大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

漆黒のブリュンヒルデQ・092『円突と寅次郎』

2022-10-04 16:43:20 | 時かける少女

漆黒ブリュンヒルデQ 

092『円突と寅次郎』   

 

 

 芳子がアメリカに発った。

 

 平日なので、見送りはわたしだけかと思ったが、小栗結衣も出発ゲートで待ち受けていて、意外の情の厚さに驚いた。

 小栗は、わたしの後を襲って生徒会長になった奴だが、我の強い美少女。自分以外は道具としか思っていないようなところがあったが、ハグしながら流した涙に嘘はなさそうだ。

 小栗の意外な情の厚さに、一歩引きさがって見送るだけにしたのだが、一人駅に向かう背中に声を掛けてきた。

「ありがとうございます、先輩。下見にも付いて行ってくださったんですね。先輩には盾を突くようなことばかりでしたけど、先輩の足跡があったからこそ進んでこられました。ほんとうにありがとうございました」

 そう言って、深々と頭を下げ、他の見送りの者たちとバスで帰って行った。

 わたしの実績など、この世界に来るにあたって父のオーディンがでっち上げた設定にすぎない。

 父の分も含めて申し訳なく思いながら豪徳寺の駅から世田谷城址公園まで来てしまった。

 

 堡塁跡、木漏れ日の揺蕩い……単に、木の葉の隙で濾過された日差しが風に揺れているだけなのだが、その揺蕩いに身を晒していると、いささか心地いい。虚実綯い混ぜられた次元の狭間に、少し疲れが出ているのかもしれない。

 

 ソヨ

 

 大方のそれに逆らって、一叢の木漏れ日が逆に戦いだ。

 あやかし!?

 身構えると、一薮向こうの木立から人が現れた。

 草色の国防服の襟は黒、鉄兜に首からはメガホンを吊っている。

 警防団か?

 あの大空襲では十万もの犠牲者が出ている、中には、避難誘導や無駄な消火に命を落とした警防団や消防団の者もいた。

「あ、怪しい者じゃありません。いや、警防団員を拝命したあくる日の事で、いや、もう、ろくに役に立たないまま逝っちゃったものでして、いや、お恥ずかしい」

「おまえ、生前の事を憶えているのか?」

「あはは、まだらの飛び飛びでございますよ。なにもお役に立つことは憶えてやしません。いまもね、塾に行こうと足を運んでおりましてね、キョロキョロしておりましたら、こんなところに出てきちまって、いや、めんぼくありません」

 なんだか調子がいい。付けるべき名前は浮かんでいるんだけど、ちょっと躊躇う。

「口が立つようだが、そういう仕事なのか?」

「はい、二つ目ではございますが、三遊亭円突と申します」

「二つ目?」

「あはは、噺家、落語家でございますよ。二つ目というのは真打の一つ手前、軍隊で言うと上等兵、会社で言えば係長ぐらいのものでございましょうか」

「なるほど、しかし、円突とは妙な高座名だな」

「あはは、でしょうねえ、師匠が『円の一字をもってくりゃいいんだ、一つ自分でアイデア言ってみろ』って、おっしゃるもんですからね、それでってんで、試しに言ってみたんでさ」

「突には、なにか由来でもあるのか?」

「いや、時局がら、元気な方がいいだろうってんで『突撃』『突破』の突をね、師匠には笑われましたがね、へへへ」

「いや、それだけではないだろう、鼻が笑っているぞ」

「おっと、いけねえ」

 驚いて鼻を隠すと、実に愛嬌がある。

「なんだか、日光の見ザルのようだな」

「あはは、干支も申年でやすからね。こいつは、ひとつ答えずばならねえか」

 いつの間にか、高座の噺家と客という塩梅になってきた。

「なにね、まだ、弟子入りして、まだ高座名もついてねえころに、師匠の荷物持ちで京都に行ったんですけどね。そこの楽屋で漫才師の弟子といっしょになりやして、そいつと駆け出し同士意気投合しやしてね、そいつ、師匠から名前を頂戴したところで、若いくせに丸眼鏡にチョビ髭が似合うやつでしてね……立山エンタツっていうんですよ。じゃ、俺も高座名いただく時には、あやかって……円の一字は外せねえから下の二文字、タチツテトのタは遠慮して……チ、ツ、テ、ト……よし、円突だ! あははは」

「あははは、なんだそれは( ´艸`)」

「あはは、でも、人には一発で憶えてもらえましてね……で、その三日目に大空襲って寸法ときた!」

「「あははは」」

 悲しい話なんだが、こいつが喋ると春風が吹いたようで、つい笑ってしまう。

 

―― おーい、円突君、そんなところにいたんですかぁ ――

 

 声のする方を向くと、公園の入り口で、ひょろりとした侍がニコニコと立っている。

「いやあ、先生、道に慣れないもんで、ちょいと迷ってしまいました」

「この道を、まっすぐ一丁ほど行ったら見えてくる。急いでください、円突君」

「はい、ただいま。それじゃ、お嬢さん、またいつか」

「ああ、また話を聞かせてくれ」

 

 鉄兜とメガホンをカチャカチャいわせながら、円突は行ってしまった。

 

「いや、先日は松本がお世話になりました。未熟な者たちですが、ご容赦頂いて助かりました」

「失礼だが、あなたは?」

「あ、勝手に朋輩のような気になって失礼いたしました。吉田寅次郎と申します。ヒルデさんのことは常々聞き及んでおりましたが、ついご挨拶が遅れて失礼いたしました」

「吉田寅次郎……殿」

「この先で塾を営んでおります、ヒルデさんから見れば悠長なことに見えるでしょうが、可能性のある者には自分で名を取り戻してもらおうと……ヒルデさんの御趣旨には反するでしょうが、どうか思目こぼしのほどを……あ、いかん、講義の時間が迫っております。これにて……」

「こちらこそ時間を取らせてしまいました、失礼します」

「気が向いたら、わたしの塾にもお越しください」

「はい、きっと!」

 風が木々の梢を揺らしたかと思うと、吉田寅次郎の姿は風の中に消えてしまった。

 

☆彡 主な登場人物

  • 武笠ひるで(高校二年生)      こっちの世界のブリュンヒルデ
  • 福田芳子(高校一年生)       ひるでの後輩 生徒会役員
  • 福田るり子             福田芳子の妹
  • 小栗結衣(高校二年生)       ひるでの同輩 生徒会長
  • 猫田ねね子             怪しい白猫の猫又 54回から啓介の妹門脇寧々子として向かいに住みつく
  • 門脇 啓介             引きこもりの幼なじみ
  • おきながさん            気長足姫(おきながたらしひめ) 世田谷八幡の神さま
  • スクネ老人             武内宿禰 気長足姫のじい
  • 玉代(玉依姫)           ひるでの従姉として54回から同居することになった鹿児島荒田神社の神さま
  • お祖父ちゃん  
  • お祖母ちゃん            武笠民子
  • レイア(ニンフ)          ブリュンヒルデの侍女
  • 主神オーディン           ブァルハラに住むブリュンヒルデの父
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泣いてもωオメガ 笑ってもΣシグマ・84『水道橋の増田さんの家』

2022-10-04 06:36:31 | 青春高校

泣いてもω(オメガ) 笑ってもΣ(シグマ)

84『水道橋の増田さんの家オメガ 





 その片鱗は見えていた。

 彼女がノリスケにビビっときたのは、ジブリアニメ『耳をすませば』の主人公、月島雫に自分を仮託したからだ。

 ノリスケは彼女の想いを壊さないために付き合い始めた。

 ノリスケは、あれでなかなかのェミニストで、女の子にはずいぶん優しい。

―― ソデにしたら、あの子は不登校になるかもしれない ――

 最初は悩んでいた。増田さんが思ってくれているほどにはノリスケに気持ちは無い。

 でも、いろいろ気遣っているうちに、ノリスケの気持にも変化が現れてきたようだ。

「すこし積極性が出てきたみたいだ」

 彼女から「茶道部に入りました!」と報告された時は本当に嬉しそうにしていたからな。
 
 でも、増田さんが初めて茶道部の部活に来たのが、わがサブカル研の活動日だったのには驚いた。風信子のダブルブッキングのせいなんだけどな。

 さて、片鱗の話だ。

 増田さんは、かなりのアニメファンなのだ、正確にはアニメのコスプレファンだったのだ!

 だから、気絶から回復して、風信子が「夏コミにコスプレで参加しよう!」と宣言した時に、彼女のテンションは100倍になった!

 

 テスト明け最初の日曜日、俺たちは水道橋の坂道を歩いている。

 

「すみません、見てもらった方が早いと思いまして」

 水道橋駅の前で落ち合った増田さんは恐縮しっぱなしだ。

 彼女のコスプレコレクションは量が多いので、サンプルを持ってきてもらうよりも、俺たちが足を運んだ方が早いそうなのだ。

「東京ドームあたりにはよく来るけど、こっち側は初めてだなあ」

「うんうん」

「そうだねえ」

 神楽坂から水道橋は目と鼻の先なんだけど、生活圏は東京ドームのあたりまでで、その先は電車に乗った先の渋谷とかアキバになる。

 学校や中小の会社、それに新旧の住宅が混ざっているのが特徴のようで、神楽坂と比べて賑わいが無い、逆に言えば落ち着いている。

 増田さんは賑わいが無いと言う風に感じているようで、自分の責任でも何でもないのに、なんだか済まなさそうに見える。

「この角の向こうです」

 角を曲がって示された先にはビルに挟まれるようにして『テーラー増田』の二階建てが見えた。

「「「お邪魔します」」」

「どうも、みなさんいらっしゃい」

 お父さんらしい職人さんが店舗兼仕事場で出迎えてくださった。

「お休みの日にお邪魔してすみません」

「ハハ、うちは休みじゃないから。母さん、汐のお友だちが見えたよ!」

――はーい――

「あ、あいさつなんかいいから、あの、こっちです(;'∀')」

 増田さんは、ちょっと不機嫌そう。友だちを呼んだりすることには慣れていないようだ。

「どうもみなさん、うちの汐がお世話になってます」

「あ、いいからいいから」

 出てきたお母さんとの挨拶もそこそこに、作業場のドアの向こうに案内された。

 てっきり二階への階段を上がるのかと思ったら、増田さんは、もう一つのドアを開けた。

「こっちです」

 ドアの向こうは外だ。正確には裏のビルと増田さんの家の境目の路地。それを一列になって十メートルほど歩くとビルの裏口ドア。

 別のビルの中に入って三階へ、増田さんはポケットから鍵を取り出した。

「ここが、わたしの部屋です」

 入ってビックリした!

 教室ほどのフロアは、まるでアキバの専門店かっちゅうくらいコスプレ衣装で一杯だった!

 

☆彡 主な登場人物

  • 妻鹿雄一 (オメガ)     高校三年  
  • 百地美子 (シグマ)     高校二年
  • 妻鹿小菊           高校一年 オメガの妹 
  • 妻鹿幸一           祖父
  • 妻鹿由紀夫          父
  • 鈴木典亮 (ノリスケ)    高校三年 雄一の数少ない友だち
  • 風信子            高校三年 幼なじみの神社(神楽坂鈿女神社)の娘
  • 柊木小松(ひいらぎこまつ)  大学生 オメガの一歳上の従姉 松ねえ
  • ミリー・ニノミヤ       シグマの祖母
  • ヨッチャン(田島芳子)    雄一の担任
  • 木田さん           二年の時のクラスメート(副委員長)
  • 増田汐(しほ)        小菊のクラスメート
  • ビバさん(和田友子)     高校二年生 ペンネーム瑠璃波美美波璃瑠 菊乃の文学上のカタキ
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