鳴かぬなら 信長転生記
市と信長の偵察隊からは五度の便りが来た。
便りは紙飛行機の裏側に書かれていて、それが学園の二宮忠八のところに届く。
学院の者の中には「学園の者って大丈夫か?」といぶかる生徒会の石田三成のような者もいる。
三成は切れ者だが、こういう裏も表も無く人を疑うところは可愛くない。最初は優位に立っていながら最後はボロ負けした関が原もむべなるかなだ。
「学院? 学園? ややこしいなあ」
剣術馬鹿の武蔵が首をひねるので講釈してやる。
「性別が変わって転生してきた者が転生学院。同じ性別で転生してきた者が転生学園だ」
「あ、ああ……」
「学院の生徒会長は今川義元、生前は駿河の大名。日ごろから化粧をしてたけど、男だろう」
「うん」
「学園の生徒会長は坂本乙女、龍馬の姉だが、転生しても女だ」
「うん」
「つまり、次の転生で『今度はうまくやってやろう』と色気のある者が学院、『このままでいい』と思ってる奴が学園に行くんだ。武蔵も生まれかわったら、前よりスゴイ剣術使いになりたいと思ってるだろう?」
「そうか、向上心のある者が学院なんだな!」
とたんに目が輝く武蔵、コミュ障のオヘンコだが根はいい奴だ。
「もう一つ聞いていいか?」
「ああ、なんでも聞いてくれ」
時間までには間がある、暇つぶしに、武蔵はいい相手だ。一途なところも可愛いしな。
「あ、いま可愛いとか思ったろ、わたしのこと!?」
「あ、小粒のツンデレ。儂は好きだぞ」
「ちょ、寄ってくんな(#'∀'#)」
「ああ、すまんすまん……て、エンガチョは勘弁してくれよ」
「ちがう! 印を結んだんだ印を! 心頭滅却だ!」
「そうか、すまん。で、質問は?」
「学院の者が性転換しているのは呑み込めたけど、なんで、みんな美少女なんだ? それも、みんなタイプ違うし」
「それは、みんな高いレベルまで覇道を進んだからであろう。良く鍛えた太刀は、みな美しい。そして、みなそれぞれ景色が違う。そうだろ?」
「うん、そうだな、太刀はそれぞれに美しい……そうか、わたしは名刀なんだな!」
「ああ、そうだ」
「しかしな、信玄」
「なんだ?」
「ちょ、近いし(;'∀')」
「あ、すまん」
「どうして、わたしは三白眼なんだ? 時々だけど、鏡に映る自分が怖いときもある」
「いいじゃないか、ちょっと口下手だけど、武蔵の良いところは剣術の授業で立ち会って以来分かってるぞ」
「そ、そうか……って、触らないでくれる」
「あ、すまん」
「来た」
バカ話に背を向けて双眼鏡を構えていた謙信が呟いた。
「来たか!」
信玄、謙信、武蔵、儂たち三人だけの斥候部隊は、薮から飛び出すと、惜しげもなく丘の上に姿を晒して双眼鏡を構えた。
「同じ赤備えでも、曹茶姫がやるとクーールだな」
「三国志は人も馬も脚が長いからなあ……」
「近衛……ざっと百騎……信長と市が後ろに付いている」
「知らせの通り……あの二人は三国志の中に混じっても遜色ないなあ……」
「武蔵、なにをピョンピョン飛んでる?」
「馬の足元……乗り手の技量は馬の足元に現れる……って、高い高いしなくていいから(#'∀'#)」
「ワハハ……一個大隊は五百余り……」
「あ……馬首を巡らせた」
敵の動きに敏感な謙信は敵に視線を向けたまま跳躍し、声もたてずに馬の背に佇立した。敵に次の動きがあれば、そのまま跨って接敵しようという姿勢だ。
ひとたび動けば風の如くだが、大方は山の如くの儂とは好対照。
この敏捷さと沈着、この衝突が面白く、幾度も戦い、ついには川中島で一騎打ちしたのが懐かしい。
お蔭で、天下の事は、数丁先を曹茶姫と並んで疾駆する信長にしてやられたがな。
突っ込んでくると思われた敵部隊は、森の前の街道をはみ出て手前の丘陵を西から東へと抜けていく。あれなら、校舎の三階からでも姿が見えるぞ。
「見せびらかしたかったみたいだな」
「謙信、お前が、車懸かりで俺の陣を掠めたのに似ているぞ」
「しかし、あれで引き返す……後ろに輜重を連れていない」
「信長の知らせの通りだな」
「なんだ、飽きたか謙信?」
「攻めてこないと確信した、さ、帰るぞ」
「そうだな、敵も後ろを見せ始めた」
敵は、西から姿を現し、その統制のとれた部隊運動と盛大な砂煙を残して、東の森に姿を消しつつある。
「あ、紙飛行機」
武蔵がジャンプして取ろうとしたら、ひょいと身を翻して謙信の懐に飛び込んだ。
「呪がかかっている……読むか?」
「読んでくれ」
「『敵はロジスティックスを欠いている 出征門前で確認』……二宮忠八からだ」
「なんだ、学園は忠八を斥候に出していたのか」
「いや、これは忠八が個人的にやっているんだろう」
敵騎兵師団の馬蹄の音も消え果てて、夏の訪れを思わせるような雲が流れるのを見ながら学校に帰る三人であった。
☆ 主な登場人物
織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生
熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
織田 市 信長の妹
平手 美姫 信長のクラス担任
武田 信玄 同級生
上杉 謙信 同級生
古田 織部 茶華道部の眼鏡っこ
宮本 武蔵 孤高の剣聖
二宮 忠八 市の友だち 紙飛行機の神さま
今川 義元 学院生徒会長
坂本 乙女 学園生徒会長
曹茶姫 魏の女将軍 部下(劉備忘録 検品長)弟(曹素)