鳴かぬなら 信長転生記
豊盃は、その名の通り三国志南部の豊かな盃のような街で、商業、工業、流通業が盛りだくさんに発達し、その核としての軍都の機能も三国志有数。魏の洛陽、呉の建業、蜀の成都に並ぶ規模と歴史を誇っていて、扶桑(転生国)を平らげれば、ここが首都になるというのが豊盃人の隠れた望みでもある。
しかし、山手線の内側ほどもある豊盃すべてが豊かであるわけではない。
歴史が古い、その分だけ、取り残された地域がある。
南西の外れに懐古という、名前からして後ろ向きの町がある。
かつては、豊盃から長城外に遠征するための拠点で、町と、その周囲からは遠征部隊の兵士志望の者が集まり、ついには集落を形成したことが始まりという尚武の町であった。
懐古という町の名も。正しくは皆虎と書いた。
住人のほとんどが兵士志望で、壮丁(成人男性)のことごとくが虎のように勇猛であることから付けられた。
遠征のための門が東寄りに移転したため、遠征部隊も皆虎には駐留しなくなり、町は予備役や傷病兵たちが、来るはずもない遠征軍の到来を待って、昔を懐かしむ町になり果てている。
往時の賑わいを知っている豊盃の者たちは、なんとかしてやろうと、定期市を開いて街の衰退を食い止めようとしたが、ボランティアは別にして若者たちが進んで住もうと思うような町ではなくなった。住人たちが老境に差し掛かると、定期市の開催さえ困難になり、発展する豊盃の陰になって、ほとんど顧みられることが無くなってしまった。
「懐古の町で新制部隊のパレードをやるぞ!」
茶姫が突然の触れを出したのは、装備変更の二日後の朝。
そのあくる朝には営庭に集合させた部隊を懐古に向かわせたのだ。
「なんか、思い付きで動いてない?」
馬首を寄せてきて市が文句を言う。
「俺は、好きだぞ」
「なんで? 触れを出したのは昨日だよ。それを、今日パレードしたって、そんなに人は集まらないでしょ?」
「これはマラソンのようなものだ」
「マラソン?」
懐古からは街道が延びている。寂びれた旧街道で歩兵部隊の進行には不向きだが、兵のことごとくが騎兵の茶姫部隊には問題がない。
旧街道は、そのまま蜀の成都、呉の建業、さらに足を伸ばせば洛陽に繋がっている。
「赤備えの騎兵部隊、見た目が華やかだ。噂を聞いた者たちがコースに集まる。成都や建業の鼻先を掠めて洛陽に進めば、人は何事かと思う。やがて、懐古に戻ると知らせておけば、人はゴール地点の懐古に一番多く集まる」
「でも、茶姫の部隊は鉄砲だよ、ミニェー銃装備の軽騎兵だよ、そんなのがやってきたら、呉も蜀も警戒して迎え撃ってくる。三国は、互いに敵同士なんだから」
「その間もなく通り過ぎていく。驚かせて評判をとれば成功だ『魏の茶姫、次は何をする気だ?』とな」
「そんなに上手くいく? 兵站は、どうすんの?」
「バカか?」
「バ、バカ言うな!」
「兵站を伴わないからこそマラソンになる」
「え? ええ?」
「まあ、茶姫のやることを見ていろ」
「むう」
鼻を鳴らしながら、市は近衛の隊列に戻って行った。
無任所の気楽さで、俺は部隊の周囲を走りながら茶姫部隊の仕上がりを見物している。
大したものだ、馬も兵も力に溢れてカッコいい。
これなら、武田の騎馬軍団に匹敵するかもしれない。そいつが、全員ミニェー銃を装備して、堂々の行進だ。
沿道には、早くも噂を聞きつけた豊盃の住人たちが見物に並んでいる。
懐古の町を直前にして、俺は、部隊の最後尾に回った。
ん?
最後尾に遅れること、一丁あまり後ろに砂煙。
近づいてみると、茶姫部隊の旗印、旗印の下には、必死で馬車を走らせる兵站部隊。
兵站を連れてきている!?
さすがに驚いた。
「やあ、職少佐!」
「おお、検品長! 同行の命令を受けていたのか?」
「いいえ、自分の一存です」
検品長が、指し示した後ろに付いて来ているのは、品長の部下の荷馬車一つきりだ。
「バカですから、着いていくしかありません(^_^;)」
愛すべき律義さだ。それ以上ではないが、こういう部下を大事にする茶姫は信頼を勝ち得るだろう。
バカの足元を見てやりたくて、輜重小隊の周囲を周る。
「一人足らんようだが?」
「あ、曹素さまにご挨拶に出しました」
「挨拶、あんなに邪険にされてか? 移動の手続きは終わっているのだろう?」
「はい、手続き上は。しかし、旧主でもありますし」
「律義者だなあ……茶姫は知っているのか?」
「はい、お知らせしましたら、添え状までいただきまして、検品長、喜びに耐えません!」
「そうか、身をいたわりながら着いてこい」
「はい、職少佐!」
ピシ
馬に一鞭あてると、進軍の先頭に戻る。
砂煙の向こう、懐古の町のくたびれた門が見えてきた。
☆ 主な登場人物
織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生
熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
織田 市 信長の妹
平手 美姫 信長のクラス担任
武田 信玄 同級生
上杉 謙信 同級生
古田 織部 茶華道部の眼鏡っこ
宮本 武蔵 孤高の剣聖
二宮 忠八 市の友だち 紙飛行機の神さま
今川 義元 学院生徒会長
坂本 乙女 学園生徒会長
曹茶姫 魏の女将軍 部下(劉備忘録 検品長)弟(曹素)