大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

銀河太平記・042『扶桑城大手門』

2021-04-25 09:41:07 | 小説4

・042

『扶桑城大手門』ヒコ   

 

 

 扶桑国の首都は扶桑府と呼ばれる。

 国家なのだから、首都は都(と・みやこ)と呼ばれるべきなのだろうけど、建国以来『府』の呼称で通している。

 都とは帝(みかど)の所在地を示す呼称だ。

 扶桑国の元首は征夷大将軍なので都という呼称にはしなかったのだ。

 旧宗主国の日本では「扶桑府? じゃ、首都はどこなの?」と聞かれる。

 聞かれた時は、今のように答えるのが一般的だ。

 

 さらに突っ込まれると、以下のように答える。

 

 扶桑国の政体は幕府で、元首は征夷大将軍。そして、将軍職は旧扶桑宮家である扶桑氏の世襲だ。

 初代の扶桑一仁(かずひと)様は『古来、征夷大将軍に任ぜられた者が皇統に復帰したことは無い』ことを強調された。

 つまり、宗主国である日本で皇統を巡る争いごとが起こっても、扶桑将軍家の者が関与することはあり得ないということを宣言したに等しい。

 大和朝廷の昔から、天皇に就けるのは宮家を除いて五世孫までとされている。つまり五世代遡れば皇位に就けるという意味でもある。五世代と言えば、時間的には100年から150年の幅になるだろう。

 だれも、100年や150年先のことは予見もできないし責任も持てない。

 歴史的には、第二十五代武烈天皇の没後、血統が途絶えてしまい、はるばる越の国から応神天皇の五世孫を迎え入れて継体天皇としている。国家分裂の危機にはならなかったが、かなり悶着があったようで、継体天皇は長く都である飛鳥の地を踏むことができず、没後の陵も飛鳥どころか奈良でさえない摂津の高槻に造営されている。先代である武烈天皇は歴代天皇の中でも最も悪逆非道な天皇ということにされて、皇位継承ギリギリの資格しか持たない継体天皇の即位がいたし方のないことであったと強調されている。

 日本書紀に書かれた武烈天皇の伝説に以下のようなものがある。

 死刑を宣告された罪人の爪を剥がして、素手で穴を掘らせる。罪人は、穴を掘ることで罪を軽減してもらええると、血だらけになって穴を掘るが、堀終わったところで、改めて死罪を言い渡して、自ら掘った穴に投げ込まれる。

 罪を犯した者を木に登らせ、天皇自ら矢を射かけて殺してしまう。

 ある日「赤ん坊というのは、腹の中ではどんな様子なのか?」という疑問を持ち、飛鳥の村から臨月間近の女を連れてこさせ、生きたまま腹を切り裂いて胎児の様子を見た。当然母子ともに、その場で亡くなった。

 むろんでっち上げだ。

 かくも、悪逆な天皇であったので、直系の血統が絶えて、縁の薄い継体天皇を迎えたことは致し方のないことだったということにしたかったのだ。

 そういう悲劇や騒乱が起こさないために、一仁さまは、火星の植民地を幕府という政体にして、自分と、その子孫が宗主国の皇位争いに巻き込まれないようにしたのだ。

 宗主国の日本は、令和の昔から何度か女系天皇の成立を取りざたされ、じっさい今上陛下は、2800年の皇統の中、初めての女系女性天皇として即位された。

 とたんに、天狗党などの不穏な者たちのテロ活動が起こり始めた。

 僕たちの修学旅行中に靖国ご参拝の陛下の車列が襲われたことなど記憶に新しい。ミクのパスポートが盗まれたり、学園艦が破壊されたことなども、その余波と言って差し支えないだろう。

 しかし、現状で扶桑国や扶桑将軍が巻き込まれていないのは、初代一仁さまがお創りになった扶桑幕府の国家的な性格にあることは疑いが無い。

 

 扶桑国の幕府的性格は、制度だけに留まらない。

 総理を大老、大臣は老中、長官は若年寄、あるいは奉行という呼称にもあらわれているし、目の前に迫りつつある扶桑城も幕府そのものだ。

 規模こそは江戸城の1/4に過ぎないが、五層の天守閣は建国以来扶桑の街のシンボルだ。創建当初は扶桑将軍のアナクロニズムだと日本では揶揄されたが、国の内外に扶桑国の有りようを明確に示している。

 

「フワ~~~~ ヒコ、それぐらいでいいだろ」

 ダッシュがノドチンコまで見えそうな大あくびをしながら苦情を言う。

「ヒコの気持ちは分かるけど、そんなお堅い動画、見るやつ居るのかねえ」

「いいじゃないか、取りあえずだ。取りあえずサイトにアップしておけば、あとは修正していけばいいんだ。まずは行動を起こすことだ」

 火星に戻ってから、僕たちなりに記録を残すことにした。

 半分で切り上げざるを得なかった修学旅行だったけど、地球と火星を巻き込んで大きく歴史が動き始めたという実感がある。なにができるというものでもないけど、取りあえずは記録に残すことだ。

 そう思い立って、お城に呼ばれたことを好機に『扶桑通信(仮称)』という動画を作ることにして、大手門の前でミクとテルを待ちながらカメラ機能にしたハンベを回している。

「お、ミクたち来たぞ」

 大手筋の一丁前の角を曲がって自転車が走って来るのが見えた。

 心理的麻酔が切れているだろうから、ちょっと心配はしたんだけれど、砂埃を上げて驀進してくる自転車を見る限り、その心配は杞憂であったようだ。

「ごめーーーん、待たせちゃったあ!?」

「いや、動画撮るんで早めに来てたんだ。二人とも元気そうでなによりだ」

「あったりまえよ、上様のお呼びもかかってるのに、しけた顔してられねえちゅうのよ!」

「うん、ミクの胸揉んで元気絞りだしてきたしい(^▽^)/。まだ足りないよ―なら、君たちも揉んでいいのよしゃ!」

「それじゃ、遠慮なく」

「くんな、変態!」

「よいではないか、よいではないか~(#^0^#)」

「おい、おまえら」

 面白そうだが、止めざるを得ない。

 大手門から若年寄さまが秘書を伴って出てきた。

「扶桑三高の生徒だな」

「はい、扶桑第三高校の穴山彦です」

「同じく、大石一です」

「同じく、緒方未来です」

「同じく、平賀照でしゅ」

「よし、上様は馬場で馬に乗っておられる、自転車のまま参るようにとおっしゃっている、そのままで行きなさい」

「了解しました……お父さん」

「控えろ、ここでは若年寄と高校生だ」

「下城されるんでしょ、ここは大手門の外でもありますし」

「勤務中だ。昼飯を買いにコンビニに行く途中だ」

「失礼しました」

「うむ」

 父が歩き出すと秘書の石田さんが耳打ちしてくれる。

「わざとですよ」

「うん、ありがとう」

 分かっている、公私の区別にうるさい父だ。一昨日から勤番の父は、こうでもしないと息子の顔も見に来れないんだろう。

 いや、ひょっとしたら、これも上様のお気遣いなのかもしれない。

 僕たちは、規則通りに自転車を押して西の丸の馬場を目指した。

 

※ この章の主な登場人物

  • 大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
  • 穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
  • 緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
  • 平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
  • 姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
  • 児玉元帥
  • 森ノ宮親王
  • ヨイチ               児玉元帥の副官
  • マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス バルス ミナホ ポチ)
  • アルルカン             太陽系一の賞金首

 ※ 事項

  • 扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
  • カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
  • グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
  • 扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信

 

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ライトノベルベスト〔2元1次連立方程式・1〕

2021-04-25 06:04:02 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト

〔2元1次連立方程式・1〕  




「それでは、今日は、これで終わります。気を付けて帰れよ」

 佐藤先生は、そう締めくくった。いつもの通りなんだけど物足りなさを感じた。
 今日はいつもの阿倍野先生はテレビ出演でお休みで、若い佐藤先生が代講だった。若いというだけで教える技量に遜色はない。学校で理解できなかった微分・積分の基本が良く理解できた。これで明日から数学に悩まなくて済むだろう。

 でもなにか物足りない。

「それは、あれをやらなかったからよ」

 不二子が秘密めいて言った。ちなみに不二子という、ちょっと古風な名前は親の趣味らしい。ルパン三世の峰不二子から来ている。ちなみに苗字は当然のごとく峰だ。名前にたがわずの美貌と知性に運動神経も人並み以上に優れている。ボクは古畑……任三郎とくればさまになるのだけど、拓馬と釣り合わない。保育所のころ苗字と名前をいっしょに言うと「ふるあたたっくま」になって、みんなから笑われた。
 勉強も見場も運動神経も人並みか、それ以下。だから、今の不二子の答えが分かるのに十秒ほどかかった。

「あ、そうか2元1次連立方程式やらなかったよな」

「ハハハ、拓馬らしい反応速度ね」
 不二子が笑った。阿倍野先生は、講義の終わりに簡単な2元1次連立方程式の問題を出す。中一の初歩なんで、誰でも簡単に解く。不二子なんか暗算で即答だ。
「あんなことでも、やらないと違和感だな」
「まあ、これも個性よ。佐藤先生、阿倍野先生のコピーみたいに教え方ってか、話し方までいっしょなんだもん。コピーじゃつまんない」
 と、ニベもない。

 ボクと不二子は帰り道が一緒だ。

 中学が同じだったから、当然と言えば当然。で二駅電車に乗ったあと、ちょっと方角は違うけど、不二子を家まで送っていく。そんな必要は、ほとんどないけど習慣と言う名の、ボクのささやかな楽しみ。不二子みたいな子とデートみたいに歩けるなんて、それも人気のない道を二人っきり。めったにあるもんじゃない。でもけして不二子にコクったりはしない。不二子は阿部寛のファンだ『テルマエロマエ』なんて娯楽作品から、シリアスなドラマまで観ている。子どもの頃に観た『坂の上の雲』がファンの馴れ初めだというのだから恐れ入る。

 ボクは、先生や親からも学校の特別指定校推薦で進学するように言われてきた。

「拓馬って、本番に弱いからさ。特推にしとけ特推に!」

 それを一般入試にこだわっているのは、こうやって、不二子と週に4回10分、塾の出口からだと25分ほどいっしょに居られるからだ。
 不二子は、中学からの友達として付き合ってくれている。それ以上でも以下でもないのは、鈍感なボクでも、微妙な距離の取り方で分かる。不二子との距離は50センチが限界だ。ごくたまに電車が混んでいて、30センチくらいになることがあるけど、ボクはドキドキするし、不二子は視線を逸らす。だから50センチ。今もそれを守っている。

 不二子の家に着く半ばあたりで80メートルほど産業道路の歩道を歩く。人気は無いと言っていいけど、車の往来が激しくて、時々50センチのタブーを破らなければ会話できないこともある。そんな時は「え?」てな感じで顔を寄せてくる。シャンプーだかリンスだかのいい香りがする。状況は、時に物理的距離を縮めてくれる。

 でも、この日は違った。気づいたらシャコタンのローリング族みたいな車が二台歩道まで乗り上げて、ボクらの前後を塞いだ!

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真凡プレジデント・63《真凡の絶体絶命》

2021-04-25 05:50:12 | 小説3

レジデント・63

《真凡の絶体絶命》    

 

 

  

 何が起こったのか分からない!

 

 信号待ちのわたしの前に、スッとオフホワイトのワゴン車が停まり、ドアが開いたと思うと引っ張り込まれた!

 目隠しされる直前に、車の窓越しに横断歩道の向こうで待っている三人が一瞬見えた。

 窓枠が額縁のようになっているせいかもしれないけど、三人ともとってもいかして見える。

 犯人たちの手際が良すぎるために、恐怖の感覚がついてこないんだ。

 

 そして、口と鼻に押し当てられたハンカチの刺激臭……そこで意識が途切れた。

 

「気が付いたかい?」

 意識が戻ると、どすの効いた声でドラえもんが言った。

 なぜか、ドラえもんは横倒しだ。

 ……なんでドラえもん?

 目隠しは外されていたけど、手足のいましめはそのままだ。

 どうやらコンクリートの床に転がされて……だから立ってるドラえもんが横倒しに見えて……ドラえもんは50インチほどのモニターに映された映像だと分かる。

 わたし、ドラえもんに拉致られた?

 じゃ、共犯はのび太? ひょっとしてしずかちゃんと間違われた?

――お姉ちゃんの美樹と間違えたんだよ――

 え、なんで?

 一瞬思って気が付いた。今日のわたしは上から下までお姉ちゃんのグッズで固めてるんだ、ご丁寧に頭には毎朝テレビのキャップ。

――帽子と靴が決め手だったんだがな……妹だとは、ここに着いてからも気が付かなかった。眠らせたのが失敗だった、意識が無い状態じゃ区別がつかなかったよ――

 ここはどこ?  

 空気を吸っただけで声にはならない。まだ、薬の効き目が残っているんだ。

――声が出ないのはショックからだろう、だって「お姉ちゃん」とはうわ言で言えるんだからな。もっとも、うわ言がなければ妹だと気づくのに、もうちょっと時間がかかったろうけどな――

「……だ……だ……だ、だれ?」

――見ればわかるだろ――

 ドラえもんだとは分かっているが、これは単なるアバターだ、声が怖すぎる。

――おまえは見ても、よく分からない。姉に似すぎているんで、お前自身の印象が薄いんだ。大変だよな、偉い親やら姉妹を持つとよ。ま、その点で、ちょっと同情したんでな。じゃ、そろそろいくぜ……――

 ドラえもんは、きざったらしく片手をあげるとハードボイルドのヒーローのような挨拶をした。

「ま、待って、ドラえもん!」

――ん?――

「待ってよドラえもん! こんなところに置いてかないで」

――おちょくってんのか?――

「だって、アバターを使ってるんでしょ、誰だか分かんないけど」

――どんな目ぇしてるんだ! これはゴルゴ13だぞ! え、え? あ、間違えた!――

 

 次の瞬間、モニターの画像が切れて、本格的に置き去りにされてしまった。

 

 わたし、絶体絶命……!?

 

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
  •  橘 なつき    中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
  •  藤田先生     定年間近の生徒会顧問
  •  中谷先生     若い生徒会顧問
  •  柳沢 琢磨    天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
  •  北白川綾乃    真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
  •  福島 みずき   真凡とならんで立候補で当選した副会長
  •  伊達 利宗    二の丸高校の生徒会長

 

 

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やくもあやかし物語・75『自習時間、教頭先生の話から・2』

2021-04-24 08:57:13 | ライトノベルセレクト

やく物語・75

自習時間、教頭先生の話から・2』    

 

 

 時間の最後の方は理科的な話に戻った。

 伊豆半島はや琵琶湖は、やがては本州を突き抜けて日本海に出てしまうとか、北米大陸プレートと太平洋プレートの境目を糸魚川静岡構造線とかフォッサマグナとか言って、発見したのがナウマン象の化石も発見したナウマン博士とかのお話をして、生徒の理科に対する興味を煽っていらっしゃった。

 授業時間が終わって起立礼をしたあとも、興味のある男子たちが教壇に寄ってきて話が続いている。

 さすがは教頭にまでなる先生だと感心する。

 感心しながらも、わたしは起立礼を済ませると、急ぎ足で教室を出た。

 べつにおトイレを我慢していたわけじゃないよ(^_^;)。

 職員室に通じる階段の下で教頭先生を待ち受けるため。

 休み時間が半分ほどになって、教頭先生は一階まで下りてこられた。

「すみません、教頭先生……」

「きみは……」

「はい。小泉って言います。さっきの自習時間、先生のお話を聞いていて質問があるんです」

「んと……もうすぐ次の授業だねえ。じゃ、昼休みに職員室にいらっしゃい。十分くらいなら相手をしてあげられる」

「は、はい。じゃ、昼休みに伺います!」

 そう約束すると、階段を駆け上がって教室に戻る。男子たちは、まだ半分ほどが話に夢中になっている。教頭先生の影響力は大したもんだ。

 

「よろしくお願いします」

 さっさとお昼を済ませて職員室を目指す。

 二階から一階に下りる踊り場、いっしゅんガラスの向こうに染井さんと愛ちゃんが見える。

 二人とも、こっちを見てピースしている。

 いつもだったら「なあに?」とか話しかけるんだけど、教頭先生と約束があるので、二人の方にピースサインを返して階段を駆け下りる。

 

「じつは、見えるんです、わたし……」

 教頭席の横に丸椅子を置いてもらって、腰掛けるなり切り出した。

 その話し方で、教頭先生は頭を巡らせたのが分かった。この子とは、どの程度の話をするべきか……と。

「えと……なにが見えるのかな?」

「あやかしです」

「うん……それは、どういう?」

「先生がお話になっていた二丁目断層……そのあたりに出る……あやかしたちです」

 わたしは身を乗り出して、二丁目断層の近くに現れるあやかしたちの話をした。

 一丁目地蔵 ペコリお化け メイドお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん 染井さん……

「そうか、小泉さんは感受性が豊かなんだねえ(^_^;)」

「本当に見えるんです」

「…………」

 先生は推し量る眼差しになった。

 これは予測していた。

 生徒が自分の話に影響されてオカルトめいたことを言ってきた。そういう話に真正面から対応しては問題があると思っていらっしゃる。

 だからこそ、自習時間もあやかしめいた話は、ほんの五分ほどに留めて、後半は学問的な話に戻したんだ。

 実証不可能なオカルト話を前面に出すことはセクハラと同じくらいに問題になりかねない。そういう意識が働いて、受け流そうとされているんだ。

 これも、予想の内。

『先生、わたし、声に出していません』

「え?」

 先生は虚を突かれた顔になった。

 あやかしたちと話す時は心でするんだ。声に出すことは無い。声に出すと普通の人間には怪しく思われる。

 だから、いつの間にかついた習慣。

 その心の会話のやり方で教頭先生には話している。ただし、口パクはやっているから、教頭先生にはわたしが普通に話しているように感じられるんだ。

 ちょっとハメてしまったみたいだけど、短時間で理解してもらうには、これが手っ取り早い。

『そうか、小泉さんは分かる人なんだ』

『はい、先生、外の景色見てる感じで話しませんか?』

『そうだね、先生たちが不思議に思うね』

『わたし、嬉しいんです。わたしと同じ人間が学校に居るって分かって』

『小泉さんは、どういうふうに見えてるの? たとえば、その植え込みの向こうにソメイヨシノの精がいるんだけどね、わたしには白い人影に見えている』

『あ、染井さんですね』

『染井さん……』

 さすがは教頭先生、わたしの『染井さん』のニュアンスが同性の友だちを呼ぶような言い方なのに気が付いている。

『はい、わたしと同じ制服姿です。いっこ学年上の先輩って感じです』

『わたしより鋭いみたいだね』

『あ、いま愛さんが来ました、染井さんの後ろ』

『愛さん? ああ、銅像の霊だね……昔の校長先生の霊だと思うんだけど』

『女生徒です、昔の制服ですけど』

『校長先生が?』

『奥さんが「あの人は目立つことは苦手でしたから」とおっしゃって女生徒の像になったんです』

『うん、そうだね。学校の五十年雑誌にも、そう書いてあったね……でも、中身は……』

『いろんな思いが凝って精霊化したみたいですよ』

『そうなのか……』

 わたしは、ちょっと得意になってきた。

 だって、あきらかに、わたしの方がハッキリ見えている。

『二人とも、喜んでくれています。先生とわたしが通じ合えて』

『そうみたいだね』

『エヘヘ』

『じゃ、小泉さん……』

『はい?』

『屋上の黒い影は見えている?』

『え……屋上の黒い影?』

『これは見えていないのか……』

 教頭先生の目が険しくなって、外の染井さんと愛さんがソワソワし始めた。

 

☆ 主な登場人物

  • やくも       一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生
  • お母さん      やくもとは血の繋がりは無い 陽子
  • お爺ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
  • お婆ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
  • 教頭先生
  • 小出先生      図書部の先生
  • 杉野君        図書委員仲間 やくものことが好き
  • 小桜さん       図書委員仲間
  • あやかしたち    交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅 春一番お化け
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ライトノベルベスト・女子高生で売れないライトノベル作家をして いるけれど……

2021-04-24 05:56:03 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト  

 

女子高生で売れないライトノベル作家をして いるけれど、年下のクラスメイトでアイドルの女の子に首を絞められている      
 
        


 女子高生で売れないライトノベル作家をして いるけれど、年下のクラスメイトでアイドルの女の子に首を絞められている。

 この現実離れした状況はなんだ?

 あたしは、本格的な小説家になるために、半年間アメリカに居た。

 これも現実離れしている。女子高生で、小説家になるためにアメリカへ……そんなのめったにいないよね。
 
 ちょっと冷静に整理してみる。

 うちの隣の渡辺さんちに交換留学に来ていたアリスと仲良くなった。
 アリスは、変わった子で、アメリカ人なのに日本語ペラペラ……ちょっと珍しいけど、そんなに珍しくもない。
 このアリスが六十二年前の大阪弁を喋ると言ったら、少し珍しい。
 これが、動機の最初。なんでアリスが六十年以上前の大阪弁を喋るかと言えば、アリスに日本語を教えてくれたのがTANAKAさんという、アリスの隣のオバアチャンだから。

 TANAKAさんのオバアチャンは、当時進駐軍と言われたアメリカ軍専用のPXという売店で、片言の英語を喋りながら売り子をしていた。
 売店といってもスゴイ物で、百貨店をまるまる接収してアメリカ軍専用のデパートにしたものだ。でも、アメリカ軍の軍事施設の分類では、PX(post exchangeの略)になる。占領軍というのはなんでもあり。
 そこによくやってくるアメリカの大尉さんと仲良くなり、結婚して六十二年前にアメリカに渡った。当時としては非常に珍しいことで、新聞に載ったらしい。

 でも、若きTANAKAさんの幸せは長続きしなかった。

 大尉の旦那さんが、朝鮮戦争で亡くなったのだ。

 旦那さんの両親はTANAKAさんに冷たくあたり、家を放り出された。で、アメリカの苗字を失ってTANAKAの旧姓に戻り、シカゴのデパートで一年契約の店員をしながら暮らすことになった。

 でも、TANAKAさんのお腹の中には赤ちゃんがいて、臨月が近づくと仕事もままならず、一時はお腹の中の子と一緒に自殺しようと思った。

 TANAKAさんは日系のアメリカ人に助けられて、なんとか女の子を産んだ。そして、皮肉なことに、朝鮮戦争の休戦後の捕虜交換で、旦那の大尉が生きて帰ってきた。大尉の親は、TANAKAさんが死んだことにして、お墓まで作っていたんだって

 すっかり信じ込んだ大尉は、傷心の果て、アメリカ女性と再婚。サウスダコタとシカゴに別れ、そうとは知らずに、同じアメリカで五十年暮らし、十二年前に再会した。

 互いに再婚相手には死なれていた。

 周囲の人たちや、二人の間に生まれた娘は、もう一度の再婚を勧めたが、二人は、良き友として、残りの人生を生きることにした……。

 これは、TANAKAさんのオバアチャンの話の、ほんのデテールに過ぎないんだよ。

 アリスからは、何度にも分けてTANAKAさんのオバアチャンの話を聞いた。
 感動した文学少女であるあたしは、これを小説にしようと、アメリカへの交換留学生制度を利用して、アメリカに渡り、TANAKAさんのオバアチャンからも話を聞いて、勉強のかたわら、プロットとしてまとめた。

 で、あまりに熱中しすぎて、勉強が疎かになり、単位をいくつも落としてしまった。

 アメリカはシビアな国で、たとえ交換留学生であっても、単位不足は情け容赦なく落とされる。

「うそやん、そんなやつ、千人に一人ぐらいしか居らへんで!!」

 アリスは、これ以上驚きようがないほど目を剥き、鼻を膨らませ、ノドチンコが見えるほど口を開けて驚いた。

 でもって、呆れられた。

 勘のいい人は、このあたりで分かると思うんだけど、あたしは留年生として、日本に帰ってきた。当然学年は一個下がってしまう。
 で、そのクラスににアイドルがいた。AKR47の駆けだしだけれど、人類の小分類で言うとアイドルの女子高生ということになる。

 でもって、こいつが、あたしの妹だというところに決定的な問題がある。

 あたしにとってではない。妹にとって問題なのである。留年生の姉が同級生になるなんて、ヘタをすればゴシップである。

 で、首を絞められながらも「これは、小説……ラノベのネタになる」と思ったんだ。

 ノーパソのキーを叩こうと……悲しい作家の性(さが)……ああ……息が……息が…………が…………(;゚Д゚)

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真凡プレジデント・62《ひまわり模様のワンピ》

2021-04-24 05:34:04 | 小説3

レジデント・62

《ひまわり模様のワンピ》     

 

 

 

 ちょっと子どもっぽいんだけど、構わない!

 

 三人の私服は大人を感じさせる。

 綾乃はモテカワのカットソーに虹色キュロット。

 みずきはオールディーズ風水玉ワンピ。

 真凡はパステルピンクのキュロットに淡い水色のカットソー、その上にオフホワイトのボレロ。姉の美樹さんのだと見当はつくけど、似合ってるということは、真凡に、それだけの大人の魅力あるということよ。

 わたしは、ひまわり模様のワンピ。

 中学でグレてたとき、お盆休みの旅行の為に買ってくれたんだ。

 パートの篠田さんや、バイトの女の子もいっしょに行くはずだった。

 前の晩からブッチしてたわたしは、けっきょく帰らずに、いっしょに行かなかった。

――探した方がいいですよ――

 心配顔の篠田さんを――だいじょうぶ、だいじょうぶ――お呪いみたいに明るく言って予定通りの二泊三日に出かけた。

 二日日目の夜に家に戻って、ひまわりワンピが、そのまま長押に掛けてあって、ポケットに宿泊先の電話番号と行き方を書いたメモ、それに運賃の諭吉が一緒に入っていた。

 

 それっきりになってたワンピなんだけど、今日のケーキバイキングに着ていくことに決めた。

 

 決めたんだけど、きまりが悪くって言い出せずにバッグに入れて学校まで持ってきた。

「似合ってるじゃん、そうだ、みんなで写真撮ろう!」

 真凡の提案で写真を撮った、四人一緒と一人のと。

「いやー、こういう写真を撮ろうと思うのも、暑い中エアコンつけてくれた柳沢先輩のお蔭ね。そうだ、先輩に写真送っておこうか!?」

 企んでやったわけではないんだろうけど、真凡のこういうところはプレジデントの器だと思う。

 おかげで、自然な形でお母さんに写真を送れた。

 折り返し――てっきりメルカリに出されたのかと思った――のメールには、ランチタイムの忙しさを楽し気に働くお母さんの写真が添付されていた。

 やっぱ、殊勲賞だよ真凡は!

 

 その真凡が、信号を渡り損ねた。

 

 横断歩道を挟んでバツ悪げに佇む真凡。

 その真凡の前をオフホワイトのワゴンが一瞬停まって、動き出した時には真凡の姿が無かった……

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
  •  橘 なつき    中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
  •  藤田先生     定年間近の生徒会顧問
  •  中谷先生     若い生徒会顧問
  •  柳沢 琢磨    天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
  •  北白川綾乃    真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
  •  福島 みずき   真凡とならんで立候補で当選した副会長
  •  伊達 利宗    二の丸高校の生徒会長

 

 

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かの世界この世界:182『黄泉の国を目指す神々の会・2』

2021-04-23 08:48:08 | 小説5

かの世界この世界:182

『黄泉の国を目指す神々の会・2』語り手:テル   

 

 

 歩いていくと言うのか!?

 

 いざ出発という時になって、波打ち際に向かって歩き出すイザナギに驚いた。

「ああ、この世界は生まれたばかりで、交通手段がない。すまんが、歩いて行くしか手がないんだ」

 たしかに、オノコロジマは巨木のようなアメノミハシラが太ぶとと突っ立っているだけの島で、海の向こうの陸地はイザナギ・イザナミ二人が産んで間もない裸の土地が黒々と続いているばかり。

 所どころに煙が立ち上っているのは、イザナギが切り刻んだ火の神の欠片が燻っているところだ。

 ようく見ると、それでも木々の緑が萌えはじめているところがあって、やがては豊かな森林地帯になりそうだが、道らしきものや人里らしきものの気配は無い。

「はてさて……」

 ブァルキリアの姫騎士は、岩場の高みに駆け上って腕組みをする。潮風に髪を嬲らせ、彼方の陸地を睨んで思案の姿はあっぱれ美丈夫の勇姿……ムヘンの流刑地で初めて見た時は退嬰して、満足に舌もまわらない少女だった。不覚にも軽い丈息が出るほどに感動してしまう。

「やはり、イザナギ殿が言われるように地道に歩くしかないようだ……そこここにクリーチャーやモンスターの気配がする。覚悟してかからねばな……ん、なんだテル?」

「いや、相変わらず男前な姫君だと感心していたのよ」

「な、なにを下らにことを。さ、まいろうかイザナギ殿」

「呼び捨てのイザナギで結構、わたしもヒルデ、テルと呼ばせていただくことにするからな」

「そうか。では、イザナギ、わたし達は空を飛ぶことができる。きみ一人なら背負うなり、ぶら下げるなりして行くことができる。空を飛んでいかないか?」

 軽々と岩場から下りてきてヒルデが提案する。うる憶えのわたしでも、黄泉の国がオノコロジマの近くではないことぐらいは分かっている。黄泉の国は日本海側のどこかであったはずだ。当然、海を渡らなければならないし、中国山脈も走破しなければならない。

 まず、なにより目の前の海を、飛ぶこともせずに、どうやって渡ると言うのだ?

「歩いて行くんだ」

「「「歩いてえ!?」」」

「そんなに難しいことではないよ」

「いや、難しいだろ」

「というか、不可能だ」

「でも、おもしろそう(^▽^)/」

 わたしとヒルデがいぶかる中、ケイト一人が無邪気に目を輝かす。

「そう、面白いよ。右足を出して、それが沈まぬうちに左足を進め、左足が沈まぬうちに右足をという具合に交互に進めて行けば歩いていける!」

「うん、やってみよう!」

「ま、待て。仮に歩くとしても、事前にルートを確認しておかないか」

 せっかく奮い立たせた覚悟をくじかれて、それでもヒルデは自分が仕切らなければならないと我々の顔を見る。

「そうね、ケイト、そこの木の枝を拾ってちょうだい」

「うん、どうぞ」

「えと……オノコロジマがここだから……」

 わたしは砂浜に木の枝で、おおよその西日本の地図を描いた。オノコロジマは淡路島の東に想定されているはずだ。

「なるほど、これがわたしがイザナミと産んだ国なのか……」

「ああ、地理苦手だから、だいたいの位置関係が分かる程度にしか描けないんだけどね(^_^;)」

「海を三回渡らなければならないのだな……」

 元来が北欧の戦乙女、地図に目標を記すと目が輝き始める。

「淡路島に渡って西に進んで、次の海を渡ると四国。たぶん鳴門市のあたりに着くと思う。そこからは右手に海を見ながら……高松の向こうあたりから瀬戸内海を渡って……岡山かな?」

「あ、そのあたりまで行けば、分かると思う。黄泉の国は負のオーラがハンパではないから、おそらくは、そのオーラが空まで立ち上って目印になると思う」

「よし、じゃあ、とにかく出発しよう!」

 自慢のエクスカリバーを抜くと、ヒルデは西の空を指した。

 ボワ!

 一瞬で、我々の前方に『黄泉の国を目指す神々の会』の旗が風をはらんではためいた!

 

☆ 主な登場人物

―― この世界 ――

  •  寺井光子  二年生   この長い物語の主人公
  •  二宮冴子  二年生   不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば逆に光子の命が無い
  •   中臣美空  三年生   セミロングで『かの世部』部長
  •   志村時美  三年生   ポニテの『かの世部』副部長 

―― かの世界 ――

  •   テル(寺井光子)    二年生 今度の世界では小早川照姫
  •  ケイト(小山内健人)  今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる
  •  ブリュンヒルデ     無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘の姫騎士
  •  タングリス       トール元帥の副官 タングニョーストと共にラーテの搭乗員 ブリの世話係
  •  タングニョースト    トール元帥の副官 タングリスと共にラーテの搭乗員 ノルデン鉄橋で辺境警備隊に転属 
  •  ロキ          ヴァイゼンハオスの孤児
  •  ポチ          ロキたちが飼っていたシリンダーの幼体 82回目に1/6サイズの人形に擬態
  •  ペギー         荒れ地の万屋
  •  イザナギ        始まりの男神
  •  イザナミ        始まりの女神 

 

 

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ライトノベルベスト『だるまさんがころんだ』

2021-04-23 06:00:10 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト
『だるまさんがころんだ』
      


 ぼくは、バカなあそびだと思っていた……だるまさんがころんだ、が。

 小二のころだったかな、なんでか、だるまさんがころんだ、がはやりだした。
 もう、はっきりおぼえてないけど、テレビのバラエティーでやっていた。
 
 ただのバラエティーなんかじゃない。AKR48が楽しそうにやっていた。

 ぼくの好きな矢頭萌ちゃんや、小野寺潤のオネーサンたちが、こどもみたいに楽しそうにやっていた。
 オバカタレントなんかも混じっていて、地球がひっくりかえったぐらいのショーゲキだったんだ!

 だってさ、だってさ、オバカとかわいい女の子がいっしょにあそんでいるなんてありえない。
 すくなくとも、ぼくの学校ではね。

 バカはバカだけであそぶ。かわいい女の子は、女の子だけであそぶ。これじょうしき。

 だから、翔太と話したんだ。

 だるまさんがころんだ、を、やったら女の子ともいっしょにあそべるぜって。

 それで、学校のかえりみちでやるようになった。歩きながらやるんだぜ。
 五人ぐらいで、オニも、それいがいの子も歩きながら。
「あ、翔太動いた!」
「ほら、タッチ!」
 なんてやりながら、かえるんだから、家につくのが、とてもおそくなる。

 女の子たちも、しばらくはやっていた。やっぱりAKRのえいきょうりょくはすごいと思った。
 でも、かえる時間がおそくなるので、女の子たちは、すぐにやらなくなった。

 ぼくと翔太のたくらみのように、女の子がいっしょにやってくれることはなかった。

 それは、まあ、いいんだ。ぼくの、ほんとのねらいはちがったから。


 ぼくは、春奈ちゃんとやりたかった。

 春奈ちゃんは、とくべつだった。
 本がだいすきで、じゅぎょうが終わると、まっすぐ図書室に行って、なんさつも本を、かりる。
 どうかすると、かえりみち、本を読みながら歩いていることもあった。
 かみの毛をウサギの耳みたいにくくって、長くたらしている。とおりすぎるといいニオイがした。

 春奈ちゃんは、ぼくたちの、だるまさんがころんだをシカトしていた。おこっているみたいだった。

 そんなの、通行のじゃまよ。そう言われているみたいだった。
 じっさい、いちど、だるまさんがころんだで、わらいころげていたら、とおりすがり、小さな声で言われた。

「バッカみたい……」

 ショック! で、そんなこんなで、ぼくたちも、だんだんやらなくなった。

 三年、四年と、春奈ちゃんとはべつのクラスになった。その二年間、ぼくは春奈ちゃんをまともに見られなかった。

 そして、五年で、同じクラスになった。
 春奈ちゃんはまぶしかった。背もぼくより少し高い。二学期にはむねも出てきた。
 で、あいかわらず本ばかり読んでいる。でも体育なんかは、口をきっとむすんで、じょうずにやっていた。

 あれは、体育の日が終わったころだった。
「ねえ、亮介、だるまさんがころんだやろうよ!」
 春奈ちゃんのほうから言いだした。
「え……」
 ぼくは、あっけにとられた。
「やろう、亮介オニね」

 春奈ちゃんの家は、ぼくより学校に近い。あたりまえなら十分ほどで帰れる。
 それを、三十分、だるまさんがころんだをしながら帰った。

 ぼくは、いちども春奈ちゃんをつかまえられなかった。
 だるまさんがころんだ。で、ふりかえると、春奈ちゃんは、いつも体育のときのようだった。
 口をきっとむすんで、ぼくの目を見つめている。
 ほんとうは、動いていたのかもしれない。
 でも、ぼくは春奈ちゃんに見とれていた。だから見のがしたのかもしれない。

 春奈ちゃんは、まじめな顔をしていてもエクボができる。

 新発見。

 ぼくの背中をタッチしたときは、とてもうれしそうな笑顔。これも新発見。

 家が近づき、最後のタッチをしたあと、春奈ちゃんは、こう言った。
「女だと思って、手ぇぬいたでしょ」
「ち、ちがうよ。ぼくは、ぼくは……ぼくはね」
 ゆうびん屋さんが、ふしぎそうな顔で通っていった。
「いいよ、ありがとう。楽しかった、だるまさんがころんだができて。じゃあね!」

 春奈ちゃんはとびきりの笑顔だった。そして、なんだかなみだぐんでいたような気がした。

 なにか言わなきゃ。そう思った……。

 春奈ちゃんは、勢いよくウサギの耳をぶんまわして、家の中に入っていった。


 あくる日、学校に行くと、春奈ちゃんがいなかった。

「河村春奈さんは、ご家庭のじじょうで転校されました……」

 先生は、そのあと「君たちも」とか「がんばろう」とか言っていたような気がする。
 でも、ぼくは、先生のあとの言葉は聞こえなかった。

 ぼくは、二度と、だれとも、だるまさんがころんだが、できないような気がした。

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真凡プレジデント・61《夏の日差しをものともせずに》

2021-04-23 05:40:36 | 小説3

レジデント・61

《夏の日差しをものともせずに》    

 

 

 

 登下校に帽子をかぶる習慣がない。

 

 でしょ、たまに日傘差してる子もいるけど、荷物になるし、ちょっちダサ目なんで、日傘も差さないし帽子も被らない。

 だから制服を着たとたんに机の上に用意しておいたキャップは忘れてしまう。

 で、終業式が終わって、生徒会としての学期末の書類整理なども終え、エアコンをギンギンに効かせてお召し替え。

「真凡一人イケてるじゃん」

 ひまわり模様のワンピが健康的ではあるけど子どもじみたなつきが感心する。

「なんだか女子アナみたい!」

 本質を突いてきた綾乃はモテカワのカットソーに虹色キュロット。

「女は化けるわねーー!」

 自分の化けっぷりを棚に上げて、オールディーズ風水玉ワンピのみずき。

 

 ケーキバイキングとはいえ一流ホテルのそれなので、申し合わせもしていないのに気合いが入っている。

 

 こういうことに慣れている女子大生とかOLは、案外ラフな格好で来るのだろうと想像はつくんだけど。

 まあ、こういう背伸びも似合って見えるのが女子高生の特権でしょ。

 わたしの場合は、自分のがナフタリン臭いので止む無くってことなんだけどね。

 

「じゃ、行こうか!」

 

 踏ん切りをつけて昇降口を出たところで思い至る――帽子欲しいよねえ!――

 やっぱり制服の呪縛は大きい。

 高校生と言うのは、時と場所によって――もう大人――と――まだまだ子ども――を使い分けてるんだけど、私服になったとたん、大人の方にバイヤスがかかり、普段は、あまり気にもしない日差しが大いに気になる。

「そだ、ちょっと待ってて!」

 可愛い目をクルリと回したかと思うと、なつきがロッカーの所に戻った。

 ひとしきりゴソゴソやったかと思うと――あったー!――の声をあげて駆け戻って来る。

「はい、ちょうど一個ずつ!」

 配ってくれたのは、去年毎朝テレビの見学(これはこれでエピソードがあるんだけど、いずれ)でもらったキャンペーンキャップ。記念品は一人一個なんだけど、なつきは四つもせしめていた。

 

 こうして、イケてる四人はさっそうとケーキバイキングに乗り出した。

 

 夏の日差しをものともせずに、道行く人たちの注目を浴びて、ちょっとウキウキの四人。

「ア、信号変わる!」

 駅前まで来たところで、なつきが駆けだした。

「ちょ、待って!」

 靴までお姉ちゃんのを借りてきたわたしは、出遅れて、瞬きしだした信号に間に合わなかった。

「くそ!」

 

 向こうの信号では、三人がオホホアハハと笑っている。

 そこに、わたしの前にオフホワイトのワゴン車が停まった……。

 え……?

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
  •  橘 なつき    中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
  •  藤田先生     定年間近の生徒会顧問
  •  中谷先生     若い生徒会顧問
  •  柳沢 琢磨    天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
  •  北白川綾乃    真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
  •  福島 みずき   真凡とならんで立候補で当選した副会長
  •  伊達 利宗    二の丸高校の生徒会長

 

 

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せやさかい・202『ご葬儀のお作法』

2021-04-22 13:14:29 | ノベル

・202

『ご葬儀のお作法』頼子     

 

 

 喪服の事が心配だった。

 

 ほら授業中にお祖母ちゃんから国際電話がかかってきて、エリザベス女王の夫君・フィリップ殿下がお亡くなりになったと聞かされて。

 これは、お祖母ちゃんの名代として式に参列しなければならないと覚悟した。

 そうよ、覚悟が居るのよ。

 王族のお葬式、しきたりとかドレスコードとか、お作法とか、いろいろうるさいことがある。

「レクチャーいたします」

 ソフィーと二人で『イギリス王室の作法』という動画を見ていると、ジョン・スミスがやってきて宣告する。

「どこでやるのかしら?」

「チャペルで行います、あそこが環境的にご葬儀会場に近い施設ですから」

「分かったわ、すぐに行きます」

 ソフィーと連れだって、領事館の敷地にあるチャペルに向かう。

 ヤマセンブルグの大阪総領事館は東京の大使館よりも広い。

 戦後、日本との国交が回復した時に、さる財界人から寄付された二千坪もある敷地にお城のような館が立っている。

 放っておくと財産税として取り上げられるところを、戦前から親交のあったヤマセンブルグに寄付することでまぬかれた。

「こちらです、すでにお作法の先生が中で待っておられます」

「お作法の先生? 日本のお方かしら?」

「いいえ、ヤマセンブルグの、殿下もすでにご存じの人物です」

 言いながら、ジョン・スミスはチャペルのドアを開ける。

 ああ……ここかあ(-_-;)。

 正式な場でお祖母ちゃんにするような、膝を折って挨拶する仕草をする。違いは、俯きながら胸に十字を切るところ。

 子どものころに、初めてやらされた時は、まるで『サウンドオブミュージック』のマリアが修道院を辞めて、トラップ大佐の家に家庭教師に行くときみたいだと思った。

 マリアは院長先生に挨拶して『クライム エブリマウンテン』とかって元気の出る歌を聞かされて出ていくだけなんだけど、わたしは、事あるごとに、教会とか王室の躾けや作法を叩きこまれて、あまりいい印象はない。まあ、入ったら二時間……ひょっとしたら、晩御飯まで缶詰にされるかもしれない。

 顔を上げると、一番前の席にお作法先生の後姿。とりあえず女の先生だ。ひょっとしたら神父様かと覚悟していたんだけどね。神父様は、もう九十歳くらいで、耳が遠い。耳が遠いくせに自覚がないので「もっと大きな声で!」と理不尽な注意をされる。おまけに、ボケ始めているので同じことを何度もやらされることがある。本人を傷つけてはいけないので「さっき、やりました」的な口ごたえは禁止。何度もやらされることで確実に身につくからとお祖母ちゃんは涼しい顔。おかげで、当の神父様からは「王女様は覚えが早うございます!」と褒められてるけどね。

 取りあえず、その神父様ではないので、ちょっと安心。

「ごきげんよう、ヨリコ殿下」

 ニッコリ振り返った先生の顔を見て、グラリと体が揺れて、地震が起こったかと思った。

 その先生は、お祖母ちゃんの一の子分で、お祖母ちゃんを除いては宮殿トップの位置に君臨するメイド長だったのよ!

 ミス・イザベラ!

 憶えてるでしょ、一昨年、さくらと留美ちゃんを連れてエディンバラとヤマセンブルグに行った旅行!

 あそこで、さんざんお世話になった、ミス・イザベラのオバハンなのよおおおおおお!

「では、さっそく歩く練習からいたします」

「あ、それは、完璧にマスターしてるわよ。天皇陛下にお会いした時も問題なくやれたしい……」

「それは、ようございました。でも、それは平時の歩行術。この度は、ご葬儀のお作法でございます」

「えと……違いがあるの(^_^;)?」

「もちろんでございます! まずは復習から!」

「え、またあ!?」

 王女の歩き方……背中に物差しを突っ込まれて、幅五センチのテープの上を歩かされる。

 それを三十分やったあとは階段の上り下り。礼拝のやり方並びにお作法、お葬式用の会話の仕方、食事の仕方、求められた時のスピーチのやり方、あくびの噛み殺し方……等々。

 困ったのは、わたしってロイヤルファミリーとしての最低基準のマナーしか知らないし、それは骨の髄まで染み込んでる。だから、人の前に立つと自然にアルカイックスマイルになってしまうのよ!

「ですから、口角を上げてはいけません!」

「はい……」

「それは、ただの仏頂面!」

「はい……」

「疲れた顔になっております!」

「はい……」

 本当に疲れてるんですけど。

 

 そんなこんなを半日やらされて、顔も膝もガクガクになったころに、ジョン・スミスが呼びに来てくれた

 

「レッスン中申し訳ありません、女王陛下からお電話です」

「あ、ありがとう!」

 思わず笑顔になって、ミス・イザベラに睨まれる。

「お部屋に繋いであります」

「はい、すぐに!」

 部屋に戻って受話器を取る。ご葬儀の日取りが決まったんだろうか、ミス・イザベラのレクチャーは受けたけど、いまからスグに来いと言われたら、さすがに自信は無いよ。

「ヨリコ、ご葬儀は王室のお身内だけでおやりになると、知らせが入ったわ」

「え、あ、あ……そう」

 とたんに疲れが押し寄せてくる……。

 あとで、公式のニュースを見ると、参列者三十人という、家族葬のようなご葬儀だった。

 むろん、コロナのせいなんだけどね。

 ミス・イザベラのレッスンを免れた安堵よりも、寂しさが胸に迫ってきた……。

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誤訳怪訳日本の神話・36『門前のオオクニヌシ』

2021-04-22 09:37:58 | 評論

訳日本の神話・36
『門前のオオクニヌシ』  

 

 

 オオクニヌシがヤチホコノカミとして越の国(福井・富山・新潟)に向かったのはヌナカハヒメを口説き落とすためと古事記には書いてありますが、これはオオクニヌシに代表される出雲勢力が北上して、北陸地方に力を伸ばしたことを現しているのではないかと思います。

 大和朝廷の勢力は、その名の通り大和(奈良県)が本拠で、4世紀に勢力を広げて、5世紀には関東以南を支配下に置きます。

 当然、それぞれの地方には支配者が居たわけで、大和勢力は、硬軟様々な手法で地方政権と渡り合いました。

 その実相を明らかにするような能力はありませんので、得意の妄想で迫ったり脱線したりしたいと思います(^_^;)。

 越の国は古くから宝玉である翡翠(ひすい)の産地であります。薄緑の宝石で、古代には玉や勾玉に加工されて、単なる装身具だけではなく、呪術的な力を持った宝器とし扱われました。

 その翡翠の女神様がヌナカハヒメで、おそらくは越の国の主神、あるいは主神クラスの女神に違いなく、令和の今日でも糸魚川あたりの三か所にヌナカハヒメを祀った神社があります。

 

 オオクニヌシはヌナカハヒメの宮殿の前まで来ると、歌(和歌)を送って、姫のご機嫌をうかがいます。

「越の国に美しい姫がおられると聞いて、矢も楯もたまらずに、出雲からやってきました。美しい姫とはヌナカハヒメ、貴女の事です。どうか門を開いて、このヤチホコノカミに顔を見せてください!」

 意味としては、上のような和歌を門の外から姫に送ります。

 どんなニュアンスであったのかを訳す能力がありませんので、おおよその訳です(^_^;)。

 古代における恋愛は妻問婚が基本です。近年まで使われた言葉では『夜這い』でありましょうか。

 話は飛びますが、西郷隆盛が西南戦争で政府軍に夜襲をかけようと、深夜、鹿児島部隊を引き連れ、息を殺して敵陣地に向かいます。部隊の薩摩士族たちは、ものすごく緊張して息を潜めて進みます。

「まっで、ヨベのごたる」

 口語訳すると「まるで、夜這いに行くみたいだなあ」になりますが、鹿児島弁でないとおかしみが伝わりません(#^―^#)。

 西郷が呟くと、夜襲部隊のあちこちからクスクスと笑い声が起こります。

 この、ユーモアの感覚は独特のもので、西郷の魅力の一つなのですが、主題ではありません。

 鹿児島士族の若者には『夜這い』のイメージを浮かべるとクスクスになるのですね。

 真剣で、時めきながらも、どこか可笑しい男の姿であります。

 いまでは、夜這いという風俗はありません。遊学旅行で「おい、あそこから女子の風呂が覗けるぞ!」と情報を得て、男子こぞって覗きに行く感覚に近いと言えましょうか。

 ヌナカハヒメの門前に立った時のオオクニヌシは、むろん一人です。

 ヌナカハヒメは返事を寄こしません。一度の手紙や歌で反応するのは無作法なのですねえ。

 なんだか、女の方がガッツいている印象になります。

 何度か、オオクニヌシからの便りがあって、やっとヌナカハヒメは返事を出します。

 そういう駆け引きややり取りが合って、やっと男女の関係になります。

 

 昔は、よく手紙を書きました。

 あ、オオクニヌシのではなく、わたしの昔です。

 わたしの青春時代にも電話はありましたが、一家に一台の固定電話です。

 携帯電話ではないので、誰が出るか分かりません。

 彼女の父親などが出たら最悪です。

 本人が出たとしても、娘に男から電話がかかってきたというのは丸わかりになってしまいます(^_^;)。

 また、電話で発する言葉はリアルタイムですので取り返しがつきません。

 そこで、いきおい手紙になります。

 手紙は、考えながら書きますし、書き直しもできます。

 電話やメールやラインと違って、やり取りに間合いがあります。ラインと違って既読のシグナルもありません。

 昔……ばかり枕詞のように言って恐縮です。

 かつては、雑誌に文通コーナーというのがあって、文通相手の募集とかやっていました。

 そういう、文通コーナーや、友だちの紹介や、部活の付き合いなどから「手紙書いていいですか?」とか「文通してもらえますか?」から始まって、やっと手紙を書いて、相手に着くのに二日。

 相手が読んで返事を出すのに、早くても二日。

 特急で、手紙が着いたその日に返事を出すことやもらうこともありましたが、ちょっと軽い感じがしないでもありませんでした。オオクニヌシが最初の歌に返事が来ると、こういう感じがしたでしょうね。

 相手が手紙を出してポストに投函して、着くのに二日。

 文通と言うのは往診と返信で、最低一週間、普通は十日から一か月。

 ライン一本、短い返事なら数秒で戻って来る21世紀の今日の便利さや性急さは隔世の感があります。

 ダークダックスだったかの『幼なじみ』という歌の中に、こんなのがあります。

『出す当てなしのラブレター 書いて何度も読み返し 貴女のイニシャルなんとなく 書いて破いて 捨てた~っけ(^^♪』

 脱線しました(;^_^A

 次回はオオクニヌシとヌナカハヒメのその後に戻りますm(^_^;)m。

 

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ライトノベル・ベスト『UZAとお茶の空き缶』

2021-04-22 06:19:02 | 自己紹介

ライトノベル・ベスト
UZAお茶の空き缶
        


 

 UZA……って言われしまった。

「ウザイの……サブのそういうとこが」

 正確には、そう言った。

 でも、感じとしてはUZAだった。去り際に、もうヒトコト言おうとして息吸ったら、まるで、それを見抜いたように沙耶は、げんなり左向きに振り返って、そう言った。

 UZA……ぼくの心は、カビキラーをかけられたカビのようだった。最初にバシャッってかけられて、ショック。そして、ジワーっと心の奥まで染みこんでいく、浸透力のある言葉。そして、ぼくの心に残っていた沙耶への愛情は「痛い」というカタチのまま石灰化してしまった。

 自分で言うのもなんだけど、ぼくは人なつっこい。だから、元カノの沙耶が「ノート貸して」と言ってくれば「いいよ」とお気楽に貸しにいく。浩一なんかは、こういう。

「そういうとこが無節操てか、ケジメねーんだよ」

 で、ヘコンダまま駅のホームに立っている。ヘコンだ理由は、もう一つ、ウジウジ考えながら駅に向かったら、ホームに駆け上がった直後に電車が出てしまった。
 

 アチャー……

 オッサンみたいな声をあげて、ノッソリとベンチに座り込む。向かいのホームの待合室に、その姿が映る。
まるで、ヘコンで曲がったお茶の空き缶のようだった。我ながら嫌になって、時刻表を見る。見なくても登下校のダイヤぐらいは覚えてるんだけど、諦めがわるく見てしまう――ひょっとして、ぼくの記憶が間違っていて、次の快速は二十五分後ではないことを期待しながら……こういうところの記憶は正しく、自分の念の押し方がいじましく思われる。

 未練たらしく、去りゆく快速のお尻を見たら、ホームの端に、もう一本お茶の空き缶が立っていた。でも、この空き缶は、ヘコミも曲がりもせずに、ぼくに軽く手を振った。

「田島くんよね?」

 空き缶が近寄って口をきいた。

「あ……碧(みどり)……さん」
「嬉し、覚えててくれたんや」
 この空き缶は、今日転校してきた、ナントカ碧だ。ぼくは、朝から沙耶のことばかり考えていて、朝のショートの時、担任が紹介したのも、この子の関西弁の自己紹介もほとんど聞いていない。ただ、すぐにクラスのみんなに馴染んで「ミドリちゃん」と呼ばれていたのと、碧って字が珍しくて記憶に残っている。
「L高の子らが『おーいお茶』て言うたんやけど、なんの意味?」
「あ、この制服」
「え……?」
「色が、そのお茶のボトルとか缶の色といっしょだろ」
「あ、ああ……あたしは、シックでええと思うけどなあ。ちょっと立ってみて」
 碧は遠慮無く、ぼくを立たせると、ホームの姿見に二人の姿を映した。
「うん、デザイン的にも男女のバランスええし、イケテルと思うよ」
 そう言うと、碧は遠慮無く、ぼくのベンチの真横に座った。そのとき碧のセミロングがフワっとして、ラベンダーの香りがした。そして何より近い! 近すぎる! 普通、転校したてだと、座るにしても、一人分ぐらいの距離を空けるだろう。ぼくは不覚にもドギマギしてしまった。人なつっこいぼくだけど。ほとんど初対面の人間への距離の取り方では無いと思った。

「田島くんは快速?」
「うん、たいてい今のか、もう一本前の快速……ってか、ぼくの名前覚えてくれてたんだ」
「フフ、渡り廊下に居てても聞こえてきたから」
「え……それって?」
「人からノート借りといて、UZAはないよねえ」
「聞いてたのか……」
「聞こえてきたの。二人とも声大きいし、あのトドメの一言はあかんなあ」
「ああ……UZAはないよなあ」
「ちゃうよ。UZAて言われて、呼び止めたらあかんわ」
「え、オレ呼び止めた?」
「うん、『沙耶あ!』て……覚えてへんのん?」
 ぼくは、ほんの二十分前のことを思い出した。で、碧が言ったことは、思い出さなかった。

 ホームの上を「アホー」と言いながら、カラスが一羽飛んでいく。

「あれえ、覚えてへんのん!?」
「うん……」

 ばつの悪い間が空いた。ぼくはお気楽なつもりでいたんだけど、実際は、みっともないほど未練たらしいようだった。その時、特急が凄い轟音とともに駅を通過していった。おかげでぼくのため息は、碧にも気づかれずにすんだようだ。
「その、みっともないため息のつきかた、ちょっとも変わってへんなあ……」
 そう言うと、碧は、カバンから手紙のようなものを取りだして、ゴミ箱のところにいくと、ビリビリに破って捨てた。ぼくの、ばつの悪さを見ない心遣いのようにも、何かに怒っているようにも見えた。その姿が、なんか懐かしい。
「あたしのこと、思い出さない?」
 碧は、ゴミ箱のところで、東京弁でそう言った。
「え? あ…………ああ!?」
 バグった頭が再起動した。
「みどりちゃん……吉田さんちのみどりちゃん?」
「やっと思い出したあ、ちょっと遅いけど。やっぱ、手紙じゃなく、直に思い出してくれんのが一番だよね」

 小さかったから、字までは覚えていなかった。みどりは碧と書いたんだ。小学校にあがる寸前に関西の方に引っ越していった、吉田みどりだった。

「今は、苗字変わってしまったから。わからなくても、仕方ないっちゃ仕方ないけど。あたしは、一目見て分かったよ、サブちゃん。改めて言っとくね。あたし羽座碧」
「ウザ……?」
「うん、結婚して、苗字変わっちゃたから」
「け、結婚!」
「ばか、お母さんよ。三回目だけどね」

――二番線、間もなくY行きの準急がまいります。白線の後ろまで下がっておまちください――向かいのホームのアナウンスが聞こえた。

「じゃ、あたし行くね、向こうの準急だから。それから『沙耶!』って叫んではなかった。ただ顔は、そういう顔してたけどね……ほな、さいなら!」
 
 そう言うと、碧は、走って跨道橋を渡って、向かいのホームに急いだ。同時に準急が入ってきて、すぐに発車した。前から三両目の窓で碧が小さく手を振っているのが見えた。
 ぼくのUZAに、新しいニュアンスが加わった……。

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真凡プレジデント・60《上から下までお姉ちゃん》

2021-04-22 05:42:59 | 小説3

レジデント・60

《上から下までお姉ちゃん》   

 

 

 

 体温よりも高い猛暑の中をケーキバイキングに行く!

 

 中谷先生にもらったSホテルのケーキバイキング優待券。

 ホテルに行くのだから私服に着替える。

 とくにドレスコードがあるわけじゃないんだけど、制服で行くとかえって目立ってしまう。

 それに、ちょっぴりオシャレをしてみたいという気持ちもあったりする。

 

 あ、ナフタリン臭いよ。

 

 久々に出したオシャレ着、胸に当てて鏡で見ていたらお母さんに指摘される。

 仕方がないので失踪中のお姉ちゃんのクローゼットをまさぐる。

 退職後はジャージばっか着ていたけど、やっぱ天下の女子アナだ、持っている衣装はハンパではない。

 トップかボトムか、一点だけ拝借して間に合わせようと思うんだけど、やっぱ、さり気に見える衣装でも、女子アナの衣装だ。ちゃちな女子高生の服には合わない。

 仕方がない、たった一日の事でもあるし。大半をお姉ちゃんので間に合わす。

 まあ、キャップだけでも自分のいこうか。

 それで、パステルピンクのキュロットに淡い水色のカットソー、その上にオフホワイトのボレロ。

 体形がほとんどいっしょなのでピッタリ収まる。

 これを学校に持って行って、午前中の授業が終わったら四人で着替えてくり出す算段だ。

 

 ローファーはありえないでしょ。

 

 玄関を出ようとしたらお母さんに言われる。

 お姉ちゃんが居なくなってから、さすがに心配になって帰って来たんだけど、あれこれとうるさい。

 でも、さすがに年の功。

 制服姿なんだけど、学校で私服に着替えることを知っているので、するどく指摘してくれたんだ。

 

「えーー、って、そだよね」

 

 鏡の前でファッションショーやった時には足元まで気が及ばない。

「サイズいっしょだから、これ持っていきな」

 お母さんが渡してくれたのはお姉ちゃんのパンプスだった。

 上から下までお姉ちゃんのグッズ……忸怩たるものがあるけど、四の五の言っていては遅刻する。

 行ってきまーす!

 ……パンプスは持ったがキャップを忘れた。

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
  •  橘 なつき    中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
  •  藤田先生     定年間近の生徒会顧問
  •  中谷先生     若い生徒会顧問
  •  柳沢 琢磨    天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
  •  北白川綾乃    真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
  •  福島 みずき   真凡とならんで立候補で当選した副会長
  •  伊達 利宗    二の丸高校の生徒会長

 

 

 

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魔法少女マヂカ・208『糸電話ひそかに』

2021-04-21 10:24:00 | 小説

魔法少女マヂカ・208

『糸電話ひそかに』語り手:マヂカ     

 

 

 テントに戻ると、ノンコが子どもたちと新しい遊びをやっていた。

 

 支援物資の空き箱を解体したボール紙を丸めて筒にして、いくつも糸電話を作って、子どもたちと伝言ゲームをやっているのだ。

「もしもし」

「はいはい、神保町の田中です」

「末広町の鈴木ですが、錦糸町の西田さんから『お猿のお尻は真っ赤っか』です」

「了解しました(糸電話を持ち替える)。もしもし、神保町の田中ですが末広町の鈴木さんから『お猿のお尻は甜瓜』です」

「了解しました(糸電話を持ち替える)。もしもし、紀尾井町の高橋ですが、神保町の田中さんから『お里のお芋は甜瓜』です」

「了解しました(糸電話を持ち替える)。もしもし、神楽坂の宮下ですが『お里のお芋は甜瓜』です……えと、掛けてきたのは……三宅坂? 団子坂? 乃木坂?……えと……えと……」

 という感じで、最後の子まで繋いで行って、伝言がどう変わっていくかを面白がっている。

 伝言の中身が変わってしまう子、伝えてきた子の名前や街の名前が分からなくなってしまう子がいて、たびたび中断するんだけど、そういうスカタンも含めて面白いようで、あちこちで笑い声が上がっている。

 ノンコは、こういうことに才能があるのかもしれない。

 折り畳み椅子に腰を下ろすと、前の机に黒い糸電話が置いてある。

 ノリに付き合って、耳にあてがうと聞き覚えのある声がした。

『もしもし、クロです』

 クロ?

 瞬間戸惑ったけど、思い出した。

 神田明神のクロ巫女。この糸電話は、神田明神の神器ひそかだ!

「クロ巫女、元気にしてた!?」

『はい、神田のみなさんが三日三晩防犯と防火に勤めてくださったので、神田の町は焼けずに済みました』

「それはなにより。将門さまもご無事なの?」

『はい、それにつきましては、明神様直々にお話したいとおっしゃっていますので、ただいま替わります……』

 ひそかの向こうでゴニョゴニョとあって、直に大声が響いた。

『おお、マヂカ! 元気でなによりじゃ!』

「将門さまも、お元気な様子で安心しました」

『おまえも大変だな。令和の日本も手がかかるが、こんな関東大震災の手伝いまでしてもらって』

「いやはや、ま、これも運命かと……」

 思いながら、この時代に飛ばされたのは、ひょっとしたら神田明神の陰謀? ふとよぎったが、口には出さない。

 言葉を継ごうとしたら、ひそかの向こうで風の音がする。

「将門さま、外に出ておられるのですか?」

『アハハ、いまの神田明神には外も内もないんでな』

「え、それは?」

『地震で、本殿も拝殿も壊れてしまってな。いまは、青空明神じゃで、ガハハハハ』

 そうだったのか、帝都の総鎮守。クロ巫女も神田の町は無事だと言っていたので安心したが、神田明神自体は、相当な被害が出ているようだ。

『今度はな、神主たちが鉄筋コンクリートで社殿を復興すると張り切っておるよ。なあに、江戸っ子は、この程度ではへこたれん』

 そうだったんだ。

 神田明神の鉄筋コンクリートの社殿は戦災で焼けて戦後の再建だと思い込んでいたが、あれは震災後に建て替えたものだったんだ。

 この時代は、ヨーロッパやロシアに居続けだったので、国内の事には、ほとんど構っていられなかったんだ。

「それは何よりです。しかし、わざわざ電話をしてこられたというのは?」

『そうなんじゃ、社殿もこのありさま。今のところは、神田の町を守のが精いっぱいで、東京全域にわたっては目が届きかねる。すまんが、見通しがつくまでは、この大正時代に留まってくれんか』

「はい、それは構いません」

 とっくに覚悟していることなので問題は無い。

『ここに居る間は、西郷が出来る限りの事はしてくれる。西郷も、黄昏時には動き出せると思うので、話を聞いてやってくれ』

「承知しました」

 承知しながら、上野公園に来てから、西郷さんの姿を見かけていないなあと思い返す。

『それから、摂政の宮に危機が迫る』

「それなら、先ほど……」

 言問橋で摂政の宮に襲い掛かる妖どもをやっつけたばかりだ。

『それは、まだまだ序の口だ。来年、虎ノ門で大変なことがおこるが、これは、直接には妖どもは関わっておらん。人間どもの所業なので、魔法少女と言えど、直接には手が出せん、手が出せんように震災直後から人も妖も動き始めておる』

「それは……」

『これに対抗できるのは、高坂のおてんば娘しかおらん』

「霧子が……」

『よく導いてやってくれ。西郷と相談して、霧子を励まし、鍛えて難局に立ち向かってくれ』

「はい」

『すまんな、苦労ばかり掛けて……令和の時代に戻ったら訪ねてきてくれ、労をねぎらいたい』

「承知しました、また、ジャーマンポテトを作ってお伺いします」

『ああ、楽しみにしている』

 ひそかの向こうに『お上、お体に……』クロ巫女の囁きが聞こえた。将門さまも無理をしておられるようだ。

 ひそかを切ると、いつのまにか糸電話大会は終わって、鬼ごっこに替わっていた。

 むろん、先頭に立っているのはノンコだ。

 わたしでは、あそこまで子どもの遊びに付き合ってはやれない。

「すまん、オレにはこれぐらいの労いしかできんが」

 ブリンダが、巣に戻って、そっとコーヒーのマグカップを置いてくれた。

「ありがとう」

 持ち上げて、口元に持っていくと、コーヒーの香りと温もりがとても愛おしく感じられ、不忍池の向こうに差し掛かる日輪が上野の山を淡い茜色に染めはじめた。

 

※ 主な登場人物

  • 渡辺真智香(マヂカ)   魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 要海友里(ユリ)     魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 藤本清美(キヨミ)    魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員 
  • 野々村典子(ノンコ)   魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 安倍晴美         日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長
  • 来栖種次         陸上自衛隊特務師団司令
  • 渡辺綾香(ケルベロス)  魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る
  • ブリンダ・マクギャバン  魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員
  • ガーゴイル        ブリンダの使い魔

※ この章の登場人物

  • 高坂霧子       原宿にある高坂侯爵家の娘 
  • 春日         高坂家のメイド長
  • 田中         高坂家の執事長
  • 虎沢クマ       霧子お付きのメイド
  • 松本         高坂家の運転手 

 

 

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ライトノベルベスト『さよならバタフライ』

2021-04-21 06:55:00 | ライトノベルベスト

イトスト
『さよならバタフライ』
         


 無数のチョウチョが、空中を舞って飛び去っていくようなイメージだった。

「金床、○分○○秒!」

 頭上でコーチの金丸さんの声がした。

 とても他人様に言える記録じゃないので、タイムは秘密。
 だけど、ぼくが水泳部に入って、バタフライでは最速の記録だ。

 今日は、ぼくの水泳部最後の日だった。三年生の引退は早い。一応進学校であるうちの高校は二年生がピークだ。朝から夕方遅くまで一万メートルも泳ぐことは、時間的にも体力的にも、受験を控えた三年生には無理だからだ。

 ぼくは、去年の地区大会自由形で二位にまでいけた。

 それで十分だった。

 もともと名前がいけない。金床碇(かなとこいかり)どう見ても水泳部向きの名前じゃない。ボクの家は祖父ちゃんの代まで、近くの漁師さんやお百姓さん相手に、漁具や農具を作ってきた野鍛冶屋だった。

 お祖父ちゃんは、特に漁具、その中でも碇を作らせたら近在の村や町で一番だった。特徴は長持ち、金床の碇は一生物とか言われ、沿岸漁業がアゲアゲのころは大した羽振りで、女の人に入れあげては婆ちゃんを泣かせていたらしい。それでもアゲアゲだったから、親類も世間も、男の甲斐性だ。くらいに見てくれた。
 でも、地域の漁業が廃れる……とは言わないが、横ばい状態になるといけなかった。なまじ一生物なんてものを作る物だから、注文がほとんど来なくなった。で、昭和ヒトケタの祖父ちゃんは、生まれた初孫に「碇」という迷惑な名前をつけて、ぼくが三歳のときに、あっさり死んだ。最後にお父さんに残した言葉が振るっている。
「腹上死がしてえなあ……!」
 病院のベッドで大声で叫んで逝ってしまった。狭い町なので、噂はパッと広がり腹上死の金床と、しばらく言われた。お父さんもお母さんも、婆ちゃんも恥ずかしそうにしていたけど、ぼくは平気だった。だって、みんな明るく腹上死の金床と言うもんで、ボクは誉め言葉だろうと思っていたた。事実お祖父ちゃんは町のみんなから愛されていたことは確かだった。

 しかし、ぼくも小五で腹上死の意味を知ると、やっぱ恥ずかしかった。

 水泳部に入ったのは事故のようなものだった。

 教室のある三階の廊下からプールは丸見えで、水泳部の女の子たちが泳いでいるのを、一年のときニンマリ見ていた。すると、同じクラスのダボハゼみたいな野島春奈ってのに言われてしまった。
「さすが、腹上死の孫ね。あんなの見てニヤニヤしてえ、ガチスケベ!」
 で、
「ちがわい、オレは水泳部に入りたいんだ!」
 ダボハゼが犬の糞を飲み込んだような顔をした。ダボハゼは幼稚園から高校まで同じという、どちらにとっても有り難くない存在だった。ダボハゼは、腹上死の金床を知っている珍しいガキだったし。ボクはボクで、小六のとき、ダボハゼが廊下を掃除していて、ちり取りを取ろうとしゃがんだところで、派手にオナラをしたのを聞いてしまっている。

 で、とにかく水泳部に入った。
「おまえ、よくそれで水泳部入ったな」
 と、先輩にも仲間にも言われたが、コーチ一人が庇ってくれた。
「オレだって金丸。同じ金付きだ。オレが泳げるようにしてやる」
 で、ほんとうに、ある程度は泳げるようになった、クロ-ルでは、部内でトップクラスになった。でも、他の泳法はさんざんだった。特にバタフライがいけない。
「金床のは、テンプラ鍋に飛び込んだアマガエルみたいだ!」
 と、言われた。やたらに水しぶきは上がるけど、前に進まない。コーチには「腰が定まっていないからだ」と技術的に指導を受けた。
 しかし、今日で引退。もうみっともないバタフライを人に見られずに済む。

 でも……信じがたいだろうが、ぼくのバタフライを誉めてくれたやつがいる。それもとても可愛い子に。

 あれは、二年の一学期の中間明けだった。水島洋子という、なんだか水泳部向きの名前をした一年生が見学に来た。
「金床さんですね。いつも三階の窓から見てたんです。先輩のバタフライいいですよ」
「ええ、どこが!?」
 同輩たちが一斉に叫んだ。
「あ、あの力強さが、なんだかタグボートみたいに元気いっぱいで」
「アハハ、タグボートはよかったな!」
 洋子は、瞬間怒ったような目になったが、すぐに元の穏やかな目になった。

 二日目には水着を持ってきて、自分から泳ぎだした。名前に負けずきれいなフォームだった……え、あ、正直に言うと体のフォームも泳ぎのフォームも。ね、正直だろ!

 二十分もたったころだったろうか、洋子が溺れた。コーチや女子部員が飛び込んで助けた。
「水島。おまえ、股関節……だろ」
 コーチが難しい病気の名前を言った。
「もう治ったと思っていたんです……」
 洋子は悔しそうにしていた。水から上がったばかりなのでよく分からなかったけど、あの子の頬をつたっていたのは水では無かったと思う。
 その日は、洋子のお父さんが職場から、そのまま駆けつけてきた。その時の制服で、この町の近くにある海上自衛隊の幹部だということが分かった。

 洋子は、それ以来水泳部には顔を見せない。もう泳ぐのを諦めたんだろう。

 どうしてか、水泳部最後の日に洋子のことを思い出した。きっと、最後という言葉のせいだ。
 コーチや、みんなに挨拶して、その日は早めに自転車で家に帰った。海岸通りに出ると、ときどき横殴りの風が吹いてきて、体をもっていかれそうになる。前線が近づいているようだった。

 日の出橋まできて、異変に気がついた。橋の真ん中に自転車が倒れ、小学校の低学年とおぼしきガキが泣き叫んでいた。
「どうした、おまえら?」
「お、おねえちゃんが海に。あたしたちを除けようとして……」
 その時、また突風が吹いてきた。ガキの目線の先には……洋子が、ぐったりして浮き沈みしている。
「この風にさらわれたんだな!」
 橋は、船を通すために十メートル近い高さがある。一瞬ビビッたけれど、体の方が先に動いた。

 我ながらきれいなダイビングだったと思う。海に飛び込むと、数メートル潜った。そして水を蹴って水面に顔を出すと方角を確認。しかし、橋の上とは違い、沈みかけた洋子は見つからない。
「水島あ! 洋子お!」
 すると、橋の上のガキたちが方角を示した。いったん潜って洋子を確認し、ぼくは泳いだ、それも、こともあろうにバタフライで。
 クロール! と頭の誰かが叫ぶんだけど、体は拒否してバタフライになる。そして、それは今まで体験したことがないほどの速さだった。
 水面下二メートルほどのところで、洋子を掴まえた。浮上して洋子の体を確保しながら背泳ぎで岸にたどりついた。
 脈はあるが、呼吸をしていない。ボクは洋子に水を吐かせてから、人工呼吸をした。そのときは必死だったけど、マウストゥーマウスだった。

 病院で、うっすら意識が戻ったとき、洋子が言った。

「先輩のバタフライ……やっぱ、かっこいいです」

 洋子は、その秋に転校した。

 お父さんの転勤……お父さんは鈍足のタグボートの艇長だった。洋子の病気のために、移動の少ない船を選んだようだが、時代が、お父さんを必要としはじめていた。それに東京の親類に預け、治療に専念できる体制もできたようだ。

 ぼくはというと、身の程知らずにも推薦をけ飛ばし、センター試験をうけて東京の某公立大学に入った。

 地元の私学よりも東京に出てみようと思ったからだ。

 べたナギの海のような地元よりも、波高い東京で二十歳を挟む四年間を過ごしてみたいと思ったから。

 それに……アニメとかだったら、思わぬヒロインとの再会とかがあるだろ。

 バカみたいだけど。

 心のどこかで水島洋子と会えるんじゃないかって、子どもじみた期待もあった。

 入学式のあくる日、水泳部から誘いを受けたけど断った。

 入学して半月、学食でランチを食っていたら、後ろから懐かしい声で、懐かしい言葉をなげかけられた。
「お、腹上死!」
 ダボハゼの春奈がランチのトレーを持ってニヤニヤしていた。

 春奈のことは完全に忘れていたが、高校でダンス部に入っていた。で、大学でも続けているようで、もうダボハゼの面影はニクソゲな言葉にしか残っていなかった。まあ、人魚姫の侍女ぐらいは勤まりそうだ。

 まだ碇を降ろすには時間がありそう。

 とりあえず、さよならバタフライ……。
 

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