鳴かぬなら 信長転生記
懐古の町へは南側から入った。
町の南北を縦貫するようにパレードして、その足で北に向かい、魏の洛陽、呉の建業、蜀の成都を掠めるように駆け抜けて威容を示そうとしているのだ。
何度も言うが、茶姫の騎兵軍団は輜重を伴っていない。
追随しているのは、自発的に最後尾に着いてきた検品長の小隊規模の輜重だけだ。
近代装備で言えば、戦車部隊が燃料や弾薬のトラック部隊を伴っていないのと同じだ。
茶姫は、軍団規模で、三国に脅しをかけている。
―― その気になれば、輜重を連れて、三国のどこにでも攻め入ってやる。三国は茶姫の指揮に従え! ――
女にしておくには惜しい奴だ。
ギギギーー
かつては、南進する討伐軍を歓呼の声で送り、凱旋軍を迎えた軍門だが、門扉も蝶番も錆びつき、再び閉めることは困難だろう。
その、三十年開いたことが無いという皆虎門が軋みをたてて開いていく。振り返ると皆虎門の南には三丁ほどの軍路が堀を跨いで出征門に続いている。出征門を出れば転生国との緩衝地帯の森に出る。出征門はとっくに廃止されて楼閣を残すのみで、門そのものは壁と同じ磚(せん)で埋め固められている。
「懐古の者たち、我は三国は魏帝曹操の妹にして軍団長の曹茶姫である。これよりは、この曹茶姫が、この軍都を復興し、往年の栄と勲しを取り戻すであろう! これより、我が騎馬軍団は、懐古の大路を駆け抜けて見せる! 奮い立て勇者たち! 疾く大路に出でて、この勲しに歓呼せよ! 本日ただいまより、曹茶姫が懐古の字を廃し、皆虎の表記に戻すことを宣言するぞ!」
ポン! ポポンポン! ポン!
手回し良く花火が上がったのは検品長の荷馬車からだ。
入場前に、茶姫が言葉をかけていたが、単なる労いではなかったようだ。
花火は楼門の上空で『皆虎』の文字をなして、軍団のみならず、大路に出てきた住民たちからも歓喜の声が上がる。
仕掛け花火なのだろうが、検品長、なかなかやる。
「吶喊(とっかん)!」
抜刀した茶姫が吠えると、軍団は、馬蹄を轟かせながら大路を北に駆けだした。
「続け、市、後れをとるぞ!」
「う、うん!」
馬腹を蹴った市が近衛の先頭に出てしまう。
他の近衛騎兵が、後れを取らじと市に続き、茶姫が笑って振り返りる。
「逸るな、者ども!」
アハハ ワハハハ
軍団と大路の民たちにも笑いが広がり、もう一度茶姫が制すると軍団は少しだけ速度を落として陽気に進軍を始めた。
ドーーーン!
南の来福門を出ようとしたとき、皆虎門の方角から爆発音。軍団に緊張が走るが、茶姫は悠然と馬首を巡らせ、再び吠えた。
「騒ぐな者ども! 予定通りである! 真の進路は北だ! 者ども、北へ駆けるぞ!」
茶姫が駆けだすと、もたげた頭に続く龍の胴のように旋回し、うねりながら部隊が続いていく。
進むと、皆虎門の向こう、出征門を塞いでいた磚(せん)のつかえが爆破されて、転生の森が見えている。
フフ…………曹茶姫、この信長に並ぶほどの者であるかもしれないぞ。
☆ 主な登場人物
織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生
熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
織田 市 信長の妹
平手 美姫 信長のクラス担任
武田 信玄 同級生
上杉 謙信 同級生
古田 織部 茶華道部の眼鏡っこ
宮本 武蔵 孤高の剣聖
二宮 忠八 市の友だち 紙飛行機の神さま
今川 義元 学院生徒会長
坂本 乙女 学園生徒会長
曹茶姫 魏の女将軍 部下(劉備忘録 検品長)弟(曹素)