魔法少女マヂカ・161
北斗は一度現れたっきりだ。
おそらく、いろいろ無理を重ねて助けに来てくれたんだ。
神田明神の裏参道(北門)を出て以来、体感では十日余りだが、リアルでは何日経過しているのか判然としない。
ひょっとしたら数か月、あるいは数時間の事かもしれない。しかし、みんな心配して、気をもんで救援の道を探ってくれた結果が、さっきの北斗の出現に繋がったのだろう。こちらに現出した一分にも満たない時間で敵を撃破してくれたんだ。引き続いての応援を期待するのは虫が良すぎるだろう。
「次は日光か……ツン、しばらく、その姿でいるか?」
わん!
犬の姿に戻すのも不憫なので、こちらの世界に居る限りは人の姿にしておいてやる。
「人の言葉を喋れるようにはならないの?」
「出来ないことは無いが、下手をすると犬の姿に戻れなくなってしまう。西郷さんからの預かりだから、あまり無茶なこともなあ」
わん!
「だってさ、こんなに役に立ってくれたんだから」
「人になったら、それだけ重いものを引き受けることにもなるぞ」
わん!
「マヂカぁ」
「じつはな、数百年前に里見八犬伝の犬たちを人の姿にして喋れるようにしてやったのはわたしなんだ」
「さとみはっけんでん?」
「八匹の犬が人の姿になって、伏姫って女の子といっしょに悪党をやっつけるって話だ。寂しがり屋の伏姫にほだされて、八匹とも人にしてやったんだが、ずいぶん苦労をさせてしまったんだ」
わん!
「そうか、ツンは、それも覚悟の上だと言うんだな」
わん
「そうゆーところがさ、マヂカとツンだけが通じてるってところが寂しいのよ」
「そうか……友里の言うことももっともだな。じゃあ、人七分というところでいこうか。ツン、わたしの前に立て」
わん!
丹田に力を入れて、風切丸を実体化させて静かに抜いた。
「ちょ、何をするの!?」
「犬の筋を三分残して切るんだ。神経使うから静粛にな。ツン、目はつぶらずにじっとして、動いちゃダメだぞ!」
わん!
正眼に構えた切っ先の向こうにスックと立ったツン。
ショートヘアが良く似合うボーイッシュな女子中学生だ。こういうキリリとした女子はなかなかいない。これも西郷さんの薫陶の賜物か……里見八犬伝の子犬たちよりも優れているかもしれない、いっそ、100%人にしてやりたい気持ちが湧いてくるが、静かに呼吸して収める。
セイ!
キャ
切っ先は、ツンの鼻先三ミリほどの所を切り裂く。
フッっと微かな手応え、小さな悲鳴を上げて友里は目をつぶってしまうが、ツンはしっかり目を見開いて微動だにしなかった。
「ツン、喋ってみろ」
「……あ、あたし……さ、西郷ツン、ツンだよ! マヂカ、友里、喋れるようになった、わん!」
「あ、わんはいいから」
「うん、分かった、わん!」
「いや、だからわんは言わなくていいから」
「うん、わかった友里、わん!」
「三割犬を残したからな、さあ、日光を目指そうか」
「うん!」
「わん!」
決着がつけばいいのだがと願いながら、日光への一歩を踏み出す二人と一匹……いや、三人だった。