大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ピボット高校アーカイ部・21『泰西寺の石垣』

2022-08-26 14:17:03 | 小説6

高校部     

21『泰西寺の石垣』 

 

 

 ブリキ橋に行くぞ!

 

 旧校舎の前で待ち受けていた先輩は、返事も待たずに自転車置き場に走り出した。

「ブリキ橋は、行ったばかりですよ!」

「思い出したんだ!」

 一瞬、両手の荷物を持て余す。今日は体育のジャージと美術の作品を持って帰るので、かなりの荷物なんだ。

「田中くん、預かるよ」

 ちょうど昇降口から出てきた中井さんと目が合って、一瞬で理解した中井さんが両手を伸ばしてくれる。

「ごめん」

 それだけ言って、もう自転車に跨っている先輩の後を追う。

「構わん、わたしにしがみ付け!」

 勢いで二人乗りになって、先輩の背中にしがみ付く。

 とても自転車とは思えないスピードでぶっ飛ばして、数分でブリキ橋に着く。

「まだ、なにかあるんですか?」

「今日は、この先だ」

「この先?」

 要は小さな街だけど、隅から隅まで知っているわけじゃない。

 ブリキ橋を渡った山の方角に行くのは初めてだ。

「泰西寺という寺があってな、そこにドイツ人捕虜の縁(ゆかり)のものがあるんだ」

「なんなんですか?」

「ブリキ橋の前身は嵐で壊れたんだが、嵐はブリキ橋にだけ吹いたわけじゃない」

「それはそうですね」

「泰西寺の裏の崖も崩れてな、ブリキ橋の近くでもあるし、ドイツ人捕虜が、ついでに直したんだ。それを見に行く」

 

 ちょうど住職さんがいらっしゃって「要高校の郷土史研究部の者なんですが……」という先輩の名乗りに、快く案内してくださる。

 

「いまもそうですけど、当時もうちの寺は貧乏でしてね、崩れた石垣を直すお金が無くて。以前、捕虜のお一人が亡くなられた時に、うちのお寺でお葬式を出して、お墓を建てさせていただいたんです。それを恩に感じてくださって直してくださって……ああ、あの法面(のりめん)がそうです」

 西と北西が法面になっていて石垣で補強がされている。ぱっと見は分からないけど、よく見ると北西側とは微妙に積み方が違う。

「戦後、北西側の法面も補強したんですけどね、戦後のは穴太衆(あのうしゅう)という石垣の専門業者にやってもらったんですが、西側の堅牢さには驚いていたって、祖父さんが言ってましたよ」

 ご住職は、高校生の僕たちにも丁寧に接してくださる。

「いいお話ですね……裏山に登ってもよろしいでしょうか?」

 先輩も、それに合わせて丁寧に申し出る。

「かまいませんが、その靴では滑ります。孫たちのがありますから、それにお穿き替えなさい」

 そう言って庫裏にいざなわれ、本堂とのつなぎ廊下のところでグリップの良さそうな靴に履き替える。

 ん?

 本堂の方で人の気配がして、振り向きかけるけど、先輩が目で制止した。

 

 たった十数メートルほどの山なんだけど、上ってみると、はるか西に要山地の山々が広がっていて、泰西寺の裏山は、そこから伸びた尾根の尻尾だということが分かる。

「……思った通りだ」

 頂に立つと、一つの自然石に目を落として先輩が呟く。

「この石ですか?」

「これを見ろ」

 石の裏側にまわって、草をかき分け、少し土を掘って、石の隠れた部分を指さした。

「〇に十の字…………えと……薩摩藩の紋所?」

 お祖父ちゃんの仕事柄、いろんな映像を見てきたので〇に十の字が薩摩島津家のものだと思った。

「いや、その下にラテン文字でS○○○○と彫ってあるだろう。ドイツで白魔法を使う時の十字だ。よく観れば十字は〇の内側とは接していないだろう」

「え……あ、ほんとだ」

「……ということは?」

「単に石垣を補修しただけでは無くて、白魔法で保護されている」

「やっぱり、ドイツ人捕虜たちが?」

「だろうな……ブリキ橋といい、ここの石垣といい、捕虜たちと要の関係は深くて温もりの有るものだったんだなあ……せっかくだ、お墓参りもしていこうか」

「はい」

 ドイツ兵捕虜のお墓は墓地の北側の日当たりのいいところにあった。

「和式なんだなあ」

 ちょっと意外だった。

 あんな器用にブリキ橋や、ここの石垣を作るんだから、墓石の一つや二つは朝めし目のはずなのに、わざわざ日本式の四角いお墓になっている。

 十 ヤコブ・ビルヘルム・バウマン軍曹   1890ー1918  

 名前と生没年だけが十字の下にドイツ語と日本語で刻まれている。

「書式はドイツ式だ。墓石は日本式。これだけで分かるじゃないか、墓の主は仲間からも要の人たちからも愛されていたんだ。そして、同じように日本も愛してくれていたんだ」

 墓は、墓地の他のお墓同様に手入れが行き届いている。

「大事にされているんだ……」

 先輩は跪くと、自然なキリスト教式の所作で十字を切って手を組んだ。

 僕は、ひい祖父ちゃんの葬式で憶えたやり方で、踵をくっつけ姿勢を正して手を合わせた。

 

 庫裏と本堂の間に戻って、靴を履き替え、ご住職にお礼を言ってから山門を出た。

 

「……やっぱり付いてきたか」

 山門を出たところで、先輩は足を停めて振り返った。

「え、なにがですか?」

「鋲には見えないんだな……こいつにも見えるようにしてやってもいいか? そうか、よし」

 そう言うと、先輩は窓を拭くように右手をワイプさせた。

 すると、七ハ歳の天使のような女の子が山門の柱の陰から恥ずかしそうに顔を出しているのが見え始めた。

 

☆彡 主な登場人物

  • 田中 鋲(たなか びょう)        ピボット高校一年 アーカイ部
  • 真中 螺子(まなか らこ)        ピボット高校三年 アーカイブ部部長
  • 中井さん                 ピボット高校一年 鋲のクラスメート
  • 田中 勲(たなか いさお)        鋲の祖父
  • 田中 博(たなか ひろし)        鋲の叔父 新聞社勤務
  • プッペの人たち              マスター  イルネ
  • 一石 軍太                ドイツ名(ギュンター・アインシュタイン)  精霊技師 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

泣いてもωオメガ 笑ってもΣシグマ・46『しっかりものの留年生』

2022-08-26 06:10:49 | 青春高校

泣いてもω(オメガ) 笑ってもΣ(シグマ)

46『しっかりものの留年生小菊 



 

 なんで神楽坂高校なんか受けたんだろう。

 入学二日目にして頭の中は「?」と「!」でいっぱいだ。

 入試の日は、みんな、あたしよりも賢そうで大人びて見えたのに、入学二日目の今日はバカで子供っぽく見えてしまう。

 高校生にもなってブカブカの制服なんてありえないけど、ま、中には発育途上の人もいるだろうから、それはそれ。
 
 でもさ、みんな下手なコスプレに見えてしまうってのは、なんともねえ、みっともねえ……韻を踏んでしまった。

 二日目の今日は、まだ授業は無くて、いろいろ書類とか書くのと体育館でオリエンテーション。

 クラスの子は男子も女子も漂白したみたいに青白いかハイジみたいにホッペの赤い顔。緊張してんだろうけどバッカみたい。

 二三人ずつ二組ほどペチャクチャ喋ってるのがウザったい。

 どうやら同じ中学から来た者同士たまたま同じクラスになったんだろーけど、新学期早々って空気読んで、らしくしてろよ。

 あたしの前の増田さん、配りもの回すときには「はい」とか「どうぞ」とかくらい言ってよね。

 あたしは「ども」とか「うん」とか返してるよ。

 配り物で机の上が一杯になって、増田さんが消しゴム落っことした。「はい」って言って拾ってあげた。こんなさりげないことが互いの距離を詰めてくれるから、ちゃんと目を見て微笑んで返してあげたのよ。だのに、増田さんは目も合わさずに「あ」よ「あ」。

 担任の田中先生。

 うだつの上がらない顔は仕方ないわよ。

 でもね、一本調子のベシャリはなんとかなんないの!? 二分も聞いてると眠気を催すのよ!

 ま、配ったプリントのまんまの説明だから読んでりゃ分かるんだけどね。

 いい加減にしてほしいのがプリントの枚数。

 配り物は男子の列から。先生は、人数を読んで列ごとに置いて「後ろに回して」と言うんだけど、あたしの列が最後のせいか、残ったプリントをまんま置いてしまうのよね。

 で、毎回余ってしまう配り物を教卓のとこまで持っていかなければならない。

 何回か持って行ったとき、次は生徒手帳だって分かった。

 生徒手帳というのは身分証を兼ねていて写真を貼らなきゃいけない。で、その写真は、まだ先生の書類箱に入ったまんま。

「先生、写真を先に配ったほうがいいですよ。他にも健康調査票とか生活指導のとか、写真貼るのはまとめた方がいいです」

「え、あ、あ、そうだね(;'∀')」

 生徒から言われると怒り出す先生も居るんだけど、田中先生は聞いてくれる……のはいいんだけど、そんなアワアワしないでほしい。

 休憩時間に廊下に出てみると、クラスの枠を超えてあちこちで話の輪が出来ている。

 みんな出身中学や友だち同士で喋っている。

 場慣れしない感じが初々しいとも言えるけど、なんともイモに見えてしょうがない。

――え、アキバに寄れるんだ!―― ――そっちは新宿?―― なんてのが聞こえてくる。

 電車通学の子たちだ。

 あたしが神楽坂に決めたのはいろんな事情があるんだけど、電車通学のことは頭に無かった。

 交通費気にせず定期であちこち行けるのは魅力だ。また家に帰って、ソファーにひっくり返ってため息をつきそうだ。

 オリエンテーションでもプリントばっか。

 いちおうザッとは見るけど、読み切れないし、全部理解なんかできっこないって!

 それに、今度は枚数が足りなくなったりしてるしーヽ(`Д´)ノプンプン

 さすがに先生のとこまで取りにはいかないけど、肩のところまで手を上げて――足りませーん!――と、アピール。

 すると、田中先生は手持ちがないのか狼狽えて周囲をキョロキョロ。

 そんな先生に気づいて、誰かが持ってきてくれる気配がする。

「はい、おまちどう」

 ありがとう……声に出かけてビックリ。

「なんで、あんたが!?」
「小菊!?」

 何の因果か腐れ童貞のお人よしが雑用に使われていた。

 すぐに口はつぐんだけど、これで噂が立ってしまった。

 あたしは、しっかりものの留年生で、二年生の彼氏がいるんだとさ! 

 

☆彡 主な登場人物

  • 妻鹿雄一 (オメガ)     高校三年  
  • 百地美子 (シグマ)     高校二年
  • 妻鹿小菊           高校一年 オメガの妹 
  • 妻鹿由紀夫          父
  • 鈴木典亮 (ノリスケ)    高校三年 雄一の数少ない友だち
  • 風信子            高校三年 幼なじみの神社の娘
  • 柊木小松(ひいらぎこまつ)  大学生 オメガの一歳上の従姉 松ねえ
  • ミリー・ニノミヤ       シグマの祖母
  • ヨッチャン(田島芳子)    雄一の担任
  • 木田さん           二年の時のクラスメート(副委員長)
  • 増田さん           小菊のクラスメート

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする