大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

鳴かぬなら 信長転生記 40『テニスコートの誓い・2』

2021-10-24 13:16:26 | ノベル2

ら 信長転生記

40『テニスコートの誓い・2』  

 

 

 この目で見てきたんだ

 

 武蔵は僅か十文字の言葉を吐いただけだが、三成の鼻先に突き付けられた切っ先のように鋭い。

 突き付けられた三成も、動揺するどころか呼吸も見ださずに「役目はここまです」と返すのみ。

 文字にして八文字なのは、先輩である武蔵への遠慮なのか、八文字で十分だという傲岸さからなのか、見極めがつかない。三成も、全霊で立ち向かうと、武蔵に負けない三白眼になっている。

 二人とも、人相で損をしていると思うぞ。

「武蔵の言う通りだ。三国志は、この扶桑の国を呑み込もうという意図を隠していない。情報収集と分析が済めば、その結果に対応できるだけの準備をして攻めてくる。それを阻止するためには、三国志を凌駕する力で、その弱点を突かなければならない。そのための偵察行動なんだ、察してくれ」

 信玄が小さく頭を下げる。

 甲斐源氏の棟梁たる信玄が、生徒会本部役員とは言え、二つも三つも格下の近江の地侍出の三成に頭を下げるのだ。

 何か応えなければ、武蔵が、そのまま首を掻きとってしまうだろう。

「わたしの言うことも聞いてもらえるだろうか」

 謙信が穏やかに進み出る。

「はい、ご意見はいくらでも拝聴いたします」

「武蔵、太刀を下ろしてくれないか。これでは、話ができないよ」

「では、話の間だけは……」

 スッと武蔵が太刀を下ろすと、三成のこめかみから一筋の汗が流れ落ちた。

「では、仕切り直しに、握手してくれないか。クールダウンすることからやり直そう」

「はい」

 言葉少なに手を差し出す三成。握手すると、三成の眉が動いた。

「気取られたかな、みんなのやり取りを聞いていて、けっこう汗ばんでしまったよ」

「あ、いえ、普通の事です」

 普通と言いながら、三成の表情は目に見えて緩んで、涙袋がぷっくりと三白を隠した。

 将棋盤の角のように硬い奴だが、案外、こういう人の緩みには弱いのかもしれない。

 そう言えば、こいつの主は、まだ姿は見えていないがサルだ。

「わたしも信玄も祖先をたどれば源氏だ。生徒会長も、嫡々の源氏、いちど茶の湯の席をご一緒して氏の親交を計りたい……というのは、どうだろうか」

「それはいい!」

 利休が審判席から下りて来た。

「新生徒会長には就任以来、まだ会えていないから、ちょうどいい機会だわ。亭主はわたしが務めさせていただくからね」

「それは、会長もお喜びになります。さっそく、お伝えして日取りを……」

「もし、そちらが良ければ、明日の放課後、茶道部の茶室で」

「はい、ご返事は、直接利休さんの方にさせていただきます。あ……ひとつよろしいでしょうか?」

「はい、なんなりと」

「会長のフルネームを、いちどおっしゃってはいただけませんか」

「え」

 ……なんだ?

「お安い御用……いいかしら?」

「はい」

「…………」

 俺以外の視線が、利休に集まる。

 なんで、人のフルネームを言うのに、こんなに空気が張り詰める?

「今川……よしもと」

「…………」

「いかがかしら?」

「はい、宜しいかと」

 それだけ応えると、三成は慇懃に礼をしてテニスコートから出て行った。

 小さくため息をついて、利休が口を開いた。

「信玄、あなたも会長の名前を言ってみてくれる?」

「儂もか?」

「謙信だけで済ませたのは、三成の好意よ。亭主を務めるのはわたしだから、きちんとしておきたいの」

「うむ」

「さ、どうぞ」

「今川……よ・し・も・と」

「切らずに言って」

「今川……よ、吉本」

「「ブッブー」」

 利休と謙信のブーイングが揃う。いったいなんなんだ?

「信長さん、あなたも言ってみてくれる?」

「ああ、今川義元」

「「「おお!」」」

「ちょっと、なんで、三人揃って感動するんだ?」

「信長さん、いまの呼び方、ぜったい忘れないでね!」

「「絶対に!」」

「あ、ああ」

 なんだか、確認というか、誓いを立てたようにして、テニスの部活が終わった。

 

 ここへきて、あだまだ日の浅い俺には、分からないことがいろいろありそうだ……。

 

 

☆ 主な登場人物

  •  織田 信長       本能寺の変で討ち取られて転生
  •  熱田敦子(熱田大神)  信長担当の尾張の神さま
  •  織田 市        信長の妹(兄を嫌っているので従姉妹の設定になる)
  •  平手 美姫       信長のクラス担任
  •  武田 信玄       同級生
  •  上杉 謙信       同級生
  •  古田 織部       茶華道部の眼鏡っこ
  •  宮本武蔵        孤高の剣聖
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はるか・10『離婚から三ヵ月 シフォンケーキ』

2021-10-24 06:14:58 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト はるか・10

『離婚から三ヵ月 シフォンケーキ』 




 工場に入った……機械が一つもなく、五つほどの机にパソコンが並び、知らない女の人が五人、パソコンとか電話に忙しげだった。

 みんなチラッと一瞥(いちべつ)はくれるが、空気のように無視された。

 わたしはシカトと無視の違いを体感した。
 シカトには、反感や侮蔑といった人間的な感情が潜んでいる。
 しかし無視はちがう。完全な無関心……。

「はるかちゃん!」

 懐かしい声が段ボールの箱を抱えて下りてきた。

「シゲちゃん!」

 工場で一番若かった茂田さんだ。

「いったいどうなっちゃったの? 森さんは? 田村さんは? 機械はどこへ行っちゃったの? この女の人たちはなんなの!?」

「そ、それはな……」

「……わたし、自分の部屋見てくる!」

「はるかちゃん!」

 シゲちゃんの声を背中に、わたしは自分の部屋のドアを開けた……。

 そこにはわたしの部屋だった痕跡は何もなかった。

 部屋の三方の壁にはスチールのラック。そこに装身具や小間物がビッシリと区分けされて積まれていた。部屋の中央は段ボールに入った未整理の商品がいくつも……。

「はるかちゃん、覚えてる?」
「え……?」

 その女の人は、メガネを外して慇懃にお辞儀をした。まるで社長秘書のように……。

「あ……!?」
「思い出してくれたようね」

 古いのやら、新しいのやら、この人に関する記憶が、バグっていたパソコンが急に再起動したように思い出された。

 高峯秀美さん…………………………!

 前の会社で最後まで残って残務処理とかしてくれた、お父さんの秘書。
 千住に来てからも、何度か会社の再建の話をしにきていた。
 そして、いつのまにか、お父さんとお母さんの間に割り込んできた人。

「連絡してくれたら、迎えにいったのに」

 転校した日に竹内先生が言ったのと同じ台詞を、お父さんが口にした。

 笑顔の蔭に隠しきれない戸惑いが見えた。

 アメチャンの代わりにシフォンケーキとミルクティーが出てきた。

「わたしの手作りだけど、シフォンケーキって、カロリー控えめでアレンジしやすいから、みんなのお八つ用につくってるの。お昼になったら三人でお蕎麦でも食べに行きましょ、A工高の近くに新しい蕎麦屋さんができたのよ」

「わたし、大阪の友だちといっしょにディズニーリゾートに行く途中だから」

「あら、お友だち待たせてるの。呼んでくりゃいいのに」

「図書館で待ってもらってます。昼前の電車に乗るから」

「ここもずいぶん変わっただろ」

「印刷屋はやめたんだね……レーズンがいいアクセントになってますね」

 シフォンケーキで話題をそらす。

「お褒めいただいて、どうも……この六月から、お父さんといっしょにこんなこと始めたの」

 出された名刺には、ネット通販「NOTION」vice-president高峯ヒデミとあった。

「あ、オレは……」

 お父さんの名刺はpresident伍代英樹。

「森さんと田代さんは?」

「お引き留めはしたんだけどね、印刷のこと以外は分からないって、おっしゃって……」

 身に付いた優雅さでミルクティーを飲む秀美さん。

「いや、シゲちゃん通して話はしてんだよ。なんたって、親父の代から働いてもらってるんだから」

 なんで汗を拭くの……。

「視界没やったんだね」

 東京のホンワカ顔で繕う。

「あ、あれは、風がよかったんでな。はるかも元気に自立したようだし……お父さんが自慢できることってこれくらいだからな。オレはオレでやってるって、あんなカタチでしか示せなくってな……もっと早く連絡とりゃよかったんだけど、いろいろあってな」

……わたしは、そんなふうには受け取らなかった。家族再生へのお父さんの意思表示だと思ったんだよ……わたしって、まるでダメダメのオバカ……。

「最近やっと落ち着いて、ね……」

 にこやかにお父さんを見る秀美さんの目は、仕事仲間へのそれではなかった。
 ぜんぜんの想定外だよ。
 なんかわかんない、社交辞令みたいなことを言い合っているうちに、ホンワカが引きつりはじめた。

「じゃ、そろそろ時間だから」

「あら、そう」

「秀美さん、お父さんのことよろしく」

 心にもないことを口走った。

「はい、まかせてちょうだい」


 シゲさんや、仲鉄工のおじさんがかけてくれた声にもろくに返事もできないで図書館に戻った。

 大橋先生の姿が見えない……こんなときに!

 二階の児童図書のコーナーまで捜した。

 念のため、一階の文化会館まで下りてみると、ちょうど先生が入ってくるのが目に入った。

「なんや、えらい早かったなあ」
「どこ行ってたんですか!」
「ちょっと人多いさかいに、隣の神社 散歩してた」
「ちょっと、いっしょに来て」
「お、おい、はるか……」

 先生を引っ張るようにして表通りまで出た。運良くタクシーをつかまえられた。

「荒川の土手道、H駅の三百メートル手前のあたりまで」

 それだけ言うと、わたしは無言になって、先生も無言につき合ってくれた。

 着くやいなや、わたしは転げ出すように、タクシーを降り、道ばたで、シフォンケーキをもどしてしまった。

「大丈夫か、はるか?」

「……大丈夫、ちょっと車に酔っただけ」

「真由のネーチャンの車でも酔わへんかったのに……ま、これで口ゆすぎ」

 目の前にスポーツドリンクが差し出された。

 土手を下りた。先生はほどよい距離をとって付いてきてくれた。

 写メと同じ景色。

 青空の下に荒川、四ツ木橋と新四ツ木橋が重なって京成押上線が見える。

 体が場所を覚えていた。

 そして、急にこみ上げてきた……。

 ウ、ウウ……ウワーン!!

 四五歳の子どもにもどったように、爆発的に泣いた。

「こんなの、こんなのってないよ。ないよ……ウワーン!!」

 先生は、おそるおそる。でも優しく後ろからヨシヨシしてくれた。

 わたしが泣きやむまで、そっと、ずっと……。

『はるか 真田山学院高校演劇部物語・第16章』より

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やくもあやかし物語・108『カップ麺ころりん』

2021-10-23 10:47:24 | ライトノベルセレクト

やく物語・108

『カップ麺ころりん』   

 

 

 あれこれカップ麺を12個買うとエコバッグには収まらない。

 

 収まらない分はレジ袋は買わなければならない。

 でも、お婆ちゃんはレジ袋嫌いだし、わずか三円でもレジ袋を買うのは業腹なのよ。

「じゃ、段ボール箱に入れましょう」

 レジのオバサンがすごいことを言う。

 レジ袋で三円だよ、段ボール箱だったら三十円? いや、ホームセンターで見たのは百円くらいしてたよ。

 百円も出したら袋麺一個買えてしまう!

「サービスですから(^▽^)」

「え、そうなんですか!?」

「はい、これでどうでしょう」

 デスクの下から手ごろなのを出してくれる。カップ麺12個入りの空き箱だ。

「あ、どうもありがとう!」

 ちょっと感激して、清算を済ませるとカップ麺を段ボールに詰める。

 12個のカップ麺だから、きちんと入る……いや、入らない。

 だよね、メーカーが違うのが12個。

 スーパーカップとかデカップとか、ついおっきいのばっか買ったからね(^_^;)。

「箱、二つにします?」

「いいです、二つだと持ちきれないから」

 悪戦苦闘していると、学生バイトの男子が来て「ぼくがやります」とまとめてくれる。

「ありがとうございます」

「いいえ、サービスですから」

 サービスついでに配達してくれたら……アハハ、それはないよね。

「はい、これでいけます!」

 バイト君はきちんとやってくれた……のはいいんだけど、二宮金次郎みたく背中に背負う式。

「あ、ありがとう(^_^;)」

 背負った姿を鏡に映すと、カチカチ山のタヌキ。

 だよね、二宮金次郎なら歩きながら本を読まなきゃだもんね。

 

 でもって、カチカチ山の女子中学生は黄昏時の街を家路につく。

 

 ちょっとヤバいかも……。

 二丁目の坂を上がっていると、結んでいた紐が緩んできた。

 箱がバラけて、中身が出たら困る。

 背中に手を回して段ボール箱を庇う。

 こういうのって……あったよね。いらないことを思いだす。

『怪談奇談』というのに、赤ちゃんをおんぶしたまま、肝試しするって話があったよ。

 無事に肝試しして戻ると、背中の赤ちゃんの首が無かったって、怖いオチが付いてたけど。

 トン コロリン

 音がして振り返ると、カップ麺が一個落ちて、坂道を転げ落ちていく。

 ヤバイ

 背中の段ボール箱を庇いながら、カップ麺を追いかける。

 これは『おむすびころりん』の展開か!?

 トン コロリン トントン コロコロ トンコロリン

 本格的に紐がゆるんで、次々にカップ麺が落ちて、転がっていく!

「ちょ、待って!」

 この坂道でトラブルとろくなことが無い。

 焦って慌てて、三つ拾ったところで、目の前に二本の脚。

 ああ、やっぱ……

 顔を上げると、おなじみのメイドお化けが九個のカップ麺を器用にかついで、茜の夕陽を背に受けながらニコニコしていた。

「お帰りなさいませ、お嬢さまあ(=^0^=)」

 ああ…………(^_^;)

 

☆ 主な登場人物

  • やくも       一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生
  • お母さん      やくもとは血の繋がりは無い 陽子
  • お爺ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
  • お婆ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
  • 教頭先生
  • 小出先生      図書部の先生
  • 杉野君        図書委員仲間 やくものことが好き
  • 小桜さん       図書委員仲間
  • あやかしたち    交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅 春一番お化け 二丁目断層 親子(チカコ) 俊徳丸 鬼の孫の手 六畳の御息所

 

 

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はるか・9『離婚から三ヵ月 伝法さん』

2021-10-23 06:28:29 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト はるか・9

『離婚から三ヵ月 伝法さん』 

 



 東側の席をとったのは失敗だった。

 お日さまがまともに入ってきて、窓ぎわにさらしたした二の腕が、チリチリと音をたてて焼けていくような気さえする。

 ブラインドを閉めりゃいいんだけど、わたしは新幹線の270キロのスピードで四ヶ月に近い時間をを巻き戻しているんだ。

 玉串川沿いの八幡さまにお賽銭に託して捨ててきたはずの東京のはるかを、たぐり寄せ、巻き戻していた。

 捨てた東京での十七年間の人生の重さを感じたのは、新大阪の駅を車両がスーって感じで動き出したとき。わたしの身体からホンワカもスーっと消えていった。

 基礎練習でやった「悲しみのメソード」に似ていた。

 上顎洞(上あごの上の空洞)の中の液体が急速に冷えていき、喉、胸、お腹、脚を伝って床に流れ出していくイメージ。思わず、前の席のステップに足を乗せるくらいのショックだった。

 そして気がついた。東京のはるかを巻き戻さないと、とてもお父さんには会えない。東京のホンワカはるかに戻らなければ。

 これほどの違いがあるとは考えもしなかった……怖いよ……だれか側に付いていて欲しい……。

 そのだれかの視線を感じたのは、怖さが限界に達しかけていた浜松あたり。

「はるか……か?」
「あ、先生……!?」

 なんと……大橋先生が通路に立っている。

「「なんで?」」

 同時につぶやいた。

 互いに説明し終えたのは静岡のあたりだった。

 先生は、わたしのタクラミを。わたしは先生が東京と横浜の出版社に行く途中であることを理解した。

 先生はトイレに行って、席に戻る途中でわたしを見つけたそうだ。

 最初はタキさんのタクラミかと思った。

 だって、同じ日、同じ時間の新幹線。そして同じ車両だなんて。

 でも、最初から知っていたら、もっと早めに声をかけていただろうし、ズボンのチャックを閉め忘れることなんて、なかったと思う。

「先生、チャックが……」

 と、言ったときの慌てようは、演技ならアカデミー賞もの。あわてて前を隠した手には男性向け週刊誌。セミヌードのオネエサンが、わたしにウィンクしていらっしゃいました……。

 先生には、比較的冷静に話すことができた。

 三回目だっていうこともあったし、玉串川以来、半分見透かされていたようなこともあった。
 そして、なにより、わたしの方がしゃべりたかった。タクラミへの自信が揺らぎに揺らいでいたから。

「さっきの顔は、玉串川の倍は深刻やったで。最初はよう似た別人やと思た」
「今は、もう大丈夫でしょ?」
「……最初にプレゼンで会うたときの顔やなあ」
「またスポットライト当てます?」
「いいや、ピンフォローする」
「え……ピンスポットがずっと付いてくるやつですか!?」

 というわけで、先生は出版社の用事を後回しにして、わたしを荒川までピンフォローすることになった。

 我が人生の最大のやぶ蛇だ……。


 東京駅に着いてさらにびっくりした! ホームに、伝法のオネエサンが立っていた。

「坂東はるかちゃんね?」
「は、はい」

 張り込みの刑事に発見された犯人て、こんな気持ち……。

「で、あなたは?」

 伝法さんは先生を見とがめた。

「あ、わたしは……」

 先生も気圧され気味のご返答。

「ちょっと確認させていただきます」

 伝法さんはケータイを手にした。

「もしもし、タキさん。仕込みの最中にごめん。いま東京駅。うん、はるかちゃんはメッケ。でも、それにさ……」

 話の最後に大爆笑して、伝法さんはケ-タイを切った。

「さ、行きましょうか、大橋先生、はるかちゃん」

 伝法さんは、さっさと歩き出した。

 その五分後、ケータイのアドレスを交換して、わたしたちは伝法さんの車の中。

「大橋先生も、新幹線、タキさんに頼んだんでしょ?」
「ええ、昨日電話がありまして『明日、東京の出版社行く予定あったよなあ』て……」
「さすがに、となりの席ってわけにはいかなかったようですけど、同じ車両にしたんですね」
「あいつ……」

 同感です、はい。でも、このおかげで楽になったんだけどもね。

「まあ、半分お遊びの賭け。半分は……フフ、そういうタキさんてかわいいですね」
 大人の関係ってムズイよ。
「申し遅れました、わたし渡辺真由って言います。編集の仕事やってます。トモ……はるかちゃんのお母さんとも古いつき合いです」

 ブオオオオン!
 
 アクセルを踏み込んで、うしろの車の追い越しを阻止。20キロオーバー、負けん気つよそー……。

「荒川についたら、お任せしていいんですよね」
「そのつもりです。古里とはいえ事情が事情ですから」
「よかった。わたし午後から、編集会議だから……先生、今夜はお泊まりなんですよね?」
「ええ、そのつもりですが」
「じゃ、はるかちゃんと同じホテルにしときますね」
「でも、予約してありますから」
「キャンセルしときます。同じ系列だから」
「え……?」

 キュンキュンキュン!

 タイヤをきしませて交差点を曲がった。

「あ、父が経営してるんです。大橋先生、こういうのって苦手だから、いつも人任せでしょ」

 ……でしょうね、今時ケータイも持たない原始人だから。

「はるかちゃん、どのへんに着けようか。いきなり家の前ってのもなんでしょう?」
「わがまま言ってすみません。千住図書館に行ってもらえます」
「あら、返し忘れた本でもあるの?」
「いいえ、借りにいくんです。千住の空気を」
「ハハ、さすがトモちゃんの子ね。表現が文学的だ」
「いえ、文字通りなんです。荒川の子に戻るには、新幹線速すぎましたから」

 それから五分ほどで、車は図書館に着いた。

「じゃ、わたしはこれで。なにかあったら遠慮無くケータイで」

 爽やかな笑顔を残して、伝法の真由さんの車は走り去った。


 五ヶ月ぶりの千住図書館。

 高安の図書館にもなじんだけど、ここの図書館は特別だ。

 五歳で越してきてから、十二年間。何百冊の本を借りただろう。休日はたいていこの図書館。たまにお父さんが荒川に紙ヒコ-キを飛ばすのについて行くこともあったけど、まあ、どっちもどっち。あとはガキンチョのころ遊んだスサノオ神社(字が難しくて、いまだに書けません)くらいのもの。

「高安の図書館よりすごいなあ」

 先生も嬉しそうだ。

「じゃあ、行ってきます。お昼までには戻るつもりですけど、十二時まわるようなら、ケータイに電話してください」
「はるかのケータイの番号知らんでえ」

 もう、この原始人!

「……はい、これです」

 メモに書いて渡すと、いそいそと(我が家)を目指した。


 図書館から四つ角を曲がると(我が家)だ。

 角を曲がるたびに懐かしさがこみ上げてくる。

「よう、はるかじゃねえか!?」

 四つ目の角を曲がってすぐ、ご近所の仲鉄工のおじさんが声をかけてきた。

「あいかわらず四人でやってるんですか?」
「ハハ、今は一人で二人分働いて四人前だけどよ。ま、心意気だよ。心意気」

 やっぱ、厳しいんだ……。

「まどかちゃん、元気ですか?」

 つい、幼なじみのことを聞いてしまう。まどかちゃんの番号は、悩みに悩んで、引っ越しの朝、新幹線の中で消去していた。四つ目の角を曲がって、わたしはほとんど千住の子に戻っている。

「あ、さっきまでいたんだけどよ、部活とかで出てちまったとこだよ。分かってたら、言っといたのによ」
「ううんいいの、半分出来心で寄っちゃったから」

 半分は残念で、半分ホッとした。ここで幼なじみに会ったら、ここまで突っ張っていたものが一度に崩れてしまう。

「ところではるか、おまえんちだけどよ……」

 そこで、おじさんの肩越しにお父さんの姿が見えた。

「お父さーん!」
「はるか……」

「「「あ……」」」

 三人同時に声をあげていた。

 一瞬、時間が止まったような気がした……?

 それは刹那のことで、次の瞬間にはお父さんに抱きついていた。

 お父さんが、手にした段ボール箱を落とした。

 え……インクの匂いがしない。輪転機の音がしない……。


『はるか 真田山学院高校演劇部物語・第五章』より

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魔法少女マヂカ・240『その前日 表忠塔の丘』

2021-10-22 14:25:42 | 小説

魔法少女マヂカ・240

『その前日 表忠塔の丘語り手:マヂカ  

 

 

 試合までの二日は、ラスプーチンと、その眷属の捜索にあてた。

 

 しかし、正直に捜索と言ってしまっては霧子に影響が出る。

 霧子は生身の人間だ。でも、その闘志と敵愾心は我々魔法少女と変わりがない。

 正直に捜索と言ってラスプーチンの眷属と出くわしてしまえば、どう暴発するか分からない。

 だいいち、この武闘会に出場するのは、優勝して戦艦長門に乗り込むためだ。長門に最大戦速で震災直後の東京湾に向かわせ、救助支援活動に参加させるためなのだ。

 放置しておけば、長門は、英国巡洋艦の追跡を受けて、全速を出せずに到着が遅れてしまうのだからな。

 

 旅順・大連は黄海に突き出た遼東半島の先っぽにある。指に例えれば爪の先のように細くなった半島の先端で、どこに行っても美しい海が見える。緑も豊かで、その海と緑に囲まれて、ロシア統治領の頃からの街並みや建物が並んでいる。

「なんだか、横浜と函館を足して、長崎と神戸で割ったぐらいに素敵な街ね!」

 ラスプーチンには慄いた霧子だが、そこは17歳の女子学習院、海と大陸の風光を満喫する少女になる。

 ピーーーーーー

「あ、あそこで焼き芋売ってるでぇ」

「さっき、天津甘栗食べたとこよ」

「焼き芋は別腹~」

「そっかそっか、ちょっと買って来る」

 すっかり観光旅行の女学生になったノンコと霧子が屋台の焼き芋屋を目指す。

 いよいよ明日は武闘会。その前日の午後、我々は表忠塔の前に来ている。

 爾霊山の忠魂碑とは別に、二万余の戦死者の為に乃木さんと東郷さんが共同で建てた慰霊碑だ。66メートルのロウソクのような形をしており、内部に遺骨が祀られている。

 旅順港を真下に見下ろす景勝の地でもあり、敗戦後は白玉山塔として観光地化するはずだ。

「見当たらなかったな……」

 旅順港を見下ろし、それがお仕舞のサインのように組んだ腕を解して、ブリンダが呟く。

「どこかに見落としが……」

「あると言うのか?」

「分からないけど、あれがラスプーチンのハッタリだったとも思えないからね」

「そうだな、武闘会の結果が出るまでは気を抜けないか……」

 そう言うと、解した腕をまた組んだ。

 ポーーーーーー

 新手の焼き芋屋の釜の音……かと思ったら大連駅の方から聞こえる汽笛だ。

「列車の本数が増えたな」

「いよいよ、明日だからね臨時列車だろ」

「ねえ、アジア号やで!」

 焼き芋の紙袋を抱えて戻ってきたノンコが嬉しそうに叫ぶ。

 さすがに、霧子ははしゃぐようなことはしないが、それでも振り返りながら、アジア号の姿を探している。

 実は、霧子とノンコが寝静まった夜中に大連駅も見に行っている。

 妖どもが乗客に紛れていれば、たとえ降りた後でも気配が残る。バルチック魔法少女が船に擬態していたこともあるので、列車そのものも調べたが、妖気は感じられない。

 ホテル、飲食店から露天に至るまでの食材の移送が増えてきているが、武闘会が間近なのだ、大連は消費都市なのだ、イレギュラーな催しもので食材が増えるのは当然だ。

 ただ、日本国内と違って、牛・豚・鳥などの食肉などが生きたまま移送されてくるのは、やはり大陸たる所以だろう。

 そういう食材を始めとする貨物も調べ上げ、引き上げる時も、妖気を検知する式神や使い魔も置いてきたが、反応は無い。

「やっぱり、アジア号の焼き芋はちゃうなあ」

「どうして、アジア号って分かるの?」

「このサイズ! アジア号的やと思わへん?」

「ああ、そういうことか」

「ノンコ、その芋は鹿児島から移送してきた日本産だと思うよ」

「おお、本場の焼き芋ですやんか!」

「日本人は舌が肥えてるからなあ、売る方も考えてるよ」

「あ、そう? お小遣いいっぱいやから、そんなん気にせんと買うてるわ(^▽^)/」

「そうよね、お祭り前の買い食いは手あたり次第って虎沢も言ってたわ」

「え、虎沢って誰?」

「クマさんのことだろうが」

「あ、そうや。箕作巡査と相思相愛やったねえ(n*´ω`*n)」

 そうだ、これが終わったら、あのカップルもなんとかしてやらなきゃなあ。

 つい、原宿のお屋敷に思いをはせていると、満州馬賊あがりかと思われるようなガタイのいい焼き芋屋が「おーい」と呼ばわりながら上がってきた。

「あ、焼き芋屋さん、どないしたん?」

「お釣り忘れてるよ! わたし、正直者の焼き芋屋、ちゃんとお釣り渡すね!」

「あ、ごめん」

「ありがとう」

「はい、1円でもらったから、45銭のお釣りね」

「正直に、ありがとう」

「ありがとうおっちゃん」

 正直に礼を言ってるが、一袋55銭の焼き芋、高くないか?

 思いが伝わったのか、焼き芋屋が寄って来る。

『おまえらの目、節穴か?』

 口も開けずに文句を言う……こいつ、孫悟嬢の手下か?

『ロシアの化け物どもは、食材に分割して入ってきている。バラバラだから、並みの妖気は出さないんだ』

「「そうなのか!?」」

 ブリンダと大きな声を出したので、ノンコと霧子も驚いている。

『食材は手足とかのパーツだ、今夜の便で妖のソウルがやってきて完成形になる。なってからじゃ遅いぞ』

「そうなのか」

『あまりに迂闊なので知らせてやった、どうするかは、お前たち次第。じゃ、な』

 そこまで伝えると満州訛で「毎度ありがとうございます!」と言って戻っていった。

 これは、武闘会が終わるまでは寝られないかもしれない……。

 

※ 主な登場人物

  • 渡辺真智香(マヂカ)   魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 要海友里(ユリ)     魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 藤本清美(キヨミ)    魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員 
  • 野々村典子(ノンコ)   魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 安倍晴美         日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長
  • 来栖種次         陸上自衛隊特務師団司令
  • 渡辺綾香(ケルベロス)  魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る
  • ブリンダ・マクギャバン  魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員
  • ガーゴイル        ブリンダの使い魔

※ この章の登場人物

  • 高坂霧子       原宿にある高坂侯爵家の娘 
  • 春日         高坂家のメイド長
  • 田中         高坂家の執事長
  • 虎沢クマ       霧子お付きのメイド
  • 松本         高坂家の運転手 
  • 新畑         インバネスの男
  • 箕作健人       請願巡査
  • 孫悟空嬢       中国一の魔法少女

 

 

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はるか・8『離婚から三か月 覚悟』

2021-10-22 05:57:32 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト はるか・8

『離婚から三ヵ月 覚悟』 





 目が覚めると結論、いや、覚悟が決まった。

「お母さん、明日から一泊で神戸に行ってくる。由香といっしょ。異人館とかじっくり回ってみたいの、賞金も入ったことだし。」

 わたしってば、順序が逆さま。アリバイと資金の問題は、まだ解決していない。

「そういや、前から神戸のガイドブックなんか見てたわね」

 伏線は、とっくの昔に張ってある。もっとも、ZOOMERに乗って一泊ツーリングするためのアリバイだった。

 遠くへは行けない、近場の大阪の温泉。大阪は安くて良い温泉がけっこうある。お母さんから一晩だけ離れてみたいという子供じみたタクラミ。ZOOMERは買ってしばらくは、由香に預かってもらうつもりだった。お母さんは、ゲンチャリが嫌いなんだ。ゲンチャリ=族と思っている。お兄さん=伯父さんがバイクで事故ってから、いっそう嫌いになった。

 その伯父さんがZOOMERの情報源。「花言葉」のファイルはゲンチャリとツーリングのことで一杯。わたしは、ゲンチャリとツーリングを企むことで、精一杯の反抗をしていただけなんだ。 

 卒業アルバムを見るような感覚でUSBをパソコンに接続「花言葉」のファイルを開いてみる。ランダムな書き込みや、貼り付けた資料、参照サイトのアドレスなどが自分でも驚くぐらい入っている。

「ラフレシア」というファイルが目に止まる。越してきたその日、やみくもに作ったファイル……開いてみる。おもちゃ箱というかゴミ箱というか……それは突然目に入ってきた。

「親に知られずに家出する方法」

 頭の中で記憶が解凍されていく。自転車のハルカを買ってきた日は、詩に書いたような状況じゃなかった……。

「わたしも神戸には関心があるの、はるかのガイドブックで触発されちゃった。ねえ、一週ずらして、わたしと三人で行かない?」
「え……」

 想定外だよ。

「明日からだと帰りが月曜になっちゃう。横浜と神戸を比較して一本書いてみたいの。ね、来週の土曜からにしようよ」
「だめだよ、来週は部活が始まってる」
「そうか残念。まあ、わたしがいっしょじゃ窮屈だろうしね」
「そんなこと……」
「あります。って顔に書いてある。そのかわり写真撮ってきてよ。旧居留地とか異人館とか、リスト作っとくからよろしく」

 取材費ということで五千円のカンパ。やばいよ……。

 と、いうわけで、由香を訪ねて黒門市場。

 

 アーケードの下にずっと魚屋さんが並んでる。お魚を焼くいい匂いが立ちこめていて、ご飯のすすみそうな街だ。

 由香の勧めで、フグ専門店の横の甘いもの屋さんに入った。

「そうか、そういう訳やったんか……まかしとき、親友の一大事。一肌脱ぐわ」

 夕立のような勢いで全てを話すと、雲間から出てきた日様のような笑顔で引き受けてくれた。

「まあ、泊まりは無理やけど、日帰りで行ってくるわ。どれどれ、これがリストか……」

 アリバイはこれでなんとか、取材費は四千円に値切った。わたしも大阪人らしくなってきた。


 資金は、「当たって砕けろ」でタキさんに泣きついた。

 映画館横のカフェテリアで一通りの説明……というより想いを吐き出した。由香に話すより十倍はエネルギーが要った。

「大人のことに首つっこむもんやない……」

 おっかない……これは失敗かとうつむいてしまった。

「うい……」

 タキさんが、アゴをしゃくった。
 気づくと、二つ折りにした映画のチラシ……そっと開いてみる。

「こんなには要りません……」
「どこで何あるか分からへん、持っていき……そのかわり」
「はい、お皿洗いでもなんでもやります!」
「そんなことやない……」

 タキさんはニヤニヤとわたしの体をねめまわした。

「な、なにを……(^_^;)」
「無事に帰ってくること。無茶はせんこと……それから、ケータイ出し」
「は、はい」
「なにかあったらこの人のとこに電話しい。オレからも電話しとくさかいに」

 と、アドレスを送ってくれた。

「この人は?」
「トモちゃんをオレのとこに紹介してきたやっちゃ」
「お母さんを?」
「共通の知人いうとこや、ちょっと伝法やけど頼りになるオバハンや。写真も送っとくわな」

 送られた写真は、モデルさんのようにきれいなオネエサンだった。

「この人が電報?」
「アホ、そのデンポウとちゃう」
「分かってますって、イナセで男気があるってことでしょ。わたしだって江戸っ子のはしくれなんですから」
「大人をなぶんのやない!」

 ポコン!

 パンフを丸めたので、頭をポコンとやられた。大橋先生のときと同じ音がした。

 それから乗る新幹線と泊まりのホテルを決めさせられた。手配はその場でタキさん自身がやった。ホテルの予約は、まるで身内の人に言ってるみたいでやや横柄。新幹線とホテルの情報を送ってもらって、やっと解放。

 天六の商店街に寄ってあのポロシャツを買って。よくぞ売れずに残っていてくれた(父へのプレゼントだというと、さらに二割引になった♪)それを高安駅のコインロッカーに放り込み、目玉オヤジ大権現を片手拝みにして家に帰った……。


『はるか 真田山学院高校演劇部物語・第15章』より

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せやさかい・252『頼子のあれこれ』

2021-10-21 12:10:44 | ノベル

・252

『頼子のあれこれ』ヨリコ      

 

 

 ほら、紙袋は一つです。

 

 ソフィーが巻き戻した動画を停めた。

「ほんとだ、入って行くときは二つだったよね……」

「これが意味するものは……」

 のしかかるようにして後ろに立っていたジョン・スミスが謎をかける。

 

 秋〇宮邸を訪れたKはポニテもばっさり切って、スーツ姿で白い紙袋二個を持って門の内に消えた。

 そして3時間30分後に出てきた時は、紙袋は一個になっていた。

 

「これは、何を意味していると思いますか?」

 ソフィーは、もう一度Kが出てくるところをスローで再生する。

「たぶん……お土産だろうね」

「一つ残ってるということは……受け取りを拒否された?」

「おそらくは……M子さまはお受け取りになられたけれど、ご両親殿下は拒否されたんでしょうねえ」

「ご明察だと思います」

「………………」

「ソフィーもヨリコ殿下も成長しましたね」

 一言のこすと、ジョン・スミスは三人分のティーカップをトレーに載せた。

「あ、わたしがやります」

「いいよ、ソフィーは殿下のお相手を……」

 近ごろ、ジョン・スミスはソフィーが正面に出るようにしている節がある。

 職制の上では、ジョン・スミスが部長で、ソフィーは領事館に五人いる平の警備係りの一人。

 でも、お祖母ちゃんもジョン・スミスも、将来はソフィーをわたしのブレーンにしようとしている。少しずつだけど、仕事を移譲しているんだと思う。

「昨日は、神奈川県警も捜査に乗り出すという情報がありました。間に合うかどうかはともかく、多くの日本人がM子妃とKを見る目が厳しくなっていることの表れだと思います」

「そうね……これが、イギリスだったら、バッキンガム宮殿にデモをかけているでしょうね」

「イギリスは、王室の方々にも支持率調査をされますからね」

 知ってる。ダイアナ妃が亡くなった時、エリザベス女王は哀悼の意を表さなかったので、支持率は最低に落ち込んで、王室廃止論が多数になったんだ。

「女王は、ただちにユニオンジャックを半旗にして、世界中にダイアナ哀悼のメッセージを出されました」

 

 う……口にしなくても察しているわよ。ソフィー恐るべし。

 もう、ほとんどヤマセンブルグの国籍をとると決めているんだけど、それは同時にお祖母ちゃんの後を継いで、いずれは女王になるってことで、秋〇宮M子内親王さまの逆の意味で重い選択。

 自信と覚悟を付けるための試練がいっぱいある。

 一つ一つ片づけていかなくっちゃ。

「沖縄には行けそうかしら?」

「コロナ次第なんですが、ハローウィンの頃には結論が出そうです」

「うまくいくといいわね」

「しかし、これで、国の内外に殿下の決意を示すことに……」

「いいのよ、もう、式典で着る制服とかできてるんでしょ?」

「え、あ……いつの間に」

「領事の執務室に行ったら見えちゃった。窓際の鏡に領事のデスクトップが映ってて、仕立て上がった制服が映ってたし」

「え、そうなんですか!?」

「あの鏡、領事の誕生日にソフィーたちが送ったものでしょ? 置き場所決めたのもソフィー……かな?」

「いいえ、たまたまですよ、たまたま。では、下がって学校の宿題にかかります」

「あ、できたら見せてね」

「嫌です、ヨリコ」

「ウ、切り替えたなあ」

「では」

 

 あらためてパソコンを開いて日程を確認。

 12月1日の『ヤマセンブルグ練習艦遭難100周年慰霊式典』の日程に既決のしるしを入れた。

 

 

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はるか・7『離婚から三ヵ月 ブオオオオン!』

2021-10-21 06:14:30 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト はるか・7

『離婚から三ヵ月 ブオオオオン!』 




 八月とは言え、風が心地いい。わたしの心は、いまZOOMERに乗って風を切って走っている。

――ZOOMERに乗りたい!――

 そうメールすると、吉川先輩は、軽トラにZOOMERを乗せて、家の前まで持ってきてくれた。親切っちゃ親切なんだけど、返すときは先輩の家まで乗っていくって条件。

 これで、互いの家を確認と勘ぐった……しかし、軽トラの荷台には「鈴木鮮魚店」の文字。

「由香も知ってるから(^▽^)」と、だめ押し。

 で、わたしは大阪城の周りを二周半した。停まると、さすがに汗が噴き出す。

 壮快な汗だけど、どうしてだろう……心がついてこない。

 成城のガキンチョのころ、めずらしくオネダリして買ってもらった自転車を思い出した。

 ドイツ製の高級自転車だった。今の自転車との共通点は、オレンジという車体の色だけ。
 あのときは楽しかった。だから、ゲンチャリに乗ったら楽しいだろうと思っていた。
 あれは、元チチの会社が潰れる前の年。大人たちは、わたしの自転車のお稽古につき合ってくれた。むろん、お母さんも、元チチも……。

 ちょうど大手門の前で、ガイドさんの説明が聞こえてきた。

「この大阪城は、豊臣秀吉が作った大坂城が、慶長二十年、大坂夏の陣で落城したあと、徳川家康によって、再建されたもので、元の大坂城は、この地中に……」

 埋まっていたんだ……知らなかった。

 そして、気づいた。わたしの心の中にも、もう一人のはるかが埋まっていた。

「ゲンチャリに乗ったら世界が変わるかもな。世界が変わったら、次は自分がどう変わるかだ」

 軽トラからZOOMERを下ろしながら言った先輩の言葉が蘇る。

「その言葉二回目!」
「だって、はるかは二人いそうだからな」
「え?」
「ほら、そこ!」

 と、わたしの後ろを指差した。で、後ろを振り返った隙に軽トラを発車させた。窓から、ニクタラシく振られた手だけが見えた。

 ブオオオオン!

 わたしは、スポーツドリンクを一気のみしてZOOMERのアクセルをふかした。
 吹き出す汗は、古いわたしだ。古いわたしは、風がどんどん吹き飛ばしていく……。

 タクラミはZOOMERを買うことから軌道修正。佳作の二万円の賞金じゃ、中古だって買えない。大坂城を後にするころには考えが浮かんできた。

 一度……東京に戻ってみる。

 わたしは、背伸びしていたんだ。物わかりよさげというか、大人ぶって親の離婚を受け入れてきた。でも、それって、親の問題に首突っこんで、それ以上傷つきたくないという怯えにすぎない。大人ぶっているようで、それって、とても子供じみたあきらめに過ぎないんだ。だって元チチ……お父さんは、投げた球を返してきた。視界没の写真。あれは、家族に戻ろうって謎かけなんだ。ここは、わたしが、娘として動かなくっちゃ。
 
 先輩の家へZOOMERを返しにいったころ、考えは決心に変わっていた。

「はるか、なんか緊張してる?」
「う、ううん。どうして?」
「はるかって、緊張すると怒ったような顔になる」
「そう? あ、初めてZOOMERに乗ったから」
「それに、鼻がふくらんでる」
「え?」
「はるかは、心にもないことを言う時って、鼻がふくらむんだぜ。自覚無かった?」
ガレージにZOOMERを入れながら、背中で言った。思わず鼻を手で隠す。
「ハハ、ひっかかった。なにか企んでるなあ?」
「さ、さいならあ……!」

 わたしは東京に戻ってみる。お父さんにもう一歩踏み出してもらうために。

 でも問題が残っている。

 たった二つだけど、とても重要な問題が。
 アリバイ工作……そして致命的なのは資金不足。わたしの有り金は、佳作の賞金も合わせて三万ちょっと。一泊することを考えると、もう三万は欲しい。

 あれこれ考えているうちに眠ってしまった……。


『はるか 真田山学院高校演劇部物語・第14・15章』より

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銀河太平記・074『フートンへ』

2021-10-20 14:36:34 | 小説4

・074

『フートンへ』 加藤 恵    

 

 

 その足で西の『フートン』に行くことになった。

 

 では、うちからも一人と、村長が同行を申し出る。

 まるで友だち同士が連れだって、もう一人の友だちに会いに行くような気軽さだ。

 天狗党にも似たような空気があるが、天狗党のそれは意識して作られたものだ。

 

 天狗党は、日本中から尊王の志の高い者が集まった実力集団だ。

 尊王と言っても、意識の持ち方は様々。

 当代の女性天皇のファンという者から、伝統的な水戸学の方向しか認めない大時代な者まで。

 天狗党は、そういう入党希望者を三か月の準備訓練で篩(ふるい)にかける。

 入党希望の段階で、どのような考え方をしていても問題にはしないが、準備訓練で順応しない者は排除する。

 当代のファンという者は真っ先に放り出される。天狗党は六世紀の推古天皇のように男子の皇位継承者が居ない場合の中継ぎとしての女性天皇は認めるが、女系天皇は断じて不可。

 だから、当代で四代目になる女系女性天皇を排斥する活動を行っている。先月、靖国参拝の天皇の車列を襲った(靖国乙事件)のも、この活動目的の当然の帰結だ。さすがに、当代を弑逆(しいぎゃく)するところまではしない。目的は襲撃することで、当代と側近の心胆を寒からしめ、評判を落とすことにある。

 評判を落とし、内外からの批判を巻き起こし、五代遡った男系の家系から相応の方を迎えて新天皇に御即位いただく。

 三千年の長きにわたって連綿と受け継がれた正しい皇統に戻すことが、天狗党の目的であり存在意義なのだ。

 しかし、尊王の志操が確かなものになれば、仲間の関係は意外にルーズ、いやファジー、自由闊達なものだ。

 尊王の礎さえ確かであれば、あとは『明き心』のゆるい付き合いを大事にする。

『明き心』は生得のものではない。天狗党では、三か月の準備訓練の後は見習いの間に先達が教えてくれる。けして教条主義的なものではないが、日々の活動や党員同士の付き合いの中で「今のは、こうするべきだ」とか「口にすべきではなかった」とか「言わずとも分かるようにしろ」とか指導を受ける。

 高野先生の「やって見せ 言って聞かせてさせてみて 褒めてやらねば 人は動かじ」という教えにはまいったけど、緩く思える高野先生の教えも、折に触れて示される意識的な教えの一つであることには違いない。

 

 いま、戻ってきたばかりのナバホ村のサンパチに乗り変えてフートンに向かっている。

 

「シゲと話してぇから替われや」

 ザブが手下のガキに言うように顎をしゃくるので、サンパチの助手席に火星人と並んで座っている。

「おまえら、ホーバイか?」

 後部座席で腕組みした村長が首を伸ばす。

「ホーバイ?」

「朋輩、親友の事さ。村長は気に入っておられる」

「おう、社長が教えてくれた。無二の親友という意味だろ。儂と社長はホーバイだ。おまえたちもだろ?」

「えと、言っていいのかな?」

「キミがかまわなければ、僕から言おうか?」

「あ、いや……」

「じゃ、儂のことから言ってやろう。儂は元々は、西ノ島の採掘権を奪うためにやってきた殺し屋だ」

「殺し屋!?」

「ああ、ヒムロ社長が独占的に採掘権を握っていたんでな、社長を殺して採掘権を奪うためにアメリカからやってきた」

「CIAとかの?」

「そんな単純なもんじゃない、漢明の息のかかった組織だった。それが、いろいろあってな、いつの間にか仲良くなって、ホーバイになっちまった」

『拙者が、村長を打ち漏らしたでござるよ』

「わ!?」

 急な侍言葉にビックリ。すぐにサンパチのAIの声だと分かるが、同型のニッパチとえらく違うので戸惑いが抜けない。

「社長の配下が儂を暗殺するために送り込んできた殺人兵器だったんだけどな、寸前のところで社長が止めに来てくれて、命拾いしたんだ」

『その罰として、拙者は村長の為に働くことになったのでござるよ』

「そうなんだ(^_^;)」

「で、お前らは、どうなんだ?」

「西ノ島は、人の身の上を詮索しないのでは……」

「言いたくないなら言わなくてもいいがな、ホーバイなら聞いても悪くないだろうが」

「僕が扶桑幕府の将軍付き小姓だということは分かっているんだろう?」

「え、ええ……」

「ムフ」

 村長の笑顔が不気味(^_^;)。

「そうです! 緒方未来に化けて将軍に近づこうとした天狗党の女スパイですよ!」

「そうか、では、改めて、ナバホ村村民見習いの本多兵二だ。よろしくね」

「う、うん」

 なんだか一点リードされたような感じで握手すると、岩場の向こうに城塞を思わせるフートンの楼門が見えてきた。

「わあ……」

 西ノ島三つの集落の中で、一番立派な造りに、ちょっと驚いた。

 

※ この章の主な登場人物

  • 大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
  • 穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
  • 緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
  • 平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
  • 加藤 恵              天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
  • 姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
  • 扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
  • 本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
  • 胡蝶                小姓頭
  • 児玉元帥              地球に帰還してからは越萌マイ
  • 森ノ宮親王
  • ヨイチ               児玉元帥の副官
  • マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
  • アルルカン             太陽系一の賞金首
  • 氷室                西ノ島 氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩)

 ※ 事項

  • 扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
  • カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
  • グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
  • 扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
  • 西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地

 

 

 

 

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はるか・6『離婚から三ヵ月 麦茶を一気飲み』

2021-10-20 05:28:35 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト はるか・6

『離婚から三ヵ月 麦茶を一気飲み』 




 わたしはいつも通り、一人で夕食をすますと(確認しときますけど、大阪に来てから土日を除いて、夕食は一人なの。もっとも、材料とレシピは用意してくれている。逆に言うと、お母さんは、平日は志忠屋のマカナイで昼夜の食事をとっている。で、栄養管理にうるさく。このごろタキさんは「オカンみたいや」とぼやいている。同感って、わたしには本当の「オカン」なのだから始末が悪い)ちょっとした親孝行にと、ビールを冷蔵庫に入れた。

 そしてボンヤリと月をながめて……って、べつにオオカミ女になったりはしないのでご安心を。

 気がつくと、マサカドクンが正座してなにやらケータイを打つ真似をしている……よく見ると、マサカドクンがちょっと変だ。

 今まで、ぼんやりした凹凸でしかなかった顔立ち。そこに三つの点のようなものがにじみ出している……目と口……?

「マサカドクン」

 下の方の点が、ビビっと震えた。

――ウ、ウ、ウ……。

「マサカドクン……!?」

――ウ、ウ、ウ……。

「マサカドクン、ちょっと立ってみて」

――ウ。

 立ち上がったマサカドクンは少し背が高く……いや、頭が小さくなって四頭身ぐらいになっている。長いつき合いだけど、こんなことは初めてだった。

――ウ。

 マサカドクンがケータイを示した。
 それだけで意味が分かった。

「元チチにメールしろって……!?」

――ウ。

 ウスボンヤリしたマサカドクンの顔を見ているうちに心が飛躍した。

 乙女先生→乙女先生のお母さんの介護→ワーナーの家族愛映画→スミレとカオルの心の交流→失われたうちの家族→元チチ……。

 三ヶ月封印していたメールを元チチに打った。

「はるかは元気だよ」と、一言。そしてカオル姿の写メを添付した。


「ビール飲みたーい!」

 汗だくでお母さんが帰ってきた。

「冷やしといた」

 パジャマ姿に歯ブラシの娘が、顔を出す。
 ドアを開けるなり、母子の会話。

「サンキュー、親孝行な娘を持ったなあ♪」

 このシュチエーション、まんまビールのCMになりそう。

「グビ、グビ……グビ……プハー!」

 お風呂上がりに極上の笑顔!

「ゲフ!」

 色気のないスッピンでゲップ……CMになりません。でも、一日の終わりが機嫌良く終われるのはめでたいことであります。

「今日、乙女先生が来たわよ」
「え……」
「大橋さんと、トコちゃんもいっしょだった」
「なに、その組み合わせ?」
「乙女先生のお母さん、介護付き老人ホームに入ることになった」
「そうなんだ……」
「だいぶためらってらっしゃったけど……」

 二本目の缶ビールを、この人はためらいもなく開けた。

「そのために、先生とトコさんが来たのか」

 わたしは麦茶のポットを取り出した。

「うまい具合に、乙女先生の家の近所に新しいのができて、見学の帰りに志忠屋に寄って思案の結果ってわけ。わたしはタキさんとカウンターの中で聞いてただけだけどね。どうしても姥捨ての感覚が残っちゃうのよね」
「だろうね……オットット」

 注いだ麦茶が溢れそうになった。

「トコちゃんが言うの『介護ってがんばっちゃダメなんですよ。介護って道は長いデコボコ道なんです。がんばったら、介護って長い道は完走できません。この道は完走しなきゃ意味ないんですから。施設に入れるんじゃないんです。利用するんですよ。ね、先生』って……大橋さんもね、ご両親、施設に入れ……利用してらっしゃるの。知ってた、はるか?」
「……ううん」

 先生のコンニャク顔が浮かんだ。そういう事情とはなかなか結びつかない。

「あの人の早期退職もそのへんの事情があるのかもね……はるか」
「ん……?」
「お母さんのこと手に負えなくなったら、はるかもそうしていいからね」

 と、飲みかけのビールを置いた。

 そんな……と、思いつつ、ある意味、とっくに手に負えないんですけどね……と、麦茶を一気飲みした。

「ゲフ……」

 麦茶でもゲップは出るんだ。

 ベッドに潜り込もうとしたら、メールの着メロ。

 ……元チチからだ!

 

『はるか 真田山学院高校演劇部物語・第14章』より

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鳴かぬなら 信長転生記 39『テニスコートの誓い・1』

2021-10-19 15:20:19 | ノベル2

ら 信長転生記

39『テニスコートの誓い・1』  

 

 

 フィフティーン:フォーティー! マッチ ウォン バイ 信長!

 利休の声と手が上がって、俺の勝利が確定した。

「くそ!」

「かたちにこだわり過ぎるんだ、織部は」

 両膝に手をついて悔しがる織部に武蔵は容赦がない。

「武蔵、おまえの言う通りだが、押さえてやれ、これ以上挑まれてもかなわんからな」

「う、美しく勝たなければ意味がありません」

 もう、それには応えずに、俺はベンチに麦茶を飲みに行く。

 

 カポーーン カポーーン

 

 隣のコートでは、信玄と謙信がスコートを翻しながら、フィフティー:フィフティーから動かない勝負を続けている。

 信信コンビのテニスは変則的なルールで、どちらかがハンドレッドになるまで止められない。

「いつか、ラブ:ハンドレッドで下してやる!」

 信玄も謙信も同じことを言う。

 いわば、テニスのデスマッチで、けして利休は、この二人の審判はやらない。

 審判をやらされるのは、対外試合で三回負けの込んだテニス部員が『集中力の鍛錬』という名目でやらされる。

 二人が戦うコートはBコートに定まっているのだが、いつの間にか『川中島』の異名で通るようになってきた。

 放課後の短い部活の時間で収まるわけもなく、たいていは下校時間を告げるチャイムでドローに終わる。

 例外は、学校近くの民家で火事が起こって、逃げ遅れた子供を助けるために中断した時と、事務の連絡ミスで、コートの改良故事にやってきた業者が苦情を言った時という外部要因だけであったそうな。

 今日も下校のチャイムが鳴るまで続くのかと思ったが、予想外の外部要因がデスマッチを止めた。

「「決まったか!?」」

 同時に外部要因に気が付いて、試合が中断。真ん中の審判席で、デスマッチを覚悟していたテニス部員が胸をなでおろす。

 その外部要因は、端正に制服を着こなし『生徒会』の腕章を付けた執行部の石田三成だ。

「部活中すみみせん、お申し出の臨時予算執行についての結論が出ましたので、お知らせに上がりました」

 見ようによっては学院一の知性派美少女と言われる三成は、美しいだけに余計に強調される冷たい表情で切り込んでくる。

「しかたがない、五人ともというのは、こちらも無理な要求だったかもしれん。謙信、人数を絞ろう」

 信玄は謙信を促して、三成と利休が顔を突き合わせているベンチに向かう。

 さて、今度は人選で揉めることになるか……ここは、先輩である信信コンビに譲らざるをえないかと、二人に倣う。

「みんな、事態は予想の斜め上をいってるみたいよ……石田さん、ここは、あなたから言ってもらえるかしら」

「承知しました」

 三成は、俺たちに正対すると、丁寧に頭を下げる。頭を下げてはいるのだが、どことなくイラっとさせる。

 ま、いまは置いておこう。問題は三成が持ってきた結論だ。

「お申し越しの『校外視察』に出せる予算はありません」

「三成、それは、わたしたちも分かっている。三人分、いや、二人分でも手を打とう。校外視察は、この扶桑には緊急的に必要なんだよ」

 謙信が優しく言うが、三成は斟酌することなく、あとを続ける。

「三国志の世界は、広さも深さも扶桑の百倍を超えるとも言われています。たとえ一人分であろうとも、その経費は延べ百人分を超えます」

 それはそうだろう、三国志の情勢を見極めるには、守勢に立つにせよ攻勢に出るにしろ、それぐらいの時間はかかる。

 しかし、三国志の攻勢を傍観していれば、学院を、いや、扶桑そのものを失うことになるかもしれない。それは、まだ言うわけにはいかないがな。

「なんとかならんか」

「ことは、当学院の範疇を超えております。扶桑全体で対応すべき案件であると思います。信玄さん」

「扶桑全体に広げてしまえば、予期しない混乱と動揺を引き起こしてしまう。うちだけで処理しなければ禍根を残す」

「そう、申されましても、わたしは、本校生徒会の一執行部員に過ぎません。これ以上の返答は、分を超えるばかりではなく、無責任であります」

 事の性格から、生徒会には校外視察としか申し出ていない。

 三国志の方に侵略意図があって、武装した偵察隊が出ているとか、袁紹のように実力行使に出てくる者がいることは伏せてある。

「申し訳ありませんが、わたしは、通達を申し上げにきたのであって、議論する権限はありません」

「三成」

「では、これにて失礼いたします」

 ペコリと頭を下げると、回れ右をしてコートの出口に向かう。

 ガチャリ

 いつの間にか外に出ていた武蔵が、抜き身を構えて三成の鼻先に突き付けた。

 

☆ 主な登場人物

  •  織田 信長       本能寺の変で討ち取られて転生
  •  熱田敦子(熱田大神)  信長担当の尾張の神さま
  •  織田 市        信長の妹(兄を嫌っているので従姉妹の設定になる)
  •  平手 美姫       信長のクラス担任
  •  武田 信玄       同級生
  •  上杉 謙信       同級生
  •  古田 織部       茶華道部の眼鏡っこ
  •  宮本武蔵        孤高の剣聖
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はるか・5『キャリアのトコさん』

2021-10-19 06:32:12 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト はるか・5

『キャリアのトコさん』  




「あら、映画行ったんじゃないの?」

 お皿を洗う手を止めて、お母さんが聞いた。

「うん、映画だと着替えて行かなきゃなんないし。たまにはお客さんで来ようって。ね、由香」
「こんにちは、おじゃまします」

 わたしは映画をやめて、由香を誘って志忠屋へ初めてお客としてやってきた。

「シチューは、もう切れてるけど日替わりやったらあるで。はい、おまち。本日のラストシチュー」
「ごめんね、わたしがラストのオーダーしてしもたから」

 キャリアっぽい女の人が、すまなさそうに言った。

「いいえ、わたしたち日替わりでいいですから(^_^;)」
「はい」

 二人でパーにした手をハタハタと振る。

「アフターで、アイスミルクティーお願いします」
「このオバチャンやったら気ぃ使わんでええから」
「気ぃも、オバチャンも使わんといてくれます。」

 と、キャリアさん。

「紹介しとくわ、これがさっき噂してた文学賞のホンワカはるか」
「トモちゃんの娘さん? さっき作品読ませてもろてたとこよ」

 もう、お母さんたら。ただの佳作なんだよ、佳作ゥ!

「で、ポニーテールのかいらしい子が、友だちの由香ちゃん。黒門市場の魚屋さんの子ぉ」
「ども……」
 
 カックンと二人そろって頭を下げる。

 もっと、きちんと挨拶しなきゃいけないんだけど、このキャリアさんはオーラがあって気後れしてしまう。カウンターの中から「よろしく」って感じで、お母さんがキャリアさんに目配せ。

「この、オ……ネエサンは、大橋の教え子で叶豊子、さん」
「トコでええよ」
「大橋先生に習ってらっしゃったんですか?」
「うん、三年間クラブの顧問」
「昔から、あんなコンニャクだったんですか!?」
「プ、コンニャク!?」

 それから、しばらく大橋先生をサカナにして、五人はしゃべりまくった。

 昔は怖い先生だったようだ。部活中に引退した男子部員とケンカして二十八人いた部員が、ケンカし終わったら三人に減ってしまい、やけくそで書いた作品が近畿の二位までいったこと。気合いの入っていない稽古ではスリッパを飛ばしていたこと。字は今よりもヘタクソだったこと……など。いずれも今の先生からは「ヘー!?」と「ナルホド」であった。

「どうして、あの先生は、小汚いキャップを被ってるんですか?」

 わたしが聞く前に、由香に聞かれてしまった。
 わたしは、先回りして事情を説明した。

「ちょっと脚色しとるなあ」

 営業中の札を準備中に裏返して、タキさんは続けた。

「あれは、昔、棚橋いう連れと三人で自衛艦の見学にいったんや。ほんなら、棚橋が、船のナンバーと同じ百十六番目の客でな、その記念に棚橋が艦長さんからもらいよってな、それを欲しそうな顔してせしめよったんや」
「なんだ、じゃあ、友だちが死んだってのも……」
「そら、ほんまや。棚橋は、この店の初代のオーナーや。五年前に若死にしよってな。で、オレはこの店受け継いで……」

 しばしの沈黙のあと……。

「先生は帽子を受け継いだんですねぇ……」

 由香は、早手回しにロマンチストになっていた。

「じゃあ、ヤンキースのスタジャンは?」
「あれ、なかなかシブイですよね」

 お母さんが合いの手。

「あいつは、野球がキライやねん」
「ええ!」
 
 と、トコさんを除いた女三人

「阪神が優勝したときにね、この店でみんなで盛り上がって、先生一人ハミゴになってしもて」

 トコさんがクスクス笑いながら言った。

「ハミゴってなんですか?」
「ハミダシッ子いう意味」

 トコさんが、自ら翻訳してくれた。

「で、次来たときにはあれ着とった。シニカルなやっちゃ」
「ヤンキースファンなんて、まずいないでしょうからね」

 と、お母さん。しばらく、大橋先生の棚卸しは、終わらなかった。

 トコさんは、話しているうちに高校生みたくなってきて、というか、わたしたちが慣れちゃって、ちょっと上の先輩と話しているような気になって、メルアドの交換までしちゃった。

「うちの店で、買うてもろたら、サービスさせてもらいますよ」

 由香は、ちゃっかりお店の宣伝。店の写メまで見せてる。

「わ、大きなお店!」
「……の、隣です」
「ハハ、今度寄らせてもらうわ」
「まいど!」
「はるかちゃん、台本見せてくれる」
「はい、これです」
「わあ、ワープロや! 昔は先生の手書きやった」
「そら、読みにくかったやろ」

 タキさんが、チャチャを入れる。

「慣れたら、味のある字ぃですよ。わ、香盤表(こうばんひょう)と付け帳は昔のまんま」
「大橋、エクセルよう使わんもんなあ」

 後ろで、お母さんが笑ってる(お母さんもできないもんね)

「あ、はるかちゃんの、カオル役はお下げ髪やねんね」
「はい。それが?」
「先生、お下げにしとくように言わはれへんかった?」
「いいえ」
「昔、メガネかける役やったんやけど、一月前から度なしのメガネかけさせられたよ。役はカタチから入っていかなあかん言われて」
「そうや、はるか、お下げにしよ!」

 由香が調子づいた。

「うん、やってみよう。はるかのお下げなんて、小学校入学以来だもん!」

 お母さんまで、はしゃぎだした。
 あーあ、わたしはリカちゃん人形かよ……。

「はい、できあがり」

 と、お下げができたとき、トコさんのケータイが鳴った。

「……はい、分かりました。木村さんですね。すぐ行きます。ううん、ええんですよ。こういう仕事やねんか ら。ほんなら、また。あたし木曜日が公休で、月に二回ぐらい、ここにきてるさかい、また会いましょね」

 トコさんは、キャリアの顔に戻って、店を出て行った。

 かっこいい……。

 わたしの網膜には、しばらくトコさんの残像が残った。

「あいつも、損な性分や」
「トコさん、なにしてはるんですか?」
「理学療法士……のエキスパート」
「ああ、リハビリの介助やったりするんですよね?」
「あいつは、訪問で、リハビリもやって、病院勤務もやって、非常勤で理学療法の講師までこなしとる。今日も休みやねんけどな、ああやって言われると、救急車みたいにすっ飛んで行きよる。で、月に二度ほど、ここに来て毒を吐いていくいうわけや」
「今日は、あなたたちが毒消しになったわね」

 と、毒が言った。

 

 『はるか 真田山学院高校演劇部物語・第13章』より

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やくもあやかし物語・107『コタツ 机の上と床の上』

2021-10-18 09:14:54 | ライトノベルセレクト

やく物語・107

『コタツ 机の上と床の上』   

 

 

 日本人の発明で一番はインスタントラーメンだと思う。

 お湯をかけて三分待てば、熱々の美味しいラーメンが食べられるなんて、ほんと世紀の大発明だと思うよ。

 お父さんが亡くなって、何年かはお母さんと二人の母子家庭だった。

 お母さんは、朝から晩まで、パートの掛け持ちとかやってたから、インスタントラーメンは必需品だった。

 インスタントラーメンには二種類あるよね。袋麺とカップ麺ね。

 袋麺はチキンラーメン以外は、お鍋で煮なければならない。小学校低学年のころは「お母さんが居ない時はガスコンロ使っちゃダメだぞ」と言われてた。

 だから、主にカップ麺。

「カップ麺好きだよ(^▽^)/」

 お母さんには、そう言っていたけど、本当は袋麺にしたかった。

 袋麺は、ちょっとお料理してるって感じがするでしょ。お野菜とかハムとか刻んで入れたら、ますますお料理らしい。

 そう言うと「やくもは、オシャマさんね」と少し喜んでくれた。

 もう一つの理由は、袋麺の方が安いから。5個ワンパックのやつは、安売りだと300円くらい。カップ麺だと2個ぐらいしか買えない。

 だから、わたしは袋麺が好きだった。

 あ、日本の大発明の話だよね。

 

 二番目はね、コタツだよ、やぐらコタツ。

 

 やぐらコタツをデーンと置いておくと、みんなで足を突っ込んでさ。真ん中におミカンの入ったカゴとか置いとくと、完ぺきでしょ。

 特にすることも話すこともなくってもさ、コタツに入ってるとサマになるでしょ。

 なんか、シミジミしちゃって、天晴れ日本の茶の間でござるよ。

 これがテーブルだと、こうはいかないでござる。

 本を読むとか、編み物するとかさ。ミカンとか置いていても、なんかしてないと気まずいでしょ。

 机と椅子ってのは、欧米だよね。欧米って疑心暗鬼の社会だから、ちゃんとテーブルに座って、座ったら喋らないと許されない。そんな感じでしょ?

 コタツって言うのは、いっしょに居ても、お互いに寡黙とか沈黙とかが許されるんだよね。

 うん、お布団に似てるかな?

 同じ部屋にお布団敷いて寝たら、修学旅行の夜でも無敵でしょ。寝てるやつはそっとしとけって、暗黙の了解的な?

 

 そのコタツに入って、二人は、それぞれ好きにしてる。

 

 一人は黒猫のチカコ。もう一人はあやせの六条御息所。

 チカコは一人で本を読み、御息所は左頬をコタツの天板に預けて、向こうを向いている。

 コタツは、机の上の1/12の六畳の上。

 わたしはわたしで、床の上に置いたコタツに手足を突っ込んで、机の上を見上げてるんだけど。

「ねえ、つまんないわよ」

 二人に投げかける。

 会話があるわけじゃないんだけど、1/12の方は、いずれは団欒になる。コタツの魔力でござるよ。

 同じコタツでも、床の上では別世界。平屋の家のコタツに入っていて、隣の三階建てのコタツの部屋を見上げてるみたい。

「仕方ないでしょ、こっちは1/12なんだから。それに、六条御息所とは話すこともないし」

 それは嘘だ。

 三回は会話してる。ミカンの皮を剝くとき、ミカンの皮を捨てる時、チカコが小さくアクビした時、御息所がクスっと笑って、チカコが「なによ」って言って、御息所が「なんでも……」って返事した。

 さりげなくって、しょーもない交流だけど、これが会話の始まりなんだ。コタツの魔法なんだ。

 来週ぐらいになると、きっと二人でヒソヒソ話し始める。

 床の上のわたしはハミられるね、きっと。

 ズズー

 冷めたお茶をすする。

 我ながらお婆ちゃんみたい。

 そうだ、カップ麺でもこさえて羨ましがらせてやろ。

 そう思って、非常食ラックをゴソゴソ……あ、切れてる。

 仕方ない、お台所の買い置き見に行こう。

 よっこらしょ。

「お婆さんみたい」

 チカコが小さく言うと、あっち向いた六条御息所もクスっと笑う。

 ほら、コタツの魔力だよ。

 お台所の買い置きも切れている。

 仕方ない、買いに行こうか。

 お婆ちゃんに言うと、三千円とエコバッグを渡してくれる。

 久しぶりにチカコを連れないで、すっかり秋めいてきた道をスーパー目指して歩いて行ったよ。

 

☆ 主な登場人物

  • やくも       一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生
  • お母さん      やくもとは血の繋がりは無い 陽子
  • お爺ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
  • お婆ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
  • 教頭先生
  • 小出先生      図書部の先生
  • 杉野君        図書委員仲間 やくものことが好き
  • 小桜さん       図書委員仲間
  • あやかしたち    交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅 春一番お化け 二丁目断層 親子(チカコ) 俊徳丸 鬼の孫の手 六畳の御息所

 

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はるか・4『離婚から一カ月』

2021-10-18 05:33:19 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト はるか・4

『離婚から一カ月』 




「はるか、何やってんのよ?」
 
 母が作業の手を止めた。

「役作りよ、役作り」

「ああ、お芝居の中で、ダルマサンガコロンダをやるんだ……」

「あのね」

「じゃなかったら、風呂上がりのドロボウさん?」

「違うよ。美少女アンドロイドよ、美少女!」

「アンドロイド。で、美少女……アハハハ」

「そうゲラゲラ笑うことないでしょ!」

 わたしは、役作りを中断してスポーツドリンクを取りに行った。

「そう、ゲラゲラ、ゲラよ……あ、お母さんにもちょうだい」

「なによ、忙しい人ね。笑ったと思ったら、もう落ち込み? ソ-ウツだよソーウツ」

 グラスを渡しながら、母の手許を見るとゲラ刷りの束。

 お母さん、原稿こそはパソコンだけど、校正は一度紙にしないとおさまらない。受賞したころは、まだアナログな原稿用紙だったから、その名残ってか、験担ぎ。パソコンに打ち直した後は紙くずになるんだけどね。

「ああ、ゲラか……」

「そう、著者校正」

「もうできてんじゃないの?」

「なんだけどね、なんだか今イチ……これかなあって言葉使っても、時間置いて読むと、しっくりこない。表現を変えると、ただ長ったらしい文章になるだけ。思い悩んでるうちに、これだって思っていたものが、いつの間にかドライアイスみたく、消えて無くなっちゃう……ああ、スランプ!」

「簡単に言わないでよね。このために離婚までしたんでしょ」

「グサ!」

 お母さんはテーブルに突っ伏した……ちょっと言い過ぎたかな。

「……お母さん?」

「そっちこそ、簡単に言わないでよね。このために離婚したのか、離婚したためにここまでやってるのか、二択で答えられるようなことじゃないわよ」

「それって……」

 開き直り……という言葉を飲み込んだ。

「だめねえ、はるかに八つ当たりするようじゃ坂東友子も、たそがれか……」

 バサリ……とゲラの束をテーブルに投げ出した。

 勢いで半分ほどが床に落ちて、散らばった。

「勝手にたそがれないでよね……」

「はいはい……」

 ノロノロとゲラを拾い集める。

「はいは、一回だけ……って、お母さん言ったよ、小さい頃」

「はーい」

「もう……」

 ノロノロとわたしも手伝う。

 ゴツンと音をたてて、二人の頭がぶつかった。

「イテテ……」

 ぶつかり具合なのか、お母さんはケロッとしている。

「大丈夫?」

 人ごとのように聞く。中も外も頭は鈍感なようだ。

「たんこぶができたよ」

「どれどれ……ああ、たいしたことないよ」

 頭に、なにか生ぬるいものを感じた。

「なにしたの?」

「ツバつけといた」

「やだあ、お風呂はいったばかりなんだよ」

「効くんだよ、小さい頃よくやったげた……イタイノ、イタイノ飛んでけえ~」

 と、頭をナデナデ。

 少しだけホンワカした。

「帰ってくるの遅かったけど、デート?」

 こういうことには鋭い。

「ち、ちがうよ」

 反射的にそう言ってしまう。

「だって、今日のお芝居マチネーでしょ。三時には終わってるよ。ブレヒトの『肝っ玉お母とその子供たち』だよね」

「なんで知ってんの!?」

「そこにパンフ置いたまんま」

「あ……」

「まあ、今時ブレヒトでデート、ありえないこともないけど。わたしは、お芝居観た後の待ち合わせだと思うなあ。はるか、ブレヒトの本にしおりはさんだまんま。大橋さんに借りたんでしょ。今はお芝居に首っ丈、アベックで観てたら芝居どころじゃないもんね」

「待ち合わせてたわけじゃないよ……!」

「やっぱしね」

 ……ひっかかってしまった。

「お相手は、吉川裕也クンかなあ?」

 名前を言い当てられて、なぜだか口縄坂の三階建てが頭に浮かんで、顔が赤らむ。

「な、なにも変なことはしてないわよ」

 なんて答えをするんだ……。

「怪しげなとこ行ってないでしょうね?」

 謎を解き始めた名探偵のように、赤ボールペンを指先でクルリとまわした。

 仕方ないや。わたしは正直に答えた……三階建てに、ビックリしたことを除いて。

 

 ……わたしは、アルバイトを思い立った。

 それから、しばらく『すみれ』の話と、始まったばかりだけど、密度の高い稽古の話をした。思わぬ長話になった、ココアの窓ぎわで正解。

 栄恵ちゃんも、最初は恐縮ばっかりしていたけど。だんだんノってきてた。

「あたしもできるだけ早く復帰しますね」

「無理しなくっていいよ。そりゃ、戻ってきては欲しいけど、バイトもきついんでしょ?」

「最初はきつかったけど、慣れたら楽しいこともありますよ。それに稼いだお金、全部家に入れるわけやないし、月一ぐらいやったら、ちょっとしたゼイタクできますよ。お買い物したり、ライブに行ったり。だいいち、ケータイ代やら、パケット代気にせんですみますし。そのうちシフト変えてもろて、週三日はクラブ行けるようにします」

「時給いくら……?」

「七百五十円です」

 一日四時間、週に四日働くとして、月に五万は稼げる!

 数学は苦手だけども、こういう計算は早い。

 ブロロオオオオオオ!

 わたしの頭の中で、ZOOMERが走り、コロンブスの玉子が立った……。


「だめ!」

 パンプスを蹴飛ばすように脱ぎながら、お母さんは宣告した。

 あおりを受けて、わたしのローファーがすっとんだ。

 くだくだしく言っては、言いそびれるか、出鼻をくじかれるか。

 風呂上がり、玄関の上がりがまちでお母さんを待ち受けていた。

 そしてドアが開くやいなや「バイトやる!」と、正面から打ち込んだ。

「だって、みんなやってるよ!」

「いつから、DM人間になったのよ」

「DM?」

「DAって、MIんなやってるもん。の、DM。自主性のない甘ったれたダイレクトメールみたいな常套句」

 サマージャケットを放り出す。

「だって……でもさ、わたしがバイトして、少しでも稼いだら、お母さんだって楽になるじゃん」

 神戸のページを開いた旅行案内を投げ出した。

 ブワーっと、エアコンが唸りだした。

 おかあさんが「強風」にしたのだ。室外機の唸りが部屋の中まで聞こえる。

「どんな風に楽にしてくれるわけ?」

 エアコンの吹き出し口の下で、タンクトップをパカパカさせて、胸に風を入れる。

「その分さ、お母さんパートの時間減らせるでしょ、そしたら、その分原稿だって書けるじゃない」

「余計なお世話」

「でも、お母さん、ス……」

「スランプだって、心配してくれるわけ」

「ス……隙間のない生活でしょ。家のことやって、パートに出て、本も書かなきゃなんないし……」

「わたしはこのリズムがいいの。はるか……なんか企んでる?」

「う、ううん」

「あ、ビール冷やすの忘れてた」

 チッっと舌を鳴らして、缶ビールを冷凍庫に放り込むお母さん。

「だからさ……」

「なに企んでるか知らないけど、後にして。とりあえずもう一度、だめ!」

 首を切るように、手をひらめかせて、お風呂に入った。

 わたしは、もともと親にオネダリなんかしない子だった。やり方が分からない。そうだ由香に聞いてみよう!

「バイト……なんかワケあり?」

「うーん……そうなんだけどね」

「それやねんやったら、正直にわけ言うて、正面からいくしかないやろなあ。小細工の通じる人やないと思うよ、一回しか会うたことないけど。で、わけて何?」

「言えたら、言ってるよ」

「秘密の多い女やなあ」

「で、そっちはどうよ?」

 矛先を変えた。

「言えたら……」

「なによ、そっちも」

「言うたげるわ、まだまだワンノブゼムや!」

「そうなんだ」

 ……今の、冷たく感じたかなあ。

「吉川先輩の心には、確実に坂東はるかが住んでる!」

「あの……」

「この鈍感オンナ!」

 プツンと音がして、ケータイが切れた。「鈍感オンナ」はないだろう……。

「ビールまだ冷えてないじゃん……!」

 バトルの再開。

「氷でも入れたら」

 これがやぶ蛇だった。

「それって、高校生がバイトやるようなもんよ」

「え、なんで?」

「働くなんて、いつでもできる。ってか、嫌でも働かなきゃなんない。高校時代って、一回ぽっきりなんだよ。それをバイトに時間とられてさ、氷入れたビールみたいに水っぽくすることは許しません。部活とか恋とかあるでしょうが、高校時代でなきゃできないことが。ね、やることいっぱい。ビールは冷たく、青春は熱く!(ここでビールを飲み干した)生ぬるいのはいけません」

 わたしの人生って、そんなに生ぬるくないんだけどね……ZOOMERは土手から転げ落ち、コロンブスの玉子はこけた。

 

 『はるか 真田山学院高校演劇部物語・第8章 第12章』より


 

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せやさかい・251『銀之助からの手紙』

2021-10-17 12:34:58 | ノベル

・251

『銀之助からの手紙』さくら      

      

 


 酒井先輩、榊原先輩、申し訳ありません。

 父の仕事の都合で突然転校することになってしまいました。

 きちんとご挨拶しなくてはいけなかったのですが、その暇もありませんでした。

 せめて高校生なら、一人で大阪に残ることもできたのかもしれませんが、まだ小学生の妹を沖縄で鍵っ子にするのも憚られ、中学二年では親に付いて行かざるを得ませんでした。

 四五年は沖縄からは出られないと思います。僕は、文学関係の勉強をして、将来は、その方向の進路に進みたいと思っていますので、大学は大阪か京都と決めています。まあ、それも父の仕事と家の事情次第ということになるでしょうか。

 二年に満たない部活、それも今年に入ってからはコロナのために十分な活動ができなくて残念でしたが、楽しく有意義な部活でした。

 夕陽丘先輩とは入れ違いでしたが、運よく部活でご一緒させていただいて、文学への造詣の深さだけではなく、美しい好奇心に大いに触発されました。お会いになったら、よろしくお伝えください。

                                  夏目銀之助


 那覇郵便局の消印が押してある手紙は、きちんと万年筆で書かれてた。

「ふん、大人ぶって……」

 留美ちゃんは口をとがらせてるけど、寂しそうで、残念そうで、何回も手紙を読み返した。

「お礼言われるほどの部活はしてあげられへんかったね」

「仕方ないわよ、コロナだったんだから」

「せやね……」

 うちも留美ちゃんも口にはせえへんけど、銀之助の家も片親の家庭やったみたい。

 妹がおったのも知らんかった。

「きっと、家の事とか、かなり銀ちゃんがやってたんだろうね……」

 わが身と重ね合わせてため息をつく留美ちゃん。

「しかし、同じ学校なんだから、スマホなくても、せめて電話ぐらいしてくれば良かったのに」

 固定電話で先輩とはいえ女子の家に電話するのは敷居が高かったと思う……けど、留美ちゃんも分かってて言うてるさかいね。

 さて、頼子先輩にも伝えならあかんやろなあ……と思てたら、その頼子さんから電話がかかってきた(^_^;)。

『もしもし、ちょっと調べてみたんだけどね、防衛施設庁の辺野古基地担当の偉いポジションに夏目って人が今月付で任命されてる。たぶん、夏目君のお父さん。コロナも収まって、新内閣になって、そっち方面は大変みたいだよ……ま、夏目君が大変だったってことの説明にしかならないんだけどね。まあ、理解してあげよう』

「はい、分かってます、大丈夫ですよ、うちも留美ちゃんも」

『そっか、そだよね。ね、コロナも下火になってきたし、また、なにか楽しいこと企画しようよ!』

「はい、そうですね。言うても、スグには思い浮かばへんけど、心がけときます」

『うん。あっと、留美ちゃん居たら替わってくれないかなあ』

「ああ、ええですよ。留美ちゃん、頼子先輩」

「あ、わたし?」

「はい」

 スマホを渡すと、ちょっと緊張の留美ちゃん。

 でも、頼子さんがいろいろ喋ってくれてるうちに、目に見えて元気になっていく。

 まだ、高校二年生やけど、頼子さんの気配りの力はなかなかや。

 頼子さんにはプレッシャーかもしれへんけど、ええ王女様になると思う。

 電話の邪魔したらあかんので、本堂の縁側に出る。

 朝のうち残ってた雨も上がって、堺の空に日差しが戻ってきた。

 クチュン!

 Tシャツ一枚では、ちょっと涼しすぎでした。

 

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