大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・『メタモルフォーゼ・12』

2018-05-25 06:48:49 | 小説3

 


『メタモルフォーゼ・12』




「最優秀賞 受売(うずめ)高校 大橋むつお作『ダウンロ-ド』!」

 嬉しいショックのあまり息が止まりそうだった。なぜか下半身がジーンと痺れたような感覚。
 え、なに、この感覚? こんなの初めてだよ……!?

 あ、おしっこをチビルってのは、こんなのか……括約筋にグッと力を入れて我慢した。

 賞状をもらって壇上で振り返ると、秋元先生はじめ、助けてくれた人、心配してくれた人たちの拍手する姿が目に入り、ニッコリしながらも目頭が熱くなった。
 それから閉会式の間、あたしは嬉しい悲鳴をあげながらもみくちゃにされていた。

「あ、剣持さんが来てる……」

 ホマの声で、みんなが一斉にそっちを見た。
 あたしでも知っている三年生で一番と評判の倉持健介……さんが来ていた。ユミがスマホを出してシャメろうとした。
「チッ……!」
 シャメる前に、他校の女子生徒が三人来て取り巻き、その子達がチヤホヤしだした。倉持さんは慣れた笑顔であしらいながら出口に向かった。女の子達が後に続く。
「ま、もてる人だから、オッカケの子たちの義理で来たんだろうね」
 クラス一番モテカワのミキでさえ、倉持さんは別格のようだった……。

 家に帰ると、みんな、それぞれにくつろいでいた。

 お母さんはルミネエといっしょにミカンの皮を剥きながら、テレビドラマを見ていた。
 ミレネエは、お風呂から上がったとこらしく、パジャマ姿にタオルで頭くるんでソファー。やっぱ、テレビが気になるよう。頭を左右に振りながら「見れねえ」とシャレのような、グチを言ってる。親と姉が邪魔でテレビが見づらそう。
 レミネエは、我関せずと自分の部屋でパソコンらしい。キーボ-ド叩く音がしている。
「ただいま。コンクールで最優秀とった……」
「やっぱ、エグザイルはいいわ。犬の娘が結婚するわけだ」
「進一兄ちゃんも、ここまで努力したら、トバされずにすんだのかもね……あ、美優帰ってたんだ。ただ今ぐらい言いなよ」
「言ったよ」
 女子になったころは珍しくて、うるさいほどに面倒みてくれたけど、もう慣れたというか飽きたというか、進二だったころと同じく空気みたいになってしまった。ま、いいけど。
「先にお風呂入っていい?」
「うん」が二つと「どうぞ」が一個聞こえてきた。
「じゃ、お先……」

 着替え持って、脱衣場でほとんど裸になったときにミレネエが、入浴剤の匂いをさせ、なにか喚きながら、あたしをリビングに引き戻した。
「美優の学校大変だったんだね、侵入者に演劇部の道具壊されたって、で、犯人掴まったそうだよ!」

 

――今朝、受売高校に侵入し、演劇部の道具などを壊した容疑で、S高校の少年AとB、それに同校の少年が、侵入と器物破損の容疑で検挙されました――

 

「大変だったんだね、美優……美優、なにおパンツ一丁で。あんた女の子なんだから……」
「ちょ、ちょっと!」
 テレビが、続きを言っていた。

 

――なお、受売高校演劇部は、この御難にもかかわらず、地区大会で見事最優秀を獲得いたしました――

 

「美優、やったじゃん! なんで言わないのさ!?」
「言ったわよ、ただ今といっしょに……あの、寒いんで、お風呂入っていい?」
「さっさと入っといで!」
 と、引っぱり出してきたミレネエが……言うか?
「上がったら、ささやかにお祝いしよう!」
「ほんと!?」
 あたしは、急いでお風呂に入った。しかし女子になってから、お風呂の時間が長くなった。
 お風呂から上がると、祝勝会は、すでに始まっていた。改めて乾杯はしてくれたけど、話題は、いつの間にか、職場、ご近所のうわさ話になった。

 やっぱ、あたしは男でいても女になっても、オトンボのミソッカスに変わりはないようだった。

 つづく

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高校ライトノベル・ライトノベルベスト[軍艦防波堤]

2018-05-24 06:59:30 | ライトノベルベスト

ライトノベルベスト
[軍艦防波堤]



 軍艦防波堤というのがある。

 終戦後生き残り、復員任務についたりしたあと、昭和23年ごろに上部構造を取り払い、内部にコンクリートを詰め込まれ、そのまま防波堤になったもので、北九州市の若松港の三隻の駆逐艦がマニアには知られている。
 わたしのふる里にも、それがあると聞かされたのは、その港町に、ワケ有で引っ越してひと月ほどだった。

 夜逃げ同然の引っ越しで、わたしの生活は180度変わってしまった。成城の家に比べると物置同然と言うような廃屋が住まいになり、お父さんは、港の細々とした仕事をやって、お母さんとわたしを養っていこうとした。

 お母さんは、越して三日目に居なくなった。

 お母さんと言っても、血のつながりは無い。

 わたしが幼稚園のとき、お父さんが連れてきた。幼心にも昼の仕事をやっていた人ではないことが分かった。
 ただ、わたしは、お父さんが必要としている人だと思い、紹介されたその日から「お母さん」と呼ぶようにした。
 大きくなるにつれ、お母さんのことが分かってきた。銀座で働いていた人だけど、投資や経営の能力が高く、その点もかわれて、お父さんと意気投合し、二十歳も年下なのに、お父さんの後妻としてやってきた。
 会社の経営にも口を出したが、けして表に出ることはなかった。リーマンショックでよその会社が潰れたときも、お母さんは勘の働く人で、直前に株の大半を売り損益を出さなかった。
「お前のお蔭で、会社を潰さずに済んだ」
 お父さんは、お母さんの手を取って喜んだが、それを鼻にかけることも無かった。
「ただ、なんとなくの勘が当たっただけですよ」
 そう言って笑っていた。

 そのお母さんの勘が外れた。中国株の売り時を間違え、会社はスッテンテンになった。

 お母さんは、何の前触れも書置きもなく居なくなった。責任を感じての事か、お父さんに愛想をつかしたのかは分からない。小さな町で噂は、あっという間に広がった。世間は良い方よりも悪い噂の方を好む。お父さんは一晩で、甲斐性なしの捨てられ男になってしまった。
 男一人なら、何をしても生きていける。お父さんには、わたしが足かせになっていることが分かった。わたしは、来年の春には卒業して、東京の中堅企業に就職する。

 はずだった……。

 内定取り消しの薄い封筒が今日届いた。わたしは、お父さんのお荷物になってしまった。

 気が付いたら軍艦防波堤に来ていた。佇んでいると悪いことばかり考えてしまう。4歳でお母さんが亡くなったとき、か細い息の下でお母さんが言った。
「お父さんを信じて生きていくのよ。どんなことでも、お父さんは正しい人だから……お父さんが選んだことなら、その中にお母さんは……必ずいるから、お父さんがすることの中にはお母さんがいると思って。ね、チイちゃん……」
 だから、新しいお母さんが来た時も「この人の中に、お母さんがいるんだ」と思ってやってきた。

 一人でいると海に飛び込みたくなる。

 わたしは、考えないようにするために赤さびた防波堤の説明文を読んだ。
 この防波堤は、秋月型の駆逐艦で朧月という。終戦直前に米軍の攻撃をかわしているうちに座礁してしまった。離礁させるには人手もお金もかかるので、そのままにし、座礁した場所が、ちょうど防波堤に最適だったので、そのままコンクリートを詰め込まれて防波堤になった。あとの字は赤さびで、ひどく読みづらかった。

「熱心に読んでるわね」

 後ろで声がしたので、びっくりした。小ざっぱりした和服のお姐さんがいた。初めて見る人だった。
「お母さんは、亡くなる前におっしゃったように、どこにでもいらっしゃるわ。居なくなるのは、チイちゃんが居ないと疑ったとき……」
 なんで、わたしのことを知ってるんだろう……熱いものが込み上げてきた。
「お母さん!?」
 その人は、暖かく、でも寂しそうに首を振った。気まずくなりそうだったので話題を変えた。
「この説明文読めます?」
「そんな古いこと読めなくてもいいわよ。ここに朧月という船があったことが分かれば、それで十分……」

 それから、防波堤で海を見ながらお姐さんは寄り添ってくれた。いつの間にか眠ってしまった。

 あくる日、街の職安から学校に電話があった。町はずれにある原発の再稼働が認められたので、総務で人間が欲しい。ついては地元の子を優先したいのでどうか……という話だった。わたしは二つ返事で決めた。お父さんも喜んでくれた。

 そして春が来て、わたしは原発で働き始めた。

 五月にとんでもないことが起こった。C国と急速に関係が悪くなり、いつ戦争になるか分からないことになった。戦争になれば原発は、真っ先に狙われる。
「自衛隊もアメリカ軍もいるから大丈夫さ」と、お父さんは言う。
 六月にC国で政変がおこり、臨時政府は国民の不満をそらすために、日本に宣戦布告してきた。同時に二十数発の核ミサイルが撃たれた。大半はイージス艦やパトリオットの迎撃で撃ち落された。

 ただ一発が撃ち漏らされて、この町の原発にむかってきた。

 そのとき軍艦防波堤の朧月が一瞬、もとの駆逐艦の姿に戻り、六門の対空砲が火を噴いた。核ミサイルは高度6000で撃ち落された。
 ただ、公式には故障による自爆とされた。

 軍艦防波堤は、元のコンクリートに戻った。でも、あの一瞬の姿とお姐さんの姿が、重なって思い出される。

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高校ライトノベル・秋野七草 その二『ナナの狼狽』

2018-05-24 06:48:15 | ボクの妹

秋野七草 その二
『ナナの狼狽』
        


 オレがまだ起き出さないうちに、こんなことがあったらしい。

 山路が起き出したころには、七草(ナナ)は起き出していて、お袋といっしょに朝の家事にいそしんでいた。
 自衛隊にいたころからの習慣で、七草の朝は早い。お袋も、職工のカミサンで朝が早い。で、お袋は、寝室に居ながら、夕べのことは全部覚えていた。オレが山路を連れて帰ったことや、七草が、その酔態をごまかすために、七草の姉、七瀬の話をしたことなど。

「あ~、やっちゃたあ……」

 七草は、オレたちの朝の用意をしながら、ダイニングのテーブルにつっぷしてしまった。
「おはようございます。夕べは、すっかりお世話になりまして」
「いいえ、あらましは、夕べお聞きしました。いえね、もう床に入っておりましたんでね、この子達も、いい大人なんだから、恥ずかしさ半分、ズボラ半分でお話し聞いていましたのよ。大作がいつもお世話になっております。主人は早くからゴルフにでかけちゃって、よろしくってことでした」
「それは、どうも恐縮です」
「いえいえ、こちらこそ。朝ご飯の用意はいつでもできるんですけどね。その前に朝風呂いかがですか。さっぱりいたしますよ。その間に朝ご飯は、この子が用意いたしますので。わたし、朝一番に美容院予約してますので、失礼しますが、ごめんなさいね。これ、ちゃんとご挨拶とご案内を!」
 

 名前も言わずに、お袋は、七草をうながし、美容院へ行ってしまった。

 で、七草が正直に白状してしまう前に、山路の方がしゃべってしまった。

「お早うございます。わたし……」
「ああ、おねえさんの、七瀬さんですね。いや、夕べ妹さんがおっしゃっていたとおりの方ですね。双子でいらっしゃるようですが、だいぶご性格が違うようですね。いやいや、いろいろあってこその兄妹です。妹さんは?」
「あ……え……まだ寝てるんじゃないかと思います。仕事はともかく、うちでは、まだまだ子どもみたいで」
「いやいや、なかなか元気の良い妹さんです。部屋に入る前は、かっこよく敬礼なんかなさってましたね」
「ええ、あれで、この春までは陸上自衛隊におりましたの。本人は幹部になりたかったようですが、自衛隊の方が勘弁してもらいたいご様子で、今は信用金庫に……はい(モジモジ)」
「じゃ、お言葉に甘えて……お風呂いただきます」
「あ、どうぞどうぞ。兄のものですが、お召し替えもご用意いたしますので、どうぞごゆっくり。こちらが、お風呂でございます」
「あ、どうも」

 このあたりで、オレは目を覚ましていたが、展開がおもしろいというか、責任が持てないというか。タヌキを決め込んだ。そして、タヌキが本気で二度寝しかけたころに、インタホンが鳴った。

「お早うナナ。あら、お母さんもお父さんもお出かけ? お兄ちゃんは朝寝だね」
「こりゃ、気楽に女子会のノリでやれそうね」
 幼なじみで、親友のマコとトコが来た。そういや、高校の同窓会の打ち合わせを、ウチでやるとか言ってたなあ……なんだか、下のリビングとナナの部屋を往復する音がして、ややこしくなっているようだ。

「なんで!?」
「つい、ことの成り行きでね。お願いだから合わせてちょうだい……というわけだから」
「へー!」
「なんと!」
「ほんの、二三時間。わたしも張り切るから」
「おもしろそうじゃん」
「じゃ、そのナリじゃなくて、らしく着替えなくっちゃ!」
「メイクも、髪もね!」

 で、オレが起き出し、山路が風呂から上がったころには、夕べ玄関先で見かけたときのナナが出来上がっていた……。

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高校ライトノベル・『メタモルフォーゼ・11』

2018-05-24 06:40:31 | 小説3

『メタモルフォーゼ・11』


 ショック! 道具がみんな壊されていた……!

 コンクール本番の早朝、道具を搬出しようとしてクラブハウスの前に来てみると、ゆうべキチンとブルーシートを被せておいた道具は、メチャクチャに壊されていた。秋元先生も、杉村も呆然だった。
「これ、警察に届けた方がいいですよ」
 運送屋の運ちゃんが親切に言ってくれた。
「ちょっと、待ってください……」
 秋元先生は、植え込みの中から何かを取りだした。

 ビデオカメラだ。

「昨日『凶』引いちゃったから、用心にね仕掛けといたんだ」

 先生は、みんなの真ん中で再生した。暗視カメラになっていて、薄暗い常夜灯の明かりだけでも、明るく写っていた。
 塀を乗り越えて、三人の若い男が入ってきて、道具といっしょに置いていたガチ袋の中から、ナグリ(トンカチ)やバールを出して、道具を壊しているのが鮮明に写っていた。

「先生、こいつ、ミユのこと隠し撮りしていたB組の中本ですよ!」
 手伝いに来ていたミキが指摘した。
「そうだ、間違いないですよ!」
 みんなも同意見だった。
「いや、帽子が陰になって、鼻から上が分からん。軽率に断定はできない」
「そんな、先生……」
「断定できないから、警察に届けられるんだ」

 あ、と、あたしたちは思った。ウチの生徒と分かっていれば、軽々とは動けない。初めて先生をソンケイした。

 先生は、校長に連絡を入れると警察に電話した。
「でも、先生、道具は……」
「どうしようもないな……」

 みんなが肩を落とした。

「ボクに、いい考えがあります」
「検証が終わるまで、この道具には手がつけられないぞ」
「違います。これは、もう直せないぐらいに壊されています。他のモノを使います」
 杉村が目を付けたのは、掃除用具入れのロッカーと、部室に昔からあるちゃぶ台だった。
「ミユ先輩。これでいきましょう」

 現場の学校には、先生が残った。警察の対応をやるためだ。

 あたし達が必要なモノをトラックに積み、出発の準備が終わった頃、警察と新聞社がいっしょに来た。あたしはトラックに乗るつもりだったけど、状況説明のために残された。
「うちは、昼の一番だ。現場検証が終わったら、タクシーで行け」
 先生は、そう言ってくれたが、お巡りさんも気を遣ってくれ、ザッと説明したあとは、連絡先のメアドを聞いておしまいにしてくれた。

 会場校に着いて荷下ろしをすると、杉村はガチ袋から、金属ばさみを出してロッカーを加工した。裏側に出入り出来る穴を開け、正面の通風口を広げてミッションの書類が出てくるように工夫してくれた(どんな風に使うかはhttps://youtu.be/jkAoSz6Ckksで見てね)

 リハでは、壊された道具を使っていたので勝手が違う。道具をつかうところだけ、二度確認した。

 あたしは舞台上で五回も着替えがあるので、楽屋に入って、杉村と衣装の受け渡し、着替えのダンドリをシミュレーションした……よし、大丈夫!

 本番は、どうなるかと思ったけど、直前に秋元先生も間に合ってホッとした。なんといっても照明と効果のオペは、先生がやるのだ。イザとなったら、照明はツケッパで、効果音は自分の口でやろうと思っていた。

 幕開き前に、あたしの中に、何かが降りてきた。優香なのか受売の神さまなのか、ノラという役の魂なのか、分からなかったが、確実に、あたしの中に、それは降りてきていた。

 気がつけば、満場の拍手の中に幕が下りてきた。

 演劇部に入って、いや、人生の中で一番不思議で充実した五十五分だった。『ダウンロ-ド』は一人芝居だけど、見えない相手役が何人もいる。舞台にいる間、その相手役は、あたしにはおぼろに見えていた。そして観てくださっているお客さんとも呼吸が合った。両方とも初めての体験だった。

――ああ、あたしは、このためにメタモルフォーゼしたのか――

 そう感じたが、あたしのメタモルフォーゼの意味は、さらに深いところにあった……。

 つづく

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高校ライトノベル・ポナの新子・28『6月はジュンなんだ!』

2018-05-24 06:24:47 | 小説4

ポナの新子・28
『6月はジュンなんだ!』
         



ポナ:みそっかすの英訳 (Person Of No Account )の頭文字をとった新子が自分で付けたあだ名


 拍手が鳴ったとたんに、それまで考えていたプレゼンテーションが全部とんでしまった。

 それほど一位の下馬評高い三年の渡辺麻友子のプレゼンは完璧だった。AKBのセンターより一字多いのが幸か不幸かは分からないけど、一字足らずの御本家には無い大人びた確かさがあり、可愛さ三分に大人の素敵さ七分。それがギンガムチェックの夏服にも合って、図らずして生徒のほとんどをスタンディングオベーションさせるほどの魅力になっていた。

――なんで、こんな人の後になったんだろう――

 そう思いながら、ポナは世田谷女学院ミスコンのスピーチ台に向かった。

「ええ……渡辺先輩のスピーチがあまりのも素晴らしので、何を言っていいか分からなくなってしまいました。あたしって、人と話すとき、話に空白ができるのが嫌なんで、その時頭に浮かんだことをそのまま喋ってしまいます。
 テレビの録画じゃないから、後で編集なんかできないから、まずいこと言ったらマイクのスイッチ落としてください。あ、落とすなんて禁句ですよね、こんなとこじゃ。えと、あの……だから上げます!
 あ、マイクのボリュ-ムじゃないから! アハハ、お茶目なスタッフです。
 え、上げるのはポスターです。で、上げてなにを言うかと言うと……これ、副会長の橋本由紀さんが作ってくれました。とってもいい出来です。あ、修正とかはしてないと思います……。
 アハハ、なにをじっくり見て居るかと言うと、お姉ちゃんとお母さん。自分で言うのもなんですが、イケてます。下の優里お姉ちゃんなんか、身長やらスリーサイズはいっしょなんで、服は同じものが着られます。優里姉ちゃんは乃木坂なんで、乃木坂に行ったらお古の制服着せられるので、世田谷女学院を選びました(みんなの笑い)あ、もちろん世田谷女学院が素晴らしいからです。素敵な友だちもいるし、学校の仲間も先輩のみなさんも素敵です。こんなことなら姉が高校選ぶときに世田谷女学院を勧めときゃよかったと思います。
 あ、あたしっておバカですね。そんなことしたら、今ごろ姉のお古を着ているところでした(笑)
 でも、姉とは似てるけど血のつながりはないんです(あたしってば、何を言いだすんだ!?)
 えと、えと……先日分かったばかりなんです! だけど、わたしお父さんお母さんの子どもじゃないんです(バカバカバカ!)
 ある女性が、生まれて間のないわたしを持て余して、それをお父さんお母さんが引き取って育ててくれたことが分かりました。最初はパニくっちゃったけど、チイネエ、あ、世田谷に来損ねた優里です。親身になって話してくれました……チイネエはお母さんの妹の娘で、わたしと同じように生まれて間もないころに引き取られたことを話してくれました。チイネエも知った時はショックだったようです。
 

 えと……えと…………

 一番上の兄が、わたしが引き取られた時に子犬を拾ってきました。ポチっていいます。いかにも日本の犬らしい名前で。わたしのニックネームのポナと片仮名で書くと、よく似あっていました。
 先週ポチが亡くなってしまいました。赤ん坊のころからいっしょにいたポチだったので、まるで双子の姉弟を亡くしたように悲しかったです。
 で、家族は、わたしに教えてくれました。
 わたしはポチとは血縁関係がありません。ハハ、あったら、わたし犬少女ですよね。あたし兎です。あ、生まれた干支が。別に人参かじって育ったわけじゃありませんから。
 で、そうそう。血縁関係が無くても、人間は絆があれば家族なんです。そして仲間なんです。わたしルックスやスタイルにアドバンテージはありません。でも、素敵な家族、素敵なクラスメート、友だち、先生に恵まれました。
 えと……で、まとまりないですけど、世田谷女学院好きです。大好きです。わたしを立ち直らせてくれた家族、友だちといっしょに……。
 はい、一年の寺沢新子でした!」

 ポナらしいぶっつけ本番のプレゼン。思いがけずみんなに明かしてしまった未整理の身の上話。でも梅雨の中休みの青空のような明るさに拍手が返ってきた。ポナも、やっと吹っ切れた気持ちになった。もう結果なんかどうでもいい。

 でも、ポナは六月の名前の通りジュン・ミス世田谷女学院になってしまった。



ポナの周辺の人たち

父     寺沢達孝(59歳)   定年間近の高校教師
母     寺沢豊子(49歳)   父の元教え子。五人の子どもを、しっかり育てた、しっかり母さん
長男    寺沢達幸(30歳)   海上自衛隊 一等海尉
次男    寺沢孝史(28歳)   元警察官、今は胡散臭い商社員だったが、乃木坂の講師になる。
長女    寺沢優奈(26歳)   横浜中央署の女性警官
次女    寺沢優里(19歳)   城南大学社会学部二年生。身長・3サイズがポナといっしょ
三女    寺沢新子(15歳)   世田谷女学院一年生。一人歳の離れたミソッカス。自称ポナ(Person Of No Account )
ポチ    寺沢家の飼い犬、ポナと同い年。死んでペンダントになった。

高畑みなみ ポナの小学校からの親友(乃木坂学院高校)
支倉奈菜  ポナが世田谷女学院に入ってからの友だち。良くも悪くも一人っ子
橋本由紀  ポナのクラスメート、元気な生徒会副会長

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高校ライトノベル・秋野七草 その一『そんなつもりは無かった』

2018-05-23 06:58:06 | ボクの妹

秋野七草 その一
『そんなつもりは無かった』
       


 そんなつもりは無かった。

 ハナ金とは言え、アキバにある男同士肩の凝らない国籍不明の酒屋一件で終わるはずだった。

 ところが、二つの理由で、こうなってしまった。繰り返しになるが、そんなつもりは無かった。

 理由の一つは仕事である。

 防衛省から、ごく内々ではあるが、オスプレイの日本版を作る内示があった。オスプレイの採用は、調査費もついて、ライセンス生産が決まっている。しかしアメリカ的なデカブツで、海上自衛隊で、艦載機として使えるのは、ひゅうが、いせ、いずも、かがなどの空母型護衛艦に限られる。そこで、骨董品になりつつあるSH-60 シーホークの後継機を国産する方針になり、その仕事が、わがA工業に回ってきたのである。むろん他社にも競争させ、基本設計とコストを比較したうえ入札になる。
 で、その研究と概念設計の仕事が、わが設計部に回ってきたのである。正式に採用されれば、この三十年ぐらいは、この仕事、タクスネーム「うみどり」で、会社は安泰になる。

 で、近場のアキバというオヤジギャグのようなノリで、設計部の若い者達で繰り出した。

 もう一つの理由は、話の中で、オレ、秋野大作(あきのだいさく)が、南千住で四代続いた職工の家であると言ったことである。

 後輩の山路隆造が感激し、もう一軒行きたいと言い出し、調子にのったオレも「よーし、それなら!」と、上野の老舗のわりに安い牛飯屋に行こうと言ってしまった。

 山路と言う奴は、名前の通り山が好きな男で、連休や長期休暇には、必ず休みの長さと天気に見合った山を見つけて登っていた。ウチは爺ちゃんが元気な頃、暇を見つけては山に登りに行っていたので話が合って、気が付けば看板になっていた。山路は、終電車を逃してしまったので、自然に口に出た。

「じゃあ、オレの家に泊まれよ」

 かくして、深夜のご帰還とあいなった。

「「ただ今あ!」」

 という元気な声が二つ重なった。山路は、酒が入っているとは言え客であるので、神妙にしている。
「ちょ、そこ邪魔!」
 と、玄関のドアを叩いて、もう一度の凱歌あげようとする妹の拳を握り、口を押さえた。
「ちょ、なにすんのよ兄ちゃん。妹を手込めにしようってか!?」
「もう、遅いんだ。ただ今は一言でいい。ほら、近所の犬が吠え出した……」
「うっせえんだよ、犬!……あら、いい男じゃん」
 そう言うと、酔っぱらいなりに、身だしなみを整え始めた。髪は仕事中とは違うサイドポニーテールというヘンテコな頭に、ルーズな、多分帰り道、酔った勢いで買った、派手なオータムマフラー。それを申し訳程度にいじっておしまい。
「妹さんですか」
「ああ、七草と書いて、ナナって言うんだ。ああ、酒臭えなあ」
 酒の入ったオレが言うのだから、相当なものである。

 ここまでは、まだ取り返しの付く展開であった。

「どーも、あ、あたし妹の方の七草です」
「あん?」
 と、オレ。
「通称ナナちゃん。姉が七瀬って書いてナナセってのがいます。からっきしシャレも冗談も通じない子なんで。兄ちゃん、もうご両親も姉上もお休みのご様子。ここは、あたしの鍵で……あれ、鍵?」
「いや、オレの鍵で……」
「いや、あたしが……」
 ナナは、スカートのポケットに手を突っこんだ。その時プツンというスカートのホックが外れる音を聞き逃したのは、失敗。

 ここでも、まだ取り返しがついた。とにかく近所の犬が何匹も吠えるので、家に入るのが先決だと思った。

「ここが、お兄ちゃんの部屋。で、こちが、あたしの部屋。その隣が姉上ナナセの部屋。両方とも覗いちゃあいけません! おトイレは、その廊下の突き当たり。では、お休みなさいませ!」
 と、この春除隊したばかりの、自衛隊の敬礼をして、その拍子に落ちかけたスカートをたくし上げ、ゲップを二つと高笑いを残して、七草は部屋に入ってしまった。

 この時誤解を解いておかなかったのが、この後の大展開とドラマになっていく。

 そんなつもりは無かった……。

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高校ライトノベル・『夏のおわり・6』

2018-05-23 06:44:32 | 小説4

のおわり・6』      

 

 日本人なら90%は知っているテーマ曲が流れて、それは始まってしまった。

「えー、今日は、いまコジャレたオネエで売り出し中のコイトさんと、今週から急速売り出し中の女子高生の吉田夏子さんです」
「あ、タダの夏です」
「あら、心配しなくても、事務所がついてるから、ちゃんとギャラ出るわよ」
「アハハハ」

 さっそくかみ合わない二人の話にコイトが大笑い、スタッフまで笑って、マイクで拾われて増幅する。

「ああ、そうなんだ。ごめんなさい。そそっかしくて。じゃ、ナッチャンだ」
「それ、OKです。なんか、もうあちこちで夏の終わりって言うじゃないですか。あたし成績悪くって、もう自分が終わるって言われてるみたいで」
「ハハ、でも、お名前が夏だから、毎年思わない?」
「あ、冷やかされたことはありますけど、こんなに感じたの初めてです」
「で、新学期早々、電車の中でついてなくて、コイトちゃんと出会っちゃったって?」
「ああ、もう、それ何遍話してもおっかしくって!」
 コイトが拾って、出会いの話をする。もう四回目ぐらいなんで、持ちネタみたくなってて、所々デフォルメしてきた。
「……で、『ナニすんのよ!』って言ったら『ナニすんの!』って。もう、こんな女子高生みたことない」
「ハハ、まるでテレビの演出みたいね」
「あ、ちょっと誤解です。コイトさんが、トイレまで付いてきて、で、個室入るの確認しちゃって」
「ハハ、確認しちゃうんだ。でも、どうして、その、ナニの方だって分かるわけ?」
「そりゃあ、徹子さん……」
「コイト……さん!」
「で、ナッチャン。お婆ちゃんが、こだわりのある人なんですって?」
「ってか、面白い人なんです。だいたい、あたしに『夏』って名前つけたの、お婆ちゃんですし」
「なんか、こだわりがあって?」
「単に、夏が好きだから。むかし、学校の先生って、夏休みはお休みだったでしょ?」
「え、それで、”夏”!?」
 と、驚いたのがコイトで、お腹よじって笑ってたのが徹子さん。

 で、お婆ちゃんの話で、もりあがっちゃった。

「へえ、お婆ちゃん、先生やってたくせに、勉強こだわらないんだ!」
「うちの担任の先生なんか直の後輩なんで誉めるんですけど、お婆ちゃん、高校四年行ってるんです」
「え、お身体悪くなさったとか?」
「じゃなくって、勉強しなかったから。で、同様に大学五年、ニート三年」
「わあ、すごいんだ!」
「先生になったとき、東京大学出て先生やってた人がいるんです」
「ああ、二学期になって隣の先生が同級生だって気づいた!?」
「あは、そんな人いるんだ。それで!?」
「その先生は、都立乃木坂から東大。あたしは、南麻布から御手鞠って三流大学。で、結果、就職したのは同じ都立高校。本人の前で平気で言っちゃうんです」
「この孫にして、お婆ちゃん有りね!」

 コイトが、エールだかチャチャだか分かんないのを入れる。

「へえ、お婆ちゃんて、言葉にこだわるのね?」
「はい、いまだに看護婦、婦人警官です」
「今は、看護師に、女性警官よね」
「婦って、女偏に箒だっていわれてますけど、実際は神さまの祭具だった帚なんです。竹冠ないでしょ。で、婦って字には、明治このかた、言葉に秘められた女の尊厳があるんだそうです。婦人解放運動とか、婦人参政権とか。第一、婦のチャンピオンである主婦は、変わってないでしょ。これは、あたしも思うんです。病院いっても看護婦さんて呼ぶ人いっぱいいます。お母さんは字を書く仕事なんですけど、看護師じゃ性別分かんない。女性看護師って書くと、言葉として不細工だって」
「ナッチャン、あなたって劣等生じゃないわよ。そういう感性大事だし、それを自然に持ってるって、とってもいいことだと思う」
「うん、あたしもさ。出会いの時、電車の窓枠に手ついたじゃない。あれを『守ってくれようとしてる』って感じてくれたこと、時間がたつにしたがって、とっても自然な誉め言葉だと思っちゃったもん」

 この『徹子の小部屋』のあと、単独の仕事も増えてきた……そう、秋の終わり頃には、ラジオやテレビに出ることを、ごく自然に「仕事」だと思えるようになってきた。

 でも秋のその頃までは、ちょっと変わった女子高生タレントで、タレントとしては喋ることしかできない。
 仁和明宏さんとの対談で、こう言われた。
「ノンベンダラリと居る世界じゃないわよ。もし『仕事』だと思ったら、この世界一通り回ってみることね。そうだ、AKRなんか良いんじゃない。わたし、ここから秋本君に電話してあげる!」

 で、AKRのドラフトで入って、年の変わる頃には歌とダンスに絞られながら、ラジオやテレビで喋りまくっていた。

 すみません、渋谷先生。

 夏は終わりましたけど、新しい夏が始まってしまいました……。

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高校ライトノベル・『メタモルフォーゼ・10』

2018-05-23 06:34:57 | 小説3

『メタモルフォーゼ・10』   

★……フォーチュンクッキー


『ダウンロード』という芝居は、メタモルフォーゼ(変身)するところが面白い!


 そう思って稽古を重ねてきたが、どうやら違うところに魅力があると感じだした。

 ノラというアンドロイドは、いろんな人格をダウンロ-ドしては、オーナーによって派遣され、大昔のコギャルになったり、清楚なミッションスクールの女生徒になったり、五歳の幼児三人の早変わりをしたりして、オーナーと持ちつ持たれつの毎日。
 そんな日々の中で「自分の本来のパーソナリティーはなんだろう?」、その自己発見の要求が内面でどんどん膨らんでいくところに本当の面白さがあると思うようになってきた。

 You tubeで、他の学校が演っているのを見て思った。https://youtu.be/2Y5kAoZjgxU

 ダウンロードされたキャラを精密にやっていく間に、時々「本当の自分」を気にする瞬間がある。

「キッチン作ってよ。あたし自分で料理するから!」という欲求で現される。

 そこにこだわってみて、誇張していくと俄然芝居が面白くなってきた。

 コンクールの三日前ぐらいになると、信じられないけど、稽古場にギャラリーが出来るようになった。いわゆる入部希望の見学ではなく、美優の稽古そのものが面白く、純粋な見学者なのである。
 クラブを辞めたヨッコ達には、少し抵抗があったけど、ヨッコ達は、良くも悪くもクラブに戻る気はなく、他のギャラリーと同じように楽しんでいる。他にも、ミキや、その仲間。ヒマのある帰宅部の子なんかが見に来るようになり、最後の二日間はゲネプロ(本番通りの稽古)をやっているようなものだった。

 最終日の稽古には、受売(うずめ)神社の巫女さんと神主さんまで来た。
「神さまのお告げでした」
 巫女さんは、口の重い父親の神主に代わってケロリと言った。
 そして、芸事成就の祝詞まであげてくださった。

「三十分だけ、祝賀会やろう!」

 ミキの提案で、稽古場が宴会場になった。

 あらかじめいろいろ用意していたようで、ソフトドリンクやらスナック菓子。コンビニのプチケーキまで並んだ。なんだか、もうコンクールで優勝したような気分。一番人気は受売神社の巫女さん手作りのフォーチュンクッキー!
「え、神社がこんなの……いいんですか?」
 意外にヨッコが心配顔。
「元々日本のものなのよ。辻占煎餅(つじうらせんべい)で、神社で売ってたの。それが万博でアメリカに伝わって、チャイナタウンの中華料理屋で出すようになったのよ」

「へー」と、みんな。

「神社でも出せば、ヒットすると思いますよ」
 ユミが、提案した。
「うん、でも保健所がウルサクって。中にお神籤が入るでしょ。それで許可がね」
 世の中ウルサイモンだと思った。
 巫女さんが、頭数を数え人数分だけ紙皿に盛った。
「さあ、みんなとって!」
 あちこちで「大吉だ!」「中吉よ!」などの声が上がった。ちなみに、あたしは末吉『変化は試練なり、確実に前に進むが肝要。末には望み叶うべし』と、あった。

 素朴な疑問が湧いた。

 あたしの望みってなんだろ?

 コンクールは中央大会も含めて二週間で終わる。そのあと、当たり前なら「進一に戻りたい」なんだろうけど、そう単純にはならない。
 あたしは、死んだ優美の思いを受け継いでいるのかもしれず。下鳥先生の言うように乖離性同一性障害かも知れず、そうなると、統合すべき人格がいるのだけども、いまは美優でいることが自然だ。体だって完全に女子になってしまい、それに順応している。
 そして、頭の片隅にあるのが受売神社の神さまのご託宣。

 ま、末吉なんで、目の前のことをやろう。

 最後は、みんなで『恋するフォーチュンクッキー』を適当なフリでやってお開き。
「すごい、ミユ、カンコピだったわよ!」
 AKBファンのホマが感動した。
「そのままセンターが勤まる!」

 あたしはサッシーか……。

「おれ、凶だった……」
 秋元先生がバツが悪そうに言った。
「凶って、百回に一回ぐらいしかないんですよ」
 巫女さんが感心していた。

 備えあれば憂いなし、道は開ける……と、むすんであった。

 つづく

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高校ライトノベル・『フライングゲット』

2018-05-22 06:25:49 | ライトノベルベスト

 『フライングゲット』   

 横丁をまがったところで、足が止まってしまった。

――お母さんになんて言おう……。

 言葉は、いろいろ電車の中で考えた。三つほど考えた中でコレってやつも決めた。
 でも、横丁をまがって、我が家が見えたところで、そんなものはふっとんでしまった。

――今度は、少し長かったもんな……よし、やっぱ、持つべきモノは友だち。由美に間に入ってもらおう。

 そう決心して、携帯を出したところで声をかけられた。

「遅いじゃないのよ、里奈」
「……お母さん」

「うちは母子家庭みたいなもんなんだからさ、母子で協力しなくっちゃ。ほら、これ持って」
 お母さんは、お気楽に白菜なんかが入った重いレジ袋を、ドサっと投げるように渡した。
「た……ただいま」
 やっと出た一言は、あまりにも日常的だった。お母さんも拍子抜けがするほど日常的にわたしの前を、さっさと歩いていく。

 ペスが一瞬「あれ?」って顔をした。
 でも、すぐに尻尾がちぎれそうなくらいに振り、わたしに飛びつき、顔をペロペロ舐める。
「だめよね、安売りだと思って白菜丸ごと買ってしまった。しばらく白菜続くけど、レシピ工夫するから。えーと、冷蔵庫の中は……」
「お母さん……」
「え、なに。お土産でも買ってきてくれたの?」
「ううん、そうじゃなくって……」
「なんだ、お土産じゃないんだ……ちょっと外に出たんなら、少しくらい気を遣いなさいよ……とりあえず今夜はキムチ鍋にでもしとくか」
 お気楽そうだが、やっぱり皮肉がこもっている……今度は、ちょっと長かったもんな……よし、直球でいこう。
「お母さん、ゴメン! ゴメンナサイ! 申し訳ありませんでした!」
「なによ、あらたまっちゃって」
 なんという平静さ……相当怒ってる。あとの揺り返しが怖い。先手を取ろう、先手を。
「修学旅行に行くって言って、そのまま家出しちゃって。反省してます。この通り!」
「……なによ、変なこと言って」
「やっぱさ、こういうことはきちんとケジメつけてからでなきゃって。そう思って」
「トンチンカンなこと言わないでよ。それより、わたし今から自治会の会合だから、お鍋の用意しといてね。ペスにもゴハンあげといてね、キャンキャンうるさいから。あ、マフラーとってくれる。集会所、節電で暖房きかないのよね」
「あ、うん……えと、マフラー……無いよ」
「クロ-ゼットじゃないわよ。リビングのフック。クロ-ゼットいっぱいだって、先週里奈が替えたんじゃないよ」
「え……あ、あった、あった。これ、オマケのカイロ」
「ありがとう、じゃ、あとよろしく」
 そう言うと、お母さんは出かけていった。
 わたしは、つんのめった気持ちのまま、窓から見えるお母さんの後ろ姿を見送った。

 わたしは、四年前、修学旅行を利用して家出をした。

 理由はいろいろだけど、直接の原因はクラブのコンクール。
 わたしは絶滅危惧種の演劇部だった。二年になって先輩が卒業して、部員は三人に減ってしまった。三人で演れる芝居って、そうそうは無い。
 演目に困っていたら、F先輩が「すみれの花さくころ」という本を紹介してくれた。
 この芝居、道具がいらないし、照明も大きな変化はない。つまり、その気になれば役者三人で演れないこともない。わたしたちは軽音からあぶれた指原という子に声をかけ、アコステとボ-カルの一部も手伝ってもらって、四人の歌芝居にした。
 意外に出来も評判もよく、地区大会で二十年ぶりの最優秀。地区代表の先生も我が事のように喜んでくださった。なんたって中央大会で優勝すれば、地区はシード地区になり、明くる年は代表を二校出せる。

 これはイケルと思って中央大会で唯一の既成作品として出場。観客の反応も上々で大ラスでは、満場の大拍手になった。
「これは、地方大会出場間違いなし!」
 だれもが、そう思った。しかし、結果は選外だった。
 講評で、審査員に言われた言葉……。
「作品に血が通っていない。行動原理、思考回路が高校生のそれとは思えない。世界が主役二人のためにしか存在しないような窮屈さ」
 そう、切って捨てられた。
 その時は、ただ呆然として何も言えなかった。家に帰ってから怒りがたぎりはじめた。
 その審査員は、ネットで審査の内容をブログに書いていた。わたしは署名入りでトラックバックして質問し、二度ほどメールの遣り取りをした。
 後日、クリスマスの頃に合評会があった。そこでもらったレジメを見て、わたしの怒りは沸点に達した。
 その審査員は、審査の講評内容をガラリと替えていた。ばかりか、こんなことまで書いていた。

「帰りの電車の中で、Y高(わたしたちの学校)にも、なんらかの賞をやるべきだったと、感じた」

 クラっと目眩がして、気がついたら、わたしは手を上げて全て喋りまくった。
「審査をやり直してください!」
 わたしは、そこまで言ってしまったようだ。

それから、クラブのサイトには、わたしと、わたしのクラブを非難する書き込みで炎上してしまった。どこで調べたのか、会社の仕事で単身赴任してるお父さんのブログにまで書き込みがされるようになった。
 この芝居を紹介してくれたF先輩が心配してくれ、わたしはF先輩に急接近していった。

 そして、わたしは修学旅行の日、先輩と駆け落ち同然に家出してしまった。三日前に先輩のお父さんがやってきて、二人の逃避行は終わった。

 思えば浅はかなことをしたと思った。お母さんの心配と怒りはわたしの想像を超えているようだ。あの平静さはただごとではない。
 そんな四年間のあれこれをポワポワと思い出しながら、わたしは、お鍋の用意をしていた。
 ややあって、玄関に気配。お母さんが帰ってきた……。

「あ……」

 それは、お母さんではなかった。
 リビングにコ-トを脱ぎながらやってきたのは、わたし自身であった……。

 まるで鏡を見ているような時間が流れた。電話の音で二人のわたしは我に返った。
――寄り合いで、町会長の牧野さんが倒れたの。多分脳内出血……今、救命措置やってるとこ、お母さん救急車に乗って病院まで行ってくるから、夕食は先に食べておいて。
「うん、分かった。お母さんも気をつけて」
  お母さんは、娘の声がステレオになっていることにも気づかずに電話を切った。

 外は、いつのまにか雪になっていた。
 二人のわたしは、鍋をつつきながら少しずつ話した。
 もう一人のわたしは、合評会のとき発言はしていなかった。頭に来たところまでは同じなんだけど、もう一人のわたしはF先輩に止められれていた。
「出てしまった審査結果に文句を言っても傷つくのは里奈の方だぜ」
 その一言で、もう一人のわたしは思いとどまり、クラブも引退。受験に専念して無事に程よい大学に進学し、大学で新しいカレもできて、今日はゼミの旅行から帰ってきたところ。
 わたしは思い出した。あの合評会の日、F先輩は信号機の故障で電車が遅れ、合評会に遅刻して、わたしの爆弾発言には間に合わなかった。

 お母さんは、元ナースってこともあって、町会長さんの世話や、ご家族への対応、ドクターへの説明に追われ、帰ってきたのは深夜だった。
 二人のわたしは、互いに、それからの自分を語り合い。いっしょにお風呂に入った。
「ホクロの場所までいっしょだね」
 と、バカなことを言って、揃いのパジャマを着てリビングで話しをした。

「風邪ひくわよ。パジャマのまま寝込んだりして……」
「え……ああ……あれ?」
「どうかした?」
「え、いや……ううん」

 わたしには解らなくなっていた、わたしがどっちのわたしなのか……わたしの頭の中には二人分のわたしの記憶がある。
 どちらから、どちらを見てもフライングゲットのように思える。
「この雪は積もりそうね……すごいわよ。わたしの足跡が、もう雪で消えてしまってる」
 窓から雪景色を見ながら、お母さんが誰に言うともなく呟いた。
 


参考作品『すみれの花さくころ』 https://youtu.be/LUixOWmsF4k

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高校ライトノベル・『夏のおわり・5』

2018-05-22 06:16:48 | 小説4

ライトノベルセレクト№106
のおわり・5』
       


 あー、親友二人の反応がコワイよー!

「あ、わたし、小学校のころ、歯の矯正してたんです。それまでは、ちょっと出っ歯で(#^.~#)」
 雅美が、機嫌よく自分の秘密を答えている。
「普通だったらさ、まんま出っ歯とか、さんまとか言うジャン。そこを八重桜って、小学生が言うのってすごいと思うの! だれ、それ言ったの?」
「あ、加藤君です。そこの……」
「あ、ああ、あ、どうも。でも読んだ本からのパクリだから」
 加藤は、顔を赤くして、でもマンザラでもない風に答えた。
「うん、君たちってすごいよね。十代ってさ、バンバン変わっていっちゃうのよね。あたしなんか、十代は加藤君みたいな優男だったけど、十代の終わりには女の子のかっこしててさ、二十歳になったとたんにちょん切っちゃったもんね」
 教室が一瞬笑いに満ちた。さっきまでのヤナ空気は、どっかに行っちゃった。

 それから、コイトは、お気に入りのAKB48の『大声ダイアモンド』を、BG付きで唄って踊った。こんな風にしていると、コイトはほんとうに女の子のアイドルに見える。
「この歌はね、自分の衝動に素直になろうってとこがミソなんだよね」
 生活指導の先生が聞いたら目を回すようなことを平気で言う。渋谷までがニコニコ聞いている。単にタレントってことだけでなく、人間的に魅力があるんだなあと思った。
「でもさ、昨日の満員電車の中でさ、たとえ二日酔いだったとしてもさ、夏は、どうして、あたしのことがオネエって、気が付いたのかなあ?」
 いきなり振られた。口が勝手に動く。
「最初、体が密着したときは、あ、若い女の人って感じでえ。でもって、次のカーブでグッとまた曲がっちゃったじゃないですか。そん時に、ガシって窓枠押さえた手に……なんてのかな、男性的な『守ってやらなきゃ!』って気持ち感じて、そのアンバランスから、あの、そっちの人じゃないかなって感じたんですよね」
「う~ん、複雑。これって誉め言葉なのか、オネエとして、まだ不完全てことなのか……」

 とたんに、教室は割れんばかりの拍手になり、なんだか丸く収まってしまった。

 このコイトの学校訪問のオンエアーは、予定を早めて、その晩のバラエティーで行われた。
「ハハハ、バラエティーもなかなか面白いじゃない!」
 お婆ちゃんは、さっそく宗旨替えして、入れ歯を外しそうになって喜んでいた。
「あ~あ、あたし見損ねたじゃない……」
 バスタオルで頭拭きながら、あたしはぼやいた。
「ごめんね、ラジオだったら録音できるんだけど、テレビの録画は、どうもわからなくってさ」

 そこに、またコイトから電話。

「なんだ、見てなかったの。ネットで検索してみなよ。誰かが録画してアップロードしてると思うから」
 なるほど、その手があったか。
「でさ、徹子さんが見ててくださっててさ」
「徹子?」
「そう、猫柳徹子さん。あたし、明後日『徹子の小部屋』にでるんだけどね、徹子さんからナッチャンご指名」
「えー!」
「OKしといたけど、いいよね?」
「あ」
「それから、明日、『笑ってモトモト』11時半に局入りすればいいからさ。これもよろしく。学校の方には、うちの事務所から電話入れとくから、よろしくよろしく!」

 で、あたしの目の前で、タムリが机を叩いて笑っている。当然スタジオ中爆笑。

 あたしは、お婆ちゃんから聞いた話しをしただけなのだけど。
「信じらんねえ。だってさ、四月に転勤してきた先生がさ、それも隣同士に机並べてだよ、高校時代の同級生だったってことが、二学期になって分かっちゃうなんてさ。ありえないよ。あ~、おっかしい!」
「なんか、昔は、そんなこともあったらしいですよ。あー、それから、離任式のときに従兄弟同士って分かったり」
「なんか、牧歌的だね、昔の先生って」
「いえ、いまのは先生と生徒」
 で、また大爆笑。
「コイト、いいキャラ見つけてきたね。なんてのか、若い頃の桃井香里と秋吉玖美子足して二で割ったような子だね」
「でしょ。もう、昔からの親友みたくでさ」
「でも、コイトはナッチャンとは10個は離れてるでしょ?」
「そんなの戸籍謄本見なきゃ分かんないでしょ」
 あたしは、コイトが、そんなに年上だとは思っていなかった。
「あ、呼び捨てにしてきちゃった。コイトさん……かな?」
 で、また爆笑になる。

 あたしは、四時間目を公欠にしてもらうために、学校のPRを命じられていたけど、すっかり忘れてしまった。

 ま、いいか。ディレクターの人はVで、学校のアレコレ挟み込んで流してくれたし。

 で、明日は、いよいよ猫柳さんの『徹子の小部屋』である!

 もう、夏はキンチョー……(念のため、シャレです)

 つづく

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高校ライトノベル・『メタモルフォーゼ・9』

2018-05-22 06:09:00 | 小説3

高校ライトノベル
『メタモルフォーゼ・9』
          


 あたしを、こんなにしたのは優香かと思った……。

 だって、優香が自転車事故で死んだのと、あたしが男子から女子に替わったのはほぼ同じ時間。

『ダウンロード』は優香が演りたがっていた芝居で、よくYou tubeに出てる他の学校が演ったのを観ていた。
 しかし、あれは一人芝居で、あれを演ろうとすれば当時発言権を持っていたヨッコ達をスタッフに回さなければならず、ヨッコ達は、そんなことを飲むようなヤツラじゃない。自分は目立ちたいが、人の裏方に回るのなんかごめんというタイプだ。

 あたしは、訳が分からないまま部活を終えて、気がついたら受売(うずめ)神社の前に来ていた。鳥居を見たら、なんだか神さまと目が合ったような気になり、拝殿に向かった。
 ポケットに手を入れると、こないだお守りを買ったときのお釣りの五十円玉が手に触れた。
「あたしのナゾが分かりますように」
 が、手を合わせると替わってしまった。
「うまくいきますように」
 なぜだろう……そう思っていると、拝殿の中から声がかかった。

「あなた、偉いわね」

 神さま!?……と思ったら、巫女さんだった。
「あ……」
「ごめん、びっくりさせちゃったわね。売り場と拝殿繋がってるの。で、こっち行くと社務所だから」
「シャムショ?」
「ああ、お家のこと。神主の家族が住んでるの。で、わたしは神主の娘。自分ちがバイト先。便利でしょ」
「ああ、なるほど」
「あなた、AKBでも受けるの?」
「え、いえ……あたし……」
「あ、受売高校の演劇部! でしょ?」
「は、はい。でもどうして」
「これでも、神に仕える身です……なんちゃってね。サブバッグから台本が覗いてる」
「あ、ホントだ。アハハ」
「でも、偉いわよ。ちゃんとお参りするんだもの。こないだお守りも買っていったでしょ?」
「はい、なんとなく」
 なんとなくの違和感を感じたのか、巫女さんが聞いてきた。
「あなた、ひょっとして、ここの御祭神知らない?」
「あ、受売の神さまってことは、分かってるんですけど……」

 詳しくはしりませんと顔に書いてあったんだろう。巫女さんが笑いながら教えてくれた。

 ここの神さまは天宇受売命(アメノウズメノミコト)と言って、天照大神が天岩戸にお隠れになって、世の中が真っ暗闇になったとき、天照大神を引き出すために、岩戸の前で踊りまくった。
 神さまたちを一発でファンにして、前田敦子のコンサートみたく熱狂させたという、アイドルのご先祖みたいな神さま。
 あまりの熱狂ぶりに、天照大神が「なにノリノリになってんのよ!?」と顔を覗かせた。そこを力自慢の天手力男神(アメノタジカラオ)が、力任せに岩戸を開けて無事に世界に光が戻った。で、タジカラさんはお相撲の神さまで。ウズメさんが芸事の神さま。今でも芸能人や、芸能界を目指す者にとっては一番の神さまなのだ!

 あたしは、ここで二度も神さま(たぶん)の声を聞いた。と……いうことは、神さまのご託宣?

 訳が分からなくなって、家に帰った。
「美優、犯人分かったらしいわね!」
 ミキネエが聞いてきた。ちなみに我が家は、今度の映像流出事件と、その元になったハーパン落下事件は深刻な問題にはなっていなかった。
「イチゴじゃなくって、ギンガムチェックのパンツにしときゃオシャレだったのに」
 これは、ユミネエのご意見。
「しかし、男子の根性って、どこもいっしょね」
 これは、ホマネエ。
「まあ、これで、好意的に受け入れてもらえたんじゃない?」
 有る面、本質を突いているのは、お母さん。

 もう、あの画像は削除されていたけど、うちの家族はダウンロードして、みんなが保存していた。
「あ、なにもテレビの画面で再生しなくてもいいでしょ!」

 と、うちはお気楽だったけど、この事件は、このままでは終わらなかった。

 つづく

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高校ライトノベル・『夏のおわり・4』

2018-05-21 06:48:16 | 小説4

ライトノベルセレクト№105
『夏のおわり・4』
        


 直接的な表現じゃないけど、あたしは結果的に「うんこ」を五回も連発していた!

 お婆ちゃんが、今時珍しいカセットテープに放送の半分ほどを録音していた。他に電車の中で英単語覚えたことも、その理由と共にしゃべっていた。で、学校名こそ伏せられていたけど(学校の名前のとこは、ピーって音になってた)学校のあれこれ喋りまくり。こりゃ、明日からひきこもりと落ち込んで、晩ご飯にも出られなかった。

「いいじゃないの、あれは聞く人に力を与える話だったわよ」

 お風呂から上がると、やっぱりお腹が空くので、晩ご飯の残り食べていたら、お婆ちゃんが、テレビ見ながら言った。
「こんなに、無理に笑ってるバラエティー番組より、よっぽどよかったじゃない。あの話……話しもそうだけど、夏のしゃべり方って、人の心を和ませるよ。うん、素質かもしれないわね!?」
「ゲホゲホ、ゲホッ! あれが!?」
 あたしは冷や奴にむせながら、お婆ちゃんの誉め言葉を聞いた。お婆ちゃんは、うそは言わない。感情を顕わにすることなんかないけども、いつも落ち着いて、本当の話をしてくれる。
 お母さんは悪い母じゃないけど、その場の感情でしゃべったり、グチったり、文句言ったり。で、当然そこには、誇張やら、軽いウソが混じることがある。小さい頃は引っ込み思案で、言いたいことの半分も言えない子だったので、喋ったときには大いに喜んでやるようにして、お婆ちゃんはお母さんを育てたのだそうである。
 お母さんは、そうやって、それなりにイッッパシの婦人(お婆ちゃんが好きな言葉)になったのだそうだ。

 ただ、世の中は完ぺきに行くことは少なく、イッパシの女子高生、イッパシの女子大生、イッパシの作家になって、あたしを育ててくれて、ありがたいんだけど、あたしにはお父さんがいない。

 最初っからいない。

 いわゆるシングルマザーである。

 お父さんが居ないことで特に寂しいと感じたことはない。友だちの中にも何人かそういうのがいる。
「そういうのもアリ!」
 たまに、そう言う話になると、たいていお婆ちゃんが、そう締めくくる。

『ごめんね、今日は騙したみたいで~』
「みたいじゃなく、騙したのコイトは!」
 いつ教えたのか、コイトは、あたしのアドレス知ってて、スマホをかけてきた。
『レギュラーが、急にアウトになっちゃって、ダメモトでディレクターに言ったら、イザってときはあたしが責任取るってことでOKくれたのよ』
「でも、騙した!」
『だから、それはゴメン。でもさ、ナッチャン、スゴイ反響だよ。放送局にいっぱいメールやら、お便りきてるから、あとで転送しとくね。で、またお座敷かかったら、よろしく!』
「もう掛けてこないで!」

 切った後、直ぐにコイトのメールが来た。添付で、リスナーのメールがコピーされて転送されてきた。

 で、不覚にも、そのいくつかにホロッとしてしまった。
――ナッチャンありがとう。こんな女子高生もあり! 二学期は学校行く気になりました――
――あたしも、ワケありで父なるものがいませんが、勇気もらいました!――
――ナッチャンのおかげで、リスカ用のカッターナイフ捨てちゃった!――
――ナッチャンみたいな子が、友だちにいたらなあ! ハミーゴより――
 バスタオルで、涙拭いていたら、お婆ちゃんが横にやってきた。
「ね、やっぱり夏は、いいことやったのよ。これは、まだ収まらないね……」
 そう言って、自分の昔話をし始めた……。

 で、明くる日、学校に行くと、加藤と雅美が、怖い顔していた。

「今さら、昔のあだ名の話なんかするなよな!」
「夏が、あんなに口の軽い子だとは思わなかったわ!」
「え、なんのこと?」
 あたしは、八重桜の昔話(第一話)もしてしまったようだった……。

「で、だーれ、八重桜の二人組は!?」

 コイトが、教壇で聞いた。
 4時間目のホ-ムルームに、渋谷が珍しくニコニコ顔で入ってきたかと思うと、その後からスタッフを引き連れてコイトが、フワフワのモテカワ系のコスであらわれた。で、トーゼン教室は歓声に包まれた。
 で、さっきの質問になったわけ。

 あー、親友二人の反応がコワイよー!

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高校ライトノベル・『メタモルフォーゼ・8』

2018-05-21 06:41:25 | 小説3

『メタモルフォーゼ・8』        


 ハーパン動画投稿事件の犯人は、その日のうちに検挙された。

 隣町のS高校のA少年であった……って、近隣の者は「ああ、あいつか」と分かるぐらいのワルであるが、マスコミがS高のAとしているので、そう表現しておく。
 しかし、これでは読者にはあまりにも不親切なので、第二話であたしが学校から自分の家まで歩いて帰る途中、お尻を撫でていった「怖え女子高生だな……イテテ」のオッサン。あのオッサンの息子と言えば、かなりの「ああ、あいつの……」という理解が得られると思う。

 Aが割り出されたのは、簡単だった。

 ネットカフェでは帽子とフリースにマスクまでしているが、こんな格好で、長時間街をうろつけば、それだけで不審者だ。そこに目を付けた所轄の刑事は、近所の防犯カメラを総当たりした。
 ネットカフェは、スモークのガラス張りだけども、店に入ってくる影がガラスに映るので、やってきた方向は分かっている。五軒離れたパチンコ屋の前でフリースを着ているところ。三件前のコンビニの前では帽子を、で、こいつはわざわざガラスに顔を写してチェックまでしている。そして、ネットカフェの前の本屋のビデオでは、入店直前にマスクをしているのが確認された。

 バカとしか言いようがない。

 しかし、Aの行為は肖像権の侵害と盗撮映像の流布という民事、せいぜい迷惑防止条例の対象でしかない。
 そう、撮影したのはAではない。Aは誰かから映像を手に入れているのである。
 Aは口を割らなかった。別に男気があってのことではない。

 映像を脅し取ったということがバレルのを恐れたのである。立派な恐喝になるので口を割らないのである。警察は絞り込みに入った。Aの交友関係から受売高校の生徒を割り出せばいいだけの話しだった。

 朝になって、生指に名乗り出てきた。B組の中本という冴えない男子生徒が。

「ぼ、ぼく、脅されたんです。Aに、可愛い子が転校してきたって言ったら、見せろって言われて……で、画像送れって。あんなことに……」
「なるとは思ってなかったなんて、言わせねーぞ、中本!」
 生指部長の大久保先生の一喝は、たまたま廊下……といっても、教室二個分は離れていたあたしたちにも聞こえた。

「B組の中本だ……」
 ホマちゃんが言ったので、四人とも立ち止まってしまった。罵声は続いていた……。
「行こう……」
 あたしは駆け出して、中庭の藤棚の下まで行った。
「ミユ!」
「ミユちゃん!」
 三人が追ってきた。
「大丈夫、ミユ?」

 あたしは混乱して、とても気分が悪かった。なんだかゲロ吐きそう。

 案の定、三限目に生指に呼ばれた。そして中本が謝りたいといっていると告げられた。
「はい」
 混乱していたけど、意識とは別のところが、そう言わせた。
「中本君、あんたに、あそこまでの悪気はないのはないのは分かってる。転校してきたあたしが珍しくって、そいで撮ったのよね。だって、あれは事故だったから」
「う、うん。A組に可愛い子が来たっていうから……」
「誤解しないで、許したわけじゃないから。あそこまでの悪気って言ったのよ……あんたがやったことは卑劣よ。S高のAに画像送ったらなんに使うか、想像はついたでしょ。百歩譲って興味から撮ったとしても、あんな事故みたいな画像なら消去すべきでしょ」
――男だったら、消さないよ――
 進一が囁いた。
「うるさい!!」
 中本は椅子から飛び上がり、大久保先生でさえ、ぎくりとしている。
「ぼ、ぼく、なんにも……」
「あんたが言いうこと目を見たら分かるもん。ハーパンが脱げた後、画面は顔のアップになったわ。あんたにそれほどのスケベエ根性が無かったのは分かる。でも、どこか歪んでる。S高のAにも、あんたから言ったんでしょ。Aがどういう風に興味を示すか分かっていながら……それって、お追従でしょ? 単なるご機嫌取りでしょ? Aが口を割らなかったのは、あんたのことを脅かしたからでしょ。この事件の、ここだけが恐喝になるもんね。あんたのスマホ見せてよ」
「これは、個人情報……」
「スカしてんじゃないわよ!」

 中本のスマホには、Aのパシリにされていたようなメールが毎日のように入っていたけど、昨日から今朝にかけては一つもない。
「消したのね。そして知ってるんだ、専門家の手に掛かったら、すぐに復元できること。そして、自分はAに脅された被害者になれるって。それ見込んで名乗り出たんでしょ」
「いや、ぼくは……」
「あたし、許さないから。Aもあんたも」
「それって……」
「被害届は取り下げない。せいぜい警察で被害者面して泣きいれなよ。そんなのが通じるほど、あたしも警察も甘くないから。あんたら立派な共同正犯だわよ!」

 それだけ言うと、あたしは生指を飛び出した。共同正犯なんて難しい言葉、どこで覚えたんだろう?

 そのあと、警察がきて、中本と話して任意同行をかけてきた。思った通りの展開。
――そこまでやるか?――
 進一が、また口を出す。
「う・る・さ・い」

 杉村君との稽古は、最初から熱がこもっていた。もう道具さえあれば、明日が本番でもやれる。
『ダウンロード』という芝居は、女のアンドロイドがオーナーから次々にいろんな人格や、能力をダウンロ-ドされ、いろんな仕事をさせられ、最後にオーナーの秘密をダウンロードして、オーナーを破滅させ、アンドロイドが一個の人格として自立していくまでを描いた一人芝居。

 稽古が一段落して思った。あたしって、まるでダウンロードした個性だ。

 そこに、やっと仕事が終わった秋元先生が、顔を出した。
「稽古は、順調みたいだな」
「ありがとうございます。おかげさまで」
「ほとんど、今年のコンクールは諦めていたんだ。渡辺が来てくれて助かった。杉村もがんばってるしな」
 先生は、昨日からの事件を知っているはずなのに、ちっとも触れてこない。慰めは、ときに人を傷つけることを知っているんだ。ちょっと見なおす。

「先生、この花でよかったですか?」

 宇賀ちゃん先生が、小ぶりな花束を持ってやってきた。
「お金、足りましたか?」
「はい、これ、お釣りです。渡辺さん、がんばってね!」
「はい!」
 でも、花束は早すぎる……と、思った。
「あ、これはね。この春に転校した生徒が死んじゃったんだ。今日連絡が入ってね」
「保科先輩ですね……」
「杉村、よく覚えてんな。三日ほどしかいっしょじゃなかったのに」
「あの先輩は、一度会ったら忘れません……いつだったんですか?」
「四日前……下校中に暴走自転車にひっかけられてな……」

 四日前……自転車……あの時か、優香が、優香が……。

 気配に振り返った鏡、一瞬自分の姿に優香が重なって見えた。

 つづく

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高校ライトノベル・ライトノベルベスト『ああ、花の五重マル』

2018-05-20 06:47:07 | ライトノベルベスト

ライトノベルベスト
『ああ、花の五重マル』
                


 夏休みの宿題が返ってきた。五重マル。これはいい。でも赤ペンの評でガックリきた……。

 戦争について調べ八百字程度で、作文を書きなさい。これが宿題のタイトル。

 戦争、それも夏というと、太平洋戦争の終戦、原爆……ぐらいしか、思い浮かばなかった。
 お父さんもお母さんも、昭和四十年代生まれなんで太平洋戦争のことは知らない。
 お爺ちゃん、お婆ちゃんも昭和二十年代生まれなんで、せいぜい、三丁目の夕日だ。

 一日延ばしにしているうちに、お盆になった。お盆に施設に入っている大爺ちゃんの、お見舞いに行った。
「太平洋戦争……ああ、大東亜戦争やな」
「ダイトウワセンソー?」
「ダイトウアセンソウや」
「大爺ちゃんは、戦争いってたの?」
「いきそこないや。飛行時間二十時間で終戦や。あと十時間も乗ってたら特攻にいってたやろな」
「特攻……?」

 大爺ちゃんは、頭はしっかりしてるけど、体力がない。酸素吸入をしながらの話は、それでおしまいだった。
 ただ、あたしに何かを伝えようとして、目の前で、しばらく両手を動かしていた。意味は分からない。

 マユは、パソコンで『戦争に関する感想文』というのをマルマルコピーして、ちょこっと言葉を変えるだけで出すといってた。
 あたしは、ダイトウアセンソウと特攻がキーワードだった。で、そこからアクセスしてみた。

 びっくりした。はじめて大爺ちゃんの口から聞いた大東亜戦争が正解だった。太平洋戦争というのは戦後アメリカが強制的に呼ばせた言い方で、日本では、戦争に負けるまで大東亜戦争だった。それに、アメリカと戦争をする何年も前から中国と戦争をしていて、それも含めての言い方だと知った。

 特攻は、サイトのどの文章も難しいんで、ユーチュ-ブを見て、そのまま感じたとおり書こうと思った。

 日本の飛行機がアメリカの船につっこんで、爆発するのや、飛び交う弾丸の中で空中分解するのや、海につっこむの、なんだか、おちょこでお酒飲み合って、飛行機に乗っていくとこ。なんだか、画質は悪いけど、ゲームのCGの感覚だった。

 そんな中、二つのショッキングな特攻の動画を見た。

 共通点は、どちらも積んでた爆弾が不発だったこと。でも、結果がまるでちがう。死ぬってとこではおなじなんだけど、違う。そして同じなんだと思った。

 一つは、戦艦に見事に体当たり。でも爆弾は不発で、戦艦の甲板で、飛行機はバラバラになり燃え上がった。積んでいた飛行機の燃料に引火したんだ。そして、かたわらには、飛行機から投げ出された、日本のパイロットの亡骸。乗組員は蹴って海に落とそうとするが、艦長が、それを止めた。
「彼は命をかけて、この船につっこんできて、いま神に召されたんだ。見事な軍人だ、礼節をもって弔え」
 それで、その戦艦では、アメリカ式に乗組員が並び、弔いのため弔砲(ムツカシイ言葉だけど調べた)を撃ち、シーツに赤丸を描いた日の丸に包まれた遺体を丁重に水葬にし、みんなが敬礼で見送った。

 もう一つは、航空母艦に突っこんで不発。飛行機は甲板を滑って海に落ちた。そしてパイロットが生きたまま浮かび上がり、乗組員に手を振って救助を願った。
 で、次の瞬間、そのパイロットは、航空母艦の機銃で撃ち殺された……。
 ライフジャケットを着ているので、遺体は沈まない。ぐったりのけ反ったまま、自分の周りの海面を真っ赤に染めて、遺体は流れ去って行った。

 ショックだった。

 同じアメリカ人が、こんなに違うことをすることを。大爺ちゃんが、当時は同じような若者で、一つタイミングが違えば、同じように死んで、今のあたしたちが存在しなかったであろうことが。
 落ち着いて、もう一度ずつ見た。両方とも同じだということに気がついた。
 方や、騎士道精神に則った美しい行為。方や、復讐心がさせた無防備な者の虐殺。

 これは、戦争という異常事態での、異常心理の表と裏だ。わたしは、こんなことが戦場のあちこちで、それぞれの国の中でも、様々な異常心理があったんだろうなと想像した。幼いながら、なにかとんでもないものが背景にあるような気がした。もっと勉強しなければと思った。


 先生の評は、こうだった。

 この悲劇を起こしたのは、当時の日本です。そこを見据えて、戦争の真実をとらえ、勉強しようという思いは、立派です。がんばろう! 大東亜戦争は間違いです、太平洋戦争。言葉は正しくおぼえよう。

 東京オリンピックが終わって一年がたつ。オリンピック景気が去って、少し日本の経済は冷え込んだ、しかし内戦が起こったり、餓死者がでたりということは、笑っちゃうけど、ありません。今期に入った経済の短観でも、失業率も回復の傾向だ。
 あたしは、W大学のマスターになり、アメリカの留学生といっしょに、大東亜戦争の経済的背景と民族的問題に頭を捻っている。アメリカ人の相棒の口癖はは、「トルーマンのクソ野郎」である。あたしは、あの夏の日、大爺ちゃんが苦しい息の中、両手で表現しようとした何事かを、時々手だけ真似てみる。分かるのは何十年も先かもしれない。

 電子新聞の片隅に『オリンピック不況を招いた政府を糾弾!』という前時代的な集会の記事が出ていた。壇上のオッサンが気になって、指で拡大、九秒の動画にして分かった。

 あの、東京オリンピックが決まった秋に、五重マルをくれた中学の先生だった……。

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高校ライトノベル・『夏のおわり・3』 

2018-05-20 06:40:21 | 小説4

 


『夏のおわり・3』

       


 さんざん絞られてカスカスのレモンのカケラみたくなって駅への坂道を歩いていた。

 と、前から来た車にクラクションを鳴らされた。

「あ……」

 運転席でニヤニヤと手を振っているのは、今朝、ホームで「失礼な子ね!」と、あたしを罵倒したニューハーフのコイトだった。あたしは、招き猫に寄せられるように、車のドアに寄った。

「あんた、ほんとは……トイレ……行きたかったったのよね?」

 で、気が付いたら、コイトの車に乗って、コイト御用達のファミレスに向かっていた。一応、誤解で怒鳴ったことへのお詫びで、お昼をご馳走になることになってしまった。
 途中、交差点なんかで停まると、何人も人が振り返り、シャメまで撮る人が、かなり居た。やっぱ、売れっ子のタレントは違うと思った。
「分かるなあ、夏休みが終わったばかりで、体がついてこないのよね」
「ええ……」
「で、必死で気持ちをそらそうとして、覚えたエクスプレスとかがテストに出たんだ」
「でも、そこだけだったから……」
「で、先生に絞られて、フリーズドライにされたレモンみたいになって歩いてたんだ」
 コイトは、実に聞き上手で、これも気づいたら、みんな喋らされた。
「そりゃそうよ、あたしもマスコミでチョイ売れするまでは、お店に出てたんだから、ノセ上手の聞き上手。ね、よかったら、これからラジオの収録やるの。夏、放送局って行ったことないでしょ?」

 で、今度は放送局へ行くことになった。

 放送局の地下の駐車場で、初めて乗っていた車に気が付いた。
「ゲ、この車って、お尻ないんですね!?」
「やっと気づいた? これ、ホンダN360Zっていってね、通称水中メガネ。40年前の超レアな車よ。お尻がカワイイから、みんな注目してくれるしね」
 みんなが注目してくれていたのは、コイトが注目されていたからじゃないんだ。
「失礼ね。五人に一人ぐらいは、あたしに注目してるからよ」
「あ、あたし、何にも言ってませんけど……」
「夏はね、あたしとの相性がいいの。思ってることの半分は、黙ってても分かるわ」
「でも、今朝は誤解でしたけど」
「あれはね、二日酔いで朝帰りだったから。あれから十分寝たから、シャッキリよ。おはようございまーす(受付のおじさんに挨拶)こっちよナッチャン。あ、ちょっと待っててね」
 
 コイトは、先に部屋に入って、エラソーな人とちょっと話してすぐに出てきた。

「おいで、ナッチャン。せっかくだから、ラジオの収録経験しとこ」
「え、あ、うん……失礼しまーす」
 エライサン含め、ゴッツイ機械の前に二人のスタッフとおぼしき人がいた。みんなニコニコ迎えてくれて、「よろしくね」なんて言われて、嬉しくなって、そのままゴッツイドアをあけて、八畳ほどの部屋に入った。
 コイトと向かい合わせの席に座らされた。目の前にマイクがぶら下げられていて、さらにその前に金魚すくいの親玉を黒くしたようなのがある。
「自分が喋るときは、この電車のアクセルみたいなの前に倒すの。ここ肝心ってか、ここだけ覚えときゃいいから。で、このヘッドホンみたいなのしといてね。挿入曲とか、ブースからの指示とかは、ここからくるから」
「本番、三十秒前です」
 ヘッドホンから聞こえてきて、急に緊張してきた。コイトがそっと手を重ねてくる。目が「大丈夫」と言っている……。

「ただいまあ」

 いつものように、家に帰ると、お母さんが鬼みたいな顔して、リビングから飛び出してきた。
「夏、なんで、あんたがラジオの生番組出てんのよ!」
「え……?」

 奥のソファーでは、お婆ちゃんが、死にそうになって笑っていた……。

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