大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

小説学校時代・14『寸止めの勇気』

2020-06-14 06:21:35 | エッセー

 14

『寸止めの勇気』    


 

 返事が返ってけえへん……。

 食堂のオッチャンがぼやいた。

「オッチャンも、そない思わはりますか?」

 うどんをすするのを中断してオッチャンの顔を見た。
 
 オッチャンの視線の先には、トレーの始末をして食堂を出て行こうとしている、新任の女先生二人の後姿があった。

 わたしはバイト歴が長いせいもあって、挨拶はきちんとする方だった。
「伝わらんのは挨拶とは言わない」「挨拶は返すものじゃなくて、するものだ」というようなことが身についていた。
 職場は人間関係の円滑が重要で、バイトでも朝礼があるところがあった。
 別に強制されたわけではないが、挨拶をキチンとする職場にいれば普通に身に着くことが多く。舞台やテレビの仕事をすると、普通では間に合わず、先輩からいろいろと叱られた。

 その年の新転任は女性が多く、それも「美人」や「可愛い」という範疇に入る人ばかりだった。

 その美人で可愛い先生が、食堂を出て校舎の外を歩いていると、校舎の三階あたりから声がかかる。

 ブスーーー!!  死ねオバハン!!

 女先生は、ピクリとするが、声は無視する。
 この女先生が、授業の始めには、こう言う。
「ちゃんと挨拶しなさい!」
 クラス全員が起立礼をしないと機嫌が悪いのだ。
 女先生の意識では「けじめをつけさせる教育」である。この局面だけをとらえると間違ってはいない。
 教室の外で出会った時の素っ気なさが、食堂のオッチャンのボヤキになり、生徒の「ブスーーー!!」「オ死ねオバハン!!」になる。

「寸止めされました!」

 生活指導室で部屋番をしていると、女先生が男子の手首を引っぱって連行してきた。
「どないしはったんですか?」
 聞くと、授業に遅刻してきた男子を注意したところ、顔面パンチの寸止めをされたということであった。

 寸止めは威嚇行為であり、十分に指導の対象になる行為である。

「おまえは、アホか」
 そう言って、横の指導室で反省文を書かせて、指導した。

 被害者の先生は授業があるので、帰ってしまわれたが、授業後も生徒指導室に顔は出されなかった。

 ブスーーー!!も、死ねオバハン!!も、寸止めも生徒に非があることはたしかではある……。

 わたしは「おおはっさん」と職場で呼ばれることが多かった。これがつづまると「おっさん」になる。
 だが、つづまった「おっさん」と、ハナからの「オッサン」は確実に違う。
 学年の初めごろ、生徒が、この「オッサン」の方で声を掛けてくることがある。
 けして聞こえないフリはしない。元気がある時は「いま、なんちゅうーた!」「もっかい言うてみいー!」と追い掛け回す。
 時にヘッドロックをかけたりする。非力なわたしのヘッドロックなどかかるわけがないのだが「わー、ごめんごめん」と笑いながらかかってくれる。

 わたしの対応が全て成功したわけではないが、ま、こんなこともあったのである。

 いま家庭で「おはよう運動」を一人でやっている。二十歳の息子は三回に一度くらいしか返事をしない。それもひどくめんどくさい様子である。今朝はカミさんからも返事が返ってこなかった。

 寸止めをかます勇気が、わたしには無い。
 

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あたしのあした・22『また入院してしまった(^_^;)』

2020-06-14 06:12:39 | ノベル2

・22
『また入院してしまった(^_^;)』
      

 

 

「あら、またあなたなの!?」

 物覚えのいい看護婦さんで、あたしのことを覚えていてくれた。
「冴島さん!?」
 あたしも憶えていた。
 電車に飛び込んで病院に運ばれたとき、担当だったのが、目の前の冴島さんなのだ。

 駅前の交差点、信号待ちをしていたあたしたちに飛び込んできたのは、居眠り運転のセダンだった。

 とっさに、あたしはすぐそばに居たお爺さんにタックルしてセダンをかわした。
 あたしもお爺さんも、あちこちを打ったので、直後に来た救急車に載せられて病院に運ばれたのだ。
 で、その病院が、先日と同じ病院だったというわけ。
 二度目なので、そうそうビックリはしないけど、どーもねー……

 検査の必要とかがあるんだろうけど、素っ裸にされるのはかなわない。
「お願い、ハサミで切らないで!」
 ハサミで、あたしの服を切り開こうとしているお医者さんを止めるのが精一杯だった。

「恵子、これ着てちょうだい」
 智満子がバーゲンの袋をベッドの上に置いてくれた。
「いいよ、智満子がゲットしたばかりのじゃないの。大丈夫よ、お医者さん服切らなかったし」
「だって、恵の服、こんなだよ」
 智満子が広げたチュニックは、無残にビロビロだった。
「え、なんで?」
「車のバンパーが引っかけたのよ、もう一ミリでもずれてたら背中をざっくりと切られてるところだったわよ」
 思わず背中に手をやった、奇跡的に傷一つ付いていなかった。
 正直、電車に飛び込んだ時よりもゾッとした。

 コンコン

 病室のドアがノックされて冴島さんではない看護婦さんがが入って来た。
「いま検査結果がでたわ」
「異常なしですよね?」
「ええ、いちおう、この書類にサインだけちょうだい」
「あ、はい」
 看護婦さんは、バインダーに挟んだ書類を手渡した。
「ども……あの、看護婦さん?」
 振り返った看護婦さんの顔は少し険しかった。

「あのね、看護師って呼んでくれる。看護婦だなんて昭和の呼び方は女性差別です」

「え、あ、はい」
 看護婦という呼び方をしていたことに初めて気づいた。でも、そんなに尖がらなくても……と思っていたら冴島さんが入れ替わりで入って来た。
「よかったわね異常なしで」
「ありがとうございます」
「あの、福井さんがお目にかかりたいって……あ、あなたが助けたお爺さんよ」
「え、あ、はい」
「福井さん、どうぞ」
「失礼しますよ」

 入って来たお爺さんの顔を見て驚いた……。

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新・ここは世田谷豪徳寺・41《昨日の蟻さん?》

2020-06-14 06:05:50 | 小説3

新 ここ世田谷豪徳寺・41(さくら編)
≪昨日の蟻さん?≫    



 

 コップに半分の水をどう表現するか?

 もう半分しかない派と、まだ半分有る派に分かれる。

 あたしは「まだ半分有る」派のお気楽人間。
 だから、デフォルトのわたしは夏休みが半分過ぎても、お小遣いが半分になっても「まだ半分有る」と、ポジティブに生きている。
 でも、今度の中間テストでは逆だった「もう半分終わった!」と思って、マクサと恵里奈とついカラオケでハジケテしまった。
 一応は、マクサの家で勉強会という名目だったけど、10分もたつとガールズトークになってしまった。

 昨日の日本史のテストで居眠りして『蟻さんの夢』の話をしたのがよくなかった。マクサも恵里奈もケラケラ笑って勉強にならない。

「ちょっと休憩にカラオケでもいこっか!」

 お気楽が伝染した恵里奈が言いだした。言いだしたのは恵里奈だけど、同じように気が弛んでいたことは確かだ。けっきょくマクサんち近くのカラオケで5時まで遊んでしまった。夢の中の蟻さんが言ってたシンパシーなんだろうけど、気持ちの発信者はあたしだ。それくらいの自覚はある。

 三人それぞれ家に帰ってから、今日のテスト勉強はしてるので、ノープロブレムっちゃ、それまでなんだ。
 けども、あたしの気持ちはブルーだ。
 高校二年にもなろうかと言うのに、あたしは一年先の自分も見えていない。で、マクサや恵里奈のようにクラブとかにどっぷり浸かって高校生活をエンジョイしきっているわけでもない。その時その時の面白いことに引きずられ騒いでいるだけだ。

 お姉ちゃんは大学に行きながら出版社でバイト。近頃ではバイト以上の能力を発揮して記事のネタを拾っている。こないだの兵隊さんの髑髏ものがたりが大ヒット。むろん編集責任は本業の編集者になっているけど、中身はお姉ちゃんが集めてきたものだ。お姉ちゃんは、確実に自分の道を探り当てつつある。

 そうニイは、海上自衛隊の幹部で、全身生き甲斐のカタマリ。たまに帰ってくると、妹としてはとても眩しい。そうニイには、相変わらず無邪気でわがままな妹一般で通している。兄貴は「相変わらずのガキンチョ」だと思ってるだろう。

『ゴンドラの唄』が少しブレイクしかけた。YouTubeのアクセスも沢山あって、スカウトなんかも少し来た。

 でも、あれはひい祖母ちゃんが歌っているのといっしょ。けしてあたしの力なんかじゃない。それはあたしとひい祖母ちゃんだけの秘密なんだけど、お姉ちゃんは知ってか知らでか、あたしが、流れのままにそっちにいく道を閉ざしてくれている。

 本当は、今日の午後はラジオ出演が決まっていたんだけど、お姉ちゃんがNGにしてくれた。

 家の近所まで帰りながら、あたしは近所の公園のブランコに揺られている。子供のころから乗り付けたブランコ。あたしは、いつまでこうしているんだろう……。

 足許を蟻さんが歩いている。じっと見つめていると、ふいに蟻さんが顔挙げてあたしを見たような気がした。

 昨日の蟻さん? まさかね……。

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