鳴かぬなら 信長転生記
「そがなことなら、うちが案内しょう」
乙女会長は気安く腰を上げ、わたしと武蔵の前を歩いた。
学園に二宮忠八を訪ねたんだけど、約束の時間になっても現れない。それで生徒会室に行ったら、生徒会長自らが案内してくれることになったんだ。
「いやあ、あそこは、学園の中でもいちばんややこしいところにあるきなあ、案内無しではぜったい迷うぜよ」
「忠八くんは、ずいぶんと忙しいようですね」
「もうしわけない。飛行部は場所をとるんでクラブハウスには収まらんき、奥の奥に行ってもろうちゅー。いまは、クラブ予算の折衝の時期やき、ちっくと走り回っとるんや思う。校内放送も頼んじょいたきね」
『飛行部の二宮忠八くん、二宮忠八くん、御来客ですので至急部室にお戻りください。繰り返します……』
「あ、さっそく……」
「生徒会役員や部長はGPSをつけろという声もあるがやけんど、勘弁してもろうちゅー。GPSは防犯カメラとリンクしちゅーき、行儀悪うしちゅーとこなんか見られたらかなわんきね。あ、足もと気ぃ付けて。そこ、頭打たんように……」
「おっとっと……」
「こんどはこっちを……」
安全対策さえしておけばテーマパークのラビリンスになりそうなところを抜けて、くたびれた倉庫の前に出る。
「まあ、放送もかかったし、ざんじ来るぜよ。それじゃあね(^▽^)」
「お世話になりました」
不愛想な武蔵の分も合わせて礼を言って頭を下げる。振り返って倉庫を仰ぐと背後で「ウワア!」と乙女会長の悲鳴とガッシャーンと物の崩れる音。
「大丈夫ですかぁ?」
『アハハ だいじょぶ だいじょぶ(^_^;)……』
やっと乙女会長の気配が消えると、今度は武蔵。
「殺!」
剣呑な気合いと共に太刀を抜く。
慣れっこになっているので、肩に手を置いて制止する。
見上げると、瓦礫とスクラップの山の向こうからハングライダーで忠八が降りてくるところだった。
「いやあ、すみません、予算折衝であちこち飛び回っていたので、申しわけありませんでした」
「いいよいいよ、こっちも朝に電話を入れたとこだったし」
「どうぞ、散らかしていますが、お入りください」
クキ クキ ガタピシ ギーー
大戸の脇の潜り戸を、忠八以外では絶対開けられないだろうという感じで開け、パチンと電気のスイッチを入れる。
「おお……」
「散らかっていて、申しわけないです(^_^;)」
並のちらかりようではない。
一見、無造作無分別に散らかされているようだけど、物づくりの勢いと、その試行錯誤が結晶したようなスゴミがある。
わたしは、数々の名品を手に入れ、あるいは手に入れることができずに垂涎の眼で見てきたが、その名品のあれこれが作り上げられたのは、こういう設えの構えがあったからだろうという感じだ。
焼き物に窯変をおこさせる窯の中、火が周って薪や炭が朱く火照りながら崩れ始めた、そんな案配を感じさせる。
「写真に撮っていいか?」
「え、あ、恥ずかしいです。あ……武蔵さん?」
ブン!
わ!
「いきなり抜かないでくれる!?」
「許せ、この有様に、この剣を対峙させたくなったまでだ」
「あ、あ、そうですか(^_^;)」
「忠八」
「はひ」
「この武蔵、お前のことは単なる酔狂者と思っていたが、この情熱と有様は佐々木小次郎に匹敵するぞ」
「佐々木小次郎ですか、あの、燕返しの!?」
「ああ、剣の他にはなにも分からぬ武蔵だが、これには感服いたしたぞ」
「あ、ありがとうございます!」
褒めるにしても、自分に負けた小次郎に例える……まあ、これも武蔵の面白さだけどな。
「感心ばかりしていても仕方ない、今日は、見事に双ヶ岡から三人を飛ばした技師殿の慰労に来たんだ。いろいろ作ってきた、宴会をしよう!」
「え、あ、あ、え? そうだったんですか!?」
「ああ、そうだ!」
「いや、僕は、また、その、まだまだご不満があって来られたんだと、それなら、工場に全部揃ってますから、話が早いと思って……そうか、そうなんですか。だったら、ここは宴会には向いてませんから、そうだ生徒会室を借りましょう!」
ということで、再びラビリンスを通って生徒会室に戻る。
無駄足をさせたと言うので、恐縮しきりの忠八だったが、わたしも武蔵も満足だった。
「いやあ、ほんなら皿鉢料理も出さんとならんろ(^▽^)!」
乙女会長は目をへの字にして歓待してくれ、副会長の巴御前たちも加わって陽気な慰労会になる。
思えば、信長がやってくるまでは、ここまで学院と学園の交流は無かった。
転生への覚悟とコンセプトが違うからと、互いに敬遠するところがあったが、それは違った。
市といい、リュドミラといい、いっしょに行動すると、とってもいい奴だった。
茶姫を扶桑に連れ帰ったのは、事の成り行きと言えば身もふたもないが、自然な成り行きにさせたのは、信長と、扶桑、三国志の熱い男や女たち。
やはり、秋が動き始めた。
「ほお、おまんらも行くか!」
「はい、陰ながら道を付けます、下準備の根は張ってきましたから」
「そうか、出来るなら戦はしたくはないが、避けられんものならやらんとならんろう」
「わたしも行きたいなあ」
「巴、おまんは義仲さんを待たんといかんやろう」
「分かってる、義仲どのが転生された暁にはな」
「しかし、大丈夫ですか、武蔵さん殺気に満ち満ちてきましたけど」
「なあに、これがある」
「ちょ、織部、これは国境を超える時でいいだろ!」
「いや、何事も準備が大事だ……えい!」
「え、あ、わ!?」
もう慣れたもので、あっさりと武蔵の目にカラコンをハメてやる。
「「「おお!」」」
「あ、あ…………そんなに見つめられると、ムサ、困ってしま……(*´△`*)」
「ああ、そうや、武蔵はムサちゃんに変身するがやった!」
武蔵をムサちゃんにして学園を後にし、国境を目指した。
☆彡 主な登場人物
- 織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生 ニイ(三国志での偽名)
- 熱田 敦子(熱田大神) あっちゃん 信長担当の尾張の神さま
- 織田 市 信長の妹 シイ(三国志での偽名)
- 平手 美姫 信長のクラス担任
- 武田 信玄 同級生
- 上杉 謙信 同級生
- 古田 織部 茶華道部の眼鏡っ子 越後屋(三国志での偽名)
- 宮本 武蔵 孤高の剣聖
- 二宮 忠八 市の友だち 紙飛行機の神さま
- 雑賀 孫一 クラスメート
- 松平 元康 クラスメート 後の徳川家康
- リュドミラ 旧ソ連の女狙撃手 リュドミラ・ミハイロヴナ・パヴリィチェンコ 劉度(三国志での偽名)
- 今川 義元 学院生徒会長
- 坂本 乙女 学園生徒会長
- 曹茶姫 魏の女将軍 部下(備忘録 検品長) 曹操・曹素の妹
- 諸葛茶孔明 漢の軍師兼丞相
- 大橋紅茶妃 呉の孫策妃 コウちゃん
- 孫権 呉王孫策の弟 大橋の義弟
- 天照大神 御山の御祭神 弟に素戔嗚 部下に思金神(オモイカネノカミ)