銀河太平記・172
「ほかにご質問が無いようでしたら、時間も押してまいりましたのでお開きにさせていただきたいと存じます」
「写真いいですか!?」「サインしてください!」「動画かまいませんか!?」「かわいい!」「握手!!」てな要望が会場中から出て……シンポジウムはアイドルの営業のようになってしまった。
「一列に並んで欲しいのよさ! ご要望にお応えしゅゆのよさ!」
「次の予定も迫っていますので、これで打ち切らせていただきます!」
ダッシュがマネージャーのように立ちふさがり、わたしがかっさらうようにしてテルを控室に連れ帰る。
「もうちょっとやっててもよかったのよしゃ(^▽^)」
「あんたも調子にのるんじゃないわよ」
「らってらってぇ!」
「らってじゃねえ!」
「控室、しょっちなのよさ!」
「「こっち!」」
控室を素通りして廊下の突き当りのドアを開けると、回しておいた車にテルを抱えたまま乗り込む。
バタム
ダッシュがドアを閉めると同時にアクセルを踏んで、文字通りダッシュ!
ブィーーン!
「あ、あ、だましたにゃ! お弁当まだ食べてないのよさ!」
「ここにあるわよ、さっさと食べて」
「おお……で、どこに行くのよさ?」
「あ、えと……」
「え、ダッシュ考えてなかったの?」
「あ、いや、とにかく連れ出さなきゃ、話もできないだろ」
「じゃあ、マス桜観に行こう、もう満開近いよ」
「おお、よし、じゃあ」
グィン!
「プギャ!」「キャ!」
「おお、すまん」
「もう、急にハンドル切らないでよ!」
「近道を逃してしまいそうだったからな」
「え、こっちってカルデラ出ちゃうよ」
ピタゴラスは直径130キロのクレーターで、外への出入りは飛行能力が無い限り12カ所のトンネルかカルデラ越えの山道を通るしかない。
「3号トンネルの外に軍の実験プラントがあるんだ。マス桜の固有種もあるし、なによりほかの人間が居ないからな」
「おお、絶景なのよしゃ!」
ピタゴラスは他のクレーターのようにお皿のような底面ではなくて、すり鉢状になっている。中腹の3号トンネルまでは九十九折れになっていて景色がいい。
ダッシュもわたしも、月には任務で来ていて、たまの休日は、せいぜい買い物をする程度。
移動途中とは言え、友だち三人でつかの間のサイトシーングするのは面白い。
特に観光ルート化されているわけでもなく、10分ほど「おお!」「うわあ!」「しゅごい!」と言ってるうちにトンネルに突入した。
トンネルを抜けて見えてきたプラントは東京ドームほどの大きさで、雰囲気が扶桑城の御庭に似ている。ほら、上様が実験的に品種改良なさっているプライベートガーデン。
「ほら、あれがマス桜だ」
「「おお!」」
満開ちょっと前、まだ花びらが散ることもなく、木にも花にも勢いがある。
「ピタゴラス公園は数は多いけど、こんなのは無いよね」
「大きさ的にはあるんだろうけど、色や勢いでは、こっちの方だろ」
「これも上様の品種改良なのかにゃ?」
「栽培方法が違うんだそうだ」
「でも、日照とかはどうしてるの、オートソレイユ(太陽灯)とかは無さそうだけど?」
月は自転周期が27日、つまり夜が27日も続くわけで、オートソレイユが無ければドームの中でも植物は育たない。
「ソレイユはこの真上」
「「え?」」
「静止衛星が三つ上がっていて、夜間は衛星を経由して太陽光が降り注ぐ」
「なるほど……でも、衛星でそこまで賄えるの?」
「あ、パルスギ使ってるにゃあ?」
「ああ、パルスギは生成エネルギー量もすごいが、蓄光量も桁外れで、衛星一個分の蓄光でこれくらいのドームプラントを賄える」
「あ、しょれって……」
「ああ、テルのパルスチャージの応用らしいぞ」
「お、おお……テルってしゅごいのよさ! 褒めていいじょ!」
パチパチパチ
「ハハハ、なんかショボくて悪いな(^_^;)」
「ううん、友だちに認めてもらえるのがいちばんなのよさ(n*´ω`*n)」
「そうだな、これでヒコが居たら同窓会だな」
「ヒコ、まだ隠密課?」
「あ、えとにゃ……」
テルが言い淀む。
仕方がない、隠密課というのは、幕府の機密を扱うセクションで、ここに配属されると身内であっても連絡が取れない。
「今は南町奉行所にいるにゃ」
「え、なんかやったの?」
ヒコは、若年寄穴山新右衛門の息子で、わたしたち同期の中でも主席の成績。
親の七光りが通用するような幕府じゃないけど(老中の孫娘がパスカルの診療所で働かされてるのでも分かるでしょ!)毛並みの良さと才能に恵まれて、おまけに人柄もいい。隠密課で機密のイロハを学んだあとは外国奉行か勘定奉行所あたりでエリ-トコースの階段を上って行くと思っていた。
隠密課から町奉行所に行くなんて、ハッキリ言って左遷!
「でも、年番方とか吟味方(裁判官)かなんかだろ?」
ダッシュでも、そう思う。せめて、町奉行所のエリートではあるだろう。
「定廻同心(じょうまわりどうしん)にゃ」
「え、平同心なの!?」
「えと……ここだけの話にゃ」
「「う、うん」」
「ココちゃん(心子内親王)がにゃ現場の仕事がしたいってにゃ……」
「「あ、ああ……」」
聞かずとも分かる。
ココちゃんは、宗主国日本からの大事な預かりもの(絶対内緒だけど)。でも、扶桑に来て四年。あの性格から言っても、いつまでもお客様扱いの資料整理係りじゃ収まらないだろう。
それで、民政最前線の町奉行所。扶桑は火星の中では最も安定した国だけど、民政の最前線まで下りてくるといろいろある。お姫様一人にはしておけないものねぇ。
「上様は、じゅっと先を観てるにゃ」
「ずっと……」
「先……」
「パルスギはエネルギー革命にゃ、まだ周辺のぎじゅちゅが追いつかにゃいけど、そのうちに人類は光のしょくどを超えて太陽系を飛び出すにゃ。銀河の時代になるにゃ。上さまは、その銀河の時代に立ち向かえる人材や指導者の養成に力を入れはじめたにゃ」
「そうなんだ……」
「よし、今度は、扶桑の飛鳥山で、みんな揃って花見をしようぜ。そのころにゃ、上様も、もっとすごい桜を作ってるかもしれないしな」
「再来年くらいかにゃ?」
「アハハ、テルはせっかちだなぁ」
「いや、分かんねえぞ。テルの頭の中には何が入ってるか分かんねえからなあ」
「あ、もう、あたまクシャクシャはなしにゃあ!」
「アハハ……」
『親子みたい!』という言葉が出てきそうになったけど抑えた。
修学旅行に行ったころは、こういうじゃれ合いを見て『年の離れた兄妹みたい』と続いたんだ。
あのころと全然変わらないテル。
ちょっとずつ大人になっていく私たち。
テルは……と思って、考えるのを止めた。
見上げるとマス桜の上、ドームを通して星が流れるのが見えた。
むろん願い事をする暇もなかった。
☆彡この章の主な登場人物
- 大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
- 穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
- 緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
- 平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
- 加藤 恵 天狗党のメンバー 緒方未来に擬態して、もとに戻らない
- 姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
- 扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
- 本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
- 胡蝶 小姓頭
- 児玉元帥(児玉隆三) 地球に帰還してからは越萌マイ
- 孫 悟兵(孫大人) 児玉元帥の友人
- 森ノ宮茂仁親王 心子内親王はシゲさんと呼ぶ
- ヨイチ 児玉元帥の副官
- マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
- アルルカン 太陽系一の賞金首
- 氷室(氷室 睦仁) 西ノ島 氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
- 村長(マヌエリト) 西ノ島 ナバホ村村長
- 主席(周 温雷) 西ノ島 フートンの代表者
- 及川 軍平 西之島市市長
- 須磨宮心子内親王(ココちゃん) 今上陛下の妹宮の娘
- 劉 宏 漢明国大統領 満漢戦争の英雄的指揮官
- 王 春華 漢明国大統領付き通訳兼秘書
※ 事項
- 扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
- カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
- グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
- 扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
- 西ノ島 硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
- パルス鉱 23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
- 氷室神社 シゲがカンパニーの南端に作った神社 御祭神=秋宮空子内親王
- ピタゴラス 月のピタゴラスクレーターにある扶桑幕府の領地 他にパスカル・プラトン・アルキメデス