ピボット高校アーカイ部
すごい…………………………あ!?
感動のあまり、お盆を落としてしまうところだった。
ちょっと零れただけなので、ティッシュで湯呑とお盆を拭いて、サイドデスクの上に湯呑を置く。
「どうだ、いいできだろう」
振り向くとお祖父ちゃん。
「うん、最高だね」
「はは、鋲の誉め言葉は、いつも『最高』だな」
「だって、最高だから」
ディスプレーには、レトロな建物を背景に七人の人物が映っている。
建物はコロニアル風と言われる明治時代の建物、明治の二十年代かな?
洋装の男女に混じって和装の女の人、この時代は、和装の方がしっくりくる。
明治とか大正のころの仕事は、よくある。昭和の初めくらいまでは和装が主流だ。
日本人の体形……というよりは、着こなし身のこなしのせいだってお祖父ちゃんは言う。
試しに脚を長くして見せてくれたことがあるけど、やっぱりサマになってなくて、お祖父ちゃんの目の確かさに感心した。
「動くんでしょ?」
「ああ、エンターキーを押して……」
エンターキーを押すと、七人の人物は、なにか談笑しながら三人が椅子に座り、四人が後ろに立った。
「ズームしていい?」
「ちょっとコツが……」
お祖父ちゃんが操作すると、一人一人の人物が順番にアップになっていく。
実業家の一家なんだろうか、みんな幸せそうで、性格は違うけど、穏やかな表情をしている。
「和装の女の人、きれい……なんか凛々しいなあ」
「うん、お祖父ちゃんも好きなタイプだ……」
お祖父ちゃんが操作すると、その和装の人は立ち上がって、クルリと一回りした。
「おお……」
「マガレイトっていうんだ、この髪型は……ほら、笑顔も素敵だろう」
「うん、でも、ちょっと話しにくそう」
「はは、鋲は女性恐怖症だからなあ」
「恐怖症ってほどじゃないよ、もう、たいてい平気で話せるよ」
「そうか、それはすまん」
『柔肌の 熱き血潮に 触れもみで 寂しからずや 道を説く君~』
「おお……」
「骨格から、こんな声だろうって、喋らせてみた」
「こんな声だったの?」
「八割がた……東京弁だったら、こんな感じだ」
「今のは、和歌だよね?」
「与謝野晶子……ちょっと過激だったかな」
「これも注文なの?」
「それがな……」
「あ……」
お祖父ちゃんがキーを操作すると、その和装の女の人は、夜明けの霧のように消えてしまった。
「依頼主の注文でな、この人は消してしまうんだ。たぶん、依頼主の一族には都合の悪い存在なんだろうさ」
「そうなんだ……」
お祖父ちゃんは、会社や、有名人や、お金持ちの注文で、昔の画像や映像を処理する仕事をしている。本業は、古い映画や映像をデジタル処理して、このニ十一世紀の鑑賞に堪えるものにする仕事。
お祖父ちゃんの手にかかって、見直された映画やテレビ番組はけっこうある。
仕事だからやってるけど、トリミングで人や物を消してしまうのは、あまり好きじゃないみたい。
でも、仕事だからね。腕もいいし。
僕が大学を卒業して社会人になるまでは頑張るって言ってる。
仕事以外は、からっきしってとこがあるから、家の事は、及ばずながら僕がやっている。
「あ、肘のところほころびてる」
「あ、トイレのドアにひっかけちまったかな」
「ソゲが立ってた?」
「ああ、家、古いからなあ」
「あとで直しとくよ」
「すまんなあ、リアルの家はデジタル処理できないからなあ」
「脱いで、繕うから」
「あとでいいよ」
「後にすると忘れちゃうから」
「そうかい、じゃあ……あ、明日から学校だな」
「うん、お祖父ちゃんのお蔭だよ、あやうく中学浪人するとこだった」
「まあ、施設は古いけど、いい高校だからな」
「うん、がんばるよ……」
僕は高校受験に失敗した、それも二つも。
二つ落ちるとは思ってなかったから、もう行ける高校が無くなってしまった。
お祖父ちゃんは、いろいろツテやらコネやら使って調べてくれた。
もう通信制の高校でもいいと思ったんだけど、お祖父ちゃんが、やっと見つけてくれて、新入学に間に合った。
ピボット高校。
能力的には、僕には過ぎた高校で、勉強について行けるかどうか心配なんだけど、頑張るしかない。
入学に当っては、一つ条件がある。
学校が指定する部活に入ること。
これに関しては、僕に選択権は無い。
で、その部活が、ちょっと想像がつかない。
『あーかい部』
アーカイブのことか?
でも平仮名だし、正確には『亜々会部』と書くらしい。
要高校のホームページで見ても出てこないし、ちょっと意味不明。
まあ、明日の入学式に出てみれば分かるだろう。
お祖父ちゃんのセーターを繕い、ドアのささくれは、養生テープを貼って仮補修して、いつもより早く寝た。