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「あたしの体はウエットスーツみたいなものなの」
妙な例え話から始まった。
「え、潜水服?」
「そう。地球の大気は、あたしたちには合わないの。生身で体を晒したら一日しかもたないわ。だから人間にそっくりな体の中に入っているの。言うなら義体ね」
「義体ね……」
「それも、時々メンテナンスしなきゃならないの。最初、明クンに見られたのは、ちょうどメンテナンスをやるところだった。裸になって、一時間ほどかけてアナライズしながら、メンテするの。むろん、本来のあたしが外に出てやるんだけどね」
「ああ、そうなんだ」
なんとも突飛な話なので、あいまいに返事するしかなかった。アノコは構わずに喋り続けた。
「メンテの第一段階で、あたしの本体が外気に晒されたから、あの日はメンテを諦めた。まあ、一度くらい大丈夫だろうと思って。でも、予想以上にここの空気は汚染されていた。義体も前の人が使った中古だったしね」
「それで死んだようになっちゃったの?」
「そう。スマホが緊急時のリペアになっていてね、それで応急措置。それが病院で生き返ったように見えたわけ」
「そう、でもよかったじゃん。元気になって」
「ところがね、義体の具合が悪くなって、あたし出られなくなったの。ウェットスーツのジッパーが壊れたようなもの」
「じゃ、メンテナンスは?」
「そこで、明クンを見込んでお願い」
「え、なに?」
「あたしの代わりにメンテして欲しいの」
「あ……そういうのは、お父さんとかお母さんとか……」
「あの二人は、監視用のアンドロイドとガイノイド」
「ガイノイド?」
「あ、女性型のアンドロイド。あたしの義体が壊れたって分かったら、直ぐに連れ戻されちゃう。で、昨日の態度や様子から、明クンが適任だと思ったわけ。で、信じてもらうために、部屋の擬装を解いて見せたわけ」
で、ボクはアノコのメンテナンスをするハメになった。
最初は、ビックリというか、戸惑ったというか、ドキドキだった。なんせ、目の前で女の子が、なんのてらいもなく裸になって寝っ転がっている。それにメンテナンスだから見ないわけにはいかない。
「見ていてもかまわないけど、ちゃんとアナライザーは見ていてよ」
アナライザーは、例のスマホだ。それを頭部、両手、胸、お腹、両足にかざして、数値を計測する。
「右腕2・3」
「グリーンのマークにタッチして……出てきたオレンジのマークを叩くようにタッチして」
「うん……あ、色が変わってきた」
「それがリペア。グリーンになったら完了」
右腕だけで10分近くかかり、五体全て終わるのには一時間以上かかった。
「最後に、もう一カ所……お願いしていいかな」
「どこ……?」
すると、アノコは仰向けのまま膝を立て、足を開いた。ボクは思わず俯いてしまった。
「なに動揺してんの、ここがジッパー。ここが直れば、出てこられる」
「あ、うん……あ、∞のマーク」
「……やっぱね。嫌じゃなかったら、∞マーク叩き続けて。ちゃんと狙いを定めてね」
2000回叩いたところで、指がつってきた。マークは、相変わらず∞。
「やっぱ、簡単には直らないわね。悪いけど明クン。週に一回お願いね」
そう言って、アノコはノロノロと服を着た。
なんだか試合に負けた運動部の子が着替えているように力が無かった。アノコ、一応小野亜乃子。宇宙人だから本名は分からない。でも、大変な役割を背負わされて地球にやってきたことだけは、その背中で分かった。ボクは、出来る限り力になって……やらなきゃならないんだろうなと思った。我ながら損な性格だ。
「お早う、行ってくるわね!」
朝から、窓の外でアノコの元気な声が聞こえた。窓を開けると、アノコが乃木坂学院の制服を着て出かけるところだった。そうか、乃木坂に転入するのか!
「あ、悪い、ついでにこれ、駅前のポストに入れといてくれないかな。通信高校のレポートなんだ」
「それなら、ちょうどいいじゃん。駅までいっしょしよ」
「あ、ああ……」
ボクは、いつのまにかアノコのペースにはまり込んでしまっていた。朝日に照らされたボクたちは、まるでラノベに出てくる腐れ縁の幼なじみのようだった。