小説学校時代 14
返事が返ってけえへん……。
食堂のオッチャンがぼやいた。
「オッチャンも、そない思わはりますか?」
うどんをすするのを中断してオッチャンの顔を見た。
オッチャンの視線の先には、トレーの始末をして食堂を出て行こうとしている、新任の女先生二人の後姿があった。
わたしはバイト歴が長いせいもあって、挨拶はきちんとする方だった。
「伝わらんのは挨拶とは言わない」「挨拶は返すものじゃなくて、するものだ」というようなことが身についていた。
職場は人間関係の円滑が重要で、バイトでも朝礼があるところがあった。
別に強制されたわけではないが、挨拶をキチンとする職場にいれば普通に身に着くことが多く。舞台やテレビの仕事をすると、普通では間に合わず、先輩からいろいろと叱られた。
その年の新転任は女性が多く、それも「美人」や「可愛い」という範疇に入る人ばかりだった。
その美人で可愛い先生が、食堂を出て校舎の外を歩いていると、校舎の三階あたりから声がかかる。
ブスーーー!! 死ねオバハン!!
女先生は、ピクリとするが、声は無視する。
この女先生が、授業の始めには、こう言う。
「ちゃんと挨拶しなさい!」
クラス全員が起立礼をしないと機嫌が悪いのだ。
女先生の意識では「けじめをつけさせる教育」である。この局面だけをとらえると間違ってはいない。
教室の外で出会った時の素っ気なさが、食堂のオッチャンのボヤキになり、生徒の「ブスーーー!!」「オ死ねオバハン!!」になる。
「寸止めされました!」
生活指導室で部屋番をしていると、女先生が男子の手首を引っぱって連行してきた。
「どないしはったんですか?」
聞くと、授業に遅刻してきた男子を注意したところ、顔面パンチの寸止めをされたということであった。
寸止めは威嚇行為であり、十分に指導の対象になる行為である。
「おまえは、アホか」
そう言って、横の指導室で反省文を書かせて、指導した。
被害者の先生は授業があるので、帰ってしまわれたが、授業後も生徒指導室に顔は出されなかった。
ブスーーー!!も、死ねオバハン!!も、寸止めも生徒に非があることはたしかではある……。
わたしは「おおはっさん」と職場で呼ばれることが多かった。これがつづまると「おっさん」になる。
だが、つづまった「おっさん」と、ハナからの「オッサン」は確実に違う。
学年の初めごろ、生徒が、この「オッサン」の方で声を掛けてくることがある。
けして聞こえないフリはしない。元気がある時は「いま、なんちゅうーた!」「もっかい言うてみいー!」と追い掛け回す。
時にヘッドロックをかけたりする。非力なわたしのヘッドロックなどかかるわけがないのだが「わー、ごめんごめん」と笑いながらかかってくれる。
わたしの対応が全て成功したわけではないが、ま、こんなこともあったのである。
いま家庭で「おはよう運動」を一人でやっている。二十歳の息子は三回に一度くらいしか返事をしない。それもひどくめんどくさい様子である。今朝はカミさんからも返事が返ってこなかった。
寸止めをかます勇気が、わたしには無い。