鳴かぬなら 信長転生記
皆虎の街は予想以上に賑わっていた。
庶民や商人というのは肌感覚で生きている。
貴族や大名、宗教者や思想家、政治家などと看板の付いた奴は、身にまとった衣からしか感じることができない。感じようとしない。
曹茶姫や信長の働きで、数十年ぶりに城門が開かれると、商人どもは三国志と扶桑の、あれこれの違いに気が付いた。
扶桑の人間が欲しがっているもの、三国志に余っているもの。そして、扶桑の側からも、それを感じて商いを始めた。
最初は城門の外で、次には、諸設備の整った皆虎の城内で取引が行われるようになった。寂びれ果てた辺境の旧軍都でしかなかった皆虎は、一躍新興商業都市に変貌し始めたところだ。
「道幅が半分になっている……」
城門を潜り、中央通に入ると、後ろからリュドミラが呟く。
旅の供としては横を歩いてもらったほうが穏やかなんだけど、わたしをガードするためのポジションだから仕方がない。わたしも、背中に目鼻がついた感覚で話す。
「まだ辻売りの露店の域を出ないが、もうバザールの賑わいだね。雑然並んでいるようだけど、露店の構えや規模に弁えと慎みがある」
「うん、いい軍政が布かれた占領地のようだ」
「とくに監視の兵隊がいる様子はないけど……」
あとは言葉を濁した。
雰囲気が、岐阜や安土に似ている。信長が楽市楽座を布いた街も、こんな具合だった。
いいことなんだけど、口に出して言うのは癪だし。
「前後二回、信長が来たらしいけど、その影響かなあ?」
「来たといっても、曹茶姫の近衛騎兵だ、そこまでの力は無い。この皆虎がもともと持っていた秩序感覚よ」
「ん……なんかムキになってない?」
「なってない。街の賑わいに、ちょっと興奮してるだけ!」
「そうなのか?」
「さ、クルミ売りの場所取りをやるわよ」
「え、ダンゴにはしないの?」
「新参者だよ、最初は遠慮しないと……あの茶碗売りに聞いてみよう」
「おう、らっしゃい。高級品は無いけど、常使いの手ごろなの揃えてるよ(^▽^)」
路地端の露店の親父に声を掛ける。
「ちょっとクルミを売りたいんで、器が欲しいの、陶器の茶碗とザルが欲しい」
「ああ、それなら、これと……これかな。上代は三百文だけど、天気もいいしオネエチャンたちもベッピンだし、二百と八十文にまけとくよ」
「う~ん、もう一声。茶碗は仕舞いものでしょ、同じ大きさのは、これ一つっきりみたいだし」
「かなわねえな、よく見てるよネエチャン。じゃ、二百と五十文だ」
「ありがと、じゃあ、そっちのお椀もいただくわ。同じの二つね」
「まいど。初商いだったら、大通りはダメだよ。見ての通り一杯だからね、まずは路地際、ここを入った二つ目が空いてるから、ボチボチやってごらん」
「ありがとう、助かったわ。はい、お代」
「それと、一応は坪の世話役に挨拶しときな。ほら、筋向いの代書屋がそうだから」
「うん、分かった。ほんとうにありがとう」
「あれ、代書屋には行かないの?」
「手ぶらじゃ行けない、まずは……あった」
酒の露店を探し、ちょっとだけいい酒を五合徳利二つ買って代書屋を目指す。
「ひょっとして、お土産? 話付けるなら現ナマ要るんじゃないの?」
「え、そうなの?」
「ソ連の占領地だったら、そうしてた」
「ま、ここなら大丈夫でしょ」
信長の楽市では賄賂めいたもののやり取りは無かった。
同様のものなら、ここでも同じだろう。
「これは痛み入る。路地なら、空いていれば自由に使いなさい」
代書屋は、元々は皆虎に駐屯していた軍人のようで、あいさつ代わりの徳利を渡すと機嫌よく認めてくれた。
「おじさん、上手くいったわ。これ、ほんのお礼」
残りの徳利を茶碗屋に渡して、まずは笑顔。
「やあ、すまない。かえって気を遣わせちまったなあ」
「ううん、よろしく。ほれ、あんたも」
「え、あ……ども」
リュドミラにも頭を下げさせ、とりあえず、間口五尺のクルミ売りから始まった。
☆彡 主な登場人物
- 織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生(三国志ではニイ)
- 熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
- 織田 市 信長の妹(三国志ではシイ)
- 平手 美姫 信長のクラス担任
- 武田 信玄 同級生
- 上杉 謙信 同級生
- 古田 織部 茶華道部の眼鏡っこ
- 宮本 武蔵 孤高の剣聖
- 二宮 忠八 市の友だち 紙飛行機の神さま
- リュドミラ 旧ソ連の女狙撃手 リュドミラ・ミハイロヴナ・パヴリィチェンコ
- 今川 義元 学院生徒会長
- 坂本 乙女 学園生徒会長
- 曹茶姫 魏の女将軍 部下(劉備忘録 検品長) 曹操・曹素の妹
- 諸葛茶孔明 漢の軍師兼丞相
- 大橋紅茶妃 呉の孫策妃 コウちゃん