鳴かぬなら 信長転生記
眼下に大森林が広がる。三国志と扶桑を隔てる緩衝地帯。境目の大樹林だ。
その向こうには東西に長城が横たわり、所どころの木の間隠れに長城の物見櫓が窺える。
このまま進んでは、長城どころか、三国志の北半分からは視認されてしまう。
茶姫の働きで商人たちの行き来は回復したが、潜在的には敵同士、まして我々(信長・市・茶姫)は曹操から敵認定される身。このまま越境するわけにはいかない。
「お兄ちゃん、どこから潜り込むつもり?」
「西へ抜ける」
「西、卯盃(ぼうはい)か?」
「さらに西、天山山脈と崑崙山脈の間だ」
「テンザンサンミャク? コンロンサンミャク?」
「信長くん、それって、ゴビ砂漠ではないのか!?」
「ゴビサバク?」
市の地理的知識は三国志止まりのようだ。かく言う俺も平手の爺から聞いた西遊記レベルの知識だがな。
「忠八がルート検索をしてくれたのが、このルートなんだ」
俺も、詳しいルートを知っていたわけではない『飛行ルートはプログラムしてあります、水平飛行になればモニターに表示されます』という言葉に従って風まかせにしているだけだ。これまでの仕事ぶりから言っても奴のやることに間違いはない。忠八は、どちらかと言うと光秀タイプの辛気くさい奴なのだが、サルに対するに近い信頼を感じるのは、俺も少しは練れてきたのかもしれない。
ビューーーン
紙飛行機も人目を避けようと思ったのか、猛烈に速度を上げる。
よくできた紙飛行機で、高速だが安定した姿勢のまま西に飛び続け、やがて高度を取って巡航速度に戻った。
「あ、長城が途切れてきた……」
「陽関だ……」
「羊羹!?」
思わず虎屋の羊羹を思い浮かべてしまったぞ。
「王維の詩にある『西の方 陽関を出れば 故人無からん』の陽関だ」
「えと、ちょっと難しんだけど」
「万里の長城の西の果て。陽関という街。そこを過ぎると、ずっとゴビ砂漠が続くのみ。さすがの三国志もここで絶え、その先は言葉も通じぬ西域の世界だという意味だ。逆に東に戻れば、蜀の成都に出られる。そうだったな茶姫?」
「ああ、そうよ」
「なんだ、成都の隣なんだ」
「1000キロはあるぞ」
「1000キロ!?」
「ああ、安土から白河の関ほどだ」
「白河の関ぃ……奥の細道かぁ( ゚Д゚)!?」
「そのくらい時間と距離をかけて、ほとぼりを冷ましてから三国志に戻れということでしょうね……」
「忠八が練りに練ってくれたルートとプランだ、焦らず確実に進んで行くしかない」
「でもでも、手配書とか回ってるんでしょ? 茶姫・ニイ・シイの三人で人相書きとか出てて『賞金首』とか『Wanted!』とか書かれてるんでしょ!?」
「それは、なにか対策があるんでしょ、信長くん?」
「あ、ああ、いちおう天照が、こんなものを寄こして……」
「え、鍋? にしては取っ手が無い」
「真ん中に穴が……中から見ると尖がってるわね」
「シホンケーキの型なんだそうだ」
「シフォンケーキでしょ?」
「天照はそう言ってた」
「古い神さまだから訛ってんのね」
「これを持っていけば、次第に育っていって、美味いシホンケーキ、いやシフォンケーキが焼けるようになるそうなんだ」
「それから、これをくれたぞ」
「え?」
「指輪?」
「ああ、一言主(ヒトコトヌシ)って神が籠められていて、役に立ってくれるそうだぞ」
「あ、なんでも一言で済ましちゃうって日本一ボキャ貧の神さま!」
「大丈夫なのか信長くん?」
「ああ、コスプレの神でもあるって言ってたから、役には立つんだろう」
「前回はお爺ちゃんの神さまだったし、大丈夫かなあ」
グラリ
「「「わあ」」」
グラリと傾いたかと思うと、紙飛行機は左に旋回しつつ砂漠に着陸。忠八の力作だけあって、旋回は急だったものの、穏やかに着陸して、俺たちはタクラマカン砂漠に対曹操リベンジ戦の第一歩を記した。
「ペッペッ、口の中に砂が入ったぁ!」
「口を開けっ放しにしているからだ」
「水を飲め」
「うん」
「あ、一口だけだぞ! この先、どこで給水できるか分からんからな」
「え、でも、ヨーカンとかって街の近くなんでしょ?」
――いいや、そうでもないわよ――
声が遠い……と思ったら、茶姫は砂山に上り、手をかざして地形観察をしている。
ザクザクザク……
砂山に並んで、同じように周囲を見渡す。
「だいぶ西に流された、陽関のヨの字も見えない」
「ちょっと、大丈夫ぅ?」
「ふくれるな、陽関が見えないということは、陽関からもこちらが見えないということだ」
「そうね、我々が降り立ったのは誰も見ていないということよ」
「よし、今のうちにコスプレしておくぞ」
「変装って言いなさいよ、遊びに来てるわけじゃないんだから」
「遊びも大事だよ、シイ、余裕を持たなきゃ長旅はもたない」
俺は、左手を掲げて、指輪に命じた。
「ヒトコトヌシ、この旅に相応しいコスに着替えさせろ!」
ボボボーーン
三連発の音とエフェクトがして、俺たちは瞬間で姿が変わったぞ!
☆彡 主な登場人物
- 織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生 ニイ(三国志での偽名)
- 熱田 敦子(熱田大神) あっちゃん 信長担当の尾張の神さま
- 織田 市 信長の妹 シイ(三国志での偽名)
- 平手 美姫 信長のクラス担任
- 武田 信玄 同級生
- 上杉 謙信 同級生
- 古田 織部 茶華道部の眼鏡っ子 越後屋(三国志での偽名)
- 宮本 武蔵 孤高の剣聖
- 二宮 忠八 市の友だち 紙飛行機の神さま
- 雑賀 孫一 クラスメート
- 松平 元康 クラスメート 後の徳川家康
- リュドミラ 旧ソ連の女狙撃手 リュドミラ・ミハイロヴナ・パヴリィチェンコ 劉度(三国志での偽名)
- 今川 義元 学院生徒会長
- 坂本 乙女 学園生徒会長
- 曹茶姫 魏の女将軍 部下(備忘録 検品長) 曹操・曹素の妹
- 諸葛茶孔明 漢の軍師兼丞相
- 大橋紅茶妃 呉の孫策妃 コウちゃん
- 孫権 呉王孫策の弟 大橋の義弟
- 天照大神 御山の御祭神 弟に素戔嗚 部下に思金神(オモイカネノカミ)