せやさかい・336
予備知識が無かったら軽く見ていたと思う。
エディンバラのミリタリータトゥーと言うのは、まあ、ライブですよ。
スコットランドの中心であるエディンバラ城の大手前広場に臨時の観客席を作って、八月の二週間あまり、夕方から夜にかけて大手前広場でくり広げられるライブイベント。
元々は、第二次大戦の後、戦勝国とはいえ疲弊した国民のために、スコットランドとイングランドの連隊が軍楽隊や儀仗兵を動員して実施したイベント。雰囲気としては、オリンピックの閉会式の雰囲気に似ているかな。
軍隊の主催だから、軍楽隊のパレードや演奏が主体。スコッチウィスキーのラベルみたいな、熊の毛皮の帽子にタータンチェックのキルト(女子高生のスカートみたいな)を身に着けた兵隊さんたちが、ノシノシとパレードしながら演奏するのは壮観です。
駅前広場は、サッカーコートぐらいしかないので、突き当りまで行ったらパレードごと回れ右して所定の位置に着く。
すると、次のグループというか部隊がパレードして来て、同じように所定の位置に着く。
何曲か演奏すると、次の出し物の部隊やグループがやってきてパフォーマンスを繰り広げる。
出場するのは、イギリスだけじゃなくて、世界中から40か国以上の軍楽隊やグループがやって来る。何年かに一度は日本の自衛隊も参加して、評判をとっている。
中高と六年間吹奏楽をやっていたので、さくらたちよりは深くのめり込んでしまう。
軍楽隊というのは、ブラスバンドだから、思わず自分のパートであったサックスを探してしまう。
探すんだけど、バグパイプに目と耳を持っていかれるのは、やっぱり伝統の力なのかも。
お母さんが言っていた『丘の上の王子さま』がバグパイプじゃなくて、サックス吹いていたら、キャンディーの人生は違ったものになっていたかもしれない。
半年前、大和川の河川敷で久々にサックスを吹いてみた。
あれが、サックスでなくってバグパイプだったら、キャンディーみたいな子が現れて、ちょっと面白くなったかも。
いや、居るよ。
さくらですよ。
キャンディーみたいなブロンドじゃないし、グリーンの瞳でもないけど、そばかすはある。
なによりも、あの明るさと好奇心は、アドバンテージだと思う。「さくらって、キャンディーみたいね」と言ってやったら、どんな顔をするだろう? イチビリさんだから、キャンディーのコスプレとかしてハローウィンの心斎橋なんかに行ってしまうかもしれない。
この三日のレッスンで、初歩的なスコティッシュダンスはこなせるようになった。
ブキッチョなわたしが踊れるようになったのは、さくらたちのノリが良かったこともあるけど、インストラクターのアンソニー先生の教え方が上手いから。さくらは、イケメンだということにアクセントを置いてるけどね。
このエディンバラとヤマセンブルグの旅行は有意義だ。って、まだ半分なんだけどね。
さくらたちと一緒に居ると、毎日がサプライズ。
頼子さんなんて、身分的には王女様同然なんだけど、毎日、なにかしらの楽しみを見つけて生きていくのはさくらたちと同じ。旅行の前半で三回も「ゲゲゲ!」と叫んでいたしね。日本に帰ったら『ゲゲゲの王女さま』って小説を書いてなろう系サイトに投稿してみようかしら。
「あら、コトハ、もう起きてらっしゃたの?」
「あ、陛下!?」
早く目が覚めてしまって、朝焼けの庭に出たら、なんと女王陛下に出くわしてしまった。「おはようございます」も言い忘れるくらい、ビックリして気を付けしてしまった。
「早起きがクセになるには50年ほど早いわよ」
「あはは、つい、ついですよ。お寺で行事がある時とかは早く起きて手伝うこともありますから」
「そうだったわね、あなたはお寺の娘さんだったわね」
「は、はい、不信心者ですが」
「ふふ、謙遜なんでしょうけど、それぐらいがいいわ。若い時に深すぎる信仰心を持っちゃうと、ジャンヌダルクになっちゃう」
「そうですね、火あぶりにはされたくないですから」
「フフ、あなたたち、上達が早いって、アンソニーに聞いたわよ」
「は、はい、アンソニー先生の教え方がいいんです」
「そうね、それに、みんなで楽しくやろうという積極性だと思うわ。アンソニーも『教えていて楽しい』って言ってましたよ」
「あのう?」
「なにかしら?」
「陛下は、いっしょにレッスンとかなさらないんですか?」
ジョギングはいっしょなんだけど、この三日、レッスンではお会いしていないので聞いてしまった。
「国家元首だから、みっともないところは……ね、恥ずかしいでしょ」
「あはは」
「大丈夫、完成品は、ちゃんとお目にかけますからね」
「あの……ヤマセンブルグの女王様が、どうして、スコットランドのフェスティバルに出られるんですか?」
「ヤマセンブルグの王族がイギリス国籍も持っていることは知っているわよね?」
「はい、頼子さんから聞きました」
「ヤマセンブルグは、その建国に当って、ずいぶんイギリスに助けられましたし、イギリスの戦争にも関わってきました。このスコットランドにもね。その縁でというか都合でイングランドやスコットランドの人間として扱われたこともあるのです。出自はスコットランドの辺境伯でしたしね。まあ、独立の気概を表すために、国王一人は、即位と同時にヤマセンブルグの国籍一本になるんですけどね」
「そうだったんですか。あ、でも、ミリタリータトゥーに参加されるって凄いことだと思います。ミリタリータトゥー自体、とってもいい行事だと思いますし」
「そうね、戦後すぐに始まったイベントだけど、国民から支持されて、良く続いています」
「元々は、軍隊が国民を慰め励ますために始まったイベントなんですね」
「そう、国民も軍隊もよくやっています」
「はい、日本では考えられない行事ですね」
「それは違うわ」
「え?」
「日本では、エンペラーがなさいました」
「は?」
「エンペラーは、戦後二十年あまりかけて全国を周られて……日本語では『巡幸』ですね、直接国民を励まし慰められました。あの真似は、他国の王族では、ちょっと無理でしょうね」
「……そうなんですか」
ちょっと盲点だった。
「そうですよコトハ、古来、敗戦に耐えられた王室は天皇家だけです。これは、GHQが占領政策のために残しただけでは説明が尽きません。日本人は、もっと誇りに思っていいことです」
「はい」
我ながら、神妙な「はい」が出てしまった。
「あ、バグパイプ」
控え目にバグパイプが鳴り出したかと思うと、庭の端っこで、アーネストさんのバグパイプに合わせてスコティッシュダンスの練習をしているソフィア姉妹が目に入った。
「あの二人も踊るんですか?」
レッスンにも付いてこないし、てっきりバグパイプ要員だと思っていた。
「はい、あの二人には両方やってもらいます」
大変だ……とは思ったけど、庭のお花畑の向こうで踊っている姉妹は、朝露の妖精のように見えた。
それから、こんなにスムーズな会話ができたのは、陛下自身日本語がおできになるだけではなく、女王陛下の後ろで適宜通訳してくれたマーガレット少佐(ほら、あのメグさん)が居たからです。
通訳しながらも、気配すら感じさせない。いやはや、ヤマセンブルグの諜報部はグッジョブです。
☆・・主な登場人物・・☆
- 酒井 さくら この物語の主人公 聖真理愛女学院高校一年生
- 酒井 歌 さくらの母 亭主の失踪宣告をして旧姓の酒井に戻って娘と共に実家に戻ってきた。現在行方不明。
- 酒井 諦観 さくらの祖父 如来寺の隠居
- 酒井 諦念 さくらの伯父 諦一と詩の父
- 酒井 諦一 さくらの従兄 如来寺の新米坊主 テイ兄ちゃんと呼ばれる
- 酒井 詩(ことは) さくらの従姉 聖真理愛学院大学二年生
- 酒井 美保 さくらの義理の伯母 諦一 詩の母
- 榊原 留美 さくらと同居 中一からの同級生
- 夕陽丘頼子 さくらと留美の先輩 ヤマセンブルグの王位継承者 聖真理愛女学院高校三年生
- ソフィー 頼子のガード
- ソニー ソニア・ヒギンズ ソフィーの妹 英国王室のメイド
- 月島さやか さくらの担任の先生
- 古閑 巡里(めぐり) さくらと留美のクラスメート メグリン
- 女王陛下 頼子のお祖母ちゃん ヤマセンブルグの国家元首