鳴かぬなら 信長転生記
この目で見てきたんだ
武蔵は僅か十文字の言葉を吐いただけだが、三成の鼻先に突き付けられた切っ先のように鋭い。
突き付けられた三成も、動揺するどころか呼吸も見ださずに「役目はここまです」と返すのみ。
文字にして八文字なのは、先輩である武蔵への遠慮なのか、八文字で十分だという傲岸さからなのか、見極めがつかない。三成も、全霊で立ち向かうと、武蔵に負けない三白眼になっている。
二人とも、人相で損をしていると思うぞ。
「武蔵の言う通りだ。三国志は、この扶桑の国を呑み込もうという意図を隠していない。情報収集と分析が済めば、その結果に対応できるだけの準備をして攻めてくる。それを阻止するためには、三国志を凌駕する力で、その弱点を突かなければならない。そのための偵察行動なんだ、察してくれ」
信玄が小さく頭を下げる。
甲斐源氏の棟梁たる信玄が、生徒会本部役員とは言え、二つも三つも格下の近江の地侍出の三成に頭を下げるのだ。
何か応えなければ、武蔵が、そのまま首を掻きとってしまうだろう。
「わたしの言うことも聞いてもらえるだろうか」
謙信が穏やかに進み出る。
「はい、ご意見はいくらでも拝聴いたします」
「武蔵、太刀を下ろしてくれないか。これでは、話ができないよ」
「では、話の間だけは……」
スッと武蔵が太刀を下ろすと、三成のこめかみから一筋の汗が流れ落ちた。
「では、仕切り直しに、握手してくれないか。クールダウンすることからやり直そう」
「はい」
言葉少なに手を差し出す三成。握手すると、三成の眉が動いた。
「気取られたかな、みんなのやり取りを聞いていて、けっこう汗ばんでしまったよ」
「あ、いえ、普通の事です」
普通と言いながら、三成の表情は目に見えて緩んで、涙袋がぷっくりと三白を隠した。
将棋盤の角のように硬い奴だが、案外、こういう人の緩みには弱いのかもしれない。
そう言えば、こいつの主は、まだ姿は見えていないがサルだ。
「わたしも信玄も祖先をたどれば源氏だ。生徒会長も、嫡々の源氏、いちど茶の湯の席をご一緒して氏の親交を計りたい……というのは、どうだろうか」
「それはいい!」
利休が審判席から下りて来た。
「新生徒会長には就任以来、まだ会えていないから、ちょうどいい機会だわ。亭主はわたしが務めさせていただくからね」
「それは、会長もお喜びになります。さっそく、お伝えして日取りを……」
「もし、そちらが良ければ、明日の放課後、茶道部の茶室で」
「はい、ご返事は、直接利休さんの方にさせていただきます。あ……ひとつよろしいでしょうか?」
「はい、なんなりと」
「会長のフルネームを、いちどおっしゃってはいただけませんか」
「え」
……なんだ?
「お安い御用……いいかしら?」
「はい」
「…………」
俺以外の視線が、利休に集まる。
なんで、人のフルネームを言うのに、こんなに空気が張り詰める?
「今川……よしもと」
「…………」
「いかがかしら?」
「はい、宜しいかと」
それだけ応えると、三成は慇懃に礼をしてテニスコートから出て行った。
小さくため息をついて、利休が口を開いた。
「信玄、あなたも会長の名前を言ってみてくれる?」
「儂もか?」
「謙信だけで済ませたのは、三成の好意よ。亭主を務めるのはわたしだから、きちんとしておきたいの」
「うむ」
「さ、どうぞ」
「今川……よ・し・も・と」
「切らずに言って」
「今川……よ、吉本」
「「ブッブー」」
利休と謙信のブーイングが揃う。いったいなんなんだ?
「信長さん、あなたも言ってみてくれる?」
「ああ、今川義元」
「「「おお!」」」
「ちょっと、なんで、三人揃って感動するんだ?」
「信長さん、いまの呼び方、ぜったい忘れないでね!」
「「絶対に!」」
「あ、ああ」
なんだか、確認というか、誓いを立てたようにして、テニスの部活が終わった。
ここへきて、あだまだ日の浅い俺には、分からないことがいろいろありそうだ……。
☆ 主な登場人物
- 織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生
- 熱田敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
- 織田 市 信長の妹(兄を嫌っているので従姉妹の設定になる)
- 平手 美姫 信長のクラス担任
- 武田 信玄 同級生
- 上杉 謙信 同級生
- 古田 織部 茶華道部の眼鏡っこ
- 宮本武蔵 孤高の剣聖