大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

鳴かぬなら 信長転生記 87『迎えが来ていた』

2022-09-08 16:02:48 | ノベル2

ら 信長転生記

87『迎えが来ていた』信長 

 

 

 学校まで二キロという三叉路で迎えが来ていた。

 

「ご苦労でした!」

 かけた眼鏡を振り落としそうな勢いで頭を下げたのは織部だ。

「うむ」

「出迎えありがとう。やけんど、学院の正門前じゃなかったが?」

 乙女会長が微笑みながら声を掛ける。武蔵と市は、面識がないせいか馬を停めただけで前を向いている。

 不愛想という点では引けを取らない俺だが、こういう場合は、最低でも「うむ」とか「ああ」とかぐらいはあってしかるべきだろ……と、思ったら、二人とも学園に通じる西の方の道の向こうに首を向けた。武蔵はカラコンも外して、いつもの三白眼で脇差の柄に手を掛けている。

 そこに至って、俺も気づいた。

 道路わきの茂みから微弱ながら殺気を感じる。

「リュドミラ、出てきなさい。あんたは身を隠いちゅーだけで殺気を発するがやき」

 乙女が声を掛けると、おずおずと茂みから出てくる学園の制服。

 プラチナブロンドに通学カバンを背負った姿は、まるでリコリスリコイルのキャラみたいだ。

「まあ、あんただったの! 意外なお出迎えだけど、嬉しい。ありがとね!」

 市は、以前カラミティー・ジェーンから銃を借りて遊んでいたのだが、その銃が、このリコリコ女だ。

 同じ転生学園、あれから仲良しになったのか? 馬から下りて、旧交を温める妹、相手はいささか持て余し気味なのもおかしい。

 たしか、フルネームはリュドミラ・ミハイロヴナ・パヴリィチェンコ。名うてのスナイパーだぞ。

「任務を帯びました、みなさんの帰還を確認したのち任地に向かいます」

 市を引きはがして、リュドミラは乙女に正対する。

「任務? うちは知らんが」

 乙女が首をかしげる。学園の任務なら生徒会長の乙女が承知していないはずがない。

「緊急なので、巴(巴御前)副会長の指示です」

「ああ、会長不在時の緊急マニュアルかぁ……やけんど、そこまで緊急というがはどういうことなが?」

「うちの今川会長からの要請です」

 織部の眼鏡が光る。

「義元の要請だと」

「はい、織田姉妹が帰還されるので、諜報の間隙を作ってはならぬとおっしゃっておられました」

「であるか」

 こちらの報告も受けずに、次の偵察隊というのは、ちょっと面白くないが。全体の指揮を執るものなら、ありうる判断だ。

「むろん、お二人のお迎えをやったうえでということなので、このようにお待ち申し上げておりました」

「是非も無し」

「では、行ってまいります」

「リュドミラ!」

「なに?」

 不登校だった娘の久々の登校、それを見送る母親のように最後の一言を伝える乙女。

 いささかくどい気がしないでもないが、脱藩する龍馬を見送る時も、このようであったのだろう。英雄の周囲には、このように情の厚い者がいるものだ。

 俺は……市も無事だった。まあ、良しとしておこうか。

 さあ、甘いものを食って風呂に入ることにしよう。

 

☆彡 主な登場人物

  • 織田 信長       本能寺の変で討ち取られて転生(三国志ではニイ)
  • 熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
  • 織田 市        信長の妹(三国志ではシイ)
  • 平手 美姫       信長のクラス担任
  • 武田 信玄       同級生
  • 上杉 謙信       同級生
  • 古田 織部       茶華道部の眼鏡っこ
  • 宮本 武蔵       孤高の剣聖
  • 二宮 忠八       市の友だち 紙飛行機の神さま
  • リュドミラ       旧ソ連の女狙撃手 リュドミラ・ミハイロヴナ・パヴリィチェンコ
  • 今川 義元       学院生徒会長
  • 坂本 乙女       学園生徒会長
  • 曹茶姫         魏の女将軍 部下(劉備忘録 検品長) 曹操・曹素の妹
  • 諸葛茶孔明       漢の軍師兼丞相
  • 大橋紅茶妃       呉の孫策妃 コウちゃん
  •  

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

泣いてもωオメガ 笑ってもΣシグマ・58『ガスマスク!』

2022-09-08 06:24:41 | 青春高校

泣いてもω(オメガ) 笑ってもΣ(シグマ)

58『ガスマスク!』オメガ 




 松ネエの両親はミサイルを心配していた。

「アハハ、そんなの落ちてくるわけないのにね(^_^;)!」

 笑って言い切ると、時間の迫っていたアルバイトに出かけて行った。

 段ボール箱はパックリ口を開けたままテーブルの上だ。

 リビングの真ん中、開いた箱から顔を覗かせているガスマスクは、なんとも禍々しい。

「ほんと、やあねえ」

 眉を顰めるお袋だけど、オキッパにしている松ネエや、送りつけてきた叔母夫婦を非難しているわけでもない。

 夕べも家庭用シェルターが売れているというニュースをしっかり聞いたしな。

 ガスマスクは箱ごと、一晩リビングに置かれたままになった。

「これって案外むつかしいんじゃないかなあ……」

 朝食を食べ終わった小菊がガスマスクをいじくりまわしている。

「ただ被りゃいいんじゃないのか?」

「被り物ってムズイんだよ。VRの体験会とか行ったけど、あれだって慣れないと一人じゃ被れないもんね」

「こういうものはなあ……」

 お祖父ちゃんも、一つ手に取った。

「バイクのヘルメットよりも複雑ねえ」

 お袋も興味を持った。

「女は、こういうストラップとかの結束には強いんじゃないのか」

「あなた、それじゃ反対」

 逆さに被った親父をお袋がたしなめる。

「オキッパですみません」

 松ネエが二階から下りてきて恐縮する。

「ちょうどいい、期せずして全員が集まったんだ、ガスマスクの練習をしておこう」

 お祖父ちゃんの発案でガスマスクの装着練習が始まった。

 あーだこーだと言いながら、五分後にはみんなダースベーダーのようになってしまった。

「なんか、みんなアッヤシー!」

 フガフガ言いながら小菊が喜ぶ。

「息はそれほどでもないけど、圧迫感がハンパないわね」

「密着してないと、隙間から毒ガスが入ってくるからね」

「でも、案外会話はスムーズだね」

「ね、記念写真撮ろ!」

 小菊の発案で三脚を持ち出し六人で記念写真を撮った。

 なんだかテンションが上がって、先日の花見の時よりも賑やかな記念撮影になった。

 ま、一般市民の危機意識というのはこの程度のものだろう。

「え、えと……どうやって外すんだろう」

 小菊が頭の後ろに手を回してモゾモゾしだした。

「この留め具を……」

 やってみるが、俺も外せない。

「待ってろ、祖父ちゃんが……」

 お祖父ちゃんも留め具の解除に戸惑う。

「だから、母さん、ここを……あれ?」

 親父も、語尾が?になる。

「ウフフフ……」

「なにが可笑しいんだよ」

 なんだか両親はいちゃついているように見える。

「なんだか新婚時分の二人みたいだなあ」

 祖父ちゃんが冷やかす。

「いやですよ、お父さん(^^♪」

「アハハ、女が身に付けるものって男は外しにくいもんだぜ、初めての時は俺も婆さんのブラホック壊しちまったもんなあ」

「お、親父」

「お祖父ちゃんたら」

 ここまでは余裕だったけど、十分ほどしても外せないので、ちょっと焦り始めた。

「これって……」「やだー……」「なんで……」「ムムム……」

 ドッカーン!

 大音響とともに、家がグラッと揺れた。

「「「「「「!!??」」」」」」

 ただ事ではないと思った俺は、こけつまろびつしながらも玄関から這い出した。

「え、ええーーーー!?」

 ガスマスクのグラス越しに見えたうちの外壁には自動車が食い込んでいた。

 で、車のエンジン付近からは濛々と煙が立ち始めているじゃねえか!

 わらわらとご近所の皆さんが集まり始めている。寿屋の小父さんなどは大きい消火器を抱えている。

 俺は玄関にとって返して叫んだ!

 みんな逃げろー!

 

☆彡 主な登場人物

  • 妻鹿雄一 (オメガ)     高校三年  
  • 百地美子 (シグマ)     高校二年
  • 妻鹿小菊           高校一年 オメガの妹 
  • 妻鹿由紀夫          父
  • 鈴木典亮 (ノリスケ)    高校三年 雄一の数少ない友だち
  • 風信子            高校三年 幼なじみの神社(神楽坂鈿女神社)の娘
  • 柊木小松(ひいらぎこまつ)  大学生 オメガの一歳上の従姉 松ねえ
  • ミリー・ニノミヤ       シグマの祖母
  • ヨッチャン(田島芳子)    雄一の担任
  • 木田さん           二年の時のクラスメート(副委員長)
  • 増田汐(しほ)        小菊のクラスメート

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

銀河太平記・124『アルルカンの秘密・2』

2022-09-07 14:13:47 | 小説4

・124

『アルルカンの秘密・2』心子内親王  

 

 

 じつは迷っています。

 

 なんだか、お風呂から上がった後、卓球をしようか、一杯やりながらのんびりしようかみたいにアルルカンさん。

「ふふ」

「あ、おかしいですか?」

「いえ、亡くなった母も、よく言っていたので」

「え、須磨宮さまが?」

「はい『母親としてのわたしは、卓球などをやって娘とコミニケーションを計ろうかと思うけど、年相応のオバサンとしては、一杯やってゴロゴロしたいわけよ』と言っていました」

「ほ、それで、なんと答えたんですか?」

「『勝手にすればあ、どっちにしても、ココは付き合いませんから』」

「まあ、薄情なぁ」

「そう思ったんですけどね『一杯やってゴロゴロなら付き合うわ』にしました」

「え、それ、おいくつの時?」

「十四になったばかりのころです」

「宮さまが薨去されたころですね……」

「はい、なんかベタベタしてましたね、あの頃の母は……」

「じゃあ、一杯やってゴロゴロしますか?」

「はい、もう少し浸かってから。せっかくの一番風呂ですから(^o^)」

「もちろん」

「アルルカンさんは……」

「アルルカンでいいですよ。言いにくいでしょ『アルルカンさん』は」

「あ、でも……」

「じゃあ、船長でいいですよ。みんな、そう呼んでますから」

「それじゃ、船長さん」

「さん無しで」

「じゃ、船長」

 さん付けを止すと、ぐっと近くなった感じになって、思わず顔を近づけてしまう。

「なんでしょうか?」

 アルルカ……いや船長も、グッと顔を寄せてきて、女学生同士みたいになってきた。

「義体になる前の船長は、どんなだったんですか?」

「おお、直球ですなあ」

「いけませんでした?」

「いえいえ、殿下も、なかなかの人たらしであられる」

「アハ、人たらし! なんだか美味しそう、みたらし団子みたい」

「じつはね、元々は、アクトロイドであったみたいなんですよ」

「アクトロイドって、俳優業に特化したロボットさんですよね?」

「ええ、ロシアや満州を中心に映画とか舞台とかやってたみたいです」

「みたい?」

「ええ、ポンコツになって、でも綺麗なボディーなんで売りに出されて、日本に輸送される途中、飛行機が撃墜されてしまったんです。その時、どうやらPIじみたことをやってしまったようなんです」

「PIって、パーフェクトインストールですか?」

「そう、乗客の誰か……女の人です。見当はついていますが、PIは禁断の技術ですし、そういうことを想定して作られたロボットでもありません。どうやら、ソウルの90%はインストールできたんですけどね、元のわたしも、インストールされた女の人も、固有情報がクラッシュしてしまって、こんな人間でもロボットでもない道化が誕生したというわけです」

「そうなんだ!」

 児玉元帥に似ている……そう思ったら、なんだかワクワクしてきた。

 西之島の人たちは、本人が切り出さない限り個人の素性を詮索しない。みんな毎日協力し合って生きていて「現在(いま)を生きて明日に繋がればいい」という感じ。以前、落盤事故が起こって、何人も犠牲者が出て、その半分くらいは出自が分からなくて島の慰霊碑に納められている。それからは、少しずつ変わっていったみたいだけど、それでも個人の出自や心情に踏み込むのはタブーに近い。わたしの出自なんて隠しようも無いんだけど、それでも、あれこれ聞かれることはほとんどない。

「わたしは宇宙海賊というカテゴリーの中に入れられていますけどね、根っこのところは商人だと自負してます。それも芸術的商人」

「芸術的商人ですか?」

「ええ、美しく商いをするんです。美学に反するような商売は、たとえ儲けが大きくてもやらないし、やらせません」

「ええと……誘拐も美学だったりします?」

「ええ、美学です」

「あ……そうか、美学だから、いっしょにお風呂とか入ってるんですね」

「その通りです」

「なるほど……」

「美しく商売をしようと思ったら、商売相手も美しい方がいい。いまの日本は美しいエンペラーが君臨されています」

「わたしの伯母さまですね」

「ええ、そして皇嗣殿下である須磨の宮さまが御薨去されて、現在の皇嗣殿下は、こんなにお可愛くていらっしゃる心子内親王殿下です」

「は、はい。可愛いかどうかは分かりませんが(^_^;)」

「いえ、可愛いです。銀河を股にかけて飛び回ってきましたが、こんなに人柄が良くて可愛いお世継ぎは見たことがありません」

「えと……」

「はい?」

「船長は、人をけなす前には、思いっきり持ち上げたりするタイプですか?」

「どうでしょう……殿下のお人柄を棚卸することは、このアルルカン誓ってありません。商売人の要諦はマーケティングリサーチです。こうやって、いっしょにお風呂に入るまでには、ご想像の百倍くらいは調査研究しております」

 ああ、なんか緊張する。

「殿下が、このまま皇位にお付きになれば、皇統の女系化が確定してしまいます」

「えと……」

「これからの日本、日本に影響を呼ぼされる世界にとって、これは大きな問題なのです」

「でも、皇統のことは憲法改正までやって、今上陛下に決まったわけですから……」

「憲法など、三千年の歴史の中ではハナクソみたいなもんですよ」

「ハナクソ……」

「近い将来、ふたたび日本は混乱に巻き込まれます。その萌芽は、西之島の沖にすでに現れています。その混乱の中で、日本は、もう一度皇統に関する問題を突きつけられます。三千年の歴史の流れの中では、殿下以外にも皇統を継ぐべき者がいます」

「それは……」

「扶桑の宮五世孫にあたる、扶桑幕府将軍、扶桑道隆。同じく、五世孫の森ノ宮親王。お二人とも火星にお住まいです。ここに、現憲法上の皇嗣である心子内親王殿下が火星にお住まいになったら、ちょっと面白い。それに、皇嗣の資格をお持ちの方は、他にもおられるかもしれませんしね……」

「ああ、もう……船長は意地悪です」

「悩める意地悪です。はてさて、火星のどこにお送りすべきか……よし!」

「どうするんですか!?」

「コーヒー牛乳の一気飲みをして、そして、卓球をしましょう! これが、順序でしょ!」

「むう……その前に、髪を洗って背中を流しましょう! 船長のは、大事なところを省略してます! お風呂は身をきれいにするところです」

「おお、これは一本取られました!」

 アハハハハ

 二人で笑っていると、湯気の向こうでガラス戸が開いてサンパチさんが、アルミカンさん達と一緒にお風呂に入ってきた。

 みんなで仲良くお風呂に浸かって、コーヒー牛乳を飲んで、大温泉卓球大会になりました。

 

※ この章の主な登場人物

  • 大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
  • 穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
  • 緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
  • 平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
  • 加藤 恵              天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
  • 姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
  • 扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
  • 本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
  • 胡蝶                小姓頭
  • 児玉元帥(児玉隆三)        地球に帰還してからは越萌マイ
  • 孫 悟兵(孫大人)         児玉元帥の友人         
  • 森ノ宮親王
  • ヨイチ               児玉元帥の副官
  • マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
  • アルルカン             太陽系一の賞金首 パイレーツクィーン:メアリ・アン・アルルカン(手下=ツナカン、サケカン)
  • 氷室(氷室 睦仁)         西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
  • 村長(マヌエリト)         西ノ島 ナバホ村村長
  • 主席(周 温雷)          西ノ島 フートンの代表者
  • 須磨宮心子内親王(ココちゃん)   今上陛下の妹宮の娘

 ※ 事項

  • 扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
  • カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
  • グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
  • 扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
  • 西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
  • パルス鉱     23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
  •  

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

泣いてもωオメガ 笑ってもΣシグマ・57『ポテチが消えた』

2022-09-07 06:38:48 | 青春高校

泣いてもω(オメガ) 笑ってもΣ(シグマ)

57『ポテチが消えた』オメガ 





 噂はあっさりと消えてしまった。

 ほら、俺と小菊がラブホに行ったって迷惑なやつ。


 兄妹なんだから有りえねー話なんだけど、小菊が兄妹であることを知られたくないために身動きが取れなかった。

 先生たちも「二人は兄妹だから」とは言ってくれない。個人情報だからってことなんだけども、信じられねえよな。

 数少ない友だちのノリスケや風信子も、ニヤニヤと笑うばっかで、あいつらも不作為の加害者だと思うね。

 それが、昨日の放課後あたりから、ぱったり噂されなくなった。

 ポーカーフェイスを決め込んではいたけど、噂が消えてホッとはしている。

 でもな、代わりにたった噂は、単なる噂じゃなかった。

 その噂というのは……

 ポテチが消えたあああああああああああああ!

 なんでも、家庭科の調理実習で『トンカツの変わり衣』ができなくなったことが始りなんだ。

「衣に使うポテチが全員分用意できなかったので、普通のトンカツにします」

 という家庭科の先生の話。

「え?」「やっぱり?」「ポテチが?」「ウソだろ!」「そんな!」「キャー!」「ウワーー!」てな感じで飛躍した。

 休み時間に、知り合いやら家族に電話した奴がいた。ポテチの消息を聞きまくったのだ。

「「「「「「ほんとにポテチが無くなった!」」」」」」
 
 放課後には、学校中がポテチパニックになってしまった。

 たまたま学食のフライドポテトが売り切れてしまったことも拍車をかけた。

 冷静な俺は、考えをめぐらせた。

 ま、迷惑な噂の方は消えてしまったので、ほっときゃいいんだけども、俺も世間一般的に好奇心はあるわけだ。

 ポテチが品薄になってきたのは先月からで、原因は、去年北海道を襲った四つの台風。

 台風がもたらした大雨にジャガイモ畑が水に浸かってしまったのが原因。

 ここ半年は、どのメーカーもストックでまかなっていたが、それも底をついてきたということらしい。

 しかし、品薄と言うだけで、ポテチが全て消えるわけじゃない……それが、消えてしまった!

 なんと、夕方には飯田橋から神楽町にかけてのスーパーやらコンビニから、ほんとうにポテチが消えてしまった。

「まるで石油ショックのときのトイレットペーパーだなあ」

 祖父ちゃんがしみじみと言った。

 たかがスナックの一つでしかないポテチが消えたところで、どーってことはないと思うんだけど、欲しいと思ったらいつでも手に入るものが無くなると、なんだか落ち着かない。

 そんなあくる日の土曜日、小菊宛てに宅配便が来た……こいつが、大きさの割には、ひどく軽い。

 

「あ…………やばい」

 段ボール箱を開けた小菊は固まってしまう。

 数秒立ってスイッチが入った小菊はスマホを手にして階段を駆け上がって行ってしまった。

 どうしたってんだ?

 開けっ放しの段ボール箱を覗いて驚いた。

 中には、ビッシリとヤルビーのポテトチップが詰め込まれていた!

「いったい、なんだろうね?」

 居合わせた松ネエも、ポテチの袋を持って、小菊が消えた階段に視線を送る。

 ピンポ~~ン

 すると、また玄関のピンポンが鳴って、別の宅配便が届いた。

「え、わたしに?」

 自分宛だと分かって、松ネエはハンコを持って玄関へ。

「静岡のお父さんからだよ」

 小菊のより一回り小さい段ボール箱を松ネエに渡す。

 リビングのテーブルの上に据え、開けてビックリした。

 なんと! 中には六人分のガスマスクが入っていやがった!


☆彡 主な登場人物

  • 妻鹿雄一 (オメガ)     高校三年  
  • 百地美子 (シグマ)     高校二年
  • 妻鹿小菊           高校一年 オメガの妹 
  • 妻鹿由紀夫          父
  • 鈴木典亮 (ノリスケ)    高校三年 雄一の数少ない友だち
  • 風信子            高校三年 幼なじみの神社(神楽坂鈿女神社)の娘
  • 柊木小松(ひいらぎこまつ)  大学生 オメガの一歳上の従姉 松ねえ
  • ミリー・ニノミヤ       シグマの祖母
  • ヨッチャン(田島芳子)    雄一の担任
  • 木田さん           二年の時のクラスメート(副委員長)
  • 増田汐(しほ)        小菊のクラスメート

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

魔法少女マヂカ・288『パレットタウンの大観覧車』

2022-09-06 13:32:21 | 小説

魔法少女マヂカ・288

『パレットタウンの大観覧車語り手:マヂカ 

 

 

 新橋からゆりかもめに乗ってパレットタウンを目指している。

 

 ゆりかもめの車窓から見える大観覧車は、いつものように東京湾の青空に巨人の風格を偲ばせて穏やかな姿で佇立しているが、八月の末にその役割を終えている。

 実は、気が付かなかった。

 二年前に日暮里高校に来てから、さまざまな事件に巻き込まれ、あげく特務師団に籍を置くようになってからは、任務以外で東京の街を散策することは、ほとんどなかった。

 魔法少女として、無駄に長く東京に住んでいるけど、一般に知られている名所や観光地を普通に訪れることは殆どないのだ。

―― パレットタウンで待っています ――

 下足ロッカーに入っていた一筆箋入りの封筒は、古風な提携封筒に前島密の一円切手が貼ってあった。封緘にはイチゴのシール。

 消印が押されていないから、式神でも使ったのだろう。

 前島密……つまりは、密かに、わたし一人で来るようにという謎がこめられている。そして、一期一会のナゾも掛けてある。

 

 差出人は、先日、八丈島沖でドローに終わった戦いの相手、北洋艦隊の鎮遠だ。

 

 観覧車と云うのは、極めてゆっくりと回っているものなので、少し注意しないと、動いているのかどうかも分からない。

 ああ、やっぱり役目を終えているんだ。

 わざわざ確認することも無いんだけど、しばらく佇んで、その巨体が静止していることを確かめる。

 それが、この大いなる建造物への礼儀であるような気がした。

 制服が可愛いことで有名だったアンナミラーズも閉店され、建物自体も出入り口をフェンスで囲われて、解体準備に入っていることが分かる。

 観覧車を仰ぎながら、デッキを海の方に進んでいく。

 十分に振り仰いで、首を戻すと、デッキが海と接するところに折り目正しいセーラー服が立っている。

 

「ごめん、待たせたかな」

 

 声を掛けると、シャンプーのCMのように、なびく黒髪を手で押さえながら、手紙の主が振り返る。

「うれしい、ちゃんとゆりかもめで来てくれたんだ」

「学校から真っ直ぐ来たからね、その制服は……」

 口にするまでも無い、わたしも、つい最近まで着ていた学習院の制服だ。

「女子学習院よ、ほら」

 セーラーの襟をグイッと引っ張って、背中のタグを見せる。

 襟足が露わになって、同性のわたしでもギクッとする。

「なるほど、高島屋謹製なんだ」

「そう、大正時代と同じ。ただ、膝下10センチは、あんまりだから直したけどね」

「なんなら、わたしも女子学習院のに変えようか?」

「ううん、貴女はそれでいいわよ。ね、観覧車乗ろうよ」

「停まってるよ」

「位相変換……これぐらいのことは、わたしにも出来る(^▽^)」

 

 位相変換、対象物の時元位相を変えて、一般の目には見えないようにすることだ。北斗の出撃には、いつもこれを使っている。

 

「まだ火照りが残っているね……」

「うん、つい先日閉じたばかりですからね」

 鎮遠もわたしも分かっている。

 人が繁く集まって使った物にはソウルとか魂というものが宿る。

 目の前の鎮遠はじめ、多くの艦娘たちも同様だ。原宿の駅もそうで、その閉鎖された旧駅舎を見に行ったことで大正時代に飛ばされもした。上野の西郷さんなどは、それ以外に西郷隆盛本人のソウルも宿って、飼い犬のツンまでもが強い個性を持ってしまい、今はお茶目な妹分になっている。

「鎮遠、キミが和風なのは、日清戦争のあとに鹵獲されて、日本の軍艦籍が長かったからだと思うんだけど、よく安定しているわね」

「マヂカさん、戦艦石見はご存知よね」

「あ、うん」

 知っているも何も、元はロシア戦艦アリヨールで、日露戦争で鹵獲され日本の戦艦になった。

 そして、一年ちょっと前に、舞鶴沖の戦いで、わたしが引導を渡してやったロシア娘だ。

「あ、べつに責めているわけじゃないの。マヂカさんが受け止めた印象の通り、鹵獲艦というのは難しいものなのよ、技術的にも問題はあるけど、なによりもソウルが二律背反というところがある。それをより次元と業の深いソウルに取り込まれて不幸になるケースが多い」

「うん、そうでしょうね……」

「わたしを日本に回航してくれたのはね……ね、誰だと思う?」

「ちょ、ゴンドラが揺れる(;'∀')」

 グイッと身を押し出してくるので、ゴンドラも揺れるけど、鎮遠のキャラ揺れも、ちょっと反則だ。

「あ、ごめんなさい……実はね、広瀬武夫さん」

「え、広瀬中佐?」

「うん、回航される途中、自暴自棄になって爆沈しようと思ったのよ。こっそり、弾薬庫で弾薬たちをそそのかしているとね、気配に気づいてやってきたのが、まだ大尉だった広瀬さん。日本に着くまで、いろいろ話をしてくれて、そして……今のわたしがあるわけです」

「とりあえず、その結果としてのあなたを受け止めておくわ。全部聞いたら、一周じゃ間に合わないだろうから」

「あはは、そうよね。うちの姉は、わたしがなんとかしとくけど、ポチョムキンは一筋縄ではいかないわ」

「うん、でしょうね……」

 それまで手を焼いてきたロシアの艦娘たちとの戦いが頭をよぎる。

「ポチョムキンは特別」

「ロシア革命は、あそこから始まったからね」

「それだけじゃないわ、あの子の船霊は一つじゃないの」

「え?」

「詳しくは言えない、言霊があるから、うかつには口にはできない」

「う、うん」

「あ、いつのまにか、頂上超えちゃった!」

 後ろのゴンドラは、いつの間にか、わたし達のよりも高い位置に来ている。

「ファントムの原因はトキワ荘の鬱憤やら没になったアイデアたちだから、そこをどう収めるか考えないと解決にならない。今日いちばん伝えたかったのは、そこなの。ただ力攻めしただけでは、富士山頂の戦いと同じで、また逃げられてしまうわ」

 ウィーーーン

「「あれ?」」

 ゴンドラの動きが早くなった。これじゃ、あと何分もしないうちに地上に着いてしまう。

「まさか!?」

 鎮遠が窓から身を乗り出して、身をこわばらせた。

「どうしたの?」

「ファントムが、観覧車のハブに憑りついた!」

「ええ!?」

 グィーーーーーーン!

 さらに観覧車の速度が上がった。

「ここに居ちゃあ、閉じ込められる!」

「仕方がない……鎮遠、あんた跳べる?」

「大丈夫よ、1・2・3で行こう」

「うん、わたしは、こっちの窓を蹴破るから、あんたは、そっちから」

「うん……それから……」

「なに?」

「ファントムはクマさんの愛情を糧にしているから、そっちの方も……」

「うん、分かった、なにかあったら、また連絡して!」

「うん!」

 

 そして、二人で3カウントしてゴンドラを飛び出した。

 

 その夜、折りからの突風で観覧車のゴンドラが一基、風に飛ばされてバラバラになったとニュースでやっていた。

 

 

※ 主な登場人物

  • 渡辺真智香(マヂカ)   魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 要海友里(ユリ)     魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 藤本清美(キヨミ)    魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員 
  • 野々村典子(ノンコ)   魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 安倍晴美         日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長 アキバのメイドクィーン(バジーナ・ミカエル・フォン・クルゼンシュタイン一世)
  • 来栖種次         陸上自衛隊特務師団司令
  • 渡辺綾香(ケルベロス)  魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る
  • ブリンダ・マクギャバン  魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員
  • ガーゴイル        ブリンダの使い魔
  • サム(サマンサ)     霊雁島の第七艦隊の魔法少女
  • ソーリャ         ロシアの魔法少女
  • 孫悟嬢          中国の魔法少女

※ この章の登場人物

  • 高坂霧子       原宿にある高坂侯爵家の娘 
  • 春日         高坂家のメイド長
  • 田中         高坂家の執事長
  • 虎沢クマ       霧子お付きのメイド
  • 松本         高坂家の運転手 
  • 新畑         インバネスの男
  • 箕作健人       請願巡査
  • ファントム      時空を超えたお尋ね者

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

泣いてもωオメガ 笑ってもΣシグマ・56『あたしの渡り廊下』

2022-09-06 06:47:45 | 青春高校

泣いてもω(オメガ) 笑ってもΣ(シグマ)

56『あたしの渡り廊下』シグマ 

 

 

 渡り廊下の開放感が好き。

 解放感と言っても、グラウンドみたく持て余すような開放感じゃない。

 あたしは、ちょっとばかし広場恐怖症。

 グラウンドみたいなだだっ広い空間は落ち着かない。

 逆に、廊下とか教室とかもだめ。

 考えてみて、教室とか廊下で一人佇んでいたら、ひどく目立ってしまう――あいつ何してんだろう?――と思われたり「ちょ、じゃま」とか言われそう。

 その点、渡り廊下はちがう。

 校舎と校舎を繋いでいるので、幅がふつうの廊下の倍ほどある。

 両側はガラス張りになっていて、程よく明るい。

 東側は中庭に、西側はピロティーに面している。

 面しているけど高さがあるので、外側からの視線は気にならない。

 だから休み時間や昼休みには、外を見ながらボーっとしている。

 ほかにもそんなのが居て、とても自然にボーっとしていられるので、学校の中では二番目にくつろげる。

 一番は……まだナイショ。

 なんで渡り廊下を語ったかというと、渡り廊下の窓から中庭を見ているオメガ先輩に声を掛けたから。

 廊下だったら素通りしている、すれ違っても目配せで挨拶するのが精いっぱい。渡り廊下というのは、そう言う点、コミュニケーションのハードルを下げてくれる。

 思うんだよね、神楽坂高校六十八年の歴史、この渡り廊下で、どれだけの友情やら、初々しい恋の花が咲いたことか。

 あ、えと、オメガ先輩に恋心とかというんじゃないのよ、ないんだから。

 ぶきっちょなあたしが、気楽に声を掛けられた状況を説明したかったんです!

「先輩、なに見てんですか?」
 先輩は、いつものω口を倍くらいのωにして振り返った。

「あそこ見てみろよ、静かにな……」

 先輩が小さく指さした先は中庭の藤棚、ノリスケ先輩が居た。それも、誰かといっしょに居る気配。

「だれがいっしょなんですか?」

「こっちきてみ」

 二つ手前の窓に移動。

 

 あ……( ´艸`)

 

 藤棚に隠れて胸から下しか分からなかったけど、女の子の姿が見えた。

 上履きの初々しい学年色は一年生だ。

「どーよ」

 先輩がふってくる。

 なんだか微笑ましい。一年女子と語らっているノリスケ先輩も、こうやって渡り廊下から見ているあたしたちも微笑ましい。

「図書室の本を拾ってやったのがきっかけらしいぞ(*^▽^*)」

「へー、そうなんだ。なんだかジブリのアニメみたい(#^.^#)」

「昨日なんだけどさ、ジュース買いに行くのにジャンケンしてさ、あいつが負けて、自販機に行く途中で見つけたんだ。世の中なにがキッカケになるか分からねえなあ」

「そうですね」

 言いながら思った。

 ジャンケンに負けたのがオメガ先輩だったら、こんな風に微笑んでいられただろうか……。

 

☆彡 主な登場人物

  • 妻鹿雄一 (オメガ)     高校三年  
  • 百地美子 (シグマ)     高校二年
  • 妻鹿小菊           高校一年 オメガの妹 
  • 妻鹿由紀夫          父
  • 鈴木典亮 (ノリスケ)    高校三年 雄一の数少ない友だち
  • 風信子            高校三年 幼なじみの神社(神楽坂鈿女神社)の娘
  • 柊木小松(ひいらぎこまつ)  大学生 オメガの一歳上の従姉 松ねえ
  • ミリー・ニノミヤ       シグマの祖母
  • ヨッチャン(田島芳子)    雄一の担任
  • 木田さん           二年の時のクラスメート(副委員長)
  • 増田汐(しほ)        小菊のクラスメート

 

 


 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

RE滅鬼の刃・26『祖父をなんと呼ぶか』

2022-09-05 15:12:55 | エッセー

RE エッセーノベル    

26・『祖父をなんと呼ぶか』 

 

 

 お祖父ちゃんと暮らすことになった最初の日、お祖父ちゃんが聞きました。

「どうだ、栞、これからはお祖父ちゃんの事『お父さん』て呼んでみるか?」

 

 ショックでした。

 

 なんと言っていいか分からなくて、俯いていたら涙が溢れてきて、両手をグーにして目をゴシゴシ拭きました。

 それでも、涙は溢れてきて、その日初めて着た白のワンピースにポタポタ落ちてきて、シミになったらお母さんに怒られると思って、でも、もうお母さんに会うことは無くって、そう思ったら混乱して、ますます涙が止まらなくなって。

 でも、声を上げて泣くことはしなかったですね。

 声を上げて泣いたら、もう、張り詰めた髪の毛一本でもっているような心が壊れて、元に戻らなくなってしまいそうで、必死にこらえました。

 

 お祖父ちゃんを『お父さん』と呼んでしまったら、二つの大事なものが二度と返ってこない。

 

 一つは、おうち。子どもの言葉で『おうち』です。

 家庭、ファミリー、絆、そういったものです。それが『お父さん』という言葉で永遠に消えてしまいそうな、そんな怖れを感じていました。たとえ100点満点でなくとも、おうちはおうちです。

 ジブリの『ラピュタ』で、怖いシーンがありますね。

 パズーとシータがムスカ大佐に追い詰められて、二人で飛行石を握って「「バルス」」って言うじゃないですか。

 あれで、何百年、何千年続いたラピュタが分子結合を失ったみたいにバラバラになって落ちて行ってしまうじゃないですか。

 あんな感じで、怖くて言えませんでした。

 

 二つ目はお祖父ちゃんそのもの。

 お祖父ちゃんを『お父さん』て呼んでしまったら『お祖父ちゃん』が居なくなってしまうじゃないですか。

 わたしは、親の都合で、しょっちゅうお祖父ちゃんちに預けられていました。

 お祖父ちゃんは、いつも優しくって、何かの拍子で誰かの胸で眠ってしまって、目が覚めた時、お祖父ちゃんだったらホッとしました。もっと昔はお祖母ちゃんも生きていて、よく、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんに挟まれて寝ていたもんです。

 お母さんでもよかったんですけどね。

 お母さんの場合、目が覚めたら、そこから、もうよい子を演じなければならないので、ちょっとくたびれるんです。

 お祖父ちゃんの姿をしたお父さん。そんなのは釈然としません。

 でも、大きくなって少し分かりました。

 友だちの中にお祖母さんと暮らしてる人が居たんです。その子が『お母さん』と呼んでいて、ちょっと「え? ええ?」って思って、その子は説明してくれました。

 その子にも、そこには居ないお母さんにも、むろんお祖母さんにも、なにも問題はありません。

 ただただ、居心地が悪いんです。

 お祖父ちゃんを『お父さん』と呼んでしまったら、目の前にいるのは『お父さん』と呼ばれるお祖父ちゃんの姿をした怪物になってしまいます。

 

 

http://wwc:sumire:shiori○○//do.com

 栞2号のドクロブログ☠!

 

 なんで『お父さん』て呼ばなかったかって?

 キモイからに決まってんじゃん。

 ジジイと暮らすようになったのは五歳になってすぐだったと思う。

 五歳っていうと、もう赤ちゃんじゃない。でしょ? 異議無いよね?

 今ほど具体的にアレコレ知ってたわけじゃないけど、分ってたよ、これから大変だって。

 もう一年くらい、ジジイとは、いっしょにお風呂に入ってなかったし。

 お母さんは問題アリアリな人だったけど、そういうとこは、いっしょだったし。

 ジジイのとこは、しょっちゅう来てたというか来させられてた。ま、家庭の事情ってやつさ。

 でもさ、毎日ってわけじゃないよ。

 お母さんは破滅的な性格だったけど、ドラマとかは、橋田寿賀子とか好きでさ、そういうのに憧れあるのよ。

 渡る世間は鬼ばかりと笑いながら、渡る世間に鬼はなしとも願ってる。

 世間の鬼は自分だと自覚しながら、自分の相手をしてくれる世間には鬼ではないと憧れてんのよ。

 虫良過ぎ!

 憧れてんだったら、自分ちをそうしろって思ったけどさ。ま、それは置いといて。

 わたしもね、うちでは母親似の剥き出し幼女だったけど、ジジイんちじゃ仮面孫娘やってたわけ。

 加齢臭は、ま、いいとして、ベタベタされんのは勘弁してよですよ。

 いっしょにお風呂どころか、いっしょに洗濯もNG!

 わたしがね、小五から洗濯してんのは、そういうことですよ。

 家庭科の洗濯実習で手際がいいもんで、感心されて「あ、お祖父ちゃんと暮らしてますから」ってコソッと担任の先生に言ったら、EテレのMCてか、24時間テレビ的な微笑み返されてゲロ出そう。

 そういや、24時間テレビも苦しいみたいね。もう何年も続かないでしょ?

 わたしもね、こんな仮面孫娘、そう何年もやってるつもりないし。

 

 あ、突然思い出した。安倍さんてさ、一発目と二発目の間に倒れてるよね。動画、何回も見たし。

 弾が見つからないとか、現場検証が五日後って、もう終わってるでしょ。

 ま、思っただけでさ、わたし的には、そういうことには目をつぶって、統○協会がーとか、テレビのワイドショー的に生きて生きればいいっす。

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

くノ一その一今のうち・18『総務二課の秘密・2』

2022-09-05 11:05:07 | 小説3

くノ一その一今のうち

18『総務二課の秘密・2』 

 

 

 ソファーに座っていてさえ分かるくらいに短足。

 お腹はデップリ、顎は二重だし、顔は脂ぎってるし、頭はバーコードだし、耳に毛が生えてるし。

 街の中で会ったら、ぜったい視界の外に外すタイプ。

 だけど、面接だから正面から見ざるを得ないし。

 正面から見ていてもね、注目しないやり方もある。視野の端でものを見るのは忍者のイロハで、それとは知らずにお祖母ちゃんに教えてもらった。やろうと思ったら、この瞬間だってできるんだけど、さすがに面接だし、ちょっと油断のならない感じもするし。ここはガマン。

「……生まれた子はお庭番の女が引き取ってね、自分の子として育てたんだ。秀忠さんは『すまぬ、いずれ、世の中が許すようになった暁には身の立つようにしよう』とおっしゃってね、お墨付きを認められて日光東照宮にお納めになった。それが、八代吉宗公の時の日光改修で見つかったんだが、その内容を読んだ吉宗公は大岡越前……知っているかなあ?」

「はい、遠山の金さんと並ぶ名町奉行ですね」

「うん、その大岡越前を遣わして、その末の者たちがお墨付き通りであることを確認すると、添え状を書いて再び日光に封印された」

「はい」

「千人同心というのを知っているかい?」

「八王子の……」

「うん、武田家の旧臣たちを同心の身分で八王子に住まわせ、あたりの開拓や日光街道の警備なんかをやらせていた。万一江戸が攻撃を受けて将軍を逃がさなければならない時は、この千人同心たちが守護することになっていた。万一のためのSPということだね」

「はい」

「これに似たものに等々力百人同心というものがあるんだ」

「とどろき?」

「等々力と書いてとどろきと読む。世田谷だね、二子玉川と自由が丘の間当たり、等々力渓谷って景色のいいところがあるんだ」

「はい……」

 返事はしてるけど、話が飛んでしまって生返事になりかける。

「そこに居たのが百人同心。八王子同様で北条氏の旧臣たちで構成されていてね、役目は似たり寄ったりなんだけど、一つ別の大きな役割があった」

「別の役割ですか?」

「うん……豊臣秀頼の子孫を保護する役目なんだ」

「と、豊臣秀頼の子孫?」

「うん、秀頼は大坂夏の陣で淀君とともに亡くなったけど、子孫は残った。家康も、そこまで鬼にはなれなかったんだね。島津家に身を寄せさせた後、秀忠さんの代に呼び寄せてね、豊臣とは名乗らせなかったけれど面倒をみたんだ」

「はい」

 これが、どうわたしのバイトと関係してくるんだ?

「幕末、幕府が瓦解した時に、慶喜さんが大政奉還して、江戸城明け渡しになって静岡に移る時にね、その子の子孫に『徳川』を名乗ることを許したんだよ」

「あ……」

 これが、この徳川社長の事情か……

「そう、それが、わたしの五代前。それからは、いや、それからも等々力徳川は、その恩に報いるために貿易で力を付けながら豊臣家の血脈を守っているわけさ」

「は、はい……」

 スジは分かったけど、なんかピンとこない。

 

「説明は、そのくらいでいいんじゃないかなあ」

 

 いきなり声がした!?

 音源のハッキリしない声、部屋の四方にスピーカーが仕込まれていて、それが一斉に鳴ってるみたいに、自分の頭の中から声がでているみたいで、気持ちが悪い。

 キシ

 微かに音がしたかと思うと、ドアに近いソファーの座面が凹んで、次の瞬間スーツ姿が現れた。

「まだ呼んどらんぞ」

「社長の話は長いんですよ」

「やれやれ、課長代理の服部君だ。この部屋での君の上司になる。まあ、憶えてやってくれ」

「あ、どうも、風間そのです」

「君は、どこの高校なのかなあ……」

「はい、えと………………え? あ、ああ!?」

 

 そいつは、丸の内に着いた時、あたしに絡んできた並ではない警察官だった!

 

☆彡 主な登場人物

  • 風間 その        高校三年生 世襲名・そのいち
  • 風間 その子       風間そのの祖母
  • 百地三太夫        百地芸能事務所社長 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
  • 鈴木 まあや       アイドル女優
  • 忍冬堂          百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん
  • 徳川社長         徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

泣いてもωオメガ 笑ってもΣシグマ・55『リバース』

2022-09-05 06:31:15 | 青春高校

泣いてもω(オメガ) 笑ってもΣ(シグマ)

55『リバース』小菊 




 ピンポンパ~ン

―― 一年三組の増田汐さん、一年三組の増田汐さん、伝えたいことがありますので司書室まで来てください ――


 学食を出たところで校内放送がかかって、増田さんは、食べたばかりのランチをリバースしそうな顔をあたしに向けた。

「だいじょうぶ、あたしが付いて行ってあげるから」

 増田さんはゴックンしながら頷いた。ほんとにランチが喉元までリバースしていたのかもしれない(^_^;)。

 昨日は、あれから学校中を探し回った。

 

 そんなに広い学校じゃないけど、落とし物の本を探すのには十分すぎるほどに広い。

 探し回ったお蔭で、オリエンテーションでは覚えきれなかったゴミ捨て場や、いろんな準備室や倉庫の位置を覚えてしまったけどね。

 でも、増田さんが失くした図書室の本は見つからなかったんだ。

 それが、あくる日の昼休み、図書室から指名の呼び出し。

「探し回ってるの、みんなに見られてるから、きっと叱られるんだ……(#'∀'#)」

 あたしは別の可能性を思ったけど言わなかった。増田さんは、ちょっと鍛えられた方がいい。

 あたしが付いて行ってあげなかったら、彼女は、そのまま校門から飛び出して二度と学校に来ることはなかっただろうと思うよ、大げさじゃなくて。

 スーパーで買ってきた玉子からヒヨコが孵ったらビックリするよね。そのヒヨコが、早手回しにフライドチキンとかになたら、もうビックリのしようもないよね。

 そんな展開になって来た。

「拾ってくれた人が居たの!」

 あたしの予想が当たった。けど、友だちの礼儀として「ほんと!?」と驚いてあげることは忘れなかったよ。

「「よかったよかった! よかったよ!」」

 図書室前の廊下で、二人ハグしながらピョンピョンした。

「でね、今から拾ってくれた人にお礼を言いに行くの!」

 学食前のリバース顔から完全にリバースした笑顔で目をキラキラさせながら増田さんは宣言した。

「三年生の鈴木さんて男子生徒なの♡」

 初対面の人間に一人で会いに行けるような子じゃないんだけど、『耳をすませば』妄想に陥っている。「付いて来て」とは言わずに、いそいそと階段を上って行ったよ( ´艸`)。

 喜んであげるべきなんだろうけど……後姿が小さくなってうちに、なんだかムカついてきた。

 渡り廊下通って本館へ、そして階段を下りる。本館の二階は三年生のフロアーだ。

 こういう時に気取られる妻鹿小菊じゃない。

 あたしは、階段上がったところの壁に背中を預けた。

 反対側の壁には身の丈の姿見があって、そこに写ってる増田さんと三年の男子を偵察。

―― ウ……なんだかいい雰囲気じゃん ――

 そろって左と右の横顔を向けている二人はドラマのカップルみたくよさげだ。

―― 鈴木って云ったっけ? ちょっといい感じじゃんよ…… ――

 しばらくして、こちらを向いた鈴木の正面の顔を見てブッタマゲタ!

 ゲロゲロლ(‘꒪д꒪’)ლ

 それは、腐れ童貞の悪友のノリスケではないか!

 そうだ、ノリスケの苗字は鈴木だった。

 なんちゅうリバースなのよ!

 

☆彡 主な登場人物

  • 妻鹿雄一 (オメガ)     高校三年  
  • 百地美子 (シグマ)     高校二年
  • 妻鹿小菊           高校一年 オメガの妹 
  • 妻鹿由紀夫          父
  • 鈴木典亮 (ノリスケ)    高校三年 雄一の数少ない友だち
  • 風信子            高校三年 幼なじみの神社(神楽坂鈿女神社)の娘
  • 柊木小松(ひいらぎこまつ)  大学生 オメガの一歳上の従姉 松ねえ
  • ミリー・ニノミヤ       シグマの祖母
  • ヨッチャン(田島芳子)    雄一の担任
  • 木田さん           二年の時のクラスメート(副委員長)
  • 増田汐(しほ)        小菊のクラスメート

 


 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

漆黒のブリュンヒルデQ・088『芳子?』

2022-09-04 11:29:52 | 時かける少女

漆黒ブリュンヒルデQ 

088『芳子?』   

 

 

 二階の洗面で歯を磨きながらお向かいに目をやる。

 

 また揉めている気配。

 また啓介がねね子と揉めている。

 視力と聴力の感度を上げれば会話の内容まで分かるんだけど、止めておく。

 ねね子は、設定を超えて啓介と向き合おうとしている。そっとしておいた方がいい。

 

 制服を整えて下に下りる。

 

 リビングでは、玉代が祖父母といっしょにテレビを観ている。

 テレビは、ここのところ活動が活発になってきた桜島の解説をやっている。

 警戒レベル3、なんとか入山規制のレベルにまで落ち着いたようだが、安心はできない。

 神さまなのだから、テレビなんか見なくても桜島の様子は分かるはずなんだけど、きちんと祖父母といっしょに見てくれている。いっしょに心配したり安心したりがいいんだ。ときどきマッサージもしてくれているし、玉代の自然な振舞いはありがたい。

―― じゃ、先に行ってるから ――

 口の形だけで伝えると、小さく手を挙げて了解してくれる。

 

 そして、日直でもあるので、今日は一人で登校する。

 

 失礼しました

 

 学級日誌を受け取って職員室を出る。

 階段を上がろうとしたら、廊下の向こうに芳子の後姿。

 廊下の果ては進路指導室だから、朝から進路相談か?

 芳子は、今度の生徒会選挙には出なかった。二期務めて小栗結衣のあとの会長をやるのかと思っていたから、ちょっと意外。

 おはよーー

 ちょっと距離はあるけど、階段の手前で声を掛けておく。

 ふぇ?

 芳子にしては間抜けな顔で振り返る。

 あ、おはようございます。

 明るく応えてくれるが、違和感。

 瞬間、なにかが芳子の奥に隠れた気配がしたんだ。

 

 そして昼休み。

 

「ごめん、ちょっと気になる奴がいて」

 学食を出たところで玉代とも別れる。

 校舎の角を曲がって、中庭に向かおうとしたら「だーるまさんがこーろんだ!」と玉代の声にワイワイ言ってる仲間や下級生の声が混じる。玉代は遊びの天才だ。わたしが教室を出て中庭に向かう間に、すでに人を集めて遊び始めている。

 まだまだ薩摩訛が抜けないけど、周囲も本人も気にしていない。そこだけ日当たりがいいような玉代に接していると、とても幸せな気分になれるんだ。大昔の子どものような遊びにもたくさん人が集まっている。

 藤棚の下のベンチに芳子が居る。

 気配を感じたからではないだろうが、読んでいた書類を紙袋にしまっている。

「進路のことか?」

 主題を言いながら、ベンチに掛ける。

「え、あ、まあちょっと。そうだ、コーヒーとココアとどっちがいいですか?」

「うん?」

「新製品出たんですよ、この前はせんぱいのおごりだったから、今度はわたし」

「じゃあ、コーヒー。砂糖もミルクもドッチャリマシマシのやつ」

「りょうかい!」

 自販機までスキップする姿は、いつもの芳子だ。

 でも、けして思い違いなんかじゃない。芳子の中には、良からぬものが住み始めている。

 こっちへ来て、何人も、いや何体も出くわした名無しの権兵衛が見え隠れしている。

 

「実は、アメリカに留学しようと思ってるんですよぉ」

 スキップで戻ってくると、缶コーヒーを渡してくれながら、駅前で英会話を習うくらいの気楽さで切り出す芳子だった。

 

☆彡 主な登場人物

  • 武笠ひるで(高校二年生)      こっちの世界のブリュンヒルデ
  • 福田芳子(高校一年生)       ひるでの後輩 生徒会役員
  • 福田るり子             福田芳子の妹
  • 小栗結衣(高校二年生)       ひるでの同輩 生徒会長
  • 猫田ねね子             怪しい白猫の猫又 54回から啓介の妹門脇寧々子として向かいに住みつく
  • 門脇 啓介             引きこもりの幼なじみ
  • おきながさん            気長足姫(おきながたらしひめ) 世田谷八幡の神さま
  • スクネ老人             武内宿禰 気長足姫のじい
  • 玉代(玉依姫)           ひるでの従姉として54回から同居することになった鹿児島荒田神社の神さま
  • お祖父ちゃん  
  • お祖母ちゃん            武笠民子
  • レイア(ニンフ)          ブリュンヒルデの侍女
  • 主神オーディン           ブァルハラに住むブリュンヒルデの父
  •  

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

泣いてもωオメガ 笑ってもΣシグマ・54『図書室で借りた本』

2022-09-04 08:59:57 | 青春高校

泣いてもω(オメガ) 笑ってもΣ(シグマ)

54『図書室で借りた本』小菊 





 街の図書館や学校の図書室が、まだアナログの図書カードを使っていた時代、昭和の終りか平成の始めのお話。

 読書大好き少女の月島雫は気が付いた……。


 自分が借りた本の図書カードにある名前。

 天沢聖司

 あれ?

 ほかの本の裏表紙をめくると、どの本の図書カードにも天沢聖司の名前がある。

 みんな、あたしより先に読んでる。

 天沢聖司……どんな人だろう?

 疑問と興味の湧いた雫は、いろいろなドタバタ事件の果てに天沢聖司に出くわした。

 天沢聖司は、それまで雫に意地悪ばかりしていた変わり者の男子、同じ中学校の三年生だった……。

 あたしだって素敵だと思ったジブリの名作アニメ。

 それに憧れて、増田さんは図書室で本を借りた……んだけどね。

 いまの図書室ってバーコード管理だから図書カードなんて無いのよね!

 言ってみりゃ無精卵みたいなもんで、いくら温めても「彼との出会い」というヒヨコは生まれっこない。

 そんなことは承知の上で、増田さんは、本を眺めてはニヤニヤしている。

「あーーーで、どんな本借りたの?」

「え、えとね……」

 増田さんは、書店の陳列のように五冊の本を並べる。

 トイレから戻ってみると、あいかわらずのニヤニヤだったので聞かざるを得なくなったのよ。

 本から顔あげた彼女と目が合ってしまったしね。

「えと、一押しは?」

「もちろん、これですよ!」

 その一冊だけカバー付きの表紙をめくると『耳をすませば』とあった。

 なんちゅうか、とてもベタな子だ(^_^;)。

「い、いや、これはですね(;'∀')」

 顔に出てしまったのか、増田さんは慌てて斜め上を見る。

 ちょっと意地悪を言ってみた。

「わたしも借りればよかったかな、オソロに五冊」

「ダメです!」

「え?」

「夕子、本は借りないんです」

「ゆうこ?」

「雫の親友ですよ! 原田夕子! ほら、カントリーロードの訳詩を頼むコーラス部の同級生! 杉村に思いを寄せてる!」

「あ…………ああ」

 そうか、雫が借りたのも五冊だったっけ?

 思い出したけど、ちょっと付いていけないテンションですよ(^_^;)

 まあ、期せずして同級生認定。よくできた過年度生よりもいい。

「あーーーとりあえず、教室に置いといたら(^_^;)」

 五時間目と六時間目は移動教室が重なってしまい、校内移動にしては「どーなんだ!」ってくらいの荷物なのだ。

「うーーーーーん」

 唸った後、五時間目六時間目のモロモロの間に、五冊とも挟んでしまった!

 ただでもスペシャルサンドイッチ状態なのに、どーすんだろって感じになってしまった。

「早く早く!」

 急かしたのが悪かったのか、二度ほどスペシャルサンドイッチを落としてしまう。

「ごめん、先に行ってぇ(#^o^#)」

 なんとか授業には間に合ったけどね。


 そして恐れていたことが起こってしまった。

 六時間目が終わって教室に戻って確認してみると、図書室で借りた本は四冊しかなかったのよ!

 

☆彡 主な登場人物

  • 妻鹿雄一 (オメガ)     高校三年  
  • 百地美子 (シグマ)     高校二年
  • 妻鹿小菊           高校一年 オメガの妹 
  • 妻鹿由紀夫          父
  • 鈴木典亮 (ノリスケ)    高校三年 雄一の数少ない友だち
  • 風信子            高校三年 幼なじみの神社(神楽坂鈿女神社)の娘
  • 柊木小松(ひいらぎこまつ)  大学生 オメガの一歳上の従姉 松ねえ
  • ミリー・ニノミヤ       シグマの祖母
  • ヨッチャン(田島芳子)    雄一の担任
  • 木田さん           二年の時のクラスメート(副委員長)
  • 増田汐(しほ)        小菊のクラスメート


 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

せやさかい・345『あずきバーとペコちゃん』

2022-09-03 18:02:07 | ノベル

・345

『あずきバーとペコちゃん』さくら   

 

 

 ねえ、見てよ!

 

 お風呂から上がったら、留美ちゃんがパソコンの画面を指さしてる。

「え……アハハハ( ´艸`)」

 思わず口を押えてしまう。

 動画のタイトルは『怒れるフランス人』です。

 

 フランス人のカップルが、浅草の雷門。はんぶん怒って、はんぶん面白がってる。

『日本はキュートで好きだけどさ、これはあり得ないわあ』

 男が、右手に持ったそれを左手で指差してる。女の人が『ちょっとやめときいや』いう感じ。でも、目ぇ笑てるから、なんや面白いこと言うんやろねえ。

 なにを言いよんねん? すると、お前にだけ教えたるいう感じでカメラに寄って来る。

『そこで買ったアイスなんだけどさ、世界で一番硬い! 硬すぎる! 知らずに齧りついたら、ぜったい歯を折ってしまうぞ!』

『でも、美味しいよ(^_^;)』

 彼女がフォローして、はんぶん面白がって、男がガキっと奥歯で嚙み切った!

 

 それは、うちが大好きな『あずきバー』やおまへんか!

 

 おぜんざいをそのままに凍らせたような、いかにも日本のアイスいう感じのあずきバー。

 うちらはまるカブリなんかはせえへん。

 最初、ペロペロ舐めて、それから前歯で削るようにして齧る。

 すると、お善哉の甘さが口の前の方から広がってきて、もっかい、ひと齧り。

 やがて、小豆が顔を出して、冷やし善哉。でもって、全体に張った霜が、だんだん小さなって、小さなったとこは柔らかなって、ガブっと齧りつける。

 他のアイスよりも溶けるのん遅いし、美味しいし、うちはあずきバーが大好き。

「これって、ソフィーが初めてあずきバー食べた時といっしょだよね」

 留美ちゃんがくすぐったそうに喜ぶ。

 

 まだ、語尾に「です」が抜けきれへんかったころのソフィー。

 本堂の階段に頼子さんと四人腰かけて食べたあずきバー。

『なにかの呪いですか!?』

 魔法使いの末裔は、戦闘的な顔であずきバーの齧り跡を見つめてたっけ。

 そのソフィーも、こないだ頼子さんと昼寝に来た時は、うちらと同じ食べ方をしてた。

 

 で、放課後のキャフェテリア。

 

 二割ぐらい霜が消えたあずきバーを持って、スマホを見つめてるペコちゃん先生。

 後ろからそーっと回って、留美ちゃんと覗いてみる。

 え?

 スマホの画面は、お台場の大観覧車とアンナミラーズの停止と閉店のニュースをやってる。

「え、あ、やだなあ(n*´ω`*n)」

 気ぃつい照れまくるペコちゃん先生。

「なにか、思い出があるんですか?」

 留美ちゃんにしては直球の質問。

「え、あ、うん……」

 そう言うて、あずきバーの先を二センチ近く齧る。フランス人の男並みに歯が強いみたい。二人で感心。

「「おお」」

「……学生の頃にね、ここでバイトしてたの」

「ええ!?」

 アンナミラーズは、うちでも知ってる。行ったことは無いけど、日本で一番制服の可愛い喫茶店ですやんか!

 ミニスカートの切り返しが高い位置(ほとんどオッパイの下)にあって程よくバストが強調されて可愛い!

 スカートはオレンジ系の暖色、色は何色かあって、ブラウスの白に映えてる。

 こ、これをペコちゃんが着てたぁ!?

「ほら、この人……」

 スクロールすると、雑誌の表紙にもなったという伝説の神メイド、いやカリスマウェイトレスさん!

 今は、結婚してお母ちゃんになってはるねんけど、最後にお客で来てはるのが写ってる。

「笑顔とか、人との接触の仕方というか接客とか、ここで勉強したんだよ……友だちも、ここのバイト仲間が多かったし。まる三年やって、ほんとに、わたしの青春だった……かな?」

「いやあ、先生やったら不二家でバイトしてたと思ってましたぁ(^▽^)/」

「アハハ、顔は生まれつきだからね」

 気が付くと、先生のあずきバーは最後のひと齧りを残すだけになってる。

「でも、なんであずきバーなんですか?」

「え? ああ、このあずきバーの会社の経営なのよ……ガブリ」

 先生は、最後をひと齧りにすると、時計を見て行ってしもた。

 うちらも、時間なんで部室にいくことにしました。

 二学期の学校も、いよいよ平常運転です。

 

☆・・主な登場人物・・☆

  • 酒井 さくら    この物語の主人公  聖真理愛女学院高校一年生
  • 酒井 歌      さくらの母 亭主の失踪宣告をして旧姓の酒井に戻って娘と共に実家に戻ってきた。現在行方不明。
  • 酒井 諦観     さくらの祖父 如来寺の隠居
  • 酒井 諦念     さくらの伯父 諦一と詩の父
  • 酒井 諦一     さくらの従兄 如来寺の新米坊主 テイ兄ちゃんと呼ばれる
  • 酒井 詩(ことは) さくらの従姉 聖真理愛学院大学二年生
  • 酒井 美保     さくらの義理の伯母 諦一 詩の母 
  • 榊原 留美     さくらと同居 中一からの同級生 
  • 夕陽丘頼子     さくらと留美の先輩 ヤマセンブルグの王女 聖真理愛女学院高校三年生
  • ソフィー      ソフィア・ヒギンズ 頼子のガード 英国王室のメイド 陸軍少尉
  • ソニー       ソニア・ヒギンズ ソフィーの妹 英国王室のメイド 陸軍伍長
  • 月島さやか     さくらの担任の先生
  • 古閑 巡里(めぐり) さくらと留美のクラスメート メグリン
  • 女王陛下      頼子のお祖母ちゃん ヤマセンブルグの国家元首 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ピボット高校アーカイ部・22『ろって・1』

2022-09-03 14:34:55 | 小説6

高校部     

22『ろって・1』 

 

 

 僕にも見えるようにしてくれたんだけど、先輩は言葉を発しない。

 じっと、その子を見ているだけだ。

「な、名前はなんていうのかな?」

 沈黙に耐えられなくなって口を開いたのは僕だ。

「ロッテ……」

「ロッテ、そうか、いい名前だね(^o^)」

 目は合わせないんだけど、少し上げた顔はほんのりと染まって、七歳くらいなのに、初めて告白された少女のように時めいているように見えた。

 ち      先輩は小さく舌打ちをした。

「先輩!」

「フルネームは、ロッテ・ビルヘルム・バウマンだな」

「え?」

「おまえは、ここの墓地に葬られているヤコブ・ビルヘルム・バウマン軍曹の娘……」

 ブンブン     ロッテは激しくかぶりを振った。

「最後まで聞け」

 ?

「ヤコブ軍曹の娘の人形(ひとがた)だ」

 コクコク

「あ?」

「思い出したか、傀儡温泉の人形(ひとがた)にロッテと書かれたものがあっただろ。それが、こいつだ」

「え、えと……ダ、ダンケシェーン」

 小さくお礼を言うと、いたたまれないように背中を向けて、お寺の奥に逃げてしまった。

「ロッテ!」

「放っておけ、行くぞ」

「先輩!」

「つべこべ言うな!」

 

 それから、先輩は学校に戻らず、僕を載せたまま貫川に沿って自転車を浜辺までかっ飛ばし、浜辺に自転車を転がしたままドラヘ岩に登った。

 

「願掛けのお札とか人形とかは願掛けをした段階で働きを失うものなんだ」

「そうなんですか」

「いわば、願いを載せる器のようなものだからな用が済めば虚ろになる。切れた電池のようなもんだ。だから、傀儡温泉の人形や人形(ひとがた)は不気味だけど、みんな虚ろだった……それが、あいつだけが生きている」

 言われれば不思議なんだけど、ピンとこなかった。ロッテは儚げでおどおどしているけど、ささやかに、先輩の力を借りなければ僕には見えないくらいささやかに命を保っていた。捨てようとしていた電池の中に、ちょっと電気が残っていた。そういうことなんじゃないのか? 

 岩の上、腕を組んで口を結んでいる先輩のむつかしさは、ちょっと戸惑ってしまう。

「分からんか……あいつは、ロッテという女の子の回復を願って作られたヒトガタだ。それが百年の後に姿を残しているのは、あいつが作られた時点でロッテはすでに死んでいるからだ」

「あ……!」

「どんな因果かヤコブ軍曹は極東の戦場に回されたが、国に残した娘の事がずっと気になっていたんだ。だから、捕虜となって日本にやってきて、要の町で傀儡温泉のことを知って、ヒトガタに願いを掛けた。おそらくは、もう自分の命が長くないと悟ってもいただろうしな」

「そうか、だから……行き場の無くなったロッテは、ヤコブ軍曹が葬られた泰西寺に……」

「軍曹は天国で本物のロッテに会えただろう……あの軍曹の墓からは安らぎしか感じなかったからな」

「じゃ、あのロッテは?」

「知らん!」 

「…………」

 僕は思い返した。

 傀儡温泉に残されたドイツ語で書かれたヒトガタたちを。

 みんなハガキ大の大きさの木札に名前が書かれていた、むろん微妙に大きさは違う。たいていはこけしのようになっていて、おおよそ人のシルエットになっている。日本のヒトガタに倣ったものだ。

 その中で、ロッテのものは小さな名刺大でしかなかった。印象に残ったのは、その小ささだったのかもしれない。

 まあ、異国の温泉のお呪いめいたものだから、その程度の間に合わせのもので…………いや、ちがう。

「先輩、ロッテはちゃんとした人形(にんぎょう)だったんですよ!」

「なんだと?」

「あのブリキ橋や石垣を作った捕虜たちです、あんなに、仲間の捕虜たちや要の人たちに愛された軍曹です。その願いを載せるのに名刺大の木札で済ませるわけがない。きっと、キチンとした人形に仕立てて、その中に札が縫い籠められていたんですよ。古い人形は温泉の湿気と熱で朽ち果てていたじゃないですか、だから、人形はとっくに朽ち果てて、それ以上の腐食と劣化を防ぐため、お札だけ資料館の方に回されたんですよ」

「やつは、わたしと同じ人形だったのか……そうだったのか……」

「先輩……」

「寺に戻るぞ!」

 

 それから、先輩は僕を連れて泰西寺に戻り、生徒手帳を千切って『ロッテ・ビルヘルム・バウマン』と書いて、とりあえず、そこに憑依させた。

 

☆彡 主な登場人物

  • 田中 鋲(たなか びょう)        ピボット高校一年 アーカイ部
  • 真中 螺子(まなか らこ)        ピボット高校三年 アーカイブ部部長
  • 中井さん                 ピボット高校一年 鋲のクラスメート
  • 田中 勲(たなか いさお)        鋲の祖父
  • 田中 博(たなか ひろし)        鋲の叔父 新聞社勤務
  • プッペの人たち              マスター  イルネ
  • 一石 軍太                ドイツ名(ギュンター・アインシュタイン)  精霊技師 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

泣いてもωオメガ 笑ってもΣシグマ・53『図書室のガイダンス』

2022-09-03 07:12:48 | 青春高校

泣いてもω(オメガ) 笑ってもΣ(シグマ)

53『図書室のガイダンス』小菊 





 わたしじゃありませんから……。

 涙目になりながら、増田さんが言う。

「わかってるわよ、増田さんは……」

 後の言葉を飲み込んだ。

―― 言えるくらいなら、もう友だちできてるわよね ――

 入学してから半月近く、増田さんは、あたし以外には友だちってか、まともに口の利ける相手がいない。だから目撃者だとは言え、彼女が広めた話ではない。

 なんの話?

 あれよあれ、寿屋さんの前であいつといるところを目撃された話。

 お花見の幔幕を借りに行ったんだけど、寿屋さんがラブホだってことが飛んでしまっていた。

 だって、ご近所で、子どものころから出入りしてるんだし、娘さんの幸ちゃんは、あたしの憧れのオネエサンだったし。

 でも、ラブホはラブホ、地域以外の部外者が見れば、男女二人が出てくるのを目撃したらドキッとするよね。

「増田さんは信用できるから」

 言い直してからまずいと思った。

 信用できるからというのは、増田さんなら人に言ったりしないよねってことで、そこから読み取れるのは「増田さんが見たのは真実だよ」ということになり、弁明することがいっそう難しくなる。

「うん、人に言ったりしない。ああいうことが出来るということが、わたしは素晴らしいと思ってますから(;'∀')!」

 あー、完全に誤解してるよ(=゚Д゚=)。

 けど、ま、いいや。現時点であいつと兄妹であることがバレるよりはましだ。

 今日は二時間目に図書室のガイダンスがあった。

 司書の先生が図書室の案内やら本の借り方を説明してくれる。

 なんでも、卒業するまでに図書室の説明を受けられるのは、この一回限りだから、しっかり聞いておくようにって枕詞が付く。

 自慢じゃないけど、図書室で本を借りたことも無ければ借りる予定もない。

 だから、お行儀よくボーっと聞いてるふりだけしておく。

「……ということで、残りの時間は、実際に本を手に取ってみてください。もし借りたい本があれば、この時間に限って貸し出しをします」

 司書の先生が締めくくる。

 五台あるパソコンから埋まっていく。

 みんなポケットにスマホを忍ばせているんだろうけど、図書室で出すわけにはいかない。

 他の子たちは、団地のように並んだ書架に向かう。

 あたしは入ってきたときにチェックしておいた雑誌コーナーに。

「お……」

 Pティーンが有ることまではチェックしきれていなかった。

 中学の図書室には絶対置いてない雑誌なので少し興味が湧く。

 載ってるモデルには興味ない。みんなバカに見えるかバカそのもの。モテカワ系も媚びてる感じがしてやだ。

 ま、彼女たちのファッションに、あーだこーだと思いながらページをめくるのが楽しいっちゃ楽しい。

「ん……」

 ツンデレモデルのところで手が止まる。

「似てるなあ……」

 作ったんじゃなくて、地のままツンデレですって感じなのが、なんとなく、あのシグマに似ている。

 Σ口も地のままだと魅力あるのかも……。

 なんで、このページで停まってるんだ!?

 癪になって雑誌ごと書架に戻す。

「へへ、借りてきちゃいましたー」

 増田さんが嬉しそうに本を抱えてやってきた。

「あら、読みたかった本なの?」

「『耳をすませば』ですよ」

「え、耳?」

「ほら、ジブリアニメの!」

「あ、あーーー」

 思い出した。

 図書館の貸し出しカードが元になって、中学生の男女が付き合い始めて夢を追いかけるとかって話だ。実写版もできたとか云ってた、主人公は雫って言ったっけ?

「そうそう、月島雫です。素敵ですよね、あの出会いは(*’▽’*)!」

「ハハ、増田さんは、ああいうのに憧れてるんだ」

「はい、わたしの汐(しほ)って名前はここからきてるんです!」

「え、汐?」

 たしかに増田さんの名前は汐だけど、アニメとおりなら雫でしょ?

「フフ、雫のお姉さんが汐ですよー♪」

「あー、そうだっけ(^_^;)」

「こうやって本を借りれば、わたしにも開けてくるかもしれませんよ」

 あー、でも、今はバーコードの読み取りで、貸し出しカードなんてないから出会いなんかありえないんだけど。

 思ったけど、もう一度言葉を飲み込んだ。

 

☆彡 主な登場人物

  • 妻鹿雄一 (オメガ)     高校三年  
  • 百地美子 (シグマ)     高校二年
  • 妻鹿小菊           高校一年 オメガの妹 
  • 妻鹿由紀夫          父
  • 鈴木典亮 (ノリスケ)    高校三年 雄一の数少ない友だち
  • 風信子            高校三年 幼なじみの神社(神楽坂鈿女神社)の娘
  • 柊木小松(ひいらぎこまつ)  大学生 オメガの一歳上の従姉 松ねえ
  • ミリー・ニノミヤ       シグマの祖母
  • ヨッチャン(田島芳子)    雄一の担任
  • 木田さん           二年の時のクラスメート(副委員長)
  • 増田汐(しほ)        小菊のクラスメート
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

やくもあやかし物語・153『夢役』

2022-09-02 15:03:25 | ライトノベルセレクト

やく物語・153

『夢役』 

 

 

 お地蔵イコカで高安に飛んだ。

 

 ほら、二丁目地蔵からもらった、全国のお地蔵さんの居るところだったらどこのでもいけるって、便利なカード。

「いやあ、おひさしぶりぃ(^0^)/」

 以前はシラミ地蔵の前に出て、エッチラオッチラ高安山の山裾の玉祖(たまおや)神社まで歩いたんだけど、もう慣れてしまって、いきなり玉祖神社の鳥居前。東高野街道に面した一の鳥居から、神社の前の二の鳥居までは1000メートル以上もある上り坂(ゆるいんだけど)なので、最初に来た時は遠足かってくらい歩いた。

 今度は、二の鳥居の真ん前だったので、俊徳丸さんがニコニコとお出迎えしてくれている。

 さあ、どうぞ。

 通されたのは、拝殿の上の亜空間に設えられた高安のかあやかし集会所。

「お知らせを受けてやってきました。いつも気にかけていただいてありがとうございます」

 久しぶりなので、きちんとご挨拶。チカコも交換手さんも、倣って挨拶してくれる。

「やあ、親子内親王様、交換手さん。どうぞどうぞ」

 境内に入って大阪平野を見下ろすと、業平さんと茶屋の娘さんとの一件やら、都から来た鬼をいっしょにやっつけたときのことを思い出す。

「結果的に御息所の面倒まで見てもらうことになって、ちょっと申し訳なく思っていたんですよ」

 頭を掻く俊徳丸。

 御息所は、鬼退治の記念にもらった鬼の手の中に、こっそり住み込んでいて、俊徳丸さんも分からなかった。

 それに、御息所は、もうチカコにもわたしにも姉妹みたいなもんだよ。かえってお礼を言わなくてはならないくらい。

 御息所が付いてこなかったのは、こういうことが照れ臭かったのかもしれないしね。

 

「実は、親子さん」

 

 俊徳丸は、チカコと片仮名ではなく真名として漢字で呼んでいる。

 それが分るんだ。チカコは背筋を伸ばして俊徳丸に向きあったよ。

「はい」

「じつはね、家茂さんはみかん畑を見たことが無いんですよ」

「「「え?」」」

「それどころか紀州に入ったことも無いんです」

「「「ええ!?」」」

 これには三人とも驚いた。

 将軍になる前の家茂さんは紀州藩の殿様だったよ。最初は知らなかったけど、御息所が教えてくれた――さすがに六条の御息所! 皇太子妃! 歴史に強いんだ!――ちょっと持ち上げ気味に感心したら――入試で日本史を選ぶくらいの子なら誰でも知ってるわよ――ときた。

「紀州藩は親藩だし、早くから十四代候補にも挙がっていたから、ついつい家茂さんは帰国する機会を失っていたんだ」

「でも、紀州藩の跡継ぎなんでしょ、子どもの時くらいに見てないの?」

「家茂さんは清水家から養子に来たのよ」

「養子か……だったら見てないかもね」

「でも、でもでも、紀州の養子になって、将軍になるまでは6年もあったのよ。一度くらいは戻っていると思ってた……家茂さん、そういうことは言わなかったから……」

 ちょっと重い沈黙が部屋を支配した。

「ご家来からは、聞かされていたんですよ、ご家老様とかね。どんなに紀州が素晴らしいか。大きな掛図や地図を持って来させましてね。ご家来たちは、養子の殿様がご領地の様子を知りたがって、いろいろ話を聞いてくださるのは、とても嬉しいことなんですよ」

「そうだろうね……」

 思い当たるところがあるよ。

 お祖父ちゃんもお祖母ちゃんも、わたしが、小泉の家の昔を聞いたり、お母さんが若かった頃のことを聞くと喜んでくれる。うちの家族は血のつながりが無いから、そういうことは、とても嬉しいんだ。

 たとえ追体験でも、思い出を共有できると、人も景色もグッと近くなるんだよ。

「家茂さんは、ご家来が『紀州は、かように素晴らしいいところでございます』という素晴らしさを自分の素晴らしさにしたんでしょうねえ」

「じゃあ、あの天守台でお話になった素晴らしさは……」

「はい、無意識だったのでしょうが、結果的にはそういう紀州人の素晴らしさに感動されたんだと思います」

 

 なんだか、シンとしてしまうよ。

 

「ひとつお伺いしてよろしいでしょうか?」

 交換手さんが控え目な声で訊ねたよ。

「なんでしょう?」

「不躾な質問ですが、高安の俊徳丸さんが、なぜ、そこまで家茂さんのことをご存じなのでしょうか?」

「あ、失敬。そこからお話しなければなりませんねえ……じつは、家茂さんの最期をみとったのは、この俊徳丸なんですよ」

「「「えええ!?」」」

「百五十年のむかし、家茂さんは、大阪城と二条城に腰を据えて朝廷や薩長のお相手をしておいででした」

「兄が皇位についていた時代ね」

「はい、できもしない攘夷決行を約束させられ、江戸に帰ることも許されず上方に留め置かれ、家茂さんは心痛のあまり命を削っておられました。これには、上方のあやかしたちも同情しましてね、せめて、夢の中でお慰めしようと……その夢役の一人に選ばれたのが、この俊徳丸なんです」

「そうだったんですか……」

 豊原の電話局で最期を迎えた自分と重なるんだろう、交換手さんは胸を押えたよ。

「家茂さんの胸には紀州の海と空がありました、海と空の間には明々とみかん畑が安らいでおりました……でも、それは想いであって、容を成しておりません。わたしは、その風景に容をあててご覧にかけたのです」

「俊徳丸さん、家茂さんは、なにかおっしゃいましたか!?」

「はい、『これです、これですよ、親子、これが紀州です。これこそが紀州のみかん畑ですよ……』」

「家茂さん…………!」

 膝立ちになったかと思うと、チカコの姿は白く輝き始め、俊徳丸さんの合わせた手の間にも光が生まれている。

 そして、少し前のめりになったかと思うと、たちまち二つの光は溶けあって、素通しになった天井を抜け、高安の空に舞い上がって、煌めく星々の一つになっていってしまったよ。

 

 これでよかったんですよね…………俊徳丸さんが呟いたよ。

 

☆ 主な登場人物

  • やくも       一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生
  • お母さん      やくもとは血の繋がりは無い 陽子
  • お爺ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
  • お婆ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
  • 教頭先生
  • 小出先生      図書部の先生
  • 杉野君        図書委員仲間 やくものことが好き
  • 小桜さん       図書委員仲間
  • あやかしたち    交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅 春一番お化け 二丁目断層 親子(チカコ) 俊徳丸 鬼の孫の手 六条の御息所 里見八犬伝 滝夜叉姫 将門 アカアオメイド アキバ子 青龍 メイド王 伏姫(里見伏)

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする