大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

銀河太平記・102『元帥モスボール』

2022-04-07 11:36:53 | 小説4

・102

『元帥モスボール』児玉隆三  

 

 

 ここに来るのも四年……いや五年ぶりか。

 

 元帥というのは生涯現役だが、実務的な仕事はほとんどない。

 軍や国家の公的なセレモニーに顔を出したり、時おり宮中に参内して陛下のお相手をするぐらいが仕事で、あとは、道楽を兼ねて近隣の子どもたちに柔・剣道や水泳を教えるぐらいのことだ。それも、火星へ行ってからは副官のヨイチ准尉に任せきり。

 地球に戻ってからは、越萌マイとして妹(コスモスの擬態)のメイと立ち上げた越萌姉妹社の裏表の仕事にかかりっきりで、しだいに児玉元帥との二重生活が困難になってきた。

 そこで、児玉元帥の方は重いパルス症ということにして、この朝霞駐屯地の奥にモスボール保存したということにした。

 モスボールとは、人間で言えば未来における治療回復にかけて冷凍保存するようなものだ。

 死んだわけではないので、葬儀ほどの重さは無いが、それでも法事ほどの身なりと想いで訪れる者がいる。

 

 むろん、本物の児玉は越萌マイの姿で衛門の前に立っている。

 朝霞の奥つ城に保存されているのは、敷島教授が作った精巧なダミーだ。

 

「越萌姉妹社の越萌マイです。児玉元帥のお見舞いに伺わせていただきました」

 衛門の当番兵に来意を告げると、来隊予約と照合してIDを発行してくれる。

「元帥府は営庭脇の通路を真っ直ぐに行かれて、左に折れたところです。徒歩で二三分のところであります」

「ありがとうございます」

 義体の有機外装に手を加えてあるので、古参の当番兵でも、わたしが元帥そのものであるとは知られない。

 営庭に進むと、格技場から子どもたちの声が聞こえる。今日は、剣道指導の日だ。

『では、防具の付け方を教えまーす』

 おや、ヨイチではない声が、子どもたちを指導している。先客があるのだろう、それもVIPだ。

 元帥府への来客の相手は、普通であれば元帥府の当番兵か、駐屯地の広報が行うが、VIPの場合は元帥府先任のヨイチが行う。

 先週、内閣改造があったから、新大臣。あるいは、新任の大使・公使だろうか。

 勝手知ったる元帥府だが、正面玄関の前で佇んでみる。

 満州戦争以来、住み慣れた元帥府だが、訪れるのは、これが最後になるだろう。

 そう思うと、いささかの思いがないわけではない。

「おまたせいたしました、ご案内させていただきます。元帥府の新田です」

 折り目正しく敬礼してくれたのは、若い兵曹の女性隊員だ。

「よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします。では、お進みください」

 

 ホールを抜けて、扉二つ潜ったところがモスボールされたわたしのダミーが眠る部屋だ。

 元の会議室を改造した部屋は、古い言葉でアンバーの光に静もっている。

「元帥の御身体は奥にございますが、こちらにございますのが、モスボールに至るまでの元帥の履歴と、お使いになっていた品々でございます」

「ゆかしいものですね……」

 穏やかに言いながら、おもしろくない。

 ヨイチには、くれぐれも博物館めいた陳列はしないでくれと言っておいたのだが……まあ、仕方がない。

 軍隊というのは組織であり、そのヒエラルヒーを無視した要求は、モスボールされる本人の意向通りにはいかないのだろう。

 奥のモスボールの部屋には女性の先客がいた。

 ヨイチが畏まっているところを見ると、やはり、新大臣か、その奥方か……ここに来るということは、軍部の側に着こうかという国防族、あるいは軍需産業の総帥付近の人間。

 こういうところで、来訪者同士が様子を窺うのは無作法なことだ。

 互いにカプセルの対角線に位置するように気を配る。ヨイチも女性隊員も心得ていて、互いと互いの来客者の立ち位置を調整してくれている。

 部屋を出る時に、その女性が、小さく会釈をしたので、自然に互いが視界の端に留まる。

 

 陛下……!?

 

 ベージュの控え目なツーピースに身を包んだ女性は、紛れもなく今上陛下。

 モスボールをお気に掛けて、お忍びでご訪問くださったのだ。

 仕方のないこととは言え、カプセルの中はダミーだ。陛下を謀っている。

 あまりの申し訳なさに、わたしは、陛下のお側に寄って、深々と頭を下げる。

 陛下も、いま一度会釈されて、一瞬目が合う。

 陛下は、ニッコリ微笑んで頷かれた。

 

 ……陛下は、全てをご存知だ。

 

 言葉を交わすことも無く、陛下のあと、五分置いて駐屯地を出る。

 どっと汗が噴き出す。

 

 営門を出ると、ちょうど青信号になって、妹の車が滑り込んでくる。

「納得いったかしら?」

「まあね……じゃあ、次に行こうかしら」

「じゃあ、ひとっ飛びにいくわよ」

 車は、パルスエンジンの軽やかな音をさせ、西ノ島に向かって飛び立った。

 

※ この章の主な登場人物

  • 大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
  • 穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
  • 緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
  • 平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
  • 加藤 恵              天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
  • 姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
  • 扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
  • 本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
  • 胡蝶                小姓頭
  • 児玉元帥(児玉隆三)        地球に帰還してからは越萌マイ
  • 森ノ宮親王
  • ヨイチ               児玉元帥の副官
  • マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
  • アルルカン             太陽系一の賞金首
  • 氷室(氷室 睦仁)         西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
  • 村長(マヌエリト)         西ノ島 ナバホ村村長
  • 主席(周 温雷)          西ノ島 フートンの代表者

 ※ 事項

  • 扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
  • カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
  • グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
  • 扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
  • 西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地

 

 

 

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乙女先生とゆかいな人たち女神たち・9『栞のセーラー服』

2022-04-07 08:28:55 | 青春高校

乙女先生とたち女神たち

9『栞のセーラー服』     

      


「お待たせしました……」

 さっきの手島栞が桜饅頭と御手洗ダンゴを盆に載せてやって来た。略式ではあるが、挙措動作に、ちゃんとした行儀作法が身に付いていることが分かる。
 ナリは、制服の上にエプロンを掛け、頭は三角巾。古い目で見れば、昭和の清楚さだが、二十一世紀の今ではメイド喫茶を連想させ、乙女先生は、あまり好ましく思えなかった。

「あんた、うちの生徒やな」
「……は?」
「あ、あたし今度希望ヶ丘に転勤してきた、佐藤。こちらは校長先生。知ってるね」
「はい、校長先生は存じ上げておりました。佐藤先生はお初でしたので失礼しました」
「学年と、お名前は?」
「二年生の手島栞です。新学年のクラスはまだ発表されていませんので分かりません」
「手島さん、バイトすんのはしゃあないけど、制服姿はどないやろ?」
「これは、学校の決まりです」
「アルバイトをするときは、作業などに支障が無い限り、制服が望ましい……たしか、そうなっていたんだよね」
「はい。あの、僭越ですが、校長先生は読んで頂けましたでしょうか、二枚の書類」
「二枚……?」
「ええ、アルバイト許可願いと、教育課程見直しの建白書です」
「バイトの許可願いは受理したよ。もう一つのほうは、僕は知らないな」

 一瞬、栞の目が燃えたような気がした。

「もう提出して一カ月になります……………桜餅、御手洗ダンゴ、ご注文はこれでよろしかったでしょうか?」
「ああ、それよりも手島さん」
「仕事中ですので、これで失礼いたします。どうぞごゆっくり……」

 来たときと同様な挙措動作で、客室を出ていった。

「あの子は、いったい……」

 桜餅を頬ばりながら、乙女先生は校長に聞いた。

「学校に、いささか不満があるようで、一度きちんと話しておかなきゃならないと思っていました」
「ほんなら、今やりましょ!」

 乙女先生は、女亭主である恭ちゃんに話をつけに行った。

「仕事中ですので、手短に願います」

 栞は、エプロンと三角巾を外した姿で、二人の前に現れた。

「バイト許可書……まだ届いていないのかい?」
「はい、まだ頂いていません」
「この学校は、杓子定規にバイト許可書出さしてるんですか?」
「決まりだから守ってるんです。先生たちも……」
「そうだよね」
「何か、言いたそうやね」
「いえ、言い過ぎました。先生が生徒に書類を渡すのに速やかにという但し書きはありませんから……」
「とにかく、僕が許可したのは確かだ、何の問題もない。制服を着てバイトをすることもない。バイトの場合、法に触れない限り、校則よりも職場の服務規程が優先される」
「そやね、これからお花見のお客さんも増えるやろし、セーラー服はなあ……」
「わたしのセーラー服は……」

 新子は、グッと口を引き締めたかと思うと、大粒の涙をこぼした……。

 

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