大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

漆黒のブリュンヒルデQ・094『野村さんと公園に』

2022-10-21 15:25:19 | 時かける少女

漆黒ブリュンヒルデQ 

094『野村さんと公園に』   

 

 

 学校のお友だちよ、野村さん(^o^)

 

 祖母は――去年同じクラスだった――ぐらいの気安さで階段を下りてくるわたしに言ったけど、野村という友だちは設定の中にも居ない。

 ちょっと訝る気持ちで、玄関に。

「お久しぶり、ちょっと話があって、公園とかでいいかな?」

 野村さんは祖母の見立て通り、一二年生で同じクラスだったという感じの制服姿で用件を告げた。

「え、ああ、いいわよ。お祖母ちゃん、ちょっと公園まで行ってる」

「……あら、そう。上がってもらったらよかったのに」

「友だち同士、外で話したい気分の時もあるのよ。夕飯までには帰って来るから」

「すみません、ひるでお借りしまーす」

「そーお、じゃ、またゆっくり来てちょうだいね」

「はい。じゃあ、失礼します」

 外に出ると、前後から視線。お向かいの窓からはねね子と啓介。後ろは我が家の二階、玉ちゃんがニヤニヤと見下ろしている。

 野村さんは、玉ちゃんには小さく手を振り、向かいの窓には小さく会釈。わたしは啓介にアカンベェして公園を目指す。

「すみません、うまく合わせてもらって」

「で、どちらの野村さん?」

「松陰神社から参りました」

「あ、寅さんの?、あ、ごめんなさい。気安く呼んじゃった」

 祖父が『男はつらいよ』主題歌を歌ったりしていたものだから、区別がつかなくなってきた。

「いえ、吉田さんも、そう呼ばれるの喜んでます」

「え、そうなんですか?」

「お小さいころは『とら』と呼ばれてらっしゃったそうですから」

「フフ、可愛い」

「はい、だからいいんです」

 初対面なのに、本当に去年まで同じクラスだった感じで話してしまう。

 妖か亡霊のたぐいなんだろうけど、性格がいいというかできている感じだ。

 

「あら、ブランコとかやってみたかったり?」

 

 公園に入ると、ブランコに視線を向けているので聞いてみる。

「あ、分かっちゃった? あ、でも、まずは用件ね」

 そう言うと、ベンチに腰かけて用件を切り出した。

「わたし、野村望東尼(もとに)と申します」

「あ、まんまの野村さん……」

 軽く驚いてからアーカイブの知識が浮き上がってきた。

「あ!」

「はい、その野村です」

 野村望東尼。

 幕末に多くの勤王の志士と縁のあった尼僧。特に長州の志士との関りが深く、高杉晋作の最後を看取ったことで有名だ。

「まあ、高杉さんのことも思い出していただけたみたいね」

「はい、思い出したと言っても、こちらに来るにあたって持たされた情報ですけどね」

「それで十分です。高杉さんのことだから、待っていれば神社の方に訪ねてくると、百五十年ほど待っていたんですけどね、一向にお顔をお見せにならないので……」

「亡くなってからでも名前を憶えてるんですね」

 ここに来てから、名前を無くしたり忘れてしまった霊や妖ばかり相手にしていたので、名前を憶えているということが、ひどく新鮮。

「東京は戦災霊や震災霊が多いですからねえ」

「あ、そうですよね。普通に亡くなった人は地上に残っていても、ちゃんと自分のこと憶えてますよね」

「ええ、だいいち、ヒルデさんや、うちの吉田さんの前に現れる必要ありませんからね」

「え、彼らは、自分から望んで会いに来るんですか?」

「望んで……というのは、少し違うんですけど、因縁のようなものがあって、意志とは無関係に会ってしまうんです」

「そうだったんだ……あ、そうそう高杉さんのことですね」

「はい、実は高杉さんの辞世の句なんです」

 辞世の句……わたしのアーカイブには辞世の句までは記録されていない。

「もう息が切れる間際に『辞世の句を詠む』とおっしゃいましてね……『面白きことも無き世に 面白く……』上の句を詠んだところで疲れておしまいになられて、それで、わたしが下の句を付けたんです……『棲みなすものは心なりけり』」

「は、はあ……」

 辞世の句はおろか、俳句は学校の授業で習う程度の理解でしかない。でも『棲みなすものは心なりけり』では調べが違いすぎる。上の句が奔放な魂を空に打ち上げたような、それでいて肩の力が抜けた自由さを予感させるのに、下の句は小さく、よく言えば行儀よく収まり過ぎている。

「お感じになった通りです。でも、高杉さんは『面白いのう……』そう微笑んで逝ってしまわれました」

「そうなんですか……」

「こちらでお目にかかれたら、しっかり下の句を付けていただこうと待っていた次第です。吉田さんも心配……というよりは、高杉さんなら、じっさいどんな下の句を付けたかと思ってらっしゃるんですが、ヒルデさんのお家に伺うには、やはり女が良いだろうと、この望東尼が伺ったしだいです。もし、豪徳寺のあたりで高杉さんにお会いになったら、いちど神社の方にもお顔をお見せくださいと、わたしも吉田さんも願っているという次第です」

「そうなんですか……でも、吉田神社にも現れない高杉さんが、わたしのところに来られるでしょうか?」

「それは、吉田さんがおっしゃってました」

「え、なんと?」

「ヒルデという人は、晋作のドストライク!」

「え、ええ!!?」

「ということですので、高杉さんを見つけたら、よろしくお願いします!」

「え、あ……あははは」

「はい、用件は済みました。ブランコ……もいいけど、シーソーもやってみたいです。ヒルデさん、付き合ってください!」

「あはは、了解」

 

 けっきょく、夕方までかかって、公園の遊具を全部突き合わされてしまった。

 

☆彡 主な登場人物

  • 武笠ひるで(高校二年生)      こっちの世界のブリュンヒルデ
  • 福田芳子(高校一年生)       ひるでの後輩 生徒会役員
  • 福田るり子             福田芳子の妹
  • 小栗結衣(高校二年生)       ひるでの同輩 生徒会長
  • 猫田ねね子             怪しい白猫の猫又 54回から啓介の妹門脇寧々子として向かいに住みつく
  • 門脇 啓介             引きこもりの幼なじみ
  • おきながさん            気長足姫(おきながたらしひめ) 世田谷八幡の神さま
  • スクネ老人             武内宿禰 気長足姫のじい
  • 玉代(玉依姫)           ひるでの従姉として54回から同居することになった鹿児島荒田神社の神さま
  • お祖父ちゃん  
  • お祖母ちゃん            武笠民子
  • レイア(ニンフ)          ブリュンヒルデの侍女
  • 主神オーディン           ブァルハラに住むブリュンヒルデの父
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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・1『序章 事故・1』

2022-10-21 06:34:06 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

1『序章 事故・1』  

 

 

 ドンガラガッシャン、ガッシャーン……!!

 タソガレ色の枯れ葉を盛大に巻き上げて、大道具は転げ落ちた。

 一瞬みんながフリ-ズした。

「あっ!」

 思わず声が出た。

 講堂「乃木坂ホール」の外。十三段の外階段を転げ落ちた大道具の下から、三色のミサンガを付けた形のいい手がはみ出ている。

「潤香先輩!」

 思わず駆け寄って大道具を持ち上げる! 頑丈に作った大道具はビクともしない!

「何やってんの、みんな手伝って!」

 フリ-ズの解けたみんなが寄って、大道具をどけはじめた。

「潤香!」
「潤香先輩!」

 ズサッ!

 皆が呼びかけているうちに、事態に気づいたマリ先生が、階段を飛び降りてきた。

「潤香……だめ、息してない!」

 マリ先生は、素早く潤香先輩の気道を確保すると人工呼吸を始めた。

「きゅ、救急車呼びましょうか……」

 蚊の泣くような声しか出ない。

「呼んで!」

 マリ先生は厳しくも冷静に命じ、わたしは弾かれたように中庭の隅に飛んで携帯をとりだした。

 一瞬、階段の上で、ただ一人フリ-ズが解けずに震えている道具係りの夏鈴(かりん)の姿が見えて……乃木坂の夕陽が、これから起こる半年に渡るドラマを暗示するかのように、この事故現場を照らし出していた。

 

 ロビーの時計が八時を指した。

 

 病院の時計だから、時報の音が鳴ったわけじゃない。心配でたまらない私たちは、病院の廊下の奥を見ているか、時計を見ているしかなかった。

 ロビーには、わたしの他には、道具係の夏鈴と、舞監助手の里沙しか残っていなかった。

 あまり大勢の部員がロビーにわだかまっていては、病院の迷惑になると、あとから駆けつけた教頭先生に諭されて、しぶしぶ病院の外に出た。
 外に出た何人かは、そのままエントランスのアプローチあたりから中の様子を窺っている気配。
 ついさっきも部長の峰岸さんからメールが入ったところだ。
 わたしと里沙はソファーに腰掛けていたけど、夏鈴は古い自販機横の腰掛けに小さくなっていた……いっしょに道具を運んでいたので責任を感じているんだ。


 時計が八時を指して間もなく、廊下の向こうから、潤香先輩のお母さんとマリ先生、教頭先生がやってきた。


「なんだ、まだいたのか」

 バーコードの教頭先生の言葉はシカトする。

「潤香先輩、どうなんですか?」

 マリ先生は許可を得るように教頭先生とお母さんに目を向けて、それから答えてくれた。

「大丈夫、意識も戻ったし、MRIで検査しても異常なしよ」
「ありがとう、潤香は、父親に似て石頭だから。それに貴崎先生の処置も良かったって、ここの先生も。あの子ったら、意識が戻ったら……ね、先生」

 ハンカチで涙を拭うお母さん。

「なにか言ったんですか、先輩?」
「わたしが、慌てて階段踏み外したんです。夏鈴ちゃんのせいじゃありません……て」
「ホホ、それでね……ああ、思い出してもおかしくって!」
「え……なにが……ですか?」
「あの子ったら、お医者さまの胸ぐらつかんで、『コンクールには出られるんでしょうね!?』って。これも父親譲り。今、うちの主人に電話したら大笑いしてたわ」
「ま、今夜と明日いっぱいは様子を見るために入院だけどね」

「よ、よかった……」

 里沙がつぶやいた。

「大丈夫よ、怪我には慣れっこの子だから」

 お母さんは、里沙に安堵の顔を向ける。

「ですね、今年の春だって自分で怪我をねじ伏せた感じだったし。あ、今度は夏鈴のミサンガのお陰だって」

 マリ先生は、ちぎれかけたミサンガを見せてくれた。

 ウワーーン(;´༎ຶ۝༎ຶ`)!!

 夏鈴が爆発した。

 夏鈴の爆泣に驚いたように、自販機がブルンと身震いし、いかれかけたコップレッサーを動かしはじめた。それに驚いて、夏鈴は一瞬泣きやんだが、すぐに、自販機とのデュオになり、みんなはクスクスと笑い出した。

 

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