泣いてもω(オメガ) 笑ってもΣ(シグマ)
わたしじゃありませんから……。
涙目になりながら、増田さんが言う。
「わかってるわよ、増田さんは……」
後の言葉を飲み込んだ。
―― 言えるくらいなら、もう友だちできてるわよね ――
入学してから半月近く、増田さんは、あたし以外には友だちってか、まともに口の利ける相手がいない。だから目撃者だとは言え、彼女が広めた話ではない。
なんの話?
あれよあれ、寿屋さんの前であいつといるところを目撃された話。
お花見の幔幕を借りに行ったんだけど、寿屋さんがラブホだってことが飛んでしまっていた。
だって、ご近所で、子どものころから出入りしてるんだし、娘さんの幸ちゃんは、あたしの憧れのオネエサンだったし。
でも、ラブホはラブホ、地域以外の部外者が見れば、男女二人が出てくるのを目撃したらドキッとするよね。
「増田さんは信用できるから」
言い直してからまずいと思った。
信用できるからというのは、増田さんなら人に言ったりしないよねってことで、そこから読み取れるのは「増田さんが見たのは真実だよ」ということになり、弁明することがいっそう難しくなる。
「うん、人に言ったりしない。ああいうことが出来るということが、わたしは素晴らしいと思ってますから(;'∀')!」
あー、完全に誤解してるよ(=゚Д゚=)。
けど、ま、いいや。現時点であいつと兄妹であることがバレるよりはましだ。
今日は二時間目に図書室のガイダンスがあった。
司書の先生が図書室の案内やら本の借り方を説明してくれる。
なんでも、卒業するまでに図書室の説明を受けられるのは、この一回限りだから、しっかり聞いておくようにって枕詞が付く。
自慢じゃないけど、図書室で本を借りたことも無ければ借りる予定もない。
だから、お行儀よくボーっと聞いてるふりだけしておく。
「……ということで、残りの時間は、実際に本を手に取ってみてください。もし借りたい本があれば、この時間に限って貸し出しをします」
司書の先生が締めくくる。
五台あるパソコンから埋まっていく。
みんなポケットにスマホを忍ばせているんだろうけど、図書室で出すわけにはいかない。
他の子たちは、団地のように並んだ書架に向かう。
あたしは入ってきたときにチェックしておいた雑誌コーナーに。
「お……」
Pティーンが有ることまではチェックしきれていなかった。
中学の図書室には絶対置いてない雑誌なので少し興味が湧く。
載ってるモデルには興味ない。みんなバカに見えるかバカそのもの。モテカワ系も媚びてる感じがしてやだ。
ま、彼女たちのファッションに、あーだこーだと思いながらページをめくるのが楽しいっちゃ楽しい。
「ん……」
ツンデレモデルのところで手が止まる。
「似てるなあ……」
作ったんじゃなくて、地のままツンデレですって感じなのが、なんとなく、あのシグマに似ている。
Σ口も地のままだと魅力あるのかも……。
なんで、このページで停まってるんだ!?
癪になって雑誌ごと書架に戻す。
「へへ、借りてきちゃいましたー」
増田さんが嬉しそうに本を抱えてやってきた。
「あら、読みたかった本なの?」
「『耳をすませば』ですよ」
「え、耳?」
「ほら、ジブリアニメの!」
「あ、あーーー」
思い出した。
図書館の貸し出しカードが元になって、中学生の男女が付き合い始めて夢を追いかけるとかって話だ。実写版もできたとか云ってた、主人公は雫って言ったっけ?
「そうそう、月島雫です。素敵ですよね、あの出会いは(*’▽’*)!」
「ハハ、増田さんは、ああいうのに憧れてるんだ」
「はい、わたしの汐(しほ)って名前はここからきてるんです!」
「え、汐?」
たしかに増田さんの名前は汐だけど、アニメとおりなら雫でしょ?
「フフ、雫のお姉さんが汐ですよー♪」
「あー、そうだっけ(^_^;)」
「こうやって本を借りれば、わたしにも開けてくるかもしれませんよ」
あー、でも、今はバーコードの読み取りで、貸し出しカードなんてないから出会いなんかありえないんだけど。
思ったけど、もう一度言葉を飲み込んだ。
☆彡 主な登場人物
- 妻鹿雄一 (オメガ) 高校三年
- 百地美子 (シグマ) 高校二年
- 妻鹿小菊 高校一年 オメガの妹
- 妻鹿由紀夫 父
- 鈴木典亮 (ノリスケ) 高校三年 雄一の数少ない友だち
- 風信子 高校三年 幼なじみの神社(神楽坂鈿女神社)の娘
- 柊木小松(ひいらぎこまつ) 大学生 オメガの一歳上の従姉 松ねえ
- ミリー・ニノミヤ シグマの祖母
- ヨッチャン(田島芳子) 雄一の担任
- 木田さん 二年の時のクラスメート(副委員長)
- 増田汐(しほ) 小菊のクラスメート