松子が覆いかぶさってきた……!
松子は、あたしのおでこに手をかざして、こう言った。
「やっぱ、ダウンロードはされてるけど、インストールされてない……どうも特殊な体質のようね」
「で……あんた、なんなのよ!?」
「シー、世間で、あたしのこと松子だと思ってないのは、あんただけだから、騒いだら、おかしいのは竹子になっちゃうわよ」
あたしは、それまでの状況からその通りだと思って、ビビりながら頷いた。
「あたしは、150年ほど未来からやってきたの。事情は、あたしの記憶もブロックされているからよく分からない。でも必要があってのことよ。けして悪いことをするためじゃないから、安心して。そして協力するの」
「記憶が無いのに、どうして悪いことじゃないって、言いきれるのよ?」
「さあ……でも、本人が言うんだから、そうじゃない?」
それが、半年前の始業式。
それから松子はお姉ちゃんとして、ごく自然に家にも世間でも通用してしまった。
じっさい悪いことは何もなかった。ただ普通の蟹江家としての半年が過ぎた。
「松子、こんなのが来てたよ」
夕食が終わった後、お母さんが、お姉ちゃんに封筒を渡した。封筒の下のロゴがAKR48になっていることを目ざとく発見。ちょっと胸がときめく。
「やったあ、AKRのライブのペアチケットが当たった!」
「え、ペアチケット!?」
家族全員の視線が集まった。うちは家族全員がAKRのファンだ。
「お姉ちゃん、彼とかといっしょに行くんでしょ?」
妬みと願望を隠し切れない声で、あたしは尋ねた。
「来週の金曜の夜……」
お姉ちゃんは、壁のカレンダーを見に行った。我が家は、でかいカレンダーにそれぞれの予定を書いておく習わしがある。お母さんが食事の段取りなどに狂いが出ないようにと、子どものころからの習慣。
「あ……これは竹子で決まりだ。来週の金曜、お母さんたち結婚記念日でお出かけだよ」
「あ、そうだった。ホテルのフレンチ予約してあるんだった」
というわけで、お姉ちゃんと武道館に行くことになった。
二人とも学校が終わると真っ直ぐ家に帰って、私服に着替え、駅前のマックで燃料補給して、開場時間ピッタリに間に合った。マコとヨッコが偶然いっしょだったのにはびっくり。会場に入ってから、さらにビックリ。あたしたちの席は、真ん中の前から三列目。マコとヨッコは、ずっと後ろ。ちょっと優越感。
オシメンの萌絵や、ヤエちゃんなんかが至近距離で見られて大興奮! 楽しい時間はあっという間に過ぎて行った。卒業した大石クララが特別ゲストで出てきたときなんか、もう失神しそう。クララの横には週刊誌のネタ通りの男性ボーカリストが付いていて評判だった交際を発表。会場は興奮のルツボ。
「おめでとう!」
汗みずくで駆け寄る萌絵ちゃんの汗が飛んできて、お姉ちゃんのハンカチに付いた。
「ラッキー!」
とお姉ちゃんは喜んだ。
そのあとは、お決まりの握手会。オシメンの萌絵ちゃんかヤエちゃんかで悩んだけど、結局ヤエちゃんにした。なんでかっていうと、ヤエちゃんには卒業の噂がたっていて、ひょっとしたら……と思った。今日クララさんが来たのなんて、その伏線みたいに思えたから。
でも、これが悲劇の選択だった……。