大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

小説学校時代 24『賃金職員』

2020-06-29 07:56:57 | エッセー

 24 

『賃金職員』  

 

 

 賃金職員という言葉をご存知でしょうか?

 

 賃金職員とは、三交代を含むフルタイムで働くなど、仕事の内容、責任も正規の職員と同じなのに、「定員外」だという理由で一年未満の雇用契約の更新をくり返し、賃金や労働条件も差別されている職員のことです。 例えば夏季休暇、結婚休暇、育児休暇、介護休暇などを認められず、正規の定員職員より長時間労働となることも珍しくありません。

 検索すると、上記のような説明が出てきました。

 

 え? そんな恐ろしい仕事だったのか!?

 

 わたしは、この賃金職員を三年間やっていました。母校である高校の賃金職員です。

 最初は、図書室司書の産休補助でした。

 卒業後も部活の指導と言えば聞こえはいいのですが、大学がつまらないので、週に四日ぐらいは母校に通っていました。

 そんな中、在学中からお世話になっていた先生や司書の先生が「三月からの三か月だけどやってみない?」と勧められて、就職が決まっていなかったので渡りに船と引き受けました。

 終わりのころになると「保健の統計員の仕事があるけど」と言われ、図書室の隣の保健室で身体測定結果の集計をやりました。

 六月に終わると、他のバイトをしながら再び部活の指導に通いました。

「学校が好きやねんなあ」という評判がたちました。

 あくる年に、再び司書の産休補助の仕事が回ってきて、今度は育児休暇込みでしたので、一年近くやっていました。

 本性は就職浪人でしたので、仕事以外は暇です。

 正規の司書は実習助手なので、勤務時間は8時30分から午後の5時15分までです。

 図書室を利用する生徒は5時になると「そろそろ閉館します」と急き立てられます。

 利用する生徒の半分は図書室を自習室に使っていました。家に帰っても勉強できる環境にない生徒が数十名いました。そのうちの十数人が恒常的に放課後の図書室で勉強しています。

 賃金職員をやりながら部活の指導もやっていましたので、学校には6時過ぎまで居ました。それで、図書室も6時過ぎまで開放していました。

 勉強の区切りがつかない生徒の為に、夏場ですと7時近くまで開けていたこともありました。

 まあ、半分以上は好きで居残っているので、特に苦にもなりません。

 組合的な思考をすると、正職の司書が復帰した時、同様な勤務を求められると困るので、賃金職員といえど、勤務時間はまもらなければならないのですが――生徒の役に立っていことでもあり、好きにさせておこう――ということで、自由にさせてもらえました。

 二度目の臨時司書をやっていた二月ごろでしょうか、いつも最後まで残って勉強していた女生徒が頬を赤らめてカウンターに寄ってきました。

 え、なにごと?

「ありがとうございました。家では勉強できないので、本当に助かりました! お陰様で無事に大学に受かりました!」

 わざわざ、受験結果の報告とお礼に来てくれたのです。

 いつも奥の席で勉強している姿は憶えていましたが、口を利くのも初めてですし、名前も知りません。

 浅はかにも、ちょっと別の想像が頭をよぎったのですが(^_^;)

「よかったね、おめでとう!」的なことを言ってあげたと思うのですが、アタフタして定かではありません。

 自分が、気まぐれ的というか気楽に居残っていたことが感謝されたり、思い違いしたりで、狼狽えたというのが正直なところでした。

「それで、どこの大学に通ったのかなあ?」

「はい、大阪大学です!」

 圧倒されました。わたしが出た大学が大阪の地べたであるとしたら、大阪大学を標高で表せる山はありません。生駒山はもちろんのこと金剛山でも足りません。あっぱれ、富士の山頂でありましょう。

 この間、いろいろ面白い事がありましたが、それは、また稿を改めて。

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あたしのあした・38『ありがとうございました!』

2020-06-29 06:13:38 | ノベル2

・38
『ありがとうございました!』
      

 

 

 ベッキーは沈んでしまった!

 二本目の50メートルを泳ぎ切り、ゴールと同時に気を失ったのだ。

「「「「「「「ベッキー!」」」」」」」

 みんなが叫ぶ、水野先生は直ぐに隣のレーンから潜って沈んだベッキーを抱え上げ、プールサイドに引き上げた。
「オーイ、別役っ!」
 頬っぺたを叩いても意識が戻らないので、先生は慣れた手つきでベッキーの顔を横向きにして水を吐かせた。
「横田、別役の手を握ってやれ!」
 智満子にそう言うと、先生はベッキーの気道を確保し人工呼吸を始めた。

 みんなが見守る中、一分足らずで意識を取り戻したベッキーは爆発したように泣きじゃくって先生にしがみついた。

 ウワーン!

「よくやった、よくやったぞ別役!」
「ほんと、立派に泳ぎ切ったわよ!」
 智満子もベッキーの背中を抱きしめた。
 そのあと、病院に行こうという先生を押しとどめてベッキーが言う。
「その前に、水泳補講の終了宣言やってください」
 あたしたちも賛成だ。嫌々始めた補講だったけど、いろんな人たちに助けられたり叱られたりするうちに、ほとんど自分の生きがいになってしまった。
「よし、じゃ、みんな並べ」
 あたしたちはプールサイドに整列した。
「それでは、これをもって本年度の水泳補講を終わります。みんな、この一か月がんばったことを忘れず、これからも体育の授業に励んでください。そして、快くプールを貸してくださった早乙女女学院のみなさんにもお礼を言おう」
 みんなで、反対側のプールサイドにいる早乙女女学院水泳部の人たちに向かった。
「せーの」
 智満子が、自然にリードする。

「「「「「「「「ありがとうございました!」」」」」」」
「「「「「「「「こちらこそありがとうございました!」」」」」」」」

 早乙女さんたちからもお礼の言葉が返ってくる。
「わたしたちも、これでお終いなので、みなさんと一緒にやれたことで有終の美を飾れました」
 部長の白浜さんの言葉に、あたしたちの頭は?マークでいっぱいになった。
「お終いって……」
「お分かりになっていませんでしたか? わたしたちは水泳部であってタヒチアンダンス部なんです」
 白浜さんが合図すると、タヒチアンダンスの頭のところが流れた。すると、水泳部の子たちは水着姿のままダンスの冒頭部分を踊った。

「「「「「「「「アーーーーー!!」」」」」」」

 タヒチアンのコスと水着とではずいぶん違うので、言われるまで気づかなかった。
「二つのクラブを兼ねるのは、もう限界です。滋賀のコンクールではみなさんに助けていただきましたが、結果は出せませんでした。でも、コンクールよりも、みなさんに観ていただいて感動していただいたことが何よりの収穫でした。これからは水泳部一本になります。心細くはありましたが、これで悔いなく前に勧めます……ほんとうに、ありがとうございました!」
「「「「「「「「ありがとうございました!」」」」」」」」

 あたしたちは心の底からの拍手を送った。姫野女史たち毎朝テレビのカメラが回っていることも忘れて……。

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プレリュード・14《今日から三月!!》

2020-06-29 06:07:34 | 小説3

リュード・14
《今日から三月です!!》       



 

 今日から全国的に三月!!

 ビックリマークが二つも付くのは、いつもの三月と違うからです。宿題の無い丸ゝ自由な一か月ちょっとの始まりです。
 小中学校にも似たような期間はあったけど、せいぜい一週間ちょっと。こんな贅沢な一か月は、人生で、そんなには無いと思います。

 わたしは、この期間を、あえて予定で埋めていません。

 卒業旅行の話やら、バイトの口が無かったわけじゃないけど、わたしは、あえてこの一か月をフリーハンドにして、徒然なるままに過ごそうと思っています。その日その日、その時その時に思いつたこと、してみたいと思たことに使います。
 予定で決まっているのは、月末に貫ちゃんが東京に行くのを見送りにいくだけです(鈴木貫太郎、詳しくは第9回の《あべのハルカス ハルガスミ》を読んでください)

 ところが、昨日から異変があります!

 卒業式のアドリブ答辞は、前回書いた通りなんですけど、誰かが、これを撮っててユーチューブに流していたんです。あたしは全然知らんかったけど、直美がメールで教えてくれた。
「ほんまかいな!?」
 そう思いながら、ユーチューブを開いたら『感動のアドリブ答辞!』いうタイトルで全編出てた。アクセスは五百を超えてました。
――ほんとうに、アドリブ?――
――感動しました!――
――考えさせられました――
 感動のコメントのオンパレード。顔から火の出る思いでした。中には――身を立て名を挙げは、アナクロの時代錯誤やろ――という、どうしょーもない市民派か左翼か、性別も分からない書き込みもあったけど、とにかく青天の霹靂いうのは、こういうことだろうと思います。
 わたし的にはすごいことなんだけど、冷静に考えると五百ぐらいのアクセスは、そう珍しいことでもないんで、ほうっておいた。

 すると、今朝、例の一キロジョギング(第五回《1キロの長さ、2キロの重さ》)をやってると、外環のそばで、テレビのクルーが居た。なんか交通事故でもあったのかなと思っていたら、マイク持ってるオネーチャンが、カメラと音声さんを引き連れて、わたしに寄ってきた。

「失礼ですが、加藤奈菜さんですか!?」

 で、わたしは、ローカルだけど、全国的に有名なバラエティー番組に出ることになってしまった。ユーチューブのアクセスは一万に迫ろうとしていた。
――奈菜、やっぱりあんたはすごい! 走り去る後ろ姿もすごかった――
 どういう意味や? 昼二時からの放送だったので、チャンネルを押してみた。インタビューを受けて走り去るわたしが映っていたけど、画面の真ん中にお尻もってくることないと思う。それに、気づかなかったけど、無意識に道端の犬のウンコをかわしてるとこなんか、我ながら、ジョギング慣れしてきたと思う。
 で、MCのニイチャンの最後の言葉にたまげた。
「ええ、なお、この元気印の加藤奈菜さんには、明日スタジオに来ていただくことになっております」

 聞いてないよ!

「ああ、あんたが図書館行ってる間に放送局から電話あったから返事しといたで」

 お母さんが、焼き芋の皮を剥きながら気楽に言う。
「ちょっと、お母さんね」
「なに?」
 そのお気楽さに、気持ちも萎えてしまう。
「半分ちょうだい」
 反射的に日常会話の中に逃げ込んでしまう。十八年間の親子の呼吸は、いかんともしがたい。

――奈菜ちゃん、君の人生は、僕や奈菜ちゃん自身が思てるより面白いのんかもしれへんなあ!――

 貫ちゃん、お前もか……あたしはシーザーの心境やった。

                  奈菜……♡

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