか……いや、ご心配なく。なんとかします」
 先生は、しばし眉間に皴をよせたが、すぐになにか閃いたようで、パッと明るい表情になって、あたしたちを見た。
 先生の閃きに、あたしたちは怖気をふるった。
「更衣室の鍵が紛失されてしまったので、お前たちはバスの中で着替えなさい。バスというのは移動手段だけじゃない。こうやって頭を使うことで、いくらでも用途が広がるものなんだ!」
 大きな声で言うものだから、下校途中や、校舎の窓から覗いていた益荒男男子たちが「オーーー!」と色めき立つ気配がしまくる。

「「「「「「「「「ウオーーーーーー!!!」」」」」」」」

 水着に着替えてバスから出てくると、もう気配なんてものじゃなくて、地の底から湧くようなどよめきがした。
 あたしたちは、一応バスタオルで体を巻いているけど、益荒男男子にとっては刺激が強すぎる。
「ウ、鼻血……」
 鼻を押えて駆けて行ったのが、さっきの益荒男の先生だから、ますます成れの果てだ。
 ネッチたちはとっても嫌がっていた。当たり前っちゃ当たり前の反応。

 だけど、あたしは意外に平気。

 むろん水野先生の無神経さには呆れてはいるんだけど、益荒男男子たちの反応は微笑ましくさえ感じている。

 これって女子高生の反応じゃない……なんだか、自分の中に男がいるような気がしてきた。
 
 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

新・ここは世田谷豪徳寺・39《💀 髑髏ものがたり・8》

2020-06-12 05:55:38 | 小説3

新・ここは世田谷豪徳寺39(さつき編)
≪💀 髑髏ものがたり・8≫    



「困ったなあ……」

 自薦他薦合わせて5組も阿部中尉の遺族が名乗り出たのだ。

 遺骨の管理権は一応トムから託されたあたしにある。そんでもって、トムに預けたアメリカ人のアレクのひい祖父ちゃんも「日本の遺族に返してほしい」という希望だった。
 DNA鑑定までやってるんだから、それをもとに一番血のつながりの濃い遺族に渡せばいいんだけど……ためらいがある。

 あまりに話が大きくなりすぎているのだ。

 下手をすれば、遺族の手によって見世物にされる恐れがある。現にあたし個人にもマスコミからの取材の申し込みがあった。 ただバイト先の雑誌社が正面に立ってくれて、遺骨の髑髏そのものを見せることはひかえてきた。
 遺族によっては、髑髏を見世物にして取材費用や拝観料をとって一儲けすることも考えられた。現にいくつかの番組制作会社からは、かなりの額の取材費の申し込みもあった。それは雑誌社を通して断ってもらっている。今のところ厳密なDNA鑑定を遺骨と「遺族」のみなさんにやってもらって時間を稼いでいる。

「あまり気にやまなくってもいいよ」

 阿部中尉が現れて、直接あたしに言った。思わず叫び声をあげるところだった。

 だって、お風呂の中なんだもん!

「この家で二人きりで話せるって、お風呂かトイレしかないよ」
 トイレは問題外だ。まあ、こっちを向かないことで妥協した。
「この七十年で見世物になるのは慣れっこだよ」
「だからこそ、もう阿部さんを見世物にしたくないのよ」
「それより、こんなことで君を悩ませている方が気詰まりだよ」
「でもね……」
 気づくと阿部さんが背中を流してくれていた。恥ずかしい気持ちはどこかへ行ってしまった。

 あたし、少しずつ阿部さんのことを好きになり始めていた。

「そんなことだろうと思った」

 そう電話してきたのは、さくらの『ゴンドラの唄』でお世話になった二輪明弘さんだった。
「明日、わたしの家にいらっしゃい。阿部中尉もいっしょに」

 ホンダN360Zに阿部さん乗っけて、二輪さんちにいった。

「さつき君の車が玩具に見えるね」
 阿部さんが無邪気に言う。ごっつい外車が4台も並んでいては、ホンダN360Zはたしかにオモチャだ。
「阿部中尉さん、こっちに移ってもらうわ」
 二輪さんが出したのは30センチほどの日本兵のブロンズ像だった。
「これはね、高村早雲さんて彫刻家さんが戦友の慰霊のために作ったブロンズ。昨日すこし手を入れていただいて、階級章を中尉にして……ほら、台座の下に『陸軍中尉 阿部忠』って、入れてもらったの。阿部さん、こっちなら移り甲斐もあるでしょ?」
「よく出来ていますね。いいですよ、こっちに移ります」
 阿部さんは、あっさりとブロンズに移ってしまった。
「はい。これで遺骨はただの髑髏。だれに渡しても平気よ。ブロンズはさつきさんがお持ちなさい、気の済むまで。いつか好きな人が出来たら、あたしのところか、近くのお寺にお納めすればいいから」

 結果的には、お兄さんのひ孫にあたる遺族のところに遺骨は引き渡された。案の定、ひ孫は取材で一財産稼いだ。

「でも、あれでいいんだよ。取材のためだけど、仏壇買って亡くなった兄貴の供養までやってくれたからね……おお、なかなか腕上げたね」
 いつのまにか、お風呂で阿部さんの背中を流すようになった。だって、こうしてると阿部さんには見られないからね。
「でも、阿部さん。ほんとにあたしのとこなんかでよかったの?」
「フフ……」
「なによ、気持ち悪い!」
「二輪さんは知っていたよ」
「何を?」
「自分は、もう70年前から靖国神社にいるんだ。あの髑髏に付いていたのは分身みたいなもの。でも幸せだよ。さつき君にここまでしてもらって。さ、目つぶって、お湯流すから」

 気づくと、いつのまにか体を洗ってもらう側になっていた。ま、いっか……

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする