泣いてもω(オメガ) 笑ってもΣ(シグマ)
ほら、違うでしょ?
座りなおしたミリーさんは二割増しフレンドリーになった。
昨日、ミリーさんがオバマ先生を連れて見舞いに来てくださった。
ニ十分ほどで居合わせたみんながフレンドリーになって、ベッドでひっくり返っているわたしを含め、とても充実した時間を過ごせた。
それが、マッジさんの気配りからなんだと直感はしたものの、具体的にマッジさんがどうやったのかは分からない。
それで、今朝も見舞ってくださったミリーさんに聞いてみたのだ。
「椅子を引いて座って頂く時に、ほんの少し近くして、方向もみんなが向き合うように微妙に変えるの。すると、座り直した時に……こうなるワケ」
「なるほど、それが自然にできちゃうわけですね」
「でも、みんなに同じことをやったら気づかれる。気づくととたんにぎこちなくなる」
「ですよね、不自然な圧を感じます」
「だから、お茶を出したりクッキーを出したりするときに……そうね、例えばもなかさんは、少し距離があっても手を出すから、このへん」
「ほんとだ、わたし自分から近づいて行ってる!」
「むろん、みんなに仲良くお喋りがしたいという気持ちがなくっちゃだめなんだけど。ま、そういう空気も読んで、自然に雰囲気が出来るように、ね」
「そういう気配りって、メイド喫茶のマニュアルじゃできませんよね」
チロルさんが感動して、男みたいに腕を組んだ。
メイドが人前で腕を組んではいけないんだけど、休憩室なんかでリラックスするとやってしまう。彼女の魅力は可愛いルックスの下に潜んだ男らしさなのかもしれない。
「テニスコートの準備が整いました」
マッジさんが、テニスウェアーで現れて、みんなに告げた。
今日は、わたしも回復。ホテルのテニスコートを借りてテニスをすることになっているのだ。
わたしがこんなだから、マッジさんが手配をしてくれたんだ。
マッジさん自身、ハイスクールでは地元のテニスクラブに所属していたので、コーチを兼ねた一日マネージャーをかって出てくれた。
「わたしはランチの予約をしてからまいりますので、みなさんお先にどうぞ、三番コートです」
「すみません、なにからなにまで」
「いいえ、こういうの好きですから」
マッジさんと分かれてテニスコートに向かう。
「じゃ、楽しいテニスを」
ミリーさんはお店があるので駐車場の方に消えて行った。
あ、あれ~?
三番コートには先客が居た。
それもマッチョな男の人たちが七人も。
七人とも短髪のサングラス、人種はまちまちだけど、チューインガムを噛んでいる口から漏れるのはネィティブな英語だ。
「すごいタトゥーだ……」
チロルさんは、男たちのTシャツの下に隠れている刺青を目ざとく見つけた。
「ちょっとヤバイ感じ……」
あたしたちはジワジワと後ずさって、テニスコートの入り口まで戻った。
「どうしたんですか?」
ランチの予約を終わったマッジさんと出くわした。
「分かりました」
事情を説明すると、マッジさんは、ツカツカと三番コートへ。
Hey you guys!!(ちょっと、あんたたち!)
最初の一言しか分からなかった。
双方早口の英語(ゆっくりでも分からないけど)の上、ほとんど怒鳴っているし、わたしたちはビビってる。
「ヤバいわよ、通報した方が……」
「「う、うん」」
通報と言いながら、三人の脚は動かない。
マッジさんが、完全に囲まれてしまったときは、正直ちびりそうになった。
一瞬、男たちがいっせいにわたしたちを睨んだ。
「「「ヒッ!」」」
五歳の時にお化け屋敷に入って以来の悪寒が背中を走る。
すると、男たちが早足で、わたしたちのところにやってくる。
瞬間意識が飛んだかもしれない。
気づくと、マッジさんが目の前に居た。
「ダブルブッキングのようです、あちらといっしょにフロントに掛け合ってきます」
そう言うと、再びマッジさんは男たちに囲まれてホテルの本館に向かった。
生きた心地もしなかったけど、結論は直ぐに出た。
「フロントのミスでした。あの人たち、いっしょにやろうって言ってますけど、どうしましょうか?」
で、けっきょくマッチョ七人組と、テニスをする羽目になってしまった!
☆彡 主な登場人物
- 妻鹿雄一 (オメガ) 高校三年
- 百地美子 (シグマ) 高校二年
- 妻鹿小菊 高校一年 オメガの妹
- 妻鹿幸一 祖父
- 妻鹿由紀夫 父
- 鈴木典亮 (ノリスケ) 高校三年 雄一の数少ない友だち
- 風信子 高校三年 幼なじみの神社(神楽坂鈿女神社)の娘
- 柊木小松(ひいらぎこまつ) 大学生 オメガの一歳上の従姉 松ねえ
- ミリー・ニノミヤ シグマの祖母
- ヨッチャン(田島芳子) 雄一の担任
- 木田さん 二年の時のクラスメート(副委員長)
- 増田汐(しほ) 小菊のクラスメート
- ビバさん(和田友子) 高校二年生 ペンネーム瑠璃波美美波璃瑠 菊乃の文学上のカタキ