大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

銀河太平記 序・1『北京秋天』

2020-06-08 14:50:23 | 小説4

序・1『北京秋天』      

 

                                                             

 

 梅原龍三郎の『北京秋天』が好きだ。   

 

 北京の秋、抜けるような青空に三条ほどの雲が走っている。壮絶なまでの蒼空が主題なのだろうが、雲を描くことによって、天の高さと勢いのある蒼さを憧れと共に表現している。

 大陸への憧れは、子どものころに梅原の『北京秋天』を観てしまったせいかもしれない。

 街路の真ん中で馬(オートホース)の手綱を緩めて見上げている空は、この『北京秋天』にそっくりだ。現実に見えている三筋の雲は天然ではなく日本に向かうパルスジェットの飛行機雲なんだが、主題は秋天の蒼空だ。

 祖国には不満らしい不満は無いが、この大きな蒼空にだけは勝てない。

 残念なことに、この蒼空は北京ではない。

 北京よりも東北、山海関の北に広がるマンチュリアの首都、奉天だ。北京を首都とする漢明国とマンチュリアは一触即発の状態で、三日前から本格的に邦人の引き上げが始まっている。現今の東アジア情勢では、のんびり北京で蒼空を仰ぐことは出来ない。北京政府からすれば敵地である奉天で『北京秋天』を想うのはなんとも皮肉なことだ。さっきの飛行機雲は一機はアメリカへ、もう二機は日本に引き上げる本日の最終便だろう。

 三機とも無事に着けばいいが。

 漢明はアンチパルス兵器を揃えている。パルスエンジンを無効化する種々の兵器だ。こいつにぶちのめされたらパルスエンジンは瞬間で停止する。航空機の場合、それは墜落を意味する。

 もう、ほとんどの民間人は国外に出ている。ドイツとフランスは二日前に完了している。日本は国が近いせいか、千人前後が残っている。非合法を含めば、もう少し。ま、非合法は保護の対象ではないが。

 何百年たっても日本人というのは呑気なものだ。どこかで、自分だけは大丈夫と思ってしまうのだ。

 もっとも、駐留軍司令の俺自身が天壇街路をのんびりと馬を進めている。マンチュリアに残っている平和主義者や不器用者や義務の犠牲者やボンクラどもに安心感を持たせるため、漢明には『本気で戦争する気はない』と思わせるためだ。軍が緊張したところを見せれば、この草原の多国籍国家は三日と持たないだろう。

 来たるべき戦いに敗れれば、マンチュリアは漢明国とロシアの草刈り場になる。個人的にはマンチュリアに未練はない。ただ、この国がいずれかに、あるいは分割支配されても、日本は悪者にされる。収奪と圧政を敷いたというでっち上げが行われ、二百年前と同じく数十年に渡って糾弾される。それだけは避けなくてはならない。

 祖国に不満は無いと言ったが、実は不安がある。

 陛下のお身体が思わしく無いのだ。陛下は聡明な方で、俺と同様なお気遣いをされている。陛下は、そもそも六十余年前のマンチュリア建国には反対であられた。満州国の轍を踏むことはないかと三度に渡って御下問があったという。

 しかし、御即位間もない陛下は十七歳、明治大帝以来陛下は政治・軍事には容喙されない。むろん憲法にも抵触する。

 その陛下が御病床に臥せっておられる。国民には御快癒の兆しありと伝えられているが、もう長くはない。畏れ多いことだが、次を考えなければならない事態になっている。

 陛下は折に触れて『マンチュリアはどうか?』と苦しい息の中でのご下問があると聞き及んでいる。御聡明な陛下はマンチュリア敗戦の後がしっかりとお見えになっているのだ。

 だから、この戦は絶対に負けられない。憲法改正もままならなかった暗黒の昭和・平成に戻してはならないのだ。

「児玉さん、まだ逃げないのかい?」

 いつの間にか間を詰めてきた孫大人が馬を寄せてくる。

「ああ、北大街に馴染みの女がいるんでな」

「人間の女か?」

「ああ、度胸があるのか馬鹿なのか」

「人間、止した方がいい。ロボットがいいよ。ロボット女なら裏切ることも嘘つくこともないからね。児玉さんには世話になったから、ロボット女なら世話するよ」

「ロボットは、うちの兵隊だけで充分さ。これから行くのも説得だ。もう生身の人間がのんびりしている状況じゃないからな」

「戦争にはならないんじゃないのかい? 児玉さんの乗馬姿は、そう見えるよ」

「任務でなあ、いちおう人間には避難勧告が出ている。孫大人の国もだろうが」

「アハハ、わたしロボットだからね(^▽^)/」

「何を言う、脳みその半分は人間のままだろうが」

「お見通しだね児玉さんは。全部ロボット化できるといいんだけどね、今の技術じゃ人格移植まではできないからね。日本がやってくれるなら、日本に帰化してもいいよ」

「断る。おまえさんみたいなのに来られたら、日本の経済は五年も持たない」

「失礼な!」

「怒ったか?」

「わたしなら、一年で呑み込むよ(o^―^o)」

「クソッタレが」

「グハハハ」

 妖怪じみた高笑いを残して馬首をひるがえした。

 数秒後には漢明やロシア、ひょっとしたら、マンチュリアに色気を持っている国の全てに、駐留日本軍司令官の情報の80%は筒抜けになってしまうだろう。

 まあ、20%が秘匿できれば十分だ。

 20%の半分は俺自身にも分かっていないが、分かっていないことが人間の証でもある。

 北大街が迫ってきた。

 もう一度秋天を見上げる。

 先ほどの飛行機雲はとっくに霧消しているが、茜の空に、それとは別の航跡が伸びている。

 火星への定期便だ。

 俺も孫大人も、所詮は地球人。これから戦争を起こそうとしているクソッタレどもの一人なのだ。

 自嘲したくとも、そういう人間的な湿度は毛ほども無いが、気持ちが宇宙(そら)に向いている奴は、ちょっと羨ましい。

 

 

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小説学校時代・08 制服 プール 掃除当番

2020-06-08 06:18:51 | エッセー

 08

制服 プール 掃除当番     




 制服 プール 掃除当番 日本の学校の特徴をあげたら、この三つになるように思います。

 むろん、他にもあります。

 入学式をやることや、学年の始まりが4月であること、ディベートの授業が無いことなど。

 しかし、概ね外国から「クールだ!」「うらやましい!」「いいことだ!」と思われているのは、この三点であるように思うのです。

 わたしたちの時代には「画一主義」「没個性」「おしつけ」などと評判が悪く、中には学園紛争のころにやり玉にあがって制服を廃止してしまった学校もありますが、日本のほとんどの学校には制服があります。

「わたしたちは、こんなものを着せられて個性を奪われている」

 国連の子ども会議だったかで、日本の高校生が訴えたことがありました。

「うらやましい! 制服が着られるなんて恵まれているじゃないか、なんで不満なんだ?」

 外国の子どもたちの反応は、おおむねこのようでありました。

 制服があれば、毎朝着る服に悩まなくて済む。同じ学校の生徒として一体感が持てる。服のセンスにとやかく言われない。などが「うらやましい!」の理由であったようです。

 今は、これに加えて「日本の制服はカッコいい!」が加わっているようです。

 前世期の終わりごろから、日本は高校を中心として制服のモデルチェンジを行ってきました。

 火付け役は『東京女子高制服図鑑』であったように思います。リセウォッチングと言って、女子高生の制服を観察してイラストに起こし、寸評を書いた本がありました。一見アブナソウなんですが、観察についてのルールが厳格であり、イラストも文章もいたって真面目であることから、大げさに言うと、制服改訂のバイブルのようになりました。

 多い学校では5回以上改訂された学校もあり、日本の学校の制服はかなり洗練されたものになってきました。

 日本の学校では当たり前に存在しているプール。外国にはほとんどありません。

 日本の学校の設置基準は、諸外国に比べ要求されるる水準が高く、その象徴的な施設がプールでありましょう。小学校から大学まで、25メートルプールは当たり前で、中には温水プール完備の学校まで存在します。
 この高いプールの普及率は、日本の教育投資のレベルの高さの現れではあるのだろうけど、一つには水資源の豊かさが背景にあると思うのですが、どうでしょう。

 25メートルプールに入っている水はたいそうなものです。

 勤めていた学校のプールが悪戯され、一晩で水を抜かれたことがありました。新しく水を入れ直しましたが、その料金はウン十万円であったと聞き及んでいます。。
 こんなプールが、大阪府だけでも数千校に及びます。やはり水が豊かなのでしょう。

 学校のプールについては、項をあらためて書きたいと思います。

 掃除当番。

 外国には、あまり無いようだ。
「これはいいことですね」
 ケント・ギルバードさんだったかがおっしゃっていた。自分で使う学校の施設は自分たちできれいにする。だから学校を大事にするという気持ちも出てくる……そうおっしゃっていたが、それほど簡単なものではない。

 前号で書いたが、生徒を掌握するポイントは、出欠点呼と掃除当番をキッチリやらせることである。

「今日の掃除当番は〇班、しっかりやれよ」という言い方はしなかった。これでは全員に逃げられる。
「今日の掃除当番は、赤井! 井上! 上田! 江本! 大崎!」と言う具合に、本人の目を見ながら終礼で叫んでおく。
 聞こえへんかった。忘れてた。を言わせないためである。
 終礼が終わったら、直ちに箒と塵取りをロッカーから出して、掃除当番全員に渡す。雲隠れして掃除が終わったころに現れるズルをさせないためである。担任自身も箒を持って掃除をする。まちがっても「やっておけよ」はやらない。
 掃除当番監督の最大の要諦は『ごみほり』をキチンとやらせるいことである。ごみほりの順番はジャンケンで決めさせることが多かった。若干のギャンブル性と公平さを担保するためであった。

 いささか長くなってきたので、以下は次号で。
 

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メタモルフォーゼ・17『カオルさんは神さまに召されました』

2020-06-08 06:03:29 | 小説6

メタモルフォーゼ・17

『カオルさんは神さまに召されました』    

        


 片道一時間ちょっとかけてレッスンが始まった。

 学校が終わると、4:05分の大宮行きに乗って、東京で地下鉄に乗り換えて神楽坂で降りて5分。放課後は必死。掃除当番なんかにあたると、駅までダッシュ。
 ミキとは別々。下手に待ち合わせたら、いっしょに遅刻してしまうし、みんなの目もある。
 だから一本違う電車になることもあるし、同じ電車に乗っても並んで座ったりはしない。地下鉄に乗り換えても、気安く喋ったりしない。
 これは人の目じゃなくて、自分のため。行き帰りの二時間半は貴重だ。学校の予習、復習、台本読んだり(演劇部は続いている)レッスンの曲を聞いて歌やフリの勉強もある。

 一カ月が、あっという間に過ぎてしまった。

「美優、明日からチームZね」

 突然プロディユーサーから言われた。普通研究生からチームに入るのには三か月はかかる。
 ちなみに、神楽坂46は、チームKからZまである。K・G・Rがメインで、ユニット名もKGR46。Zは、いわば予備軍ってか、劇場中心の活動で、たまにテレビに出ても、ひな壇のバック専門。
 でも、チーム入りには違いない。「おめでとう」とミキが伏目がちに言ったのは戸惑った。
 そのミキも三週間後には、チームZに入った。ただ、あたしは入れ替わりにチームGのメンバーになり、ここでも差が付いた。

 そんな暮れも押し詰まったころ、カオルさん(ミキのお祖母ちゃん)の具合が悪くなった。

「ありがとう、大変だったでしょ。二人揃ってスケジュール空けてもらうの」
「ううん、たまたまなの。わたしは完全オフだし、美優は夜の収録までないから」
「そう、よかった」
 カオルさんは、ベッドを起こして、窓からの光に照らされて、あまり病人らしく見えなかった。
「並んでみて、そう、光があたるところ」
「ミキ、こっち」
「う、うん」
「美優ちゃんは、自然と光の当たる場所に立てるのね……」
「たまたまです、たまたま」
「ううん。自然に見つけて、ミキを誘ってくれた。美優ちゃん、これからもミキのこと、よろしくね」
「よろしくって、そんな……」
「ううん、美優ちゃんには、華がある。不思議ね、こないだミキのタクラミでうちに来たときには、ここまでのオーラは無かったのにね。あ、看護婦さん」
「カオルさん、今は看護師さんて言うのよ」
「はい、なんですか、カオルさん」
 看護師さんは、気楽に応えてくれた。
「このスマホで、三人並んだとこ撮ってもらえませんか」
「いいですよ。じゃあ……」
 カオルさんを真ん中にして、三人で撮ってもらった。
「ほら、これでいいですか?」
「あら、看護婦さん、写真撮るのうまいわね」
「スマホですもん、誰が撮っても、きれいに写りますよ」
「いいえ、アングルとか、シャッターチャンスなんかは、スマホでも決まらないものよ」
「へへ、実は十年前まで、実家が写真屋やってたもんで」
「やっぱり……!」
 カオルさんは、勘が当たって嬉しそう。カオルさんが嬉しそうにするとまわりまで嬉しくなる。さすが、元タカラジェンヌではある。それも、この感じはトップスターだ。

「ほら、見てご覧なさい。写真でも美優ちゃんは違うでしょ」

「確かに……」
 ミキは、わざと悔しそうに言った。
「アハハ、ミキ、その敵愾心が大事なのよ」
「あの、カオルさんの宝塚時代のこと見ていいですか?」
「え、どうやって?」
「あたしのスマホで」
 あたしはYou tubeで、秋園カオルを検索した。
「あら、美優ちゃんのスマホ凄いわね!」
「カオルさんのスマホでもできますよ」
「ほんと、全然知らなかった!」
「カオルさん、思いっきり昭和人間なんだもん」
 そうやって、カオルさんの全盛期の映像を見て、楽しい午後を過ごした。

 そして、その四日後の朝、カオルさんは神さまに召されました……。

 

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あたしのあした16『ブチギレたエルサのように』

2020-06-08 05:55:36 | ノベル2

た・16
『ブチギレたエルサのように』
   

 

 

 駆けつけたときには終わっていた。

 六人掛けのテーブルが有らぬ方角に歪んで、丸椅子はトレーやら食器やら、その上に載っていたランチやラーメンやらカレーライスなんかにまみれながら転がっている。
 一般の生徒たちはモブキャラよろしく遠巻きにして、ヘタレの男子たちは我関せずと生き残ったテーブルで飯を食っている。
 うちの学校の男子は迫力ないことおびただしいものがあって、関わるだけ損をするので、これまで完全に無視してきた。
 でもさ、女子十人ほどがもめて、食堂の中グチャグチャにしたんだから、なんとかしろよ! このタマナシ! と思う!
「田中さん、智満子のやつ狂ってるよ」「もー、わけわかんない」「もー、心折れた」「疲れたーーー」
 ノンコたちは、言葉に!マーク付ける余裕もなく、ほとんど茫然自失だ。
「とにかく片付けようよ、ノエちゃんオジサンに言って掃除用具貸してもらって。怪我してる人は保健室へ。マサミ、ベッキー、服装直そう、ボタン千切れてみっともないわよ。さ、みんなシャキッとして! で、いいんですよね杉村先生?」
「え、あ、うん」
 こういう時には、それぞれの行動に目標を持たせてやらないと、なにも前に進まない。萌絵ちゃん先生も含めてね。
 そんなつもりはなかったけど、瞬間その場を仕切る。
「片付けの監督お願いしますね」
「う、うん」
 その場のことは萌恵ちゃん先生に頼んで、目撃証人を捕まえる。

「望月君、ちょっと話聞かせてもらえないかなー」

 目線をそらした首を両手で挟んで、見ようによっちゃキスをせがんでるみたいにして迫った。望月君は名目だけだけど、一応うちのクラスの委員長なのだ。

「タイミングが悪かったんだ。智満子が椅子に座って『ランチ』とだけ言って五千円札をテーブルに置いたんだ。いつもだったらパシリのベッキーあたりがお札掴んで、みんなの注文まとめて他のパシリといっしょにカウンターに行くんだけどね……今日は誰も動かなかった。で、ネッチが『もう、こういうの止めようよ』って言ったんだ。ネッチにしてははっきり言ったと思うよ」
「で、その時の智満子は?」
「『あ、そう』って、お札握った手が震えててさ……でも、智満子は大人しく立ち上がったんだ」
「立ち上がって?」
「カウンターの方に向かったんだ。大人しく自分で注文するつもりになったんだろうね……ブチギレ寸前だったけど」
「そこで、なんかあったのね」
「ネッチは『ごめんね智満子』って小さな声で言ったんだ。智満子は『ドンマイ』って感じで片手を上げてさ……収まりそうだったんだ」
「両方とも自制してるじゃん」
「そこで笑い声が起こったんだ」
「笑った……男子でしょ?」
「あ、えと……」
「女子は笑わないわよ、あの子たちの深刻さしってるもん。サイテーね、ヘタレのくせに」
「いや、その……男子の中でもホッとした空気ってのがあってさ、なんちゅうか祝福の笑い? そんな感じ」

 パシ!

 あたしは、望月君の頬を張り倒した。

「祝福のかオチョクッテんのかぐらいは分かるわよ! あとは読めたわ、その笑い声って福田でしょ? あいつ、陰で智満子とかの声色やって遊んでるもんね」
「あ、いや……」
「それを智満子は女子の誰かに笑われたと思って」
「誰かじゃないよ、ベッキーの声色……」
「なるほど……で、そのあとの智満子は?」
「ネッチがおまえのこと呼びに行ってる間に下足室に駆けてった。たぶん、あのまま帰ってるよ」
「委員長、あんた福田捕まえといて、これから智満子んちに行くから」
「お、オレは関係……」
「なに?」

 このときのあたしの目は、ブチギレたエルサのようだったそうだ……。

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新・ここは世田谷豪徳寺・35《💀 髑髏ものがたり・4》

2020-06-08 05:46:34 | 小説3

ここ世田谷豪徳寺35(惣一編)
≪💀 髑髏ものがたり・4≫     



 

 

 自衛隊員たる者、常住坐臥、機に臨み変に応じ沈着冷静でなければならない。そうである自信もある。

 だが、これには驚いた。

 久々の上陸休暇で豪徳寺の自宅に帰ると、玄関の框で上の妹さつきが待っていて、そのまま狭いカーポートに連れていかれた。
「ホンダN360Zじゃないか、こんなレトロな車に乗ってんのか!?」
「車は、どうでもいいの。ちょっと中に入って」
 180に近いガタイを無理やり助手席に収めると、さつきがシートの後ろから、なにやら小汚い箱を取り出した。
 さつきは怖い顔をして蓋を開けた。

 で、常住坐臥など吹っ飛んだ。

 そこには、一目で人間のそれと分かる頭蓋骨が入っていた。
「さつき、おまえ、これ……!?」
「そう、髑髏よ。それも旧帝国陸軍中尉の……」
 それから、さつきは、その頭蓋骨にまつわる話と、夢にひい祖母ちゃんが出てきて話したことなどをまくし立てた。

「要するに、この中尉殿の身元を明らかにして遺族にお返ししたい。ついては、オレになんとかしろってことだな……?」

 さつきは、黙ったまま頷いた。

「……分かった」

 当てがあっての返事ではない。激戦のニューギニアで戦死し、その首を刈り取られ、骨格標本のようにされた旧軍人を、自衛隊員としては放置しておくわけにはいかない。
「こんな車の中に放置しておいちゃいけない。仏壇の前に安置しよう」
「でも、お母さん、こういうの苦手だからいやがるよ」
「そういう問題じゃない。車を出せ!」
 オレはさつきに命じて、豪徳寺近くの仏具屋に行き、新しい骨箱と4寸用の骨箱覆いを買って入れなおした。

「母さん、殉職した先輩の遺骨を預かってきたんだ、今夜一晩仏壇の前に置かせてくれ」

 大きな意味では間違いではない理由を言って納得してもらった。それでも渋い顔をするので話題を変えた。
「さくらのやつ、なんだか急に歌で有名になったな。艦の中でも聞いてるやつがいてさ。『佐倉さくらってのは、君の妹さんじゃないか?』って艦長に聞かれて返事のしように困ったよ」
「困ることないじゃないか、ちょっと曲は古いけど、アイドルの『ア』ぐらいにはなってるんだから自慢しときゃいいじゃない」
「自慢はしないけど、艦長に聞かれて白も切れないから、そうですって返事したよ」
「それでよろしい」
「おかげで、こんなにサイン頼まれちまったよ」
 白地に碇のマークやあかぎのロゴの入ったハンカチの束を出した。
「で、さくらは? そろそろ帰ってくる時間じゃないの?」
「フフ、それがラジオに出演するって……あら、そろそろ時間!」
 おふくろは古いCDラジカセを出して、無邪気に末娘の紙屑が燃えるようなバカ話に、うんうん頷いて、さつきといっしょに喜んでいる。
 
 オレは、その間、残った休暇で大先輩の身元確認に頭を悩ませるのだった……。

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