鳴かぬなら 信長転生記
ただいまぁ……の声に返事はない。
市も茶姫も、まだ学校から帰ってきていないんだ。
時計を見ると下校時間にはだいぶある。
よし、二人が帰ってくるまでに焼きプリンを作っておいてやろう!
兄妹愛とスィーツ愛がないまぜになって、俺をキッチンに急がせる。
ペコポコボックスから焼く前のプリンを取り出してオーブンにぶち込む。
じんわりとオーブンの中が幸せ色に染まる。
要は、ヒーターに電気が通っただけなんだが、この穏やかな朱色は、まさに幸せ色。
何十分か後に、美味しい焼きプリンが食べられるのかと思うと、唾が湧くどころではない。体中が美味しさを予感してフワフワしてくる。
俺は、本当の意味で恋などしたことがないんだが、ひょっとしたら、このフワフワ感は恋に似ているのかもしれない。
この感覚は男には無いものなのかもしれん。
女に転生して、最初にビックリしたのは内股の感触だった。小袖にしろスカートにしろ、女と言うのは内股が直に擦れ合う。これは、実に妙な感触で、女としての自意識を刺激する。
何事かを思考するにせよ感じるにせよ、その核になるのは自分の体と、その感触なんだ。
フフ……こんな無駄な思索をするのも、焼きプリンへの期待が大きいからだろう。
グゥ~~~~~~~
いかん、腹が鳴る。
そう言えば、桃太郎の世界では、ろくに食っていなかった。
虫やしないになにか口に入れよう……冷蔵庫を開けるが、あいにく間に合うものが無い。
仕方がない、コーヒー牛乳でも飲んでおこう。
パックに残っていたのを一気飲み…………トイレに行きたくなった(^_^;)。
カチャ…………え?
トイレのドアを開けて驚いた。
トイレの中は、御山の、あの神域なのだ。
「いやあ、ごめんね」
天照が現れた。
「ちょっと忘れてたことがあって」
「なんだ、こっちも忙しいんだ」
「あ、手間は取らせないから。これなんだけどね」
なにやら炊飯器の内釜みたいなのを取り出した、それも一合炊きくらいの小さいのを。
「シホンケーキの型なんだけどね」
シフォンケーキだ、もう指摘しないけど。
「お兄ちゃんが作ってくれたんだけどね……」
「天照にお兄ちゃんがいたのか?」
「居るわよ。わたしはお父さんのイザナギが黄泉の国から帰って来てから生まれたんだけど、お母さんのイザナミが黄泉の国に行く前に、いっぱい子供を作ってる」
「ああ、思い出した。最後に火の神を生んで焼け死んでしまうんだったな」
「お母さんのイザナミはすぐには死なななかった。お父さんが必死で火を消したからね。でも、苦しんで、いろいろ漏れたり吐き出したり。吐いたものから金山彦って金属の神さまがうまれたのよ」
「ああ、知ってるぞ。美濃の国の金山神社だな。岐阜に移った時に美濃全域の神社を調べさせて、そんなのが入ってたぞ」
「うん、出来はいいんだけど、まだ初心いのよ」
「ああ、調理器具は使い込んでなんぼというからな」
「うん、足りないものと余計なものがあって、このままじゃ、おいしいシホンケーキができない」
「それは残念だな」
言葉に偽りはない。おいしいスィーツを作るのは天下を取るくらいに大事なことだ。
「これを連れて行ってもらいたいの」
「三国志にか?」
「うん、時どき開いてくれたら、型が自分で呼吸する」
「しかし、三国志はドロドロでろくなもんじゃないぞ」
「それがいいのよ。人間と同じ、清濁併せ呑み、取捨選択してこそ器は大きくなる」
「……で、あるか」
「あ、それから、こんどのお供はね」
「あっちゃんと思金でいいぞ」
「思金は歳だからね、今度は、これだ」
「指輪か……なにが籠められている?」
「一言主(ひとことぬし)」
「あの、なんでも一言で済ますという、鋭いのか横着なのか分からん神か?」
「信長にかかると神も仏も形なしだなあ(^_^;)」
「まあ、ペチャクチャ喋るよりはいい」
「一言主はコスプレの神でもあるんだぞ」
「コ、コスプレに神がいるのか!?」
「ああ、八百万の神だからね。念ずればたいていのコスプレをさせてくれる。コスに見合ったアビリティーもインストールしてくれるし、重宝するぞ」
「そうか」
「それと……」
「すまん、トイレに行きたいんだけどな」
「女の子が『トイレに行きたい』などと言ってはいけません」
「あ、その、お花摘みな……めんどくさい」
「ん? なんか言ったぁ?」
「あ、いや、そういうことだから、なにかあったら夢にでも出てくれ」
「ええ、信長の夢、覗いちゃっていいのぉ(¬o¬)?」
「うっさい!」
「めんごめんご、じゃあ、よろ~(⌒▽⌒)」
軽いノリで消えていくと、神域は我が家のトイレに変わり、やっと無事に用を足せた。
焼きプリンも無事に出来上がり、帰宅した市と茶姫と三人で美味しくいただいたぞ。
☆彡 主な登場人物
- 織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生 ニイ(三国志での偽名)
- 熱田 敦子(熱田大神) あっちゃん 信長担当の尾張の神さま
- 織田 市 信長の妹 シイ(三国志での偽名)
- 平手 美姫 信長のクラス担任
- 武田 信玄 同級生
- 上杉 謙信 同級生
- 古田 織部 茶華道部の眼鏡っ子 越後屋(三国志での偽名)
- 宮本 武蔵 孤高の剣聖
- 二宮 忠八 市の友だち 紙飛行機の神さま
- 雑賀 孫一 クラスメート
- 松平 元康 クラスメート 後の徳川家康
- リュドミラ 旧ソ連の女狙撃手 リュドミラ・ミハイロヴナ・パヴリィチェンコ 劉度(三国志での偽名)
- 今川 義元 学院生徒会長
- 坂本 乙女 学園生徒会長
- 曹茶姫 魏の女将軍 部下(備忘録 検品長) 曹操・曹素の妹
- 諸葛茶孔明 漢の軍師兼丞相
- 大橋紅茶妃 呉の孫策妃 コウちゃん
- 孫権 呉王孫策の弟 大橋の義弟
- 天照大神 御山の御祭神 弟に素戔嗚 部下に思金神(オモイカネノカミ)