銀河太平記・171
明日からまたパスカルの診療所。
めちゃくちゃ気が重い。
鉱山の医務室で発見したメディカルストックの不正会計。
金額は知れている。一年分の操作でわたしの給料一か月分ちょっと。
あくる朝には「適性」な数値に書き換えられていたから放っておいても、そうそうまずいことにはならない。
この程度のことは開発の重点が月から火星に移った百年以上昔からある。
しかし、いっしょに確認したのが、軍警の三等兵、いや三等軍曹で幼なじみのダッシュ。
それに、老中だったお祖父ちゃんの顔もチラつくしね。
月よりもマシな火星の中でも、扶桑はとびきり清廉な国だ。
国民の九割が日系、政体は征夷大将軍を元首にいただく幕府の体制。
そこで育った人間として、やっぱ見過ごしにはできない。
重い腰を上げてシャトル便の時刻を調べる。
医局の車が使える身分じゃないし、レンタカー借りてまでとは思わないしね。
まあ、帰りにプラトンのショップに寄って、月面宙返りのグッズでも漁って見よう。
うう……30分に一本しかない上に時間が迫ってる。
エイ!
気合いを入れて玄関を出ようとしたらハンベが鳴った、それも緊急公用の赤を点滅させながら。
ググ……どこぞで大事故とか起こって緊急招集かぁ!?
『ミク、非番のところすまない』
ゲ、人工音声のオペレーターじゃなくて、所長の肉声だ!
「で、事故現場はどこですか!?」
『いや、救急じゃない。文化局から直接のオファーなんだ』
「文化局ぅ!?」
『ああ、ほら、なんて言ったかな……月面道路の重力を地球並みにした実験線……Moon Gravity Control……か? その開発技師のシンポジウムがあるそうなんだが、言葉に癖があるそうで、通訳が必要なんだそうだ。その通訳に緒方君、君をご指名なんだ、講師は……』
「なんで医局が通訳を……え、講師の名前、もう一回……」
『平賀照、真っ平ごめんの「平」に賀正の「賀」、照は天照大神の「照」だ』
「わ、分かりましたぁ!」
『迎えの車が、そっちに行くから。間もなく着くから、宿舎の玄関前で待っていればいいそうだ』
「ガッテン!」
『よかったぁ、じゃあ、頼んだぞ!』
そうか、テルが来るのか。
テルは天才だけど、そろそろ十五になろうかと言うのに癖のある幼児言葉。
あの子の言葉は翻訳機では無理だ。
よしよし、ミクおねえちゃんが完ぺきに訳してあげよう(^▽^)/
こんなことなら、ダッシュも呼んであげられたらいいんだけど、奴は軍人だしね。
まあ、シンポジウムなんて、さっさと終わらせて遊びに行こう!
で、宿舎の玄関に迎えに来たのは軍の車を運転するダッシュだった。
☆彡この章の主な登場人物
- 大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
- 穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
- 緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
- 平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
- 加藤 恵 天狗党のメンバー 緒方未来に擬態して、もとに戻らない
- 姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
- 扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
- 本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
- 胡蝶 小姓頭
- 児玉元帥(児玉隆三) 地球に帰還してからは越萌マイ
- 孫 悟兵(孫大人) 児玉元帥の友人
- 森ノ宮茂仁親王 心子内親王はシゲさんと呼ぶ
- ヨイチ 児玉元帥の副官
- マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
- アルルカン 太陽系一の賞金首
- 氷室(氷室 睦仁) 西ノ島 氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
- 村長(マヌエリト) 西ノ島 ナバホ村村長
- 主席(周 温雷) 西ノ島 フートンの代表者
- 及川 軍平 西之島市市長
- 須磨宮心子内親王(ココちゃん) 今上陛下の妹宮の娘
- 劉 宏 漢明国大統領 満漢戦争の英雄的指揮官
- 王 春華 漢明国大統領付き通訳兼秘書
※ 事項
- 扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
- カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
- グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
- 扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
- 西ノ島 硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
- パルス鉱 23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
- 氷室神社 シゲがカンパニーの南端に作った神社 御祭神=秋宮空子内親王
- ピタゴラス 月のピタゴラスクレーターにある扶桑幕府の領地 他にパスカル・プラトン・アルキメデス